第三章 女神アルテシア、面倒をみる
1.はじまってるよ、最終決戦
13(アルテシア=day185606/2766pt)
「てめぇは、ブチ殺す」
俺を目の前にして、強盗を司る神格、盗賊団の信仰する神様――クレルはそう宣言しかけ、それからおどけるように頭を掻いた。
「…………と、言いたいところなんだが、てめぇ、なかなか可愛い顔してんじゃん」
それから、俺の顔や体を見回してそう言う。声色には、どこか軽薄で好色な雰囲気があったが…………流石にこの局面でそれを真に受けるほど、俺は頭の中がピンク色に染まっていたりはしない。
こんなものは、安い挑発だ。
「何だ、敵相手に求婚か? 神様みたいだな」
「神様なんだよ。…………ディレミンのクソ野郎を潰す為にゃあ、まだまだ戦力が足りねぇからな。てめぇを『配偶神』にしてポイントを稼げば、神様を一人味方につけた上に実績点も解放されるって寸法よ」
「断れば?」
「断る理由があるのか? 実績点がもらえるし、俺の言う通りにしておきゃあ少なくとも今すぐには死なずに済む」
言外に『従わなきゃ殺す』ときたか。いよいよ物騒になってきたな。……俺は後ろのカレンを手で制するようにする。『離れてろ』、のサインだ。
応じるように、カレンが遠ざかって行くのが足音で分かった。…………これで、相手の能力が何であれ、戦いに巻き込む心配はない。……俺の『権能』だと、多分神様相手に有効打となるのは『リフレクトキャノン』くらいだろうしな。
……『跳ね返した物体そのもの』は『神による干渉』に該当するのか微妙なところかもしれないが、駄目だったらその時はその時だ。何事もやってみなくちゃ始まらない。
……それよりコイツは今、俺達が出てきたアジトの中から出てきた。だが、そいつはおかしい。アジトの中は水浸しだし、俺達の後を追ってきたのだとすれば絶対に水浸しの地面を踏みつけた足音が聞こえるはず。
おそらく『権能』だろうが…………いったいどんな『権能』なんだ……?
警戒して相手の一挙手一投足に集中する俺を値踏みするように、クレルは眺めながら、もう一度言う。
「どうだ? 俺の嫁にならねぇか? それなら軽~いオシオキだけで済ませてやるからよ」
「嫁になってもお仕置きって、SMプレイをご所望かよ」
「いやか?」
……『いやか?』って。心にもない軽口だと分かってても、流石に笑えてくるな。
俺は溜息を吐くようにして、こう返した。
「……そもそも俺は男だよ、変態野郎」
…………その瞬間、軽薄な笑みを口元に張り付けていたクレルの表情が、一瞬だけぽかんと全くの『無』になった。
あぁ、ベテランの神様でも俺みたいな事例は聞いたことないのね……。
「…………男? マジで? そのヴィジュアルで? チンとかタマついてんの? シーメール?」
クレルの視線が、一気に俺の股間に集中する。…………そうガン見されると、ちょっと恥ずかしいな。
俺は気持ち内股気味になりながら、
「違うよ。元男だ。今は女。転生したら女神になってたんだ」
「…………何で?
「それで答えると思ってるのか?」
半分呆れて、俺はそう返した。わざわざ敵に自分の
「……マジで女になったのか?」
「………………」
俺が無言を貫き通していると、クレルの方が噴き出した。
「く、くひひ! こ、こいつは傑作だ! 野郎が中身の女とか、初めて見たわ! ひー、ひー、面白すぎる!」
……こ、この野郎、容赦なく笑いものにしやがって……! カレンがあまりにもあっさりとスルーしてたから流してたが、やっぱTSして女神様って略歴はちょっとアレなのかな……。
「…………まぁ、でも俺は神様だからそんなことは気にしねぇけどな。元が男なくらいじゃじゃ馬な方が、飼い馴らし甲斐があるってモンだ。それに、何と言っても顔がい、」
「それ以上、アルテシア様を愚弄するなッ!!!!」
そこまで言いかけたところで、退かせたはずのカレンが魔法を放つ。人間一人分くらいの大きさはありそうな火炎魔法だ。だが……、
「馬鹿カレン、相手は……!」
「神様、だぜ?」
命中した、人を失敗料理の卵焼きみたいにしてしまいそうなほどの炎は、しかし神様であるクレルには全く通用しなかった。そればかりか――
「魔法ってのは、こう使うんだよ」
そう言って、クレルは炎魔法を放つ。それを見たとき、その意図に気付いたとき、俺は戦慄した。
威力は、正直言ってカレンより弱い。ルールブックでも、神様の持つ魔力量は常人並と書いてあったし、忌児であるカレンの方が強いのは当然だ。だが――問題は、その形状だ。
クレルの炎は、扇のように大きく広がっていた。それだけじゃなく、生き物のように動いているのだ。
カレンの魔法は『撃つ』ことしかできない。だが、クレルは『撃つ』だけじゃなく『操る』こともできる。これでは、たとえカレンが迎撃しようとしても迎撃をすり抜けて攻撃を直撃させることができてしまうかもしれない。
…………!
