第三話 文化の日は、涼一と桜子の人生初デート記念日?
いよいよやって来た十一月三日、日曜日の朝、九時半頃。利川宅玄関先。
「桜子ちゃんの今日の服装、とってもかわいいわね」
「めっちゃ似合っとるよ」
「ありがとうございます、おば様、鈴菜ちゃん」
桜子は鶯色の秋用ワンピースを身に着けて、涼一を呼びに来ていた。
「涼一お兄さん、桜子お姉さんとのデート、思いっ切り楽しんで来なよ。うちは今日は友達と先輩とポンバシ巡り楽しんで来るから」
「鈴菜、デートじゃないって」
涼一は迷惑顔で照れくさそうに否定する。彼はデニムのジーパンに、グレーと白の縞柄秋用セーターという格好だった。
「じゃあ行こう、涼一くん」
「うっ、うん。今日は晴れてよかったね」
それほど派手な服装ではないそんな二人は最寄りの私鉄駅へと向かって歩いていき、
「ここに涼一くんと二人きりで来るのは初めてだね」
「確かに、そうなるね。今までは俺の母さんか桜子ちゃんの母さんに連れられてたから」
電車とバスを乗り継いで、近場にある大型ショッピングセンターまでやって来た。
館内に入ると、
「ここはもうクリスマスツリー飾ってるね」
「飾るの早いよな。まだもみじ飾った方が季節感に合うと思う」
「でももう二ヶ月切ってるし、早過ぎることもないと思うよ。それじゃまずは、レディースファッションコーナーに行くよ」
「分かった」
涼一は桜子に言われるままに、エスカレーター利用で三階レディースファッションコーナーの一角へ連れて行かれる。
「伸びて来てるのが多くなったから、パンツ買わなきゃ」
「あの、俺、本屋さんで待ってるから」
涼一は商品棚から眼を背けようとする。
ここは男には非常に居辛い下着類の売り場なのだ。
「涼一くん、すぐに選び終わるからここで待ってて。レッサーパンダさんのパンツ、かわいい! 小学生向けっぽいけど、サイズ合いそうだからこれ買っちゃおっと♪」
桜子は他にもリス、ウサギ、コアラといった動物柄や、いちご、キウイ、みかんといった果物柄のショーツも物色する。
早く、別の所へ行きたい。
涼一は大変居た堪れない気分になっていた。
同じ頃、涼一の自室では、
「涼一君、桜子ちゃんのペースに飲まれてるって感じね」
「E・リョウイチ、せっかくE・サクラコが手を繋いでくれようとしてくれたのに、勿体ないなぁ」
「なんか恋人同士というより、姉弟か女友達同士みたいです」
「ワタシもリョウイチくんといっしょにショッピングしたいなぁ」
「あたしもーっ。このお店、もうクリスマス用のグッズ売られ始めてるもん」
行事食擬人化キャラ達がモニター越しに二人の様子を見守っていた。
「Oh,リョウイチくん、またも男の子一人では入り辛いエリアに」
涼一と桜子の居場所が変わり、ランタンは興奮する。
早く、選んで。桜子ちゃん。
涼一は、今度はブラジャー売り場に連れて行かれていた。彼は先ほどよりも居辛く感じていた。
「涼一くん、どの色がいいと思う?」
桜子は涼一をからかおうという気は全くないようで、至って真剣な様子だった。白の他、紫や黒といった派手でアダルティーな色のブラジャーも見せつけて相談してくる。
「白か、ピンクでいいよ。桜子ちゃんに、そんな派手なのは似合わないから」
涼一がブラジャーから目を逸らしながら小声で即答すると、
「じゃあ私、これにするよ。選んでくれてありがとう」
桜子は白の地味なブラジャーを籠に詰めた。
「それじゃ、早くここから出よう」
「涼一くんのパンツも買ってあげるよ。トランクスかブリーフ、どっちがいい?」
「べつに、いらないよ」
涼一はちょっぴり照れくさそうに答えたが、
「いいから、いいから。この間のお礼がしたいし」
半ば強引に同じフロアにあるメンズファッションコーナーへと連れて行かれてしまった。
「涼一さん、振り回されて大変そうですね」
その様子を眺めていた菖蒲は同情する。
「リョウイチくんの態度は正しいよ。ここはサクラコちゃんの希望に合わせてあげるのがジェントルマンだね」
ランタンは涼一の振る舞いを称賛していた。
「桜子ちゃん、俺、これで」
