クズに愛の花束を

橋本成亮

僕と彼女の出会い

 ネオンライトがギラギラと輝く街。脂ぎったおっさんやキャッチの兄ちゃん、色気を撒き散らす女と、多種多様な人々がそこを彷徨っている。彼らに紛れ込むように、僕も街を歩く。

 女にフラれた腹いせに風俗へ。

 自分がこんなに短絡的な人間だとは思ってもいなかった。とはいえ、止める気もない。 デリヘルやソープといった様々な業種があるのは何となく知っていたけど、金銭的にも高価なところには行きづらくて。少しは敷居が低そうなピンサロに僕は向かっていた。

 雑居ビルの5階に、僕の目当ての店はある。別にどの店でも良かったんだけど、ネットで検索したら上位でヒットしたからそこを選んだ。

 エレベーターに乗り込んで、それが上昇するのと共に胸の鼓動が速くなる。

 浮気をしようとしてるわけでもなければ、自分は18歳だって越えている。生活費や仕送りに手を出しているわけでもなく、大学の授業の合間にこなしているバイトで稼いだ金で遊ぼうとしている。

 後ろめたさを感じる理由はないはずなのに、どこか悪いことをしている気がするのはなぜだろうか。

 何となく気後れしてしまったけど、乗り込んでしまったエレベーターは故障もせずに無事に5階まで到着してしまった。

 エレベーターの扉が開いて、一歩踏み出してみた。

「いらっしゃいませー! お兄さん、うちの店どう?」

 ホストのなり損ないみたい男が、胡散臭く笑いながら話しかけてきた。

「えーっと、はい。お願いします」

 何と返事をすべきかも分からず、変なことを言ってしまった気がする。なんで僕がかしこまってるんだ? とはいえ、口から出てしまったことは仕方ない。

 了承の返事に気を良くしたのか、男は早口に言葉を続けた。

「あざまーすっ! 今ね、一番人気のゆうちゃんが空いてるんですよ! 初めての来店なら、指名料込みでこの値段! お得ですよ!」

 そう言って彼は看板の料金表を指さした。正直、金額相場とか人気とか、あまり分かっていない。とはいえ、その値段自体は予算の範疇ではあったし、店の前に立っているのも何となくの恥ずかしさがあったせいで、二つ返事で了解した。

「じゃあそれで」

「あざまーすっ! それじゃ、料金頂戴しますね。こちらの待合室でお待ちくださーい」

 提示された金額通りの紙幣を渡して、カーテンで仕切られただけの待合室のボロい椅子に腰かけた。

 ……こんな感じなんだ。

 やたらうるさくてポップなBGMが流れていて、とてもエロいことをするようなムードには思えないけど、そういう店なのには間違いがないはずだ。

 何となく異世界にきてしまったような戸惑いと、 後ろめたさと、でも悲しいかな男としてやっぱり期待するものもある。言葉にするのは難しいけど、今までの人生で経験したことがないようなテンションになっている。

