2.悔恨――悪神の五〇〇年前

    14(クレル=day185606/4398pt)



「――――沈んだか」


 例の……なんて言ったか、確か『アルテシア』とか呼ばれていた新人女神ルーキーが完全に水底に水没したのを確認した俺は、誰に言うでもなくそう呟いた。


 あとは土魔法で水面に蓋をしてやれば、『権能』を除けば人間並みの力しか持たねぇであろうあの新人女神ルーキーは自力で脱出できなくなる。


 馬鹿どもは…………誰も死んではいねぇな。どうも全員完全に気絶させられているみてぇだが…………手心を加えられたか? これは。


 だが、だからといって新人女神ルーキーに恩を感じて手心を加えるわけにもいかねぇ。あの新人女神ルーキーが『殺されそうになった恨み』とかを引きずるようなタイプには見えねぇが、それはそれとして『俺が間違ったことをするのを止める』とかで殺すまで何度でも立ち向かってくるタイプみてぇだったしな。


 ああいうタイプは嫌いじゃねぇが、今このときに限っては邪魔されるわけにもいかねぇんだよ。


 それにあの神職者に戻って来られると面倒だ。新人女神ルーキー相手にはブラフを張っておいたが、アイツは忌児だから殺すわけにはいかねぇし……。


 ここは、今のうちに馬鹿どもを起こして土砂崩れを成功させ、



 ――――そこで、一瞬目の前が真っ白になった。



 ……いや、別に意識を失ったわけじゃねぇ。単純に、目の前の水面が爆裂して、白い飛沫が俺の視界を埋め尽くしただけだ。


 ……………………待て、水面が爆裂だと!?


 危険を感じて横に転がるように飛び退くと、今度は俺がいた地点が地面ごと吹っ飛ばされた。


 まぁ考えないでも分かる。あれは――『跳ね返し』だ。跳ね返しで、穴の底から小石を撃ち込んだのだろう。


「ぐあー…………焼ける。そうだよ、思いっきり蒸発させたら結局自分もその蒸気の中に放り込まれるんだよ…………」


 憂鬱そうな呟きは、逆に言えば『その程度』しか困っていないという証左でもある。


 都合二発で俺が施した『封印』をぶち壊した新人女神ルーキーは、『二発目』によって穴のふちを破壊したことで生まれた斜面を登ってくる。無事地上に戻った新人女神ルーキーは、先程とは逆に転がっている俺のことを見下ろす形になった。


 その身体には、痛々しい火傷の痕が。多分、動かない蒸気の中を歩いて来たから、『跳ね返し』が作動しなくて熱をモロに浴びたんだろう。


 もっとも、そんなのは『神様』にとってはすぐに治る程度の負傷でしかねぇ。現に、そう言っている間にも火傷は治った。だから、だ。


 …………どうしてだ? 『二発目』は良い。あの時点で水は吹っ飛ばされていたわけだし、『跳ね返し』を使うのは難しいことじゃない。


 だが、問題は『一発目』だ。あの時点で、俺は水流を掌握していた。仮に小石を持ち込んでいたとして、正常に『跳ね返し』ができるはずがない。何より、いくら跳ね返しを行っていたからといって、水全部が吹っ飛ぶような爆発を起こせるわけがない。


「……てめぇ、一体何を……、」

「水蒸気爆発って知ってるか?」


 言いながら、新人女神ルーキーはいつの間にか手の中で循環させていた小石を、自分がさっきまで閉じ込められていた穴に打ち込む。


 それだけで、巨大な大穴は崩壊し、瓦礫によって埋め立てられた。……………………逃げ道を、塞がれたか。


「水と高熱の物体が接触すると、一気に水が蒸発することで爆発的な体積の膨張が起こる。水は気体になると体積が一七〇〇倍まで膨れ上がるからな。一瞬で反応が起これば、そりゃ爆発も起こるってもんだ」

「そんなことは分かってる。…………だが、あの場に高熱の物体なんて持ち込めなかったはずだ」

「それはお前の発想だ」


 新人女神ルーキーは、ばっさりと俺の言葉を切り捨てた。


「お前が言っていた、俺の能力の弱点…………砂埃がどうとか言っていたっけ。それ、お前に言われる前から気付いてたんだよ」

「…………何?」

「水浸しになった地面に、煤けた頬の俺が映ってたんでな。……能力の試運転の時にも、服や顔を汚したことがあってな……。神様は完全記憶能力を持つ。流石に二回もあれば、条件も推測できる」


 新人女神ルーキーは――いや、女神アルテシアはそう言うが……流石に無茶だ。


 いくら完全記憶能力があるからといって、別にそれは完璧な検索能力を意味するわけじゃねぇ。正しい推理力がなければ、正しい記憶と結びつけることはできねぇんだ。それを、地面に映った自分の顔を見ただけで即座に組み立てただと……?