涼一は迷うことなく自ら柄を選んだ。桜子に自分用のトランクスを選んでもらうのは非常に恥ずかしいと感じたようだ。
「涼一くん、このズボンも穿いてみて」
桜子は青色の半ズボンを差し出した。
「やめとくよ。半ズボンって、小学生みたいだし」
「まあまあ、そう言わずに。試着室あそこにあるよ」
「じゃっ、じゃあ、着てくるね」
涼一は半ズボンを受け取ると気まずそうに試着室へ入り、シャッとカーテンを閉めた。
それから三〇秒ほどのち、涼一は再び桜子の前に姿を現す。
「涼一くん、よく似合ってるよ」
「どっ、どうも」
「この服も涼一くんにも似合いそうだから、二つ買っておくね」
桜子はティーンズファッションコーナーにあった、可愛らしいポインセチアのお花の刺繍がなされた冬用セーターも手に取って、涼一の目の前にかざして来た。
「桜子ちゃん、それ、女の子向きでしょ。俺が着るのは絶対変だよ」
「涼一くん、ジェンダーの固定概念を持ち過ぎるのは良くないよ。この間、現代社会の授業で先生が言ってたでしょ。それに、この柄だと男の子が着ても変じゃないと思うなあ」
涼一は嫌がるも、桜子はその商品をレジへ持っていってしまった。
俺は、そんなの絶対着ないからね。
その間に、涼一は試着したズボンから今日着て来た長ズボンに履き替え、試着した半ズボンを商品棚に戻しておいた。
女の子のお買い物に付き合うと、本当にくたびれるよ。
涼一の今の心境だ。
ここをあとにした二人が次に向かった先は、二階の大型書店。涼一は絵本・児童書の売り場へと誘導された。
「この絵本も買おうっと」
桜子はとても楽しそうに新刊コーナーを物色する。小中高ずっと図書部に入部したほど本が大好きなのだ。
「桜子ちゃんは、こういう本が今でも好きなんだね」
周りに三、四歳くらいの子が何人かいたこともあってか、涼一は居辛そうにしていた。
「うん、私、ちっちゃい子ども向けの本、今でも新作が出たらいっぱい買い集めてるの。私将来は図書館司書さんか絵本作家さんか童話作家さんか、保育士さんか幼稚園教諭さんになりたいんだ。だから、絵本や児童書をいっぱい読んで、子どもの気持ちを深く理解出来るようにしなくちゃって思って」
桜子は満面の笑みを浮かべ、幸せそうに将来の夢を語る。
「昔話してた時より選択肢増えたね。どの道を選ぶにしても、桜子ちゃんならきっとなれるよ」
涼一は優しく励ましてあげた。
「ありがとう。涼一くんの今の将来の夢は何かな?」
「うーん……今は特にないなぁ」
「そっか。昔は宇宙飛行士とか学者とかって言ってたよね」
「うん、でも今はそうは全然思わなくなったよ。なるの難し過ぎるし」
「涼一くんは理科の先生とかも似合いそう」
「そうかな?」
「うん、絶対似合うよ」
桜子はにこやかな表情で見つめてくる。
「そっ、そういえば、もう、十一時半過ぎてるんだね。そろそろお昼ごはんにしない?」
気まずくなった涼一は視線を逸らし、館内の時計を眺めながら提案した。
「そうだね。正午過ぎになると込んでくるし、私、お腹空いて来ちゃった。このファミレスで食べよう」
桜子は店内パンフレットの案内図を指差す。
「もちろんいいよ」
涼一は快くオーケイした。
「それじゃ、行こう。あっ! この男の子と女の子、かわいい。懐かしいなぁ」
桜子は近くの七五三特設コーナーに飾られたツーショットカラー写真に目が留まる。
「そういや、もうすぐ七五三の時期でもあったね」
涼一もちらりとそこを見てみた。
「やっぱ子どもは涼一くん鈴菜ちゃんみたいに男の子と女の子両方欲しいね。七五三、三回ともお祝い出来るし、雛人形も五月人形も飾れるし」
「そっ、そうだね。じゃあ、早くお昼食べに行こう」
桜子ににこやかな表情で見つめられながら言われ、涼一はちょっぴり動揺してしまう。
ともあれ、二人はお目当てのファミレスへ。
「二名様ですね。こちらへどうぞ」
入店すると、ウェイトレスに二人掛けテーブル席へと案内された。
向かい合って座ると、桜子がメニュー表を手に取ってテーブル上に広げる。
「涼一くん、何でも好きなのを頼んでいいよ」
「じゃあ俺は、天ざる蕎麦で」
「涼一くん渋いねえ、私は……あのね、私、お子様ランチが、食べたいなぁって思って」