 平日の昼間ということもあってか、他のお客さんはいないみたいだ。一人で落ち着かない気持ちになっていると、やっと店員から呼びかけられた。

 「お客さん、来てください」

 言われるがままに待合室のカーテンを潜ると、禁止事項を読み上げられた後にブースの指定をされた。

 店内は柵か何かで分割してブースを作っているらしく、僕はそのなかで3番ブース、一番奥だった。

「それではごゆっくりどうぞー!」

 僕をブースの前まで案内すると、受付の男はそんな言葉を残して待合室の方へ戻っていった。

 「ごゆっくりって言われても……」

 柵はやたらと低くて立ってる人からは丸見えみたいだし、そもそも今は何をして待っていれば良いのかも分からない。

 とりあえず床に座って黙って待つ。そういえば、一番人気ってことしか聞いてないからどんな女の子がきてくれるのかすら分かっていない。

 勢いだけでここまできてしまったな、なんて独りごちてもどうしようもないんだけど。

 数分待ったところで、場内アナウンスが聞こえた。

『ゆうさん、3番ブースへどうぞっ』

 その声と共に入口からの気配を感じると、女の子がブースの入口に立っていた。

「こんにちはー! 初めまして、ゆうですっ」

 視線を上げてみると、黒髪をミディアムボブにした、ちょっと小柄な女の子が立っていた。

 女性や女といった表現よりは少女の方が適切かな。薄暗くて顔ははっきりと見えてないけど、醸し出している雰囲気や動作は何となく同年代のものに思えた。

「どもー」

ぺこり、と頭を下げて挨拶を返すと、彼女は靴を脱いでブースの中に入ってきた。

「初めまして? だよね! わかーい! お兄さん、いくつ? あ、言いたくなったら言わなくていいよー」

 早口でガンガンまくしたてながら、彼女は僕の正面に座した。

 正面から見た彼女の顔はやっぱり幼くて、さすがに未成年ということはないだろうが、僕より歳上でもないとは思う。しかし、それでも顔の造作はさすが一番人気というべきか綺麗なもので、美人ではなくとも美少女という言葉がぴったりと当てはまりそうだった。

「あー、えっと、21、です」

 何となく歯切れが悪い返事になってしまったのは、この空間に飲まれているからか、彼女の美貌に怖じ気づいているからか。

「えっ、今年21になったの? 同い年? 今年22になるの?」

 その問いかけと共に彼女は僕の手を取って、上下に揺らしてきた。女性と手を繋ぐなんて、今までにも何度もしてきた。それでもドキドキしてしまうのは、何でだろう。相手が可愛いから、なのかな。