咄嗟に、俺はカレンとの射線上に飛び出す。
もちろん、カレンの盾となる為だ。クレルの炎もそれを受けて俺を躱そうとするだろうが――――生憎、俺は『撃つ』だけの魔法と違って、状況に応じて動くことができる。
炎の動く方向へ移動すると、躱しきれなかった炎の方から激突してくれた。
何かを弾くような音があたりに響き渡る。
そして、跳ね返しに成功したなら。
たとえ自分の生み出した魔法であれ、関係なく牙を剥く!!
「うおっ!?」
クレルは呻き声をあげると、慌ててアジトの中に逃げ込む。その後を追うように跳ね返した炎もアジトの中に飛び込もうとしたが……、まるで何かに阻まれたみたいに、はじかれてしまう。
いや。
何かに阻まれたみたいに、じゃない。
実際に、阻まれてるんだ。
「なんだ、あれは……?」
クレルが飛び込んだアジトの出口は、既に異常な様態を呈していた。
そこから覗けたはずの内部は今はインクを垂らしたかのように真っ黒く塗りつぶされていて、僅かに感じ取れる黒の色彩が水面のように揺れているだけだ。
チィ……! クレルを見失った!
「どこに……、」
「正面だぜぇ!」
不意打ちを警戒して辺りを見渡そうとした、その直後。
あろうことか、クレルは真正面――アジトの出口から現れた。……裏の裏を突いたつもりなんだろうが、生憎俺の跳ね返しは自動だ。
とっさに防御の構えをとったフリをして、攻撃を待ち構える……が、予想に反してクレルは俺に襲いかかることはしなかった。
その代わり、なにやら俺の周囲を回っていた。まるで、獲物との間合いを計る猛獣のように。
それも異様だったが――最も異様だったのは、クレルの『足跡』だった。
ヤツの移動した後には、腕より太いくらいの大きさの穴が空いているのだ。おそらくは『権能』によるものだろうが……今はまだ特定できるほど材料が揃ってない。何かさせる前に叩かなくては!
決断した俺は、足元に転がってる小石を拾って跳ね返しを開始しようとする――が。
そのタイミングで、目の前に捉えていたはずのクレルが消えた。
「はっ……!?」
「後ろだ、マヌケぇ!」
虚を突かれた一瞬。その間隙に滑り込むように、背後から炎が叩き込まれる。跳ね返すことは簡単だが――振り向いたとき、そこにクレルはいない。
別方向から、今度は水魔法を叩き込まれる。もちろんこれも跳ね返されるが、そこにもクレルはいない。結局、水は地面に空いた穴に流れ込む結果にしかならない。
「無駄だぞ」
「さて、それはどうかね」
……何を考えてるんだ? 干渉が無駄なことは知れているはず。
「無駄だ」
クレルに言うと、振り向いたところでそよ風のような弱い風が舞った。
「わぷっ……?」
巻き上げられた砂埃に視界が覆われたタイミングで、何かを弾いたような鈍い音が響いた。
「……、目視できなくすりゃあ能力を破れるかと思ったんだが……どうやらてめぇの能力、完璧に自動発動みてぇだな」
土煙が晴れると、目の前二メートルほどにクレルが立っていた。
どうやら、今回は土魔法を弾いたらしい。俺の背後の大岩に、人の頭くらいの石がめり込んでいる。
あたりは、なかなか凄惨だった。俺を囲うように一面は穴だらけだし、炎で焼かれたり岩で穿たれたりしてボコボコ。
カレンやクレルの水魔法で水浸しになった地面には、土煙で少し煤けた感じになった俺の姿が映されていた。
………………、
「だから無駄だって言っただろ」
言いながら、俺はさっき舞い上げられてついた土埃を払い、地面から石を三個ほど拾う。
「……もうやめにしないか? 俺がお前らと敵対している理由は分かってるだろ。誰かを無闇に傷つけなければ、これ以上対立することはない。何か困ってるなら協力くらいするからさ」
「随分と斬新な命乞いだな」
