生徒会な人々 その2 副会長の日々

「トモく~ん、お茶淹れましたよ」

「あっ、優子さん、ありがとうございます」


 今日も優子さんは生徒会室で紅茶を振る舞ってくれる。最近、優子さんは僕のことを「トモくん」と呼んでくれる。


「優子さん、いつも美味しい紅茶ありがとうございます」

 僕が生徒会での楽しみのひとつが、この優子さんの淹れてくれる紅茶だ。一般的なティーバッグではなく、茶葉から淹れてくれる本格的なものだ。


 生徒会室の水回りやその隣の整理棚には、優子さんの私物であろう、紅茶を淹れる道具やら、見るからに高価そうなティーポットやカップにソーサーが並んでいる。

 もしかして優子さんはとんでもないお嬢様なのだろうか……などと思いつつも、いつも自然体で笑顔を振りまいてくれる優子さんに、つい見とれてしまう。


「トモくん、お茶の味はいかが?」

「あっ……美味しいです」


 今日は生徒会室には、僕と優子さんの二人きり……なんだかいつもより緊張してしまう。


「優子さんは何で一年生なのに生徒会の役員になったんですか?」

 僕はなにげに気になっていた。僕と同じ学年の優子さんが、僕より前にすでに生徒会の役員になっているからだ。


「わたしはさよちんに誘われてね。わたしとさよちんは幼なじみだし」

「優子さんと会長って幼なじみなんですかー」

「そう、小学生の頃からね」


「へぇー……で、昔の会長って、やっぱり今みたいに男子みたいな行動や言葉遣いだったんですか?」

「うーん……さよちんは昔も今もあまり変わってないかな」

「そうなんですかー……小学生から成長してないんですかー……」


「トモくん、それ、さよちんに言っちゃだめですよー」

「いや……言いませんよ……言ったら本気で殺されそうだし……って今の台詞、会長に言わないでくださいよ」


 僕と優子さんは何気ない会話を楽しんでいた。しかし、こう二人きりだとだんだんと話題が尽きてしまう。


「優子さん……」

「トモくん……」

「会長、今日は遅いですねー……あと、さっちゅん先輩も」

「そういえばそうだね、トモくん」


 そう言ったきり、数分間そのまま時間が過ぎる。僕は優子さんがついでくれた紅茶を飲み続ける。


しばらくして、優子さんが突然口を開く。


「トモくん……あの……せっかく生徒会にも慣れてきたんだから……その……わたしの呼び方……そろそろ変えてくれると嬉しいかな……」

「優子……さん?」

「その……さん付けで呼ばれるの、なんかよそよそしい感じがして……わたしだって『トモくん』って呼んでるんだし」


 優子さんから思わぬ言葉が……

 「優子さん」でだめなら、いったいどう呼べばいいんだろ……まさか「優子」って呼び捨てにするわけにもいかないし……

 「優子さま」「優子たん」「ゆっこ」「ゆうこりん」……ああっ……どれもだめだ……僕はどうすれば……


 しばらくして、僕は更に危機的な状況に陥る。さっきからの紅茶でトイレに行きたくなってきた。当然のことだが、よりによってこんなときに……


「あのー……優子……さん……僕……ちょっと用事が……」

「トモくん、またさん付けで呼んだでしょ」

「でも……その……優子……さん……その……」


 この状況ではとても「トイレ行かせて」とは言えない。

 考えるんだ……集中するんだ……優子さんをどう呼ぶか……でも……もう我慢できない……。


 数分が過ぎる、優子さんは僕をじっと見ている。いつもはやさしい笑顔の優子さんだけど、今日はとてつもない圧力を感じる。


 僕はもうそろそろ自分の「限界」に近いことがわかってきた。

 もうだめだ……我慢できない……こうなったらもう自棄やけだ……どうなってもいい……ごく普通に……思い切って言おう……


「優子……ちゃん」

「はいっ、トモくん!」


 優子さ……もとい、優子ちゃんの満面の笑み……どうやらこれで正解だったようだ。


「トモくん、さっきからトイレ行きたいんでしょ?」

 どうやら優子ちゃんには、全てがお見通しだったようだ。


「あっ……僕……ちょっと行ってきます」

 僕は慌てて生徒会室から出る。


「トモくん、頑張ってねー! 途中であきらめないでねー」


 優子ちゃんが見送ってくれる。なんだかとても恥ずかしい。でも、僕と優子ちゃんの距離が少しだけ縮まったような気がする。


 昭和五十八年五月の始め……翠の若葉が鮮やかな日……

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