6.落とし穴とか古典的すぎる
8(アルテシア=day185603/2794pt)
「うわァァあああああああああああああああああ!?!?!?!?」
ズザァァァァ! と土煙を立てながら、俺の身体は凄い勢いで穴の中を滑り降りて行った。そこらのすべり台なんかよりもずっと長い。大体……一〇〇メートルくらいは滑り降りただろうか?
……神様だから無傷だけど、そうじゃなかったら危ないところだったな……うん。
服に汚れがついていないか見てみると、意外にも服は汚れていなかった。あれかな、服も神様の身体の一部だから干渉を受けない的な扱いなんだろうか。…………あれ? その割には、前にどっかで服が汚れたような……気のせいか?
ともあれ服の汚れがないことを確認した俺は、それからあたりを見渡してみる。
穴の中は、意外としっかりとしたつくりになっていた。俺が飛び跳ねたり、転がり回ったりしても全然余裕がありそうなほどだ。ちょっとした教室くらい、といえば分かりやすいか。その程度の広さはしっかりと確保されている。
が、俺は最初、この空間がそれほど広いものと認識することができなかった。
何故かって?
それは、俺の周りを取り囲むように獣がいたせいで、部屋の広さを認識できなかったからだ。
体高だけで俺と同じ――つまり一五〇センチほど――はありそうな、大型の狼。
それが、俺が見たそいつら――『ガルム』の第一印象だった。
茶色を基調とした体毛は土で汚れていて、口から垂れ流されているよだれのせいで下あごは泥のようになっている。その中から覗く鋭い牙の威圧感もさることながら、それ以上に目を惹くのは――爪だ。
前足を人間の『手の甲』としたら、それぞれ指くらいの長さがある、それでいてひょろ長い訳ではない鋭く黒光りした爪。ここだけ鉱物でできています、なんて言われても納得が行ってしまう威容だった。
流石に、『魔物』だとか呼ばれるだけのことはあるな…………。
「アルテシア様ぁ!? 大丈夫ですか!?」
「大丈夫だから来るな! 今来られたらちょっとヤバい!」
俺は穴の上にいるであろうカレンにそう呼びかけると、改めて目の前にいる魔物たち――ガルムの群れに視線を戻す。
ガルム達は律儀に待ってくれていた――――わけなどなく、俺が視線を向けた時には既に俺目掛けて飛びかかって来ている真っ最中だった。
――――。
瞬間、カチリと自分の中でスイッチが入る音が聞こえた気がした。
……この『スイッチが入る音』って、前から漠然と感じていたけど、多分能力を使うサインだよな。跳ね返しは明らかに自動的に発動してるけど、普段カレンが俺に触れたりするときには別に跳ね返しが発動している様子はないし。
それに
…………などと考えていたら、ぎゃん! ぎゃん! と悲鳴めいた鳴き声が聞こえてきた。
我に返ると、既にガルムの攻撃は跳ね返された後だった。二匹ほどのガルムが、前足を片方プルプルさせている。見てみると、ガルムの足先の爪はバラバラに割れていた。……痛そうだなぁ、あれ。
……しかし、跳ね返されたせいか後続が続いてこない。怖気づいているんだろうか? ……いや、普通こういう落とし穴みたいな巣穴を作って落ちてきた動物を狩るような生態を持つ動物が、このくらいで怖気づくはずないよなぁ?