桜子は顔をやや下に向けて、照れくさそうに小さな声でぽつりと呟いた。
「桜子ちゃん、今でもお子様ランチ食べたがるなんてまだ子どもっぽいとこあるね」
涼一はにっこり微笑みかける。
「お目当てはおまけなんだけど、さすがに高校生ともなると恥ずかしいから、ロコモコにするよ」
桜子はますます照れくさくなったのか、メニューを変更。
「桜子ちゃん、本当は食べたいんでしょ? 今食べないときっと後悔するよ。栄養満点で大人の方にもお勧めですって書かれてるから、桜子ちゃんが頼んでも全然変じゃないと思う」
涼一がこう意見すると、
「じゃあ私、これに決めたっ!」
桜子は顔をクイッと上げて、意志を固めた。すぐさまコードレスチャイムを押してウェイトレスを呼び、メニューを注文する。
それから十分ほどして、
「お待たせしました。お子様ランチでございます。はいボク。ではごゆっくりどうぞ」
桜子の分が先にご到着。イルカさんの形をしたお皿に日本の国旗の立ったチャーハン、プリン、タルタルソースのたっぷりかかったエビフライ、ハンバーグステーキなど定番のもの。その他お惣菜がバリエーション豊富に盛られ、おまけには可愛らしいイルカさんのストラップが付いて来た。
「……俺のじゃ、ないんだけど」
涼一の前に置かれてしまった。涼一は苦笑いする。
「涼一くんが頼んだように思われちゃったんだね」
桜子はにこにこ微笑みながら、お子様ランチのお皿を自分の前に引っ張った。
……今でも中学生に間違われることはよくあるけどさぁ。
涼一は内心ちょっぴり落ち込んでしまう。
さらに一分ほどのち、涼一の分も運ばれて来た。
こうして二人のランチタイムが始まる。
「エビフライは私の大好物なの」
桜子はしっぽの部分を手でつまんで持ち、豪快にパクリとかじりついた。
「美味しい♪」
その瞬間、とっても幸せそうな表情へと変わった。
桜子ちゃん、幼稚園児みたいだな。
涼一は天ざる蕎麦の麺をすすりながら、微笑ましく眺める。
その頃、涼一のお部屋では、
「お子様ランチ、あたしも食べたぁーい。さくらんぼさんと生クリームの乗ったプリン、すごく美味しそう♪」
キャロルがモニター画面を食い入るように見つめていた。
「キャロルちゃん、食いしん坊だね」
「ランタンお姉ちゃんには言われたくないなぁ」
「アタシはお子様ランチより、E・サクラコが最初に注文しようとしたハワイ料理のロコモコの方が好きだな」
「わたくし達も、そろそろお昼にしましょう。リビングからピザ○ットとケン○ッキーとマ○ドとミ○ドの広告取って来たわよ。どれでも好きなのを選んでね」
「さすがオセチちゃん、気が利くね。ワタシ、ポテートとフィレカツバーガーとコーラ、全部Lサイズね。それと、アップルパイと、チキンナゲットと、チョコドーナッツも」
「ランタンさん、それはちょっと食べ過ぎですよ」
菖蒲は困惑顔で、
「ランタンちゃんったら、正月太りする時期じゃないんだから」
「ランタンお姉ちゃんの方がずっと食いしん坊だね」
「E・ランタン、さすがアメリカ人気質なだけはあるな」
御節、キャロル、ハロハロはにこにこ笑いながら指摘する。
「そんなに多いかな? じゃあ、Sにするよ」
ランタンは照れくさそうにしながらも、不満そうにメニューを変更した。
涼一と桜子のいるレストラン。
「涼一くん、天ざる蕎麦だけじゃ足りないでしょ。私のも少しあげる。はい、あーん」
桜子はハンバーグステーキの一片をフォークで突き刺し、今度は涼一の口元へ近づけた。
「いや、いいよ」
涼一は左手を振りかざし、拒否した。涼一はお顔をケチャップソースのように赤くさせ、照れ隠しをするように麺を勢いよくすすった。
「涼一くん、かわいい♪ あの、涼一くん、このあとは映画見に行こう」
「映画かぁ……べつに、いいけど」
これってもろにデートコースだよな。桜子ちゃんはそんなつもりじゃないんだろうけど。
桜子からの突然の提案に、涼一はちょっぴり戸惑いつつも引き受けた。
それからしばらくのち、この二人が昼食を取り終えレストランから出てすぐに、
