~贈り物の魔法~

王都カインゴールド 暗躍する影



 西国王都、カインゴールド。北方にあるこの大都市の中央には王城がある。煌びやかで贅沢の粋を集めたような城では、国の行く末を決める会議が行われていた。

 六賢人会議。

 魔法院を創設した六人によって行われる最高会議である。この六人が西国の実質的な権力者だった。前王が死んだ今、彼らが全権を握っている。

 円状に六つの席がある会議室。だがそこに六賢人ではない若者の姿があった。

 六賢人が見下ろすため低く作られた中央に、白髪で小さな眼鏡をした青年がいる。白衣を身に纏う彼は齢20歳だ。六賢人が皆70歳以上なのに対し一人浮いている。


「わざわざ囲んで見下ろす場所に呼ばなくても、と思いますがねぇ」


 表情の乏しい青年は物怖じせず言った。六賢人の一人が苦言を呈する。


「舐められては困る。特に貴様などは上下関係を明らかにしておかねばならん。ジョシュア・グッドマン所長。貴様は危険すぎる。なぜなら──」


 ジョシュアと呼ばれた白衣の青年は不敵に笑った。


「小生は天才だから。この若さで魔法研究所のトップですからねぇ。まあ勝手に警戒すればいい。それより小生のことは名前でなく、所長と呼んで頂きたいものだ」


 ねっとりした口調に六賢人から嘆息が漏れる。


「……ふん。本題に移る」

「おや、王様は今日もご不在で?」


 部屋に玉座はないが、話されることは国のことだ。王がいて当然だが、六賢人は鼻で笑った。


「愚かな王子はまた女に現を抜かしておる。我々にとっては都合がいい。お飾りの王を続けてくれればな」

「はぁ。小生は構いませんけどねぇ」


 ジョシュアは興味なさげに手で続きを促した。最年長の賢人が苛立ちを抑えながら口を開いた。


「……戦況は安定している。王都東のドライグレー荒野で東国を抑えている状況だ。所長、今回貴様を呼んだのは王都防衛についてのことだ。例の装置、完成したのだろうな」

「王都を完全に囲い、外界からの干渉を遮断する魔法障壁。えぇ、いつでも稼働できますとも。常に魔力が必要になるため人員の配置が必要ですがね。交代要員も必要になる」

「手配する。しかし、本当に信用できるんだろうな?」

「二層魔法までなら完全に遮断できますねぇ。王都を球状に囲うので高高度魔法も防ぐことができる。くく、小生らしい完璧な出来だ」

「……旧王都からの増援もある。戦いの方は何とかなるか」


 別の賢人が頷いた。


「戦争はこのまま続けなければならぬ。拮抗して争い続ける間に我々の権力をさらに盤石にしなければ」

「そのお歳で」

「ぐ」


 ジョシュアの嫌味に六賢人は皆唸った。

 しかし、文句を言うものはいない。理由は簡単だ。


「……所長、若返りの魔法は完成したか?」


 ジョシュアは口角を歪めて笑った。

 偉そうにしながら、これだ。寄る年波に怯えるただの老人ではないか。魔法も自ら作ることができない。賢人の名が聞いて呆れる。


「そうですねぇ、もう少しでしょうか。ただ小生は若返りなど興味がないものでね。倫理の先に手を伸ばすのは快感だが、私が求めているのは新たな命。人のその先だ」

「分かっている! 貴様の研究のためにこれからも融通を利かせる。だからその魔法を早く完成させるのだ」

「くくく。結構結構。それなら完成させましょう」


 老人たちが安堵するのを見てジョシュアは一気にこの集まりへの興味が薄れた。それを隠しもせず態度に出して言う。


「……もう出ていっても? ここにいると小生まで老人な気がしてくる」

「……出ていけ」

「では失礼」


 苦々しく歯噛みする老人たちを背にしてジョシュアは会議室を出る。外には武装した魔法騎士が二人立っていた。会議室の番人である。


「返していただけるかな、小生のガントレット」


 武器を所持して会議室に入ることはできない。ジョシュアは番人からガントレットを受け取って左腕に装着した。

 硬質な金属製の小手。表面にはうっすら文字が光っていた。

 DUA。

 ジョシュアは誰もいない王城の廊下を歩きながらつぶやく。


「彼らには老害だという自覚がなくて困るねぇ。小生にとって都合はいいが」


 返事は左腕からした。


『六賢人からすればあなたも障害でしょう』


 無機質な抑揚のない声。ジョシュアはその声を物足りなさそうに受け止める。


「……ふん。彼らには小生が必要だ。小生は禁忌に触れることを恐れない。不可能を可能にできるからねぇ」

『私たちを作ったようにですか』

「ハンッ、君たちは失敗作だろう。それでもある程度は働いているけど、それでも人の範疇に過ぎないんじゃ意味がない」


 ジョシュアは立ち止まって諸手を広げた。子供のようにキラキラした目で願望を唱える。


「私が求めるのは新たな命さぁ! 人以上の存在! 君たち魔法精神体はねぇ、結局ちょっと変わってるくらいでしかないわけだ。己惚れないでくれよ」

『……はい』


 デュアは黙り込んだ。ジョシュアはそれを気にもせず勝手に喋る。


「それにしても六賢人も甘いねぇ。あれで西国が一つだと思っている。結束した集合体だと。くく、馬鹿々々しい。……聞いてるかい?」

『はい』

「結構。どれ、説明してあげよう。つまりだね……ああ、ダメだ。邪魔が入った」


 ジョシュアは話を中断して振り返った。

 気配も何もなかったはずの場所に黒衣の男がいる。