なんていうか、ガルムが襲ってきたノリも『突然現れた外敵に相対する』みたいな感じだし。
まあいい。どのみち魔物は駆除する予定だったんだ。狩りは初めての経験だが…………だからといってやりませんじゃあ、色んな意味でおまんまの食い上げだからな。俺はともかく、カレンがいる以上それは認められない。
「依頼もあることだし…………やるしかねぇな」
そう呟いて、俺は身構える。
それとガルムが動いたのは、ほぼ同時だった。ガルム達が一斉に前足を地面に突き立てると、ズズズ! とドリルで穴でも掘るみたいにその身体が地中へと潜って行くのだ。
「ヤバい、逃げる気か!?」
思わず呻いて穴の近くまで駆け寄ってみるが、時すでに遅し。地面には都合一六個の穴が空いていた。これが、さっきいたガルムの数ってことなんだろう。
それにしても、さっきの奴らの動き……あきらかに、穴を掘る動きじゃなかった。とすると、これがガルムの持つ魔法ってことなんだろうか。地面を掘る能力。それによってできた穴を巣にしているあたり、確かに生態に密着しているな。
…………うーん、どうするか。土で穴を埋めてみたら、窒息して地面に出てきたりしないだろうか? 土くらいなら掘ったことでそのへんに散らばっているだろうし……と考えて穴の周辺を改めて見回して、俺はあることに気付いた。
土がない。
地面を掘れば当然出て来るはずの土くれが、穴の周囲のどこにもみあたらないのだ。
どういうことだ……? 土がない、ってことは……どこかしらに土があるってことだよな。
とすると、考えられるのは…………、
そこまで考えて、脳裏にあのガルムの鋭い爪が浮かんだ。そういえば、俺はアレを見た時なんて考えた?
確か、鉱物でできていますと言われても納得が行くって――――、
次の瞬間。
ぼけっと考え込んでいた俺の顔面に飛び込むように、黒光りした『弾丸』が地中から飛び出して来た。それも、無数に。
弾かれるような音と共に、それらは全部元の場所へと跳ね返されていったが…………どうやら、向こうの能力は『穴を掘る』だけじゃなく、掘った土を爪にすることも含まれていたらしい。
いや、これは因果が逆か。
触れた土を爪に変える能力を持っているから、凄まじいスピードで穴を掘ることができていて、それを利用して巣穴を作っているんだろう。
なるほど、確かに『生態に密着した』魔法だな。
さて、あれほどの速さで撃ち出された『爪の弾丸』を威力水増しで跳ね返してやったんだし、おそらくこれでガルムも片付いただろう、が――念には、念を入れておこう。
そう考え、俺は自分が落ちてきた穴の周辺を調べる。多分、このへんに転がってると思うんだよなぁ……と、あったあった。
俺は、そのへんに落ちていたガルムの爪の残骸を何個か拾い上げる。
これは、一番最初にガルムが俺に飛びかかって来たときに『跳ね返し』で砕いてやった爪だ。こいつを軽く、弧を描くように右手で放り投げて――――、
それを受け止めるように、自分の左手を差し出す。
すると、落下によって俺に接触しようとした爪の残骸たちは『跳ね返し』の影響を受けて斜め上に吹っ飛ばされる。
それを抑えるようにして、俺は投げた右手で受け止める。すると、今度はそれによって跳ね返しが始まり、さらに受け止めた左手に当たって跳ね返しが発生する。
跳ね返しの際、跳ね返された物体は跳ね返された時よりも加速して射出される――と、俺は一番最初に跳ね返しを行った時に考えた。
それで、その時『倍返しくらいかな?』なんて考えていたが……『かな?』どころの話じゃない。倍返しというのは、恐ろしいのだ。
何せ、一度跳ね返したらただの二倍だが、それが二度目なら四倍、三度目なら八倍、四度目なら一六倍、五度目なら三二倍、六度目なら六四倍…………一〇度繰り返す頃には一〇二四倍になっているのだ。
落下時の速度が大体時速五キロメートル程度だったとしても、一〇度繰り返せば時速五一二〇キロメートル。音速の四倍以上の速度になるのだ。
…………そして、その状態で一方の手を外すとどうなるか。
その先に起こるのは――――、
正真正銘、『弾丸』の発射だ。
ドッッッ!!!!!! と腹の底にまで響くような音と共に、戒めを解放された『爪弾』たちが地中深くまで叩き込まれる。ビシビシと、『これ大丈夫か?』と思うほどの地響きとひび割れが二秒ほど続いたが…………それ以降、音は生まれなかった。ガルム達の呼吸音も含めて。
これが、俺の秘密兵器――――『リフレクトキャノン』だ。ネーミングがダサいのは気にするな。昔こういうのに憧れてたんだよ。
ただ、もちろんこんなことをすればソニックブームやら何やらとんでもないことになるわけで、周りへの被害はとんでもないことになってしまう。その上、弾体に変なモノを使ってしまうと空気抵抗で燃えたりして周囲の被害はさらに倍率ドン、だ。
昨日、森でやったときはそのせいで衝撃波やら炎やらで大爆発さわぎになり、結果としてカレンにしこたま怒られたが…………ここなら、誰にも被害を出すことはない。
フフ……応用チートでうっはうはってほど使い勝手の良い武器じゃないが、それでもここぞというときの必殺技くらいにはなるかな?