「降伏勧告だよ」
相変わらず強気なクレルに、俺は被せるように言い返す。
「お前の使っているスキルは、二つだ」
既に、俺はクレルの扱う
穴を生み出す能力。
そして単なる超スピードには思えない移動速度。……まぁ、これは瞬間移動だろう。おそらく、『穴』を介して瞬間移動できるはずだ。
何かを生み出す能力と、それを介した瞬間移動。
神様ゆえ完全記憶能力を持つ俺は、すぐにピンときた。
「穴を空ける能力と、それを利用した瞬間移動。そして、それを満たせる
それは――――、
「
「……、」
『13.
『農作物を初めとした無生物から誕生する
『対象の無生物を自由に生み出したり対象の無生物を介した空間移動ができる』
『自分が生み出した訳ではない無生物でも空間移動を行うことは可能』
農作物を初めとした――とはあるが、別に農作物に限定されているわけじゃない。あのルールブックにこの手の『嘘は言ってない』記述が大量にあるのは身を以て経験済みだ。
それに、そうだとするなら色々と辻褄が合うのだ。
なぜ、飼いならす魔物にガルムを選んだのか。
魔物を飼い馴らす技術を開発するにしたって、別にガルムじゃなくてもよかったはずだ。ガルムは大型だし、維持するにも手間がかかるだろう。
だが、クレルの能力が穴に関係しているとなれば話は別だ。ガルムを飼い馴らせばその性質上、勝手に転移先を量産してくれるのだから。
「……だったらどうした? 俺らは謎解きバトルをしてるわけじゃねぇんだぜ」
「ああ、そうだな。…………だが気付いてないのか? 能力の詳細が知られるってことは、弱点だって気付かれてるってことなんだぞ」
そう言って、俺は隠して右手の中で跳ね返し続けていた小石を、アジトの出口の上辺りにぶちかます。
派手な轟音と共に瓦礫が崩れ、アジトの出口どころか俺達の周辺までを覆い尽くす。
ここに至って、クレルの顔色が変わった。
「てめぇ、穴を埋めて――」
「言ったろ、降伏勧告だって。蹴ったのはお前だ」
そして、即座に右手に持ち替えた小石が、音速の五倍の早さでクレルに殺到した。
――はずだったのだが。
『リフレクトキャノン』は当初の狙いを大きく外し、遠くの雲に風穴を空ける程度に終わってしまった。
…………いや、俺が外したんじゃない。跳ね返す方向は俺の任意で設定できる。
俺はクレルの足元を撃ち抜き、宙に舞い上げた上で落下地点に立ち、『お手玉』をすることで降伏を迫るつもりだった。
それなのに空を撃ち抜いているってことは――、
「地面が、傾いている?」
「いいや、それは正確じゃねぇ。『落ちてる』んだよ、てめぇの足元が」
見ると、俺の足元は――というより、俺の周りを囲んだ無数の小さい穴で囲われた領域は、明らかに地面に沈んでいた。
「――! カレン、離れてろ!」
その時、三つの現象が同時に起こった。
一つは、俺の意図を汲んだカレンの撤退。
一つは、本格的な足場の沈下。
そしてもう一つは――――水の湧出だ。
「へぇ、勝てないと悟って神職者を逃がすか。泣かせるじゃねぇか。特別にアイツは見逃してやるか」
クレルは勝ち誇ってそんなことを言うが、俺はそれに反応している暇なんてなかった。
俺の足元から、大量の水が湧き出ていたのだ。
冷たい感覚が、裸足の足裏に触れる。
「この水は……」
「さっきてめぇにぶつけた水だよ」
足元にかかる水を見て呟いた俺の言葉に、クレルはあっさりと返す。もっとも、その声色には勝利宣告にも似た響きがあったが。
「てめぇの神職者が撒いた水も混じってるだろうがな。……てめぇはもう、チェックメイトだよ」
その言葉を皮切りに、今度はクレルの答え合わせが始まった。