「だから、最初に俺がお前を追い詰めた『ように見えた』あの時に撃った二発の小石の他に、俺は一発余分に小石を拾っておいた。あとは簡単だ。小石を包み込んだ掌の中で、延々跳ね返しを繰り返す。水の中で掌を開けば、空気抵抗で数千度まで熱せられた小石が水と接触する」

「…………!」

「俺の周りをぐるぐる回って穴を空けるのも、中に妙に水が入っているのも、既に確認済みだったからな。念の為カレンにはって言ったが……意図を汲んでくれて安心したよ。お前は知らないだろうが、カレンの性格上俺を見捨てて逃げるのは難しいからな」

「そこまで…………」


 俺は、ある種の畏怖を抱きながら呟いていた。


「……そこまで分かっていながら、何でわざわざ俺の策にハマったふりを……?」


 周りに空けられた穴が巨大な穴を構成する為の布石だと分かっていたなら、そこから出れば良い話だ。


 もちろんそのくらいで万策尽きるわけじゃねぇが、少なくとも水の中に閉じ込められるっていう大ピンチくらいは回避できていた。


 それに対し、アルテシアは二本指を立てて説明する。


「これ以上、カレンを巻き込まずに戦える自信がなかった、ってのが一つ」


 それから、一本指を折り、


「もう一つは――――自信がなかった。一番確実なのは、策が成ったと思わせて油断させてから逆転することだった」


 全てを話し終えたアルテシアは、手の中にあるいくつかの小石を見せる。


 ここからなら、俺が何かをする前に決着がつく、とでも言うかのように。


 神様は信仰Pを一〇〇〇点消費すればどんな負傷でも回復することができる。


 だが、それは決して不死身を意味するものじゃない。


 回復自体はあくまで『できる』ものであって、自動じゃない。回復する間もないくらいの一瞬で圧倒的に破壊しつくされれば、あっけなく死亡する。俺は、そんな風に死んでいったヤツも見てきた。


 それに、全回復するのに一〇〇〇点かかるということは――俺の場合、五回完全に壊しつくされればその時点で『終わる』ということだ。


 魔法は反射され、穴を空けても虚を突くことすらできない。


 状況は、完全な『詰み』だった。


 …………もう、俺に出来るのはアイツらの命乞いくらいだ。


「……………………さっきも言ったけどさ」


 そんな『詰み』の状況で、もう『跳ね返し』で俺の頭や心臓を穿てば決着がつくような局面になって、アルテシアは唐突に話し始めた。


「もう、こんなことはやめろ」

「……降伏勧告、か?


 皮肉げな笑みを浮かべてみせるが、アルテシアは真面目腐った表情をこれっぽっちも崩そうとはしなかった。


 そして、こう言ったのだ。


「そうだ。お前らが過去に何をして、何をされたのかは知らないが――その因果にシニオン村の人達は関係ないだろ」



 …………関係ない、だと?


 ――その瞬間、俺の脳裏にが脳裏をよぎった。



    15(クレル=day36/2200pt)



「話がげぇぞ!」


 俺は、ディレミンにそう食って掛かった。


 村が騒がしい。


 …………それもそのはずだ。だって、今は革命の真っ最中なのだから。


 とはいえ、別に俺達にその矛先が向いているわけじゃねぇ。俺達は神様だが、今は別にこの村のトップにいるわけでもねぇしな。


 この反乱は、逆に俺達を押し上げようとする民衆の動きだ。


 村のトップ――村長むらおさの一族を引き摺り下ろし、より有能で、自分達に利益を与えてくれる神様をトップにしよう、という発想。


 民衆を動かしているのは、そういう感情に他ならねぇ。


「………………」


 だが、ディレミンは何も言わない。何で何も言わないんだよ!? 民衆とのつながりは、飢餓に飢えていたヤツの救済を考えてたてめぇが一番太いはずだろ!?