「私、おトイレ行ってくるから、この荷物持っててね。ここから動いちゃダメだよ」
桜子は休憩用ベンチの前でこう伝えて、最寄り女子トイレへと向かっていった。
涼一は紙袋を受け取ると、ベンチに腰掛け紙袋を横に置いた。
早く、戻ってこないかなぁ。
気まずい面持ちで桜子の帰りを待つ。紙袋の中には動物&果物柄ショーツと、ブラジャーという男が持っていたら変質者扱いされかねないグッズが詰められてあったからだ。
同時刻、涼一のお部屋では、
「E・サクラコ、おトイレ行くみたいだな。カメラ、E・サクラコ追って」
「あーん、ワタシ、リョウイチくんが待ってる間、どんなしぐさをするのかが見たいのにぃ」
「アタシ、E・サクラコがおしっこしてるところ、観察したぁーい」
「リョウイチくんのしぐさぁ」
ハロハロとランタンはリモコンを引っ張り合い、映写位置争いを繰り広げていた。
「ハロハロちゃん、そんな恥ずかしい行為を覗いちゃダメって涼一君と菖蒲ちゃんに注意されたでしょ」
御節は照焼きチキンピザを齧りながら困惑顔で注意する。
「ハロハロお姉ちゃん、おトイレ覗いたら菖蒲お姉ちゃんが恐ろしい戦国武将になっちゃうよ」
キャロルがフライドチキンを齧りながら怯え顔でそう言うと、
「そっ、そうだった。危ねぇー」
ハロハロはすぐさま大人しくなった。
「ほらっ、ワタシの選択の方がベターでしょ」
ランタンは得意顔になる。
「E・ランタンも一昨日まであんなに楽しんでたくせに」
ハロハロはぷくぅっとふくれた。
「あのう、わらわのことをあまり怖がらないで下さいね。あの能力は滅多に現れないので」
菖蒲はチョコレートシェイクをストローで吸いつつ、照れくさそうに伝える。
涼一と桜子のいるショッピングセンターでは、
「お待たせーっ。涼一くんは、おトイレいいの?」
あれから三分ほどのち、桜子が戻って来た。
「大丈夫だけど、一応行っておくよ」
涼一は少し決まり悪そうに、男子トイレへと向かっていく。
「急がなくてもいいよ」
見送った桜子がベンチに腰掛けてほどなく、
「おーい、さくらこ。さっきりょういちくんといたでしょ」
「デートだよね?」
同じクラスの親友二人とばったり出会った。
「デートになるのかな?」
桜子はきょとんとした表情になる。
「お二人さんのこれからのご予定は?」
「これから映画を見に行く予定なの」
親友の一人からの質問に、桜子はほんわか顔で即答した。
「やっぱデートじゃん。遊園地には行かないの?」
「そこには、行く予定ないけど」
「さくらこ、遊園地はデートの定番コースだよ。行かなきゃ勿体ないよ。映画見終わったら行って楽しんできなよ」
「じゃあ、そうしようかな。ありがとう。アドバイスしてくれて」
「いえいえ、どういたしまして。ほなね、さくらこ」
「バイバイ桜子、また明後日学校でね」
「うん、ばいばい」
親友達はエスカレータで下の階へと降りていった。こうしてまた桜子一人になる。
それから三〇秒ほどして、
「桜子ちゃん、お待たせ」
涼一は戻って来た。
「じゃあ涼一くん。映画見に行こう」
「うん」
このあとも引き続き、仲睦まじいカップルのように手を繋ぎ合ったり肩を組み合ったりすることはなく、桜子が前を歩き涼一が後ろをついていく形で併設するシネコンへと向かっていったのだった。
*
「桜子ちゃんは、どの映画が見たいのかな?」
「あれだよ」
涼一に尋ねられると、桜子はいくつかあるポスターのうち対象のものに近寄る。
「えっ! あれを見るの?」
涼一は動揺した。
「涼一くん、かわいい女の子がいっぱい出て来るアニメ好きでしょ?」
「確かに好きだけど、こういう、子ども向けのじゃなくて……」
「私も大好きなの。私が今日、涼一くんを遊びに誘った理由は、いっしょにこれが見たかったからなんだ。さすがに高校生にもなってこれ観に行くのは気が引けるから悩んでたんだけど、観に行かないと絶対後悔すると思って」
桜子は満面の笑みを浮かべ、弾んだ気分で打ち明ける。それは本日公開されたばかりの女児向け魔法もありのファンタジーギャグアニメだった。
チケット売り場にて入場料金を支払うと、受付の人がチケットと共に入場者全員についてくる、キラキラして可愛らしいおもちゃのペンダントをプレゼントしてくれた。