「あ、今年21、です。4月で21になりました」

「えー、最近じゃないですかー! 同い年だー、やったー! 私は6月で21になりますー!」

「あ、でもやっぱり同い年なんだ」

 歳上ではない、という読みが当たってふと呟いてしまった。彼女は目敏く……ではなく、耳敏くそれを聞いたようで、問い返してくる。

「やっぱりって?」

「いや、同い年くらいかなー、って思ったから。雰囲気とかさ」

「あ、そう? 若いお客さんって珍しいから、私にしてみたら皆同い年みたいに見えるけど」

 そう言って彼女はふふふっと妖しく笑って見せた。

「今日は何でこの店に? 風俗通いが趣味なんですか?」

「まさか! 初めてですよ、初めて!」

 慌てて彼女の言葉を否定すると、彼女は意外そうに目を丸めた。

「あら、そうなんですか? ほら、一人で来てるみたいだから慣れてるのかなって思って。初めてなんですね、そっか」

 そういって彼女は意味深そうに頷いて見せた。それが何だか可笑しくて、僕は思わず笑みを漏らす。

「あっ、やっと笑った?」

 彼女はしてやったりという顔でにこっと笑うと、言葉を続けた。

「お兄さん、緊張してるのか知らないけどずっとガチガチだったから。少しは気が緩んだ?」

「そんなに?」

「そりゃもう、これから職場の上司に怒られますー! みたいな顔だったもん」

「上司なんていないけどね」

 そう言うと、彼女は目を大きくして驚いた。

「えっ、社長?」

 なんでそうなるんだよ、と思わず苦笑を洩らし、言葉を返した。

「いや、学生だから」

「あー、学生さん! 私が高卒だから、その発想は無かったなー。大学生?」

 その質問には肯定の意をこめて頷いて見せた。

「通りで若く見えるわけだー。うわー、珍しい珍しい」

 ぺたぺたと僕の顔を触りながら、彼女はすっと僕の隣に来た。綺麗に整った小さな顔が僕の目の前まで近づいてきて、思わず目を逸らしてしまう。

「もー、何で顔そらすの?」

 拗ねたような上目づかいでこちらを見つめてくる。仄暗い部屋の中でもはっきりと分かるくらい彼女の目は大きくて、吸い込まれそうになる。

「これから私たち、楽しいことするんじゃないのー?」

 猫撫で声をあげながら、彼女は僕の胸元に顔をうずめた。何だか良いにおいがする。

「ね、こっち見て?」

 そう言うと同時に彼女は僕の両頬を手で挟み、顔を合わせた。

 頬が熱くなるのを感じる。彼女はそのまま顔を僕と同じ高さに持ってきて、すっと耳元で囁いた。

「お兄さん、こんなお店に来るなんてエッチだね」

 彼女の言葉は僕の羞恥心を煽りながら、耳元で紡がれる。

「何をしたくてここに来たのかな? ゆうに教えて?」

 小さな声と共に吐息を感じて、少し身震いしそうになってしまう。何だろう、恥ずかしいんだけど、嫌じゃない。

「えっと……」

 言葉を続けられずに悶えていると、彼女は責めるように呟きを止めない。

「言ってくれないと分からないよ? 何でお兄さんはここに来たのかなー?」

 うふふ、と笑ったところまで計算しているのだろうか。何にせよ、このまま黙っているのは許してくれないらしい。

「それは、えーっと……」

「うんうん」

 彼女は言葉の先を心待ちにしているかのように頷きながら待っている。

「彼女にふられた心の傷を癒しに? かな?」

「へっ?」

 想定外の返事だったのだろうか、彼女は間抜けな声をあげてきょとんとした目で僕を向いた。

 そりゃ、こんなところであんな質問をされたら、普通はエッチなことをしに来たとか言うべきなんだろうけどさ。

「この間、彼女にふられて。思ったより傷ついてたから、人生経験も兼ねて?」

 疑問調なのは、これが果たして何の人生経験になるのか自分でも分かっていないから。単に、自棄になってるだけっていうのも分かっているんだけど。

「ふられたの? お兄さんが?」

 その問いかけには、首肯で返事を示そう。 彼女は僕を見ながら、言葉を続ける。

「えー、何で? 何でふられたの?」

「話すと長いようで短いんだけど……」



 そして僕は自分の経緯を彼女に話し始める。

 僕と彼女は共通の趣味をきっかけに仲良くなった。話すのも楽しかったし、二人で遊ぶことも少なくなかったし、気づいたときには僕は恋に落ちていた。

 しかし、彼女には彼氏がいたし、それは叶わぬ恋だと自覚していたからこそ、僕はそれを胸のうちにしまっていた。つもりだった。

 ある日、彼女と二人で飲みに行くと、酔った勢いで僕は口を滑らせてしまった。

「付き合ってほしいとかじゃないけど、僕が好きなのは君なんだ」

 漏れた言葉を受け止めた彼女は、彼氏と別れるから付き合ってほしいという返事をくれ、僕たちはめでたく恋人同士になった。

 もちろん、悪いことをしているという意識はあった。「付き合ってほしいとかじゃない」なんて言葉は彼女を選んだ時点で意味をなしてないし、彼氏にしてみたらただ彼女を奪われたのと何も変わらない。

 告げた時点では、僕だって深望みをしていたわけじゃない。それは本当のことだ。

 ただ、自分の胸のなかにある気持ちがたまりすぎて、苦しくて、伝えてフラれて縁が切れた方がすっきりするんじゃないか、解放されるんじゃないかと思って。本当にそれだけだったんだ。

 でも、目の前に人参がぶら下げられてしまった。それに飛び付かないバカ……いや、賢人はどれくらいいるだろうか。

 今まで胸に秘めてた気持ちが報われると知ってしまったら、それを拒むことなんて僕には到底できなかった。

 付き合い始めたばかりの頃は、僕は有頂天になって浮かれていた。次のデートはどこに行こう、彼女は何が好きなんだろう。

 想像もしてなかった幸福が訪れた僕の頭の中はそんなことでいっぱいだった。

 とはいえ、不安が全く無いということでもなかった。

 例えば、彼女の元彼氏は超有名企業に勤めるエリートサラーリーマンで、そんな男の後に僕みたいな学生と付き合って、彼女は満足するのだろうかとか。彼女自身がとても美人であったが故に、自分の容姿がひどく情けなく思えたりだとか。