「てめぇの能力は、あらゆる干渉の跳ね返しによる無効化……のように見えるが、だとすると説明のつかねぇところが出てくる。……そもそも、あらゆる干渉を跳ね返すなら何でてめぇは普通に会話ができるんだ?」
…………そう。気付いていながらあっさりと流したが、あらゆる干渉を跳ね返すというお題目であれば、『権能』発動中なら俺は音すら跳ね返していないとおかしい。
……もっとも、
「つまり、そこに『条件』がある。たとえば――てめぇに既に触れているものからの干渉には、『権能』が作用しない……とかな」
つまり、既に鼓膜に接している空気の振動による干渉は受ける……ということだな。『リフレクトキャノン』の場合は、もう衝撃波の様相を呈しているから、空気が撹拌されて殆どが跳ね返し対象になってしまっているんだろう。
「それと……てめぇは気付いているか? てめぇの足元から湧き出てきた水に、『跳ね返し』が作用していねぇのを」
「………………、」
「そいつの理屈も簡単だ。さっき、てめぇは自分についた砂埃を拭ったよな? 『権能』発動中なら反射していねぇとおかしいのに、だ。そこにも条件の手掛かりがあった」
クレルは、殆ど死刑宣告をするように、
「砂埃のとき、てめぇは殆ど動いていない砂埃の中で振り向いていた。今、てめぇは殆ど動いていない水の中に地面ごと落ちている。勿論、どっちもまったく静止してるってわけじゃねぇ。だが、どっちにしろてめぇの方が速く動いていた」
…………つまり、俺の『権能』の条件というのは。
「『自分より速く動くものによる干渉を跳ね返すことで無効化する』。…………それが、てめぇの『権能』だ」
…………ぐうの音も出ない、というのはこのことを言うんだな。考えてみてもこれまでの全てに辻褄が合うし、おそらく間違いないとみていいだろう。
「それと…………えーと、何だったか? 能力の詳細が知られるってことは、弱点だって気付かれてるとか言ってたっけ?」
…………。
「…………まぁ、言うまでもないよなぁ。だっててめぇ、今俺が話している間、動きたくても一歩も動けなかったもんなぁ?」
「…………………………」
……クレルの、言う通りだった。
俺が足を動かそうとしても、足首まで沈んだ水の流れがそれを許さない。おそらく、クレルが操作しているんだろうが…………水流ってここまで強かったっけ? という感じだ。
「まぁ、ルーキーのてめぇじゃ知らねぇだろうが、今は技術が発達して、常人向けの魔法も大分使い勝手がよくなってるんだ。こうやって、水でか弱い少女を捕えられる程度にはな」
そうこうしている間も、足場はどんどん沈んでいく。
どうやらクレルのヤツ、俺の周りをグルグル回っている間、相当深い穴を生み出していたらしい。気が付けば、既に膝から下は水の中だった。
しかも、こうしている今も穴を深くしているようだ。こうなっては、水から正攻法で這い上がるのは不可能だろう。
「俺の水魔法はてめぇの神職者と違って『操る』ことまで含まれてる。土魔法で腕の形の岩を操るみてぇにな。たとえば、てめぇに接触している水を操ることで、てめぇを永久に水底に沈めたりすることもできる」
「………………、」
俺はもう、何も言うことができなかった。
「そうやって足止めしているうちに、追加でいくらでも深い穴を掘る。そうして、二度と出られないくらい底深くまでオトしてやるよ」
既に、水は俺の腰くらいまでになっていた。……いや、俺がそこまで沈んでいるというべきか。
「……ぐっ」
水流に耐えきれなくなって、俺は思わず膝をつく。
「自分だけが
クレルは、俺が倒すべきだった敵は――あるいは、俺より数百も『神様』を続けてきた先輩は、ただただ冷徹な表情で俺を見下し、こう吐き捨てた。
「
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