「桜子ちゃん、これあげるね」
「ありがとう♪」
涼一は速攻桜子に手渡した。桜子が受け取ったものとは種類違いだった。
二人はお目当ての映画が上映される4番スクリーンへ。薄暗い中を前へ前へと進んでいく。
「桜子ちゃん、なんか周り、幼い子ばっかりだから、やっぱりやめた方が……」
「まあまあ涼一くん、気にしなくてもいいじゃない。さっき私と涼一くんより年上の大学生っぽいカップルも入っていったことだし。たまには童心に帰ろう」
涼一は桜子に右手をぐいぐい引っ張られていく。前から五列目の席で、涼一は桜子と隣り合って座った。座席指定なのでそうなってしまった。
視線を感じるような……。
涼一はかなり落ち着かない様子だった。他に四十名ほどいた客の、七割くらいは就学前だろう女の子とその保護者だったからだ。
この上映は、行事食擬人化達も涼一の自室からモニター越しに眺めていた。
「このアニメ、キッズ向けと謳いつつ、ブルーレイディスクの販売収益を上げるためなのかさりげなく大きなお友達も対象にしてるわね」
「確かにキャラデザがそんな感じだね。声優も大友に受けそうなラインナップだし。でもアメリカに輸出しても規制なくそのまま放送出来そうな健全さだね」
「映画をタダで視聴するのは、いと良くないと思うのですが、このアニメ映画はいと面白いですね。大人も嵌ると思います」
「この映画館は4DX対応してねえんだな。アタシ達がモニター越しに演出してあげようぜ。雨とか風とか、今映ってるスイカの香りとか」
「いいねえハロハロお姉ちゃん。あたし雪降らせてイルミネーションも灯したぁい」
ハロハロの企みに、キャロルは乗り気で賛同する。
「ハロハロさん、キャロルさん、非対応の映画館でそのような演出をすると、照明器具やスピーカーが故障する恐れがありますし、後始末も大変ですし、なにより大半の観客には喜ばれるどころかいと迷惑がられると思いますので、やめましょうね」
けれども菖蒲から微笑み顔でやんわりと注意されると、
「はーい。しません」
「確かにE・アヤメの言う通りだな」
あの姿に変身されることを恐れて素直に控えたのだった。
※
「しゃべる野菜や果物やお菓子さんもすごくかわいかったね。とっても面白かった。涼一くんもそう思うでしょ?」
上映時間一時間ちょっとの映画を見終えて、桜子は大満足な様子で劇場内から出て来た。
「まあ、思ったよりは……俺の好きな声優さんも出てたし。子どもの騒ぎ声がうるさかったけど」
「涼一くんも昔はあんな感じだったよ」
「そうだったかな? 覚えてないなぁ」
「子ども向けアニメって、高校生になった今観ても面白く感じれるよ。あのっ、涼一くん、これから遊園地行こう!」
「遊園地!? ……まあ、いいけど」
ますますデートコースじゃないか。
唐突に誘われ、涼一は動揺する。嬉しさ七割照れくささ二割気まずさ一割といった心境だった。
*
ともあれ、路線バスを乗り継ぎ二人っきりでやって来た近場のミニ遊園地。
「涼一くん、まずはミニコースターから乗ろう」
桜子からこう誘われると、
「いいけど。遊園地へ来たからといって、必ずしもジェットコースターに乗らなきゃいけないってことはないと思わない? 他に、もっと面白い乗り物がたくさんあるし」
涼一はコースターのレールを見上げ、苦笑いしながら意見した。
「涼一くん、ミニコースターは普通のジェットコースターほどは怖くないよ」
桜子はにっこり笑顔で勧める。
「……じゃあ、乗るよ」
涼一はここで付いていかなければ男として非常に情けないと感じ、仕方なく付いていくことにした。
ミニコースター乗車口に辿り着くと、
「このコースター、一番前の席を取りやすいのがいいよね」
桜子は満面の笑みを浮かべる。
「車両、こんな形なのか……」
一方、涼一は暗い表情だった。ミニコースターという名の通り車両は二つしかなく、最前列かそのすぐ後ろ側に乗るしか選択肢がないのだ。
「涼一くん、怖がらなくても大丈夫だよ」
桜子は優しく微笑み、涼一の右手を握り締めた。
マシュマロのようにふわふわ柔らかい感触が、涼一の手のひらにじかに伝わる。
