二十一世紀型ビジネスモデル

「遅くなりましたー」


 放課後、僕はいつものように生徒会室の扉を開く。すると、


「お帰りなさい、ご主人様っ!」


 小夜子会長、優子ちゃん、さっちゅん先輩、生徒会女子一同で謎のお出迎え……


「えっ……これっ……何なんですかー?」


 彼女たちは、紺の白襟のワンピースに白いエプロン……髪には白いカチューシャ……なんだか現在とはかけ離れた、十九世紀末期から二十世紀初期みたいな姿だ。

 なんでみんなこんな姿なんだろう。僕は彼女たちの行動が理解できなかった。


「あの……何ですか? その格好?」

 僕は、おそるおそる小夜子会長に聞いてみた。


「おっ、トモ、いいとこに気がついたな!」

「いや……普通、誰でも変に思うでしょ」

「どこが変なんだー? いわゆるハウスメイドというやつだぞ? そんなことも知らねえのか?」

小夜子会長が小さい体で、とても似合ってるとは思えない「ハウスメイド」の姿で説明する。


「ハウスメイド? って、要するにお手伝いさんですよね、あと家政婦とか言うことも」

 僕はなにげなく言うと、


「お手伝いさんとか家政婦とか言うなーっっ!! このバカトモっ!」

小夜子の右手には、この前みんなで食べたクッキーの缶の蓋が……やっぱり、これはくるのかな?


 ペシッ! ペシッ! ペシッ! ペシッ! ペシッ!

「痛いっ! 痛いです……会長っ…やめて…やめてくださいよぉ……」


小夜子会長は何か気に入らないと、すぐに僕を何かしらで叩く。初めて会ったときは上履き、この前はプラの洗面器、そして今日はお菓子の缶の蓋……よくぞ思いつくもんだ。そのうちバケツやかなダライになるのではないか……


「トモくん、お茶飲みませんか~?」

 優子ちゃんがいつものように僕に紅茶を淹れてくれる。

 僕は、丸テーブルのいつもの席に座る。


 そういえば、生徒会室になぜ喫茶店みたいな丸テーブルがあるのか、僕は以前から不思議に思っていたのだが……なんでも少人数で話し合うときは、普通の四角い机より丸テーブルの方が、お互いの意見を交わしやすいということを誰かに聞いたことがある。


 優子ちゃんがティーカップを差し出す。

「おつかれさまでした、ご主人様~」

「えっ……何? 何なのですか? そのご主人様っての??」


 すると、優子ちゃんは

「わたしは今、トモくんに仕えるハウスメイドですよ、だからご主人様なの」

 服のせいか、優子ちゃんの笑顔がいつもよりパワーアップしている感じだ。


 僕は自分の顔が真っ赤になっているのがわかる。目の前でいきなり女の子に「ご主人様」なんて言われたら、僕じゃなくても動揺するだろう。


「あのっ……その……ご主人様っての……なんか……困ります……」

 僕はなんだかとても照れくさい……と言うよりは恥ずかしい。


「え~? 何でですか~? ご主人様~?」

「だっ……だから……やっ……やめてくださいよ……その……僕……恥ずかしい……ですよぉ」

 僕はもう恥ずかしさで、優子ちゃんの顔を見ることすらできない。


「あはははは、こりゃ面白い! トモのやつ真っ赤になってるなぁー、笑い止まんねぇーなぁ」

 小夜子会長が、床ををバンバン叩き笑い転げる。


「ご主人様~、抱っこなんていかがです?」

 さっちゅん先輩がいきなり僕を抱きかかえる。そう、お得意の「お姫様抱っこ」だ。

「うわっ……さっちゅん先輩っ……やめてくださいよぉ……」

「どうしてですか~? ご主人様~」

「だから……僕を抱っこするのも……そのご主人様ってのも……やめてくださいって……」


「わぁはははは、もうおかしいっ! 最高っ!」

 小夜子会長の笑いはさっきよりも激しくなる。


「さっちゅん先輩っ、はやく……はやく下ろしてっ……」

 僕はなんとか、さっちゅん先輩の「お姫様抱っこ」から開放された。


 なんだか最近、僕はすっかり生徒会役員の女子たちに、完全に「オモチャ」扱いにされているようだ。僕をからかって、そんなに面白いのだろうか。まあ、彼女たちにとっては面白いのだろうけど、僕には到底納得がいかない。


「だいたい、そもそも誰がこんなこと考えたんですかー?」

「あたしだっ! 文句あっか?」

 やっぱり、こういうくだらいこと考えるのは小夜子会長か……


「だいたい、この服買う予算とかどうしたんですかー?」

 僕は小夜子会長に問い詰める。


「生徒会のM資金だっ!」

「それはこの前、テレビ買うのに使いきったでしょ」

「うっさいなぁ、トモは……そんなことよりも今を楽しめよ!」

「いやっ……楽しめと言われても……僕は……」

 ある意味、小夜子会長の後先考えない行動は羨ましい。優柔不断な僕にはとても出来そうにもない。


「何だよトモ! 面白くないのか?」

「いやっ……だっ……だって……恥ずかしいですし……その……ご主人様っての……」

 僕は再び顔を真っ赤にしてしまう。思い出すだけで恥ずかしい。


 すると、小夜子会長は小さい体で堂々と言う。

「これはだな、来客をお屋敷のご主人様として迎え、ハウスメイドが世話をするという、いわばハウスメイド喫茶だなっ!」

 なんだか意味不明な設定だ。そもそも、学校の教室の中でお屋敷の気分を味わえというのには、とてつもなく無理がある。


「ハウスメイド喫茶……そんなの需要あるんですかー?」

 僕にはこんなのとても需要があるとは思えない。まあ、文化祭のネタとしては使えなくはない気もするが……まったく、小夜子会長の発想には何かと驚かせられる。


「これはだなー、男にはご主人様で女にはお嬢様てな具合にだな、金持ちのお屋敷暮らしの超リッチな気分を味わってもらうんだよ! これぞお・も・て・な・しというやつだ!」

 小夜子会長は胸を張って言う。ある意味この人、大物だ……


「まさにこれは二十一世紀型のビジネスモデルっていうやつだな! 今から特許でも取っておくかー?」

「会長……二十一世紀って、まだまだ先じゃないですかー」

「バーカ、二十一世紀ったら昭和七十六年だろっ! あとたった十八年後じゃないか?」

「でも……昭和七十六年ったら、僕たちもう三十歳超えてますよ」

「うーむ……」


 僕も、小夜子会長も、優子ちゃんも、さっちゅん先輩も、一同じっと考え込む。


 昭和五十八年の六月の夕方……日差しが段々強くなってきた今日この頃……

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