飴語
桜が咲く季節、現世では春の訪れを祝うかのように
社会人や新入生が賑わいを見せていた。
退屈な空気に新鮮な風が流れ始めたころ、
地獄の番人である獄卒たちにも新たな面々が加わってきた。
いわゆる現世においての新卒のようなもので
今年の獄卒には二匹の新人が入ってきた。
片方を『牛頭鬼』といい、もう片方を『馬頭鬼』と呼んだ。
新人の初仕事は火車に乗って亡くなった罪人を地獄へと送る任だった。
二匹は二千年、罪人を送ってきたベテランの
火車の元へと向かった。火車は二匹に対して
「新人さんよ! 早く乗りな!」
とドスのきいた口調で言うと二匹を急がせた。
火車に乗り、地獄の入口である羅生門に着くまでの間、
火車は沈黙を続けて二匹との間は気まずいものになった。
羅生門に着くと罪人たちが辺り一面埋め尽くし、
虫の音のようにうめき声が鳴りやまなかった。
上空には地獄へ連れていくための火車で満ち溢れていた。
馬頭鬼と牛頭鬼は目の前にいた罪人十人を出発前に
渡された罪人リストを見比べながら
連行する罪人たちを次々と確認しながら火車の中へと乗り込ませた。
確認後、地獄へと変えるために火車に乗り込んだ牛頭鬼と馬頭鬼は
また気まずい雰囲気の中で退屈な時間を過ごしていた。
馬頭鬼は暇つぶしに罪人リストを上から下まで
何度も繰り返し見比べながら何気なく発した。
「乗っている十人、全員が違う罪状だな」
牛頭鬼は一瞬だけ馬頭鬼の方を見るとすぐに
火車の進む方向に向き直しながら
「今の現世は罪状の数が多すぎるから十人乗って十人違う罪状でも不思議じゃない」
とだけ呟いた。すると、今まで沈黙を守っていた火車が急に口を開いた。
「そうじゃ、今の罪人は昔と同じ数の罪人が送られてくるが罪の数が多過ぎるのじゃ」
その声は悲壮感漂う声で話す火車は最初に出会った
怒りオヤジのようなイメージとはほど遠かった。
「昔は今みたいに複雑な罪状なんてなくてなぁ、
地獄の閻魔大王も簡単に罪人を裁いていたのじゃ。
しかし、今はどうじゃ。痴漢や盗用といった意味の分からない
罪状なんぞ作りおって裁くのに手間が掛かってしまう。
戦国時代なんぞほぼ全員、戦での殺人罪で裁いていたもんじゃ」
「おかげで今、地獄は大混雑でどこも多忙を極めておる。
人手の余っていた昔の方が良かったのう」
語っている火車の目はどこか遠くを見ていた。
馬頭鬼と牛頭鬼は答えることもできずに沈黙という形でその場をやり過ごした。
火車から罪人を地獄へと連行した二匹の獄卒はその場を去りながら言った。
「そういえば、罪人たちのなかにも『俺たちの若い頃は良かったな』
って言ってた奴がいたな」
「まあ、罪人も獄卒も老ければ昔を美化するんじゃねぇの。
どこの世界も変わんねぇな」
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