旧王都 ネリーの恋心 1

 がたがたがた、と窓が揺れていた。

 強い雨風が打ち付けている。屋根を剥がすんじゃないかと不安になるほど、天気は荒れ狂っていた。

 こんな日にどうして独りぼっちなんだろう。

 暴れる空に怯える私は、自室のベッドで布団にくるまって泣きそうにしていた。

 もう少しでお父さんが帰ってくる。そればかり考えて恐怖と戦っている。

 私。9歳の誕生日を迎えたばかりの小さい私。

 違和感。

 私、ネリー・ルイスはもう17歳のはずだ。ということは、これは夢だ。

 しかし気づいたところで何も変わらない。私はただこの暴風が恐ろしくて、ただ縮こまっている。

 お父さんはいつも夜に帰ってきていた。魔法研究の仕事で遅くなることは多かったけど、絶対に帰ってきてくれていた。お母さんがいないから、それを少しでも埋めようとして。

 だから私は我慢できた。

 ……お父さんがいたから。

 寒気がする。嫌な予感がした。

 ……違う。嫌な予感じゃない。人生最悪なことがこれから起こるんだ。だから私はこんなに恐怖している。悪天候以上に怯えている。

 私は、夢の中の小さな私を動かそうとした。何とか過去に足掻こうとする。でも、それは叶わない。動かないのだ。終わってしまった出来事を繰り返すだけだから私は変わらない。

 あの日、あの時と同じ行動をする。

 怯えて小さくなりながらお父さんを待っている時、物音が聞こえるのだ。

 馬車の車輪の音。水を跳ねながら駆ける馬の足音。

 やだ、やだ。止めなくちゃ。

 私は心の中でだけ抵抗するけれど、変わらない。記憶通りに時は進む。

 聞こえたのは、鈍い音。

 何かが轢かれたような、生々しい音。

 馬が嘶いた。馬車が遠ざかっていく。

 私はその音たちをお父さんの帰った音だと勘違いして玄関に向かうのだ。幼い私には恐怖から逃げることしか頭になくて、部屋を出て階段を下りて玄関に走る。

 でも、玄関のドアは風で激しく揺れていて、開けるのを躊躇って。


「うう……」


 でも聞こえるのだ。今みたいに、お父さんの声にもならない声が。


「お父さん……?」


 私はドアを恐る恐る開ける。

 い……いやっ、見たくないっ!

 でも結果を知ってる私などお構いなしにドアは開く。

 そこには──





「──ぁ……っ!」


 ネリー・ルイスは飛び起きた。

 荒い呼吸。汗ばむ体に嫌悪感。


「……最悪」


 嘆く。呼吸を落ち着かせて、ため息を吐いた。


「最近毎日じゃない……?」


 旧王都に戻ってからというもの、夢ばかり見る。それも暗く、お父さんが出てくる嫌な夢ばかり。連日寝起きは最悪だ。


「だからこの街って……!」


 独り言ともにベッドから出てカーテンを開ける。

 曇り空だった。晴れそうだけど、遠くの空に黒い雲が見える。

 だからこんな夢を見たのだろうか。雨が降りそうだから……。


「……っ」


 ぶるり、と体を震えた。

 雨は苦手だけどダメってほどじゃない。

 でも、旧王都に戻ってから雨が降ったことはない。戻ってきて初めてだ。

 こんな夢を見たからか、この土地で雨が降るかもしれないということに心が落ち着かない。胃の奥から何かがせりあがってくるような気配がする。


「……バカみたい」


 頭を振って吐き捨てる。たかが雨で何を怯えることがあるのか。

 全て終わったこと。過去なんだから、私は今を見るべき。


「……だからって何でそこでハーニーが思い浮かぶのよ」


 そう悪態をつくが、嫌な想像よりは遥かにいい。そしてそれに伴って今日の予定も作られていく。

 今日もリアちゃんといよう。

 夢のせいかもしれない。放っておけないと思ってしまうのだ。

 そしてそう考えることで夢の余韻は消える。

 顔洗おう。そう思ってネリーは部屋を出た。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る