そう考え、俺はふと今の信仰P残量が気になった。確か前回はあまりにも予想より速くなりすぎて、手を取り除くのが遅くなったせいで一気に三〇点も削られてたが…………、
9(アルテシア=day185603/2691pt)
「えぐ……えぐ…………」
「ほら、泣かないでくださいアルテシア様。元気出して」
「だってぇ…………」
それからしばらくしたころ。
俺は半泣きになって、カレンに慰めてもらっていた。
……いや、既に語るに落ちているが…………今回の消費ポイント、何と脅威の『一〇〇点』だった。満点だね! ……じゃねーよ! なんであれだけの戦闘で一日分の信仰P消費してんだよ! 寿命が縮んだわ! 一日!
寿命が縮んだのはまぁ良いとして、何で一〇〇点も信仰Pが減るんだよ! ちゃんと色々と計算したのに納得いかねぇ!
「…………おそらく、ガルムの砂かけのせいだと思われます」
「……砂かけ? そんなことされなかったけど」
「ですが、アルテシア様の話だとガルムが撃ったという爪の弾丸は地面から飛び出して来たのでしょう? 既にガルムの身体から離れた爪はガルムの身体ではないので土を取り込める道理もありませんし、その際に土が飛沫のように飛び散ったと考えるのが自然だと」
「………………あー…………」
「あと、『リフレクトキャノン』ですね。撃った瞬間、こっちにも『あー撃ったなー』って分かりましたし、巣穴の中で撃ったりしたら地響きとかで落ちてきた土とか色々と跳ね返しちゃったんじゃないですか?」
「………………………………」
だ、だめだ、心当たりがありすぎる。
なんだよ『リフレクトキャノン』……やっぱり産廃じゃないか…………。
最初の風でそんなに削れなかったところを見ると、流体はひと塊で一つってカウントなのがせめてもの救いだ。分子の数だけ差っ引かれますとかだったらもはや『リフレクトキャノン』どころか
…………いや、現時点でも正直対神様以外は
何にしても痛すぎる出費だ……。まだ自分の能力に慣れてないとはいえ、ちょっと能力関係で自分の首を絞め過ぎじゃなかろうか、俺。
「それでアルテシア様、ガルムの方はどうなりましたか?」
「ここまでやって全滅できてなかったら本格的に泣けて来るよ……。……あのあと一通り巣穴を巡ってみたが、ガルムは一匹もいなかった。少なくともこの巣穴にいる分は全滅しただろ」
「なるほど。依頼はちゃんとこなせそうですね」
こいつ、この期に及んで俺のこと信頼してないんだろうか……? …………今自分の言動を思い返してみたけど、カレンに信頼してもらえる要素ゼロだな俺。我ながら泣けてくる……。
「……しっかし」
心で涙を流しつつ、外面はクールに取り繕う俺は気を取り直して、
「ガルムって、確か山に巣をつくるんだよな? 俺はてっきり山から村の近くまで降りてきてるんだと思ったが…………なんでまた、こんなところに巣穴があるんだ?」
落ちたときは、こういうところに巣穴を作って落ちてきた動物を袋叩きにするのが生態なんだと思ったが…………そんな生態にしてはかなり頑強だったし、何よりあの巣穴は多対一にはあんまり向いてない気がする。
確かに人間にとってはそれなりの広さだが、ガルムは人間以上のサイズだから多少窮屈そうだったし、多分あの中で動き回ることは想定されてないと思う。
というか、ガルムの戦闘スタイルって穴を掘って奇襲って感じだったし、あの中で穴掘りまくってたら多分巣穴の強度が脆くなっていつか崩れてしまうだろう。
そう考えると、巣穴は動物が迷いこまないような高所にしか作らないのが生物としては自然なんじゃないかと思う。
そんなことを考えていると、カレンも同じように首を傾げながら、こう返してきた。
「……山の食べ物だけじゃ足りなくなった、とか?」
それ、俺がさっき言ったやつだから。
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