紅茶パワー

「会長っ、僕が悪かったって言ってるじゃありませんかっ!」

「うっさいっ! おまえがあたしのお菓子勝手に食べたのが悪いんだろーがっ!」


「だってテーブルの上に放置されてるんだもん……僕だってお腹空いてたし……」

「あれはあたしが最後の一個をお昼に食べようと取って置いたもんなんだぞっ! 勝手に食うなっ!」


「だったら会長っ、名前とか書いておいてくださいよー!」

「うるさいっ! このバカトモっ!」


「バカとはなんですか、バカとは!」

「バカだからバカと言ったんだっ!」


 七月上旬のとある土曜日、生徒会室では大きな叫び声が響き渡る。



 そう、それは午前中の授業が終わり、昼過ぎの放課後のことだ。


「まったく……暑いなぁ……」


 僕はいつもの放課後と同じく、土曜日の放課後も生徒会室に向かう。七月にもなると、上が半袖ワイシャツとネクタイだけという夏服でも暑い。

 僕はネクタイを少し緩め、ワイシャツの襟元を広げる。とにかく今は、早く冷房完備の生徒会室に行きたい。長い廊下を渡りきった先、僕はやっとのことで生徒会室にたどり着く。


「ああ…涼しいなぁ…」

 僕は冷房の吹き出し口の真下に陣取り、下敷きを団扇がわりにしてパタパタと仰ぐ。生徒会室は、この学校の中でも数少ない冷房が設置してある部屋なので、暑い夏でも快適な空間にすることができる。


 ふと、生徒会室の真ん中になる、いつもみんなでお茶を飲んだり、おしゃべりしたりする丸テーブルの上に、何か置いてある。

「宮城銘菓……荻の月? ……なんだこれ? ……今朝はこんなもんなかったような……」

 どうやらお菓子の箱のようだ。


「あれっ? 何か入ってるのかな?」

 箱を持ち上げると、何か入ってるような感じがした。

 僕は気になってその箱を開ける。中には「荻の月」と書いてある小さな箱が一つだけ入っていた。元々は十個の小箱が入っていたと思われる箱なのだが。

 小箱の中には、透明なセロファンのようなものに包まれた黄色いふわふわした饅頭のようなものが入っていた。


「なんで一つだけなんだろ……でも……これってこのまま置いていたらこの時期だと痛んでしまいそうだし……」

 しかも、そのとき僕は少し空腹感があった。土曜の半ドンの放課後、昼食を食べていないから当然だ。


「どうしようかな……なんか一つだけ残ってるというのもあれだし……箱も片付けたいし……」

「ええぃ!食べちゃえ」

 僕は何も疑いもなく、その「荻の月」なるお菓子を口に入れた……と、その瞬間、


「トモーっ!あたしのお菓子ーっ!」

 どうやら、その「荻の月」なるお菓子は小夜子会長のものだったようだ。



「もう……さよちんもトモくんもやめなさいよぉ」

 優子ちゃんが止めようとしても、小夜子会長の怒りは収まりそうもない。


「このバカトモっ! おまえなんか死んでしまえっ!」

 小夜子会長が「宮城銘菓」と書いてある箱の角の部分を振りかざし、僕の頭上に直撃させる……何度も。

 バキッ! バキッ! バキッ! バキッ! バキッ! バキッ! バキッ!


「痛いっ!……痛いです……痛いですよぉ……やめてくださいよぉ」

「うるさいバカトモっ! 男のくせにこれくらいで痛がるなっ!」

 小夜子会長の「お菓子の箱の角攻撃」が続く。そして、その箱の角が潰れてやっとのことで「お菓子の箱の角攻撃」が終わる。


「はぁはぁはぁ……」

 小夜子会長の怒りはまだまだ続きそうだ。すると、


「紅茶、淹れましたよ~」

 優子ちゃんの、優しい柔らかい声が生徒会室を包み込む。


「トモっ! お茶だ! 一時休戦だ!」

「あっ……はいっ……わかりました……会長……」

 僕と小夜子会長は、お互い背を向けて優子ちゃんが淹れてくれた紅茶を口にする。


「うーん、やっぱ優子の紅茶は美味いなぁ~、うまい! うますぎる!」

 小夜子会長は満足した顔をする。


「お茶、美味しいですね」

 僕も優子ちゃんの淹れてくれた紅茶を飲む。すると、なんでだろう……さっきまでの小夜子会長への怒りの感情が収まった。


「ふたりとも、仲直り……ね」

 優子ちゃんが笑顔で微笑む。すると、

「トモ……あの……さっきは……悪かった……たかだか一個のお菓子で……」

 小夜子会長が恥ずかしそうに、僕に視線を合わせないようにうつむき加減で言う。

「いえ……僕が勝手に会長の饅頭を食べたのが悪かったんです……ごめんなさい」


 紅茶って、不思議な力があるもんだ。さっきまで喧嘩していた僕と小夜子会長をすぐに仲直りさせてくれるなんて……


 昭和五十八年、七月の昼下がり、生徒会室には夏の日差しが差し込む。僕たちをスポットライトのように照らし……

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