 言ってしまえば、僕はとてもネガティブな人間なんだと思う。気持ちを告げた時にもうまくいくとは思ってなかったし、自分のことが嫌いで、自信が持てないんだ。

 そんな不安や焦りを感じた僕は、「とにかく何とかしないといけない」という方向に進んでしまった。

 何をすべきかも分からないのに何かをしないといけない、成長しないといけないという気持ちになって、資格の勉強をしてみたり、ファッション雑誌を読み漁ったり、色んなことに取り組んだ。

 勉強もファッションも嫌いじゃないんだけど、『したいからする』ではなくて、『しないといけない』という義務感で始めたそれは、僕のなかで重荷になっていた。

 サッカーをしたい、本を読みたいとかそういう欲を押さえて、義務感を消化することを続けていくうちに、僕は疲れてしまったんだ。

 そして、そうやって精神を疲弊させてるところで彼女に告げられた言葉はこれだった。

「今は誰かと付き合いたいとかじゃなくなったから、別れよう」

 僕が何かしたから、至らぬところがあったから、とか言われたなら、満足はしなくても納得はできたのかもしれない。

 ただ、その言葉を聞いた時に、納得もできないそれを否定することも、彼女を責める気持ちも出てこないほど僕の心は疲弊していた。その結果として、行き場のない気持ちは僕自身を責めることでどうにか落ち着かせようとしてしまった。

 僕がもっとかっこよければ良かったのに。

 僕にもっと将来性があれば良かったのに。

 そんな自責の念で自分を縛って、別れた後もしばらくは落ち込んでたし、何かをしなきゃいけないという気持ちでいっぱいだった。

 僕はダメな人間なんだ、屑だ、人の彼女を奪うようなやつなんだ。

 頭のなかをそんな言葉が巡りめぐって、そして僕は限界を迎えた。

 半月ほど高熱にうなされ、それはストレスから来たものだったらしい。慣れないことを続け、自分を縛っていると、人間は案外脆いらしい。

 その体調を崩して倒れている間、僕はあることを考えていた。

『仮に僕が完璧な人間だったら、彼女は僕の前から消えなかったのだろうか』

 きっとその答はノーだと、僕は結論付けた。 それはある意味で逃げの解答なのかもしれないけど、そう考えるしかなかったんだ。

 勿論、僕は自分のことを立派な人間だと開き直ってそんな答を出したわけじゃない。どちらかといえば、自分が屑なのは自覚している。

 でも、彼女の別れたいとか付き合いたいってわけじゃないって気持ちは、僕に対して向かっているけど、きっと僕に限った話でもなくて。

 仮に僕より立派な人間がいたとしても、彼女はその答を出したんだろう。ならば、僕も少し息を抜こう。

 一度倒れたことで冷静になった僕は、そんな結論を出した。

 今まではちょっと気をはって頑張りすぎたから、ちょっと落ち着こう。遊んでみよう。

 そんな気持ちで、今までにしたことがないことをしてみたり、行ったことがないところに行ってみたりをしているうちに、今日、ここに来ることを決めたんだ。

 どんな場所なんだろうって興味もあり、彼女と別れてからも自己処理をするような気力もなかったのもあり、無駄に勇気を振り絞れるような精神状況だったのもあり。

 こんな異世界みたいなところだとは思わなかったけどね。



「……って、ことがあったんだよ」

 ここに来るまでの経緯を彼女に話してみると、すっと気分が楽になったことに気がついた。誰にでも話せるような内容でもないと思って、今まで誰にも話したことはなかった。

 それなのに、今日会ったばかりの、僕の名前も知らないような人に話して楽になるとは、何とも変な話だ。いや、知らない人だからこそ話せたこともあるんだろうけどさ。

「へぇ……大変だったね」

 彼女は半分同情したような、半分対応に困ったような目でこちらを見てきた。そりゃ、初対面の客にこんなことを言われても困るんだろうけどさ。

「まだその元彼女のこと好きなの?」

「え、いや、もうそうじゃない……かな」

 少なくとも、まだ好きだったらこういう店には来てないと思うし。倒れて答を求めている間に、彼女への気持ちも徐々に消化してしまったんだと思う。

 ありえない仮定として、もし今から彼女に「よりを戻したい」と言われても、きっと断ってしまうと思うし。嫌いになったというよりは、そうやって振り回されるのに疲れて、もう関わりを持ちたくないと言うべきなのかな。きっと彼女も、屑な僕にそんなことを言われたくはないんだろうけど。