「あっ、ありがとう」
涼一は照れくさがりつつ、ぎこちない動作で席に座った。
「涼一くん、一番前は迫力ありそうだね」
「……うっ、うん」
楽しそうにしている桜子をよそに、涼一はここから逃げ出したい気分だ。
ほどなくして、座席の安全バーが下ろされる。
もう引き返すことは出来ない。
涼一は安全バーを必要以上の力でしっかりと握り締めた。
〈発車いたします〉
この合図で、ミニコースターはカタン、カタンと音を立てながらゆっくりと動き出した。
こっ、怖い。特にこの発車してから落下するまでの時間が……。
涼一は周りの風景を見ないよう、目を閉じてしまっていた。
ミニコースターが坂道を登り切り、レールの最高地点に達した直後、一瞬だけ動きが止まる。
「うをわああああああああああああああああああああーっ!」
そのあと一気に急落下。と同時に、涼一は思わず大きな叫び声を上げる。もちろん楽しんでいるからではない。恐怖心を強く感じていたのだ。
「おううううううううううううーっ!」
桜子は満面の笑みで喜びの悲鳴を上げた。
「楽しんでる桜子ちゃんとは対照的に、涼一君はかなり怯えてるわね。さすが七草粥系」
「リョウイチくん、チキンで情けないけどなんかキュートッ!」
「涼一お兄ちゃん、この乗り物で怖がってたら空飛ぶソリには乗れないね」
「E・リョウイチはシュノーケリングも怖がりそうだな」
「涼一さんは今、阿鼻叫喚していますね」
涼一の自室から、御節達は楽しそうに観察する。
遊園地内。
「あー、すごく気持ちよかった♪」
ミニコースターから降りた直後、桜子は幸せいっぱいな表情を浮かべていた。
「……死ぬかと、思った」
涼一の顔はまだ蒼ざめていた。
「涼一くん、あんなちっちゃいジェットコースターで怖がるなんて、情けないよ」
桜子にくすっと笑われてしまう。
「だって、思ったより速過ぎて。車より速いくらいの速度出てたと思う」
涼一はやや震えた声で言い訳した。
「でも普通のジェットコースターよりは遅かったでしょ。じゃ、次はいっしょにプリクラ取ろう」
「いいけど。プリクラかぁ……」
桜子からの誘いに涼一は乗り気ではなかったが、手を引かれ無理やり連れて行かれる。
「あーん、ゴーストハウスはデートの定番スポットなのにスルーしちゃったよ。It‘s boring.」
「七草粥系男女には不人気みたいね」
おばけ屋敷前を素通りされ、ランタンと御節はちょっぴりがっかり。
「わらわも幽霊は大の苦手です」
「あたしもーっ。怖いよぉ~」
「E・アヤメ、E・キャロル、幽霊と戯れるのも楽しいもんだぜ」
びくびく震え出した菖蒲とキャロルに、ハロハロは爽やかな表情で説明する。
遊園地にいる二人が次に向かった先は、メルヘンチックな外観のアミューズメント施設だった。室内へ入り、プリクラ専用機内に足を踏み入れると隣り合って並ぶ。
「一回五百円か」
ミニコースターと同様、涼一が気前よくお金を出してあげた。
「私、このパンダさんと写れるやつがいいな」
桜子に好きなフレームを選ばせてあげる。
モニターには専用機内部までは映らず、
「中でエッチなことしてるのかな?」
ランタンはにやけ顔でこんな妄想をふくらませたのだった。
*
撮影&落書き完了後。
「きれいに撮れてるよ」
取出口から出て来た十六分割プリクラをじっと眺め、感心する桜子。自分が見たあと涼一にも見せてあげた。
「桜子ちゃん、俺の顔に落書きし過ぎだよ」
涼一は苦笑いだ。けれどもちょっぴり嬉しくも思った。
「ごめんね涼一くん、ついつい遊びたくなって。あの、私、次はこれがやりたいな」
桜子はてへっと笑い、プリクラ専用機向かいの筐体に近寄る。
「桜子ちゃん、動物のぬいぐるみが欲しいんだね」
「うん!」
涼一からの問いかけに、桜子は弾んだ気分で答える。桜子がやりたがっていたのはクレーンゲームだ。
「あっ、あのナマケモノさんのぬいぐるみとってもかわいい! お部屋に飾りたいなぁ♪」
お気に入りのものを見つけると、透明ケースに手のひらを張り付けて叫ぶ。
「桜子ちゃん、あれは隅の方にあるし、他のぬいぐるみの間に少し埋もれてるから、難易度は相当高いよ」
