第12話 復活のシスティーナ《アポクリュフォン》

「グレゼル爺さん、また、昼間っからお酒飲んでるの?」


 システィーナは昔なじみの天使に声をかけた。


「ひっく! 余計なお世話だよ! お好み焼き食べながら酒を飲むのが最高なんだよ!」


 グレゼルと呼ばれた年老いた天使は、うつむきながらお好み焼きをパクついていた。

 時折、グラスの酒をあおり、白いものが交じった髪をかきむしっている。

 二枚羽根の身分の低い天使のように見えるが、飲んだくれて、老いぼれていても不思議な風格を持つ天使だった。

 

「そうなんだ。私もモダン焼きをひとつお願い」


 仕方ないので、グレゼルの隣の椅子に腰を下ろした。 


「はい」  


 店主の圭の温かみのある声が返ってきた。

 鉄板の上に具を混ぜた材料を落として、それとは別に焼きそばを焼き始める。 


 システィーナは最近、天軍旗艦『ミルイール』の中央天球居住区の片隅にあるこのお好み焼き屋がお気に入りだった。太陽系第三惑星地球転生組の圭という女性がやっているお店なのだがそれなりに流行ってるようだ。


 今日は昼時も回ってしまい、そろそろ閉店も近いので人はまばらだった。

 が、店の隅でいつもマンガ本を読んでいる奇妙なアメリカ人の常連であるスティーブとかもいたりする。

 彼はいつもの焼きそばではなく、オムそばを食べていた。


「───大天使長のミカエル様が記憶喪失だとか、メタトロンの裏切りで第二天≪エデン≫が占領されるとか、こんなお先真っ暗なのに、酒を飲まずにいられるわけないわい!」


 グレゼルは今日も浴びるように酒を飲んで憂さを晴らしていた。

 店主の圭は黒い瞳を細めながら優しく語りかけた。


「グレゼルおじいさまの気持ちはわかりますわ」

 

 そう言いながら、巧みなコテ捌きで、素早くモダン焼きをひっくり返した。


「この老いぼれの気持ちを分かってくれるのは圭ちゃんだけだよ。うっうっ」


 グレゼルはしまいには泣き崩れてしまった。 


「グレゼル爺さん、確かに、今はピンチだけど、天界の騎士たちも捨てたもんじゃないわよ。智天使ケルビムのサムエルも≪ホワイトナイトソード≫で出撃したわよ」 


「え? それはどういうことなんじゃ?」


 グレゼルはふと顔を上げて圭の方の顔を見た。

  

「そうそう、私の幼馴染の雄介もサムエルと一緒に出掛けちゃったのよ」 


 圭はにっこりと笑いながら言った。

 そして、グレゼルは隣にいるシスティーナをはじめて見た。


「───シ、システィーナ様、記憶喪失になってたんじゃ」


「うん、今もそうよ。だけど、コーシと約束したし、行かなきゃいけないよ。グレゼル爺さん、≪アポクリュフォン≫は出撃できる?」


 まるでピクニックに行くかのようにシスティーナは言った。


「ふっ、そうじゃった。この前の天使大戦の時もシスティーナ様はわしが止めるのも聞かず、出撃しましたな」


 老天使の目に光が宿り、急に鋭くなった。

 グレゼル、天翼の騎士ウィングナイトの設計者にして、天軍でも最高の技術を誇るマイスターであり、≪鉄腕グレゼル≫の二つ名を持つ男であった。

 

「酒で手が少し震えますが、≪アポクリュフォン≫は最高の整備チューンをし、更なるパワーアップも施してますわ。あの暴れ馬を、システィーナ様は乗りこなせますかな?」


 グレゼルは不敵な笑みを浮かべていた。


「そうね。この私を誰だと思ってるの? システィーナに不可能はないわ!」


 システィーナも啖呵を切った。


「いいでしょう。一緒に格納庫に行きましょうか」


 グレゼルは酔ってふらつく身体をシスティーナに支えられながら立ち上がった。


「行ってらっしゃい。モダン焼きはシスティーナ様が帰って来るまで取り置きしておきますね」


「ええ、お願いします」


 圭はふたりの後ろ姿を見送りながら手を振った。



  

     †




「システィーナ様、ルナです。お久しぶりです」


 天工精霊のルナがモニターに映る。

 エメラルドグリーンの髪と双眸、白い肌が宇宙服から覗いている。

 背中には二枚の透明なはねが見える。


「この前の天使大戦以来だから千年ぶりぐらいかしら? その間、眠ってたの?」


 システィーナは懐かしさに顔がほころぶ。


「それぐらいでしょうかね。幸せな夢を見て眠ってたので、つい、この間のようです」


 ルナは本当に幸せそうに、にっこりと笑う。


「休息は充分ね。そろそろ行くわよ」


「了解です。ソードシップ≪アポクリュフォン≫出撃! グレゼルさん、操艦はお任せします」


「任せろ! 久々の出撃で腕が鳴るわ」


 と叫んでるモニター越しのグレゼルの両腕が少し震えてるが、基本、天工精霊アイヴィーの航行制御なので心配ない。


「長距離ワープで戦場に直行します。ワープのショックに備えて下さい」


 天工精霊アイヴィーが控えめな声で宣言する。

 次の瞬間、全天モニターの漆黒の宇宙が歪んだかと思うと、凄まじい衝撃が襲ってきた。  

 ワープ中に何かのトラブルに巻き込まれたようだ。 


「アイヴィー、何が起こったの?」


 天工精霊のルナがアイヴィーに尋ねる。


「ははは、転位座標を間違えたみたいです」


 実はドジっ子のアイヴィーが答えた。

 ソードシップ≪アポクリュフォン≫の漆黒の機体は、長く巨大な砲塔のようなものに激突し、破壊して停止していた。

 幸い、機体に損傷はないようだ。


「僕の次元砲をよくも壊してくれたな!」


 そこは天界第二天の惑星要塞"エデン" 直上である。

 すぐそばに、淡く青色に発光する機体が見える。  

 魔天騎士ルシファーナイトナンバー7、スナイパー・デュエルの騎乗する<青騎士>である。

 

「ごめなさい。ちょっと勢い余って………」


 アイヴィーは咄嗟に謝ってしまったが、敵の武器を破壊するのは別に構わないと思う。


「謝って済む問題ではないだろ!」


 スナイパー・デュエルの追及は厳しい。


「アイヴィー、一度、離れて。<青騎士>を殲滅するわ」


 ルナもさすがにしびれを切らした。

 ソードシップ≪アポクリュフォン≫は逆噴射で後退して、急速に<青騎士>との距離を取った。


 ≪アポクリュフォン≫の上部甲板からせり上がるように、腕組みをした漆黒の人形機体が現れた。

 魔導騎士グノーシスナイト<アポクリュフォン>の勇姿であった。


「ふっ、笑止な。黒槍ナイトスピアーで血祭りにあげてやるわ!」  

 

 <青騎士>は背中に背負っていた黒い槍を構えて、迎撃態勢を整えた。


「<破天剣はてんけん>抜刀!」


 システィーナは黒い剣を鞘から抜いた。

 小刻みに震える<破天剣はてんけん>は、やはり波動剣の一種である。

 触れるもの全てを一瞬で両断する威力を秘めていた。





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る