「そっか! じゃ、次探そうよ、次! 私なんてどう?」

 そう言って彼女が浮かべた笑みは、何だか脆くて儚くて。冗談に冗談で返そうとしても、つい見とれてしまって何も言葉にできなかった。

冗談を言ってるはずなのに、目は何となく寂しそうな。それがなぜなのか僕には分からないけど、とにかく僕にはその笑顔がひどく寂しいものに見えた。

「ねー、黙ってないでさ、つっこんでよー! それとも、本当に私にしちゃう?」

 その言葉を耳にして、やっとツッコミを口にする。

「お姉さん、名前も知らないでしょ?」

 そう言うと、彼女はしまったという顔をして僕を見た。

「あ、そうだった! その話を聞く前に知っとかないといけなかったかなー! お兄さん、お名前は? あ、偽名でもいいけどね。あと、私はおねーさんじゃなくてゆうだから!」

 元のハイテンションに戻った彼女は、僕の顔を見て首をかしげた。偽名でも良いと言われても、パッと思い付くような偽名もなくて、僕は本名をそのまま告げた。

「カズヤ、です」

 あの話をした後に自己紹介なんて、改めて何だか変な気がしてきた。

 彼女は僕の名前を何度か呟いた後に、僕の顔を両手で挟んだ。

「カズヤね、おっけー! もう忘れないから!」

 儚さも脆さも感じられない、ニコニコした笑顔を浮かべながら彼女がそう言ったところで、アナウンスの声が響いた。

「あっ、時間だ……」

 彼女はバツが悪そうにそう呟いた。そっか、僕が自分語りをダラダラとしているうちに、思ったよりも時間は進んでいたらしい。

「ごめんね……スッキリしに来たのに……」

 申し訳なさそうな表情の彼女に、僕は否定と感謝を伝えよう。

「いや、話聞いてもらえて楽になれたんで全然……むしろ、俺の全然面白くない話に付き合ってくれてありがとう」

 彼女は申し訳なさそうな表情を浮かべたままではあったけど、「ううん、それならよかった。ありがとね」と言い、僕にブースから退出するように促した。

立ち上がってバッグを持とうとしたところで、彼女は思い出したかのように「あっ」と声をあげた。どうしたんだろうと、僕は彼女に疑問の眼差しを向ける。

「名刺、渡してもいいかな? また来てもらえるか分からないけど」

 特に断る理由もないので、了承の返事をする。彼女は名刺らしきカードを取り出して、ペンで何かを書き足していた。よしっ、と一言呟いたかと思うと、それを差し出してきた。

「頂戴します」 なんて、冗談混じりで返しながらそれを受けとると、そのまま腕をひっぱられた。

「おっと……」

 そんな焦り声を漏らした瞬間、僕の唇に柔らかい何かが触れた。それが少しだけ熱のこもった彼女の唇だと気づいたのは、それが離れた後だった。

「ごちそうさまでしたっ」

 満足そうに彼女が言ったのを呆けて見てしまった。きっと、凄く間抜けな顔だったと思う。

「立場、逆じゃない?」

 そんな言葉がその直後に出てきたのは、自分でもなかなか頑張ったなって感じだ。

「確かにー! ま、細かいことは気にしないの!」

 そう言って、彼女は僕の手を引っ張って入口まで連れていく。

「ありがとうございましたー! 時間見てなくてごめんね!」

「いえいえこちらこそ……ありがとうございました」

 そんな、何とも分からないやり取りを終えて、僕は店を出ていった。

 何だか不思議な気持ちだった。最初に感じていた背徳感は全く無くなっているし、抜いてもらったわけでもないのに気分もスッキリしている。何だか、いろんな意味で異世界で異常な体験をしていた気がする。

「……すごいなぁ」

 そんな呟きと共に、僕は家路に向かう。

 これが、僕と彼女の出会いだった。

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