「大丈夫!」
涼一のアドバイスに対し、桜子はきりっとした表情で自信満々に答えた。コイン投入口に百円硬貨を入れ、押しボタンに両手を添える。
「桜子ちゃん、頑張って! 落ち着いてやれば、きっと取れるよ」
涼一はすぐ後ろ側で応援する。
「私、絶対取るよーっ!」
桜子は慎重にボタンを操作してクレーンを動かし、お目当てのぬいぐるみの真上まで持っていくことが出来た。続いてクレーンを下げて、アームを広げる操作。
「あっ、失敗しちゃった。もう一度」
ぬいぐるみはアームの左側に触れたものの、つかみ上げることは出来なかった。再度クレーンを下げようとしたところ、制限時間いっぱいとなってしまった。クレーンは自動的に最初の位置へと戻っていく。
「もう一回やるっ!」
桜子はとっても悔しがる。お金を入れて、再チャレンジ。しかし今回も失敗。
「今度こそ絶対とるよ!」
この作業をさらに繰り返す。桜子は一度や二度の失敗じゃへこたれない頑張り屋さんらしい。けれども回を得るごとに、
「全然取れなぁい……難し過ぎる」
徐々に泣き出しそうな表情へ変わって来た。
「俺も、あれはちょっと無理かな」
涼一が困った表情で呟いた直後、
「涼一くん、取って。お願い!」
「……わっ、分かった」
桜子にうるうるした瞳で見つめられ、涼一のやる気が少し高まった。
「ありがとう、涼一くん」
するとたちまち桜子のお顔に、笑みがこぼれた。
「涼一お兄ちゃん、サンタさんになれるようにツェンピア!」
「リョウイチくん、very kindだね」
「涼一さんは、いと良きお人です」
「涼一君、心優しい男の子ね」
「E・サクラコもよく健闘してたぜ」
その様子を、キャロル達もモニター越しに楽しそうに眺めていた。
まずい、全く取れる気がしないよ。
涼一の一回目、桜子お目当てのぬいぐるみがアームにすら触れず失敗。
「涼一くんなら、絶対取れるはずだよ」
背後から桜子に、期待の眼差しで見つめられる。
よぉし、やってやるぞ。
それを糧に涼一は精神を研ぎ澄ませ、再び挑戦する。
しかしまた失敗してしまった。アームには触れたものの。
けれども涼一はめげない。
「涼一くん、頑張って。さっきよりは惜しいところまでいったよ」
桜子からエールが送られ、
「任せて。次こそは取るから」
涼一はさらにやる気が上がった。
三度目の挑戦後。
「……まさか、本当にこんなにあっさりいけるとは思わなかった」
取出口に、ポトリと落ちたナマケモノのぬいぐるみ。
涼一は、桜子お目当ての景品をゲットすることが出来た。ついにやり遂げたのだ。
「やったぁ!」
桜子は満面の笑みを浮かべて大喜びし、バンザイのポーズを取った。
「たまたま取れただけだよ。先に桜子ちゃんが、少しだけ取り易いところに動かしてくれたおかげだよ。はい、桜子ちゃん」
涼一は照れくさそうに語り、桜子に手渡す。
「ありがとう、涼一くん。ナマちゃん、こんにちは」
桜子はさっそくお名前をつけた。受け取った時の彼女の瞳は、ステンドグラスのようにキラキラ光り輝いていた。このぬいぐるみを抱きしめて、頬ずりをし始める。
「リョウイチくん、おめでとう! Third time lucky.だね」
「Hau‘oli! E・リョウイチ」
「涼一お兄ちゃん、パリヨンオンネア! 桜子お姉ちゃんに一足早い素敵なクリスマスプレゼントを贈れたね。涼一お兄ちゃんは立派なサンタさんだよ。あたしもあのかわいいぬいぐるみさん欲しいな」
「わたくし、涼一君はやれば出来る子だと思ってたわよ」
「涼一さん、おめでとうございます。三度目の正直ですね」
モニター越しに眺めていたランタン達も大きく拍手した。
遊園地内の二人は他にもコーヒーカップなどいくつかアトラクションを楽しんだあと、最後の締めくくりに大観覧車に乗ることにした。最高地点では地上からの高さが五〇メートルにまで達する、この遊園地一番の目玉アトラクションだ。
「涼一くん、せっかくだし、二人だけだし、あっちの方に乗ろっか?」
「……うん、いいよ」
シースルーの方かぁ。あれは平気だけど、もろにカップル向けだよな?