「おい、何とか言えよディレミン! 何でこんなことになってんだ!? 村長の一族は、これから俺達とのパイプ役みたいなポジションに落ち着かせて、『王権神授』をやるって話じゃなかったのかよ!? なんでこんな排斥が……ッ!」


「考えが甘かったんだ」


 胸倉を掴む勢いの俺を押しとどめるように、背後から男の声が聞こえた。


「…………カーマイン……!!」


 この村の守護神……俺達の中で唯一『建国始祖パイオニア』の神話類型テンプレートを持つ男、カーマイン。


 横には、魔法研究の為にここ数日こもりっきりだったはずのサヴァートまでいる。それだけの大事なんだから、当然っちゃあ当然なんだが。


「支配者でなくなった後の支配者がどうなるか、もっと深刻に考えておくべきだった。古代ヨーロッパじゃ王の能力を失った者は殺害される風習もあったくらいだ。支配系統は常に一本化していないといけなかったのに……」

「ンなことどうでもいいだろうが、今は!!」

「もうこうなってしまったら、どうしようもないだろうが!」


 被せるように言った俺に、ディレミンが吼えた。


「……神様だからって、心のどこかで驕っていたのかもしれない。『権能』を持った神様が七人もいれば、人々の暮らしを素晴らしい方向に持って行けると。誰もが現状に満足してくれると。…………甘かった。何もかもが甘かった。『不満を持つ者が出るはずない』と思っていた」


 総括するように、カーマインは悔恨に染まった表情で苦々しく言う。


「その結果がこれだ。考えてみれば当然のことだった。優しくするばかりなら、確かに不満は出ない。だが、支配者でも何でもない者が特別なことをし続ければ、それができない支配者は民衆からどんな目で見られるか……そんなこと考えもしなかった」


 …………ちょっと待てよ。何で終わった話みたいに言ってるんだよ? なんでもう、挽回できないってことになっちまってんだよ!?


「……クレル。お前の気持ちは分かる。一番村長の一族と触れ合う機会が多かったのはお前だ。辛いだろうが、私達にはもう、村長の一族が無事に逃げ切れるよう手配するしか……」

「…………それじゃあ、この後のアイツらはどうなるんだ!?」


 だからって諦められるか!? 村長の一族は暗君って訳じゃなかった。飢饉の中で民衆を助けようと必死に頑張っていた! だから俺達は、そんな村長達を手助けしようって、この村に留まることに決めたんだろ!?

 俺のことを宥めるカーマインにそう食って掛かった瞬間、思い切り殴り飛ばされた。


「だから!! どうしようもないって言ってるだろうが!! もう俺達が止めたからって何になる? 一度生まれた亀裂はもう直せない! 村長の一族を放逐する以外に、被害を最小限に収める方法なんかないんだよ!!!!」


 ……ディレミンの拳だった。


 そして、殴られたことで頭が冷えた。


 …………誰が悪いって話じゃねぇ。悪いのは、民衆の心理を予測できねぇまま、『神様のご加護』を無邪気に振り撒き続けた俺達全員だ。その為に、村長の一族は犠牲になるんだ。


 ………………………………でも、やっぱりそれっておかしいよな。


「分かった」


 だから、俺は決める。


 この世界にやって来て、重圧に押しつぶされそうになった俺を支えてくれた、村長たちの為に俺ができることは何か。


「…………神話を、創るぞ」

「なんだと?」

「俺は、村長の一族を連れてこの村を出る。放逐された村長の一族を守護する神になる。……お前達と、袂を分かつ」

「……馬鹿な! 何でお前が!」


 決意を込めて言うと、ディレミンが真っ先に反対しだす。……なんだかんだ言って、ディレミンのヤツとはライバルみたいな関係だったしな。だが、適任は俺しかいねぇんだよ。


「カーマインとディレミンは信仰が普通の村人と結びつきすぎだ。サヴァートは能力の特性上一人にはしづらい。他の三人は今この村にいない……となれば、俺しかいないだろ」


 確かに民衆は何も悪くない村長の一族を排斥しようとしている。でも、それは何も悪くないのであって、民衆からすれば『無能なくせに自分達を支配している悪人』にしかならない。


 だから、民衆達を罰するわけにはいかない。村長の一族を悪人にしてしまったのも、民衆を暴徒にしてしまったのも、全部俺達全員の責任だ。だから、両方ともが救済されるような未来を作る義務が、俺達にはある。


「…………」

「別に、永久に袂を分かつって話にはならねぇよ。俺が村長の一族を守っている間に、お前達がこの村の反乱を治めてくれれば……。そうすれば、俺や村長の一族はまた戻ってこれる。そうだろ?」

「………………約束する」


 そこで、今まで無言を貫いていたサヴァートが口を開く。


「絶対に、元に戻してみせると。俺なりの方法にはなるが、必ずやり遂げる」


 そうして、俺達四人は手を合わせた。


 神話に語られる物語では、クレルは自分の信徒を率いて戦い、そしてカーマイン率いる神々に敗北した――そういうことになるんだろう。


 だが、真実は違う。


 たとえ、今は悪神ヒール扱いが精々でも。


 いずれは、きっと誰もが笑顔になれる未来が来るはずだ。

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