旧王都 幸せへの道
奇襲は一晩で無事収束した。人的被害は少なくないが、市街まで攻め込まれてはいない。今も断続的に襲撃があるが、ほぼ膠着状態になっている。
サキの墓はパウエル邸の庭に密かに設けられた。
ハーニーから強く願ったのだ。パウエルは理由を聞かずに受け入れてくれた。肩に手を乗せて「よく戻った」。それだけ口にした。
ネリーもユーゴもアルコーも無事だったが、ハーニーの顔は晴れない。
哀悼を願った後、ハーニーは目を開けた。
お昼時の陽光の元、簡素な墓石が目に入る。墓に寄り添うごとく、サキの刀が供えられている。
目をつむればすぐにサキのことが思い出された。楽しそうな顔、寂しそうな顔。色々な表情が浮かんでは消える。
「セツ……」
『何でしょう』
ハーニーは自分の右腕を眺めながらつぶやいた。
「……僕、悲しいんだ。辛いはずなんだ。なのに、涙が出ない。どうしてだろう」
『……まだ実感がないのかもしれません』
そうかもしれない。胸に穴がぽっかり空いたようで、ただ空虚な心地だ。
「……っ」
じくり、と痛みを感じて首に手をやった。
今は止血されているが、この傷は一生消えないという。それでいいとも思うが、どうしても思い出してしまう。
サキさんの最期の瞬間を。
『ハーニー』
セツが名前を呼んだ。いつから呼ぶようになったんだろう。分からないが、それについて考える気は起きない。
「なに?」
『……あの時、彼女の刀は折れていました』
「……ああ。分かってるよ」
その時の情景が目に浮かぶ。
サキさんはあの時僕から目を離していた。今なら何を見ていたか分かる。
折れた刀の先を目で追っていたのだ。
その瞬間の表情が忘れられない。
サキさんは、明るい顔をしていたのだ。希望にあふれたキラキラした目で、折れた刀を追いかけていた。まるで鳥かごに閉じ込められていた小鳥が飛び立つのを見送るように。
そして。
『……あの時、あなたは構えたまま何も──』
「いや」
遮る。
「……僕が戦って、命を奪った。サキさんは戦士だったんだ。……それでいいんだよ。それで」
つぶやいて、己の刀に触れる。
馴染む。心が落ち着くことに、サキの遺志を感じた。
「これを割り切る……?」
できるわけがない。
そう思わざるを得ない。できるのは背負うだけだ。割り切れないまま、ただ背負うことが限界。
でも。
「セツ。僕は約束したんだ。サキさんを幸せに連れていくって」
『はい』
「あれはサキさんの本心かもしれない。でもそれ以上に僕が笑うのを躊躇わないようにっていう、優しさに思えるんだ。そういう辛さをサキさんは知ってたから」
セツは望む通りに促してくれる。
『なら、いつまでも悲しんでいられませんね』
「……ありがとう。セツ」
リアの前では、皆の前ではちゃんと笑おう。
だから、今だけは。今だけはこの寂寥感のままにいていいよね。
ハーニーは空を見上げた。
いつもと変わらない青空が広がっていた。
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