涼一は今からそれに乗ろうとしていた大学生らしき男女カップルにちらっと視線を向ける。もう一方のゴンドラは六人乗りのファミリー向けノーマルタイプだ。
涼一と桜子は二〇分ほど待って四人乗りのシースルーゴンドラに乗り込むと、向かい合って座った。係員に鍵をかけられ、ゆっくりと上昇していくと、
「ちょっと怖いけど、いい眺めだね。夕日もきれーい」
桜子は幸せそうな笑みを浮かべて下を見下ろす。
「そっ、そうだね」
早く、一周してくれないかな?
涼一は気まずさと若干の恐怖心が相まって、高いドキドキ感と居心地の悪さを感じていた。目のやり場にも困っていた。
二人っきりで観覧車に乗ったのは、お互い今回が初体験だ。
「この状況ならきっとキスするね」
「わたくしはしないと思うなぁ。涼一君にそんな勇気はないわ」
ランタンと御節はわくわくしながら、観覧車内の二人の様子を観察する。
ハロハロとキャロルは二人の観察に飽きたのか、ベッドにうつ伏せで並んで寝転がり涼一の所有するマンガを読み漁っていた。菖蒲は学習机備えの椅子に腰掛けて、涼一が学校で使っている国語便覧を熟読する。
それから五分ほどのち、
「あーん、結局キスなしかぁ。いまどき小学生でもキスくらいはするのにぃ。It‘s boring.」
「ほらね」
御節は勝ち誇ったような表情で、がっかりするランタンを眺める。
涼一と桜子は普通に取り留めのない会話を交わしただけで、観覧車は一周し終えたのだ。
その後も手を繋ぐとか抱き合うとかキスするとか、恋人同士らしいことはせず、二人は遊園地をあとにしたのだった。
☆
「おかえり涼一お兄さん、桜子お姉さんとキスはしたかな?」
涼一は帰宅後、廊下にてさっそく鈴菜からにやけ顔で質問された。
「するわけないって」
「やっぱり。涼一お兄さんと桜子お姉さんとの仲、昔から全然進展せぇへんね」
苦笑いで迷惑そうに答え、ちょっぴり残念がる鈴菜の横を通り過ぎ、洗面所へ。
手洗い、うがいを済ませて自室に向かうと、
「リョウイチくん、今日のデートは楽しかった?」
今度はランタンから質問された。
「うん。けっこう、楽しかったよ。デートじゃないけど」
「涼一さん、いと幸せそうですね」
菖蒲は涼一の満足げな表情を見て、にっこり微笑んだ。
「みんなに、お土産買って来たよ。桜子ちゃんには辰夫と啓作に渡すって言って怪しまれないようにした」
涼一は苦笑いしながら手提げ鞄の中から、チョコレートやクッキー、キャンディーなどが詰められた菓子箱を取り出した。
「わぁーっい! 涼一お兄ちゃんからの一足早いクリスマスプレゼントだぁ。Kiitos! 涼一お兄ちゃん大好きーっ♪」
「マハロ、E・リョウイチ、気が利くね」
「さすが涼一君、七草粥系男子ね」
「サンキュー、リョウイチくん。食べ過ぎには気をつけるね」
「涼一さん、ありがとうございます」
行事食擬人化キャラ達みんなから大いに感謝され、
「どういたしまして」
涼一は照れ隠しするように頭を掻いた。
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