「やっとガダリアから戻ったかい。流出したガントレットは回収したんだろうね、ブロン」


 ブロンと呼ばれた男は最初フードを目深に被っていて人相は分からなかった。ブロンは地に膝をついて平伏した。そして顔を見づらくしていたフードを退ける。

 真っ先に目に入るのは青みがかった短髪。顔かたちは整っているが、暗く淀んだ目が印象を重たいものにしていた。年は二十代といったところだ。

 ジョシュアがブロンの周りを確認して首を傾げた。


「おや? 君たちいつも三人だったよねぇ。他の二人は?」


 ブロンは声のトーンを落として答えた。


「……死にました」


 ジョシュアは演劇のように大げさに驚いてみせる。嫌味ったらしく声を上げた。


「へえ! 西国の影とかいう大層な名前の君たちが! ブロンなんか光以外全色の魔法を使えるのに負けたのかなぁ?」

「不意を……討たれたのです。平民と高をくくったのが間違いだった」

「ふぅん? まあ君が負けようがどうでもいい。ガントレットは?」

「こちらに」


 ジョシュアは礼もなく受け取ってガントレットを観察する。そこにはジョシュアが付けているものと違って光の文字がない。

 ジョシュアは興味深そうにガントレットを眺めまわしながら聞いた。


「ねえ、これに入ってた奴は?」

「は?」

「ああ、いい、いい。分かんないなら結構。……面白いねぇ。精神体を抜きだすなんて相当な魔法知識がいるだろうに。ひょっとして接続者かな?」

「接続者?」


 ブロンが尋ねるがジョシュアから返事はなかった。


「ブロン、何があった?」。そう聞かれてブロンは躊躇いがちに答えた。

「二人は不覚を取って死にました。ガントレットですが……一人の青年が装着し、魔法を発現しました。子どものような色のない魔法ですが、増幅されていて」

「色のない魔法か。それで?」

「……私は気を失った。ガントレットはその後、燃えた馬車の残骸で回収しました」

「気を、ねぇ。小生の発明だから負けて当然だけど、それにしてもあっさりやられたものだぁ」

「……所長!」


 ブロンは再度頭を下げた。


「どうかもう一度機会を! 私も魔法使いの端くれ。このまま引き下がるわけにはいきません! 必ずやその魔法精神体を確保してまいります!」

「ふぅん? どこにあるかも分からないのに?」

「場所は分かっています。今は恐らく旧王都に」


 ジョシュアはしばし考えて、頷いた。


「分かった。それじゃあ任せよう。もう失敗しないでよ? 次ダメだったら……君はもういらない。六賢人に返すよ」

「は、はっ!」


 ブロンは恐れながら了解した。元々六賢人の手下だった彼だ。この焦りようから見て相当ひどい扱いを受けていたのだろう。恐らくあの青色の髪も魔法実験の影響だ。

 ……だからどうしたという話だが。


「必ずや!」


 ブロンは強く断言してすぐにその場を後にした。気配もなく消える姿はまさしく影だ。これで負けたというのだから、やはり不意を突かれたのか。ジョシュアはそう納得する。


『彼を真っ向から戦わせてよろしいのですか』


 左腕からの声にジョシュアは楽しそうに笑った。


「そうだねぇ。今度は油断しないだろうし、精神体ごと殺してしまうかもしれない。でも、それで死ぬ程度ならどうでもいいしねぇ。その程度の存在なら所詮人間さ。価値はない。しかし、もしも接続者だったら……くく、少しは期待できるじゃないか。どっちに転んでも小生は嬉しい」

『……そうですか』

「君は同型が死ぬのが嫌かい?」

『……いえ』

「嘘が下手だねぇ。だから人程度なんだ。そうだ。話が途中だったね。西国が一つではないという話。どういうことかというと、旧王都のことだよ」

『旧王都、ですか』

「ただでさえカインゴールドという名を奪われた街だ。国への反感も一際強い。そして今回の戦争。利用しない手はないよねぇ」


 ジョシュアは白衣の内側から紙の束を取り出した。


「これは旧王都から来た増援の名簿だが、面白いんだこれが。ここに書かれている貴族はほとんどが穏健派。事なかれ主義の愛国者だ。これがどういうことか分かるかい?」

『今、旧王都には過激派ばかりがいる……』

「六賢人も足元を掬われるかもねぇ」

『……いいのですか?』


 ジョシュアは乏しい表情の中、にこやかに笑った。


「いいとも! 生物は争ってこそ自然だよ。争い、殺し合ってこそ人は次の段階に進む。そうすれば小生の願いも叶う……戦争万歳! まったく永遠に続いてほしいねぇ!」


 ジョシュアは無駄に青い空を臨みながら、西国内の三つの勢力を思い浮かべた。

 六賢人率いる西国。不穏な動きの旧王都。そして、魔法研究所勢力。

 研究所は各所に点在する。旧王都にも。場合によってはどちらにつくか考えなければならない。


「面白くなってきた。戦争も魔法精神体一号のことも。……くく。これで魔法石の謎まであるんだ。世の中捨てたものではないねぇ」


 唐突に出現し魔法の常識を変えた魔法石。だがそんなものが突然見つかったなんてことがあるはずがない。原因なり作為的なものがあるはずなのだ。それもまた、人智を越えている。

 ジョシュアは白衣をはためかせながら王立研究所への道を歩いた。

 その足取りは小躍りするかのごとく軽かった。


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