第七話 7-3

 動画を一時停止した立仁が、険しい表情で言う。

「……この機体の性能、はっきり言って別次元だ」

 私にも、その険しい表情の理由は察しがついた。私はパパやおじいちゃん、立仁ほどマルチキャリアの最新事情に詳しくないけれど、こんな機体があり得るのだろうか。

「この一瞬の映像でも、十分その異常性が分かる。跳躍力、着地時と槍での攻撃時の身体制御、そして単純なマシンパワー。現代の技術でどうやって作ったのか見当もつかん」

「でも、岩国さんと出場してるってことは、この機体もイワクニ製の新型ってことじゃないの?」

 岩国さんは大企業イワクニの一人娘。娘のわがままでマルチキャリアの一機くらい作りそうなものだ。一人娘に親は甘い。それは私自身の体感でもある、自分で言うことじゃないけど。

「確かにイワクニくらいの大企業なら、こいつを作る資金も素材も設備も全て調達することは出来るだろうな。だが――それらを以てしても、こんな機体は作れない」

 頭の中に、疑問符が浮かび上がる。お金と素材と設備が十分でも作れない、ったどういうことなのだろう。

「……え、それってどういう――」

「いたいた、おーい、天川ーっ」

 立仁の言った言葉を問い返そうとしたその時、別の方向から声がかけられた。立仁が端末を停止させ、試合の映像が中断される。竜堂さんの機体も、ちょっと見ておきたかったのに。

 顔を上げると、そこには今話題の中心にある人物、鳴瀬鏡真がこちらに小走りでやってきていた。普段学校で見る時は気怠そうな表情を浮かべてぼんやりしているのに、今日は珍しく結構元気そうだ。やっぱり本当にこの大会に出てるのか。

「よう、天川」

「鳴瀬……くん。どーも」

 こうやって、まともに挨拶するのも久しぶりだ。

「アマカワ、って珍しい名字だからもしかして、って思ってたんだけど、やっぱりそうだったのか。ほら、天川のお父さん、確かホバートラックとかマルチキャリアとか、そういうの作ってる人だもんな」

「そうね。パ……父と祖父の作ったマルチキャリアの宣伝も兼ねて、出場してるの」

「なるほどね。偉いな、天川は……」

 鳴瀬が私のアンドロメダⅠを見上げる。でも、見つめる視線にはあまり興味を感じられなかった。パパやおじいちゃんみたいな、そして時には立仁も見せる、あのキラキラした輝きはない。

「そういう鳴瀬はどうなの。なんでマルチキャリア大会に出てるの? 好きそうにも見えないし」

「あー、いや、説明しにくいというか、偶然が積み重なった結果というか……」

 途端に鳴瀬が困った表情になり、妙に話すのを躊躇い、そのまま黙ってしまった。

「……」

「……」

 気まずい沈黙が流れる。というか、鳴瀬は何を話に来たのだろうか。まあ、知り合いがいたなら挨拶に行こう、という風に考えるのは悪い事じゃないと思うし、むしろ正しいとすら思えるのだが、私も鳴瀬も、自分たちの微妙な距離を測りかねている。クラスメイトで近所に住んでいたとはいえ、多分こうしてまともに話すのも久々なんじゃないだろうか。それくらい私と鳴瀬はお互いのことを、気にも留めていなかった。

「おい、そいつもお前の知り合いなのか」

 そんな微妙な雰囲気を知ってか知らずか、後ろでそのやり取りを見ていた立仁が私に尋ねる。

「え? ああ、そうよ。彼は私のクラスメイトだから」

「なるほど、そいつも学生ってわけか」

 立仁の顔がさっきよりも険しくなった。そしてずい、と身を乗り出して鳴瀬の前に立った。……何か、まずい気がする。良くないことが、起ころうとしている。

「あ、どうも、鳴瀬鏡真といいます。一応、天川と同じ学校のクラスメイト、です」

「……御舘立仁だ。アンタの活躍は聞いている」

 立仁が、鳴瀬を冷たく見下ろしていた。準決勝後の私に対する怒りとは違うみたいだが、どっちにしろいい雰囲気なわけがない。

「はは、どうも……まだまだ、初心者みたいなもんですけどね」

 鳴瀬が、笑いながら困ったように首筋に手を当てる。

「そうだな。高価で特別な機体をイワクニから貰って、性能頼みの醜い戦い方をするクソガキだ」

 鳴瀬の微笑んだ顔が凍りつく。あちゃあ……と私は思わず顔を背ける。立仁の発言、大人げないとかそういうレベルじゃない。子供だって言ってはいけないと判断できるレベルの暴言。最初から喧嘩を吹っかける大人って、すごくカッコ悪い。

「……まあ、自覚はありますよ。俺はマルチキャリアの事なんて何も知らないし、あの機体だって岩国に頼まれて乗ってるだけだから、自分で手入れすら出来ない。操作だってまだ全然上手くいかなくて、試合の中で練習しているも同然で、腹立てる人がいるのもわかりますよ」

 引きつった笑みを浮かべながら、鳴瀬が返答をする。初対面でいきなりあんな罵詈雑言をぶつけられて怒らないのが、私には少し意外だった。私なら、多分キレてる。

 だが、鳴瀬の言葉はそれだけでは終わらなかった。

「でも、俺からすれば、あなたの方がよっぽど醜い戦い方ってやつだと思いますけどね」

「なんだと?」

 どうやら、鳴瀬は売られた喧嘩をかわす気はないらしい。凍りついた笑顔のまま、鳴瀬が言う。

「あなたの試合、全部見てましたよ。貴方の戦い方、なんというか……独りよがり、なんですよ」

「なっ……テメエに何が分かるってんだ」

 立仁が虚を突かれた様に怯む。

「さあ、初心者の俺には分かりませんが、あなたは強いと思いますよ。洗練された動きってのをしてるのは俺でも分かる。でも、それだけだ。あなたは――いや、アンタはタッグの試合をしてるんじゃなくて、一人で戦争やってるんですよ。天川のことを考えもせずに。だから醜くて、独りよがりだ、って言ったんですよ」

「……言ってくれるな、クソガキ」

しばらくの間、二人は睨み合っていた。初対面でここまで睨み合う人って、そうそういないんじゃないだろうか。いや、最初に喧嘩吹っかけたのは立仁だけど。

 さすがにこれ以上続けた挙げ句本当に喧嘩でも始めたら、決勝以前に試合に出れなくなっちゃう。ヘレナさんに頼るのもアレだし、そろそろ私が仲裁に入ろうか――そう思った時、うしろからぬっと手が伸びてきて、ひんやりとしたその手が私の肩をがっしりと掴んだ。


「天川鈴音さん、鳴瀬鏡真のクラスメイトで鳴瀬鏡真の自宅から北西へ百二十二メートル先で実家暮らし天川重工の一人娘前回のマルチキャリア個人戦では準決勝敗退中間テストでは学年七十三位で平均よりやや上で交友関係では早乙女夏希と最も親しいと想定され鳴瀬鏡真とは小学校から付き合いがあり先週は掃除当番の時に四回の会話――で、間違いはありませんね」


 地の底から響いてきそうな、冷たすぎる声。私のことを詳細に――なんで鳴瀬関係のどうでもいい情報が多分に含まれているかは不明だが――知っているとしか思えない内容。背筋が凍りつく。

振り返ると、鳴瀬のパートナー、岩国彩愛がほほ笑んでいた。

 そうです、と答えようにも声が出なかった。手を振りほどこうとしたのに、なぜか岩国さんの手は私の肩を万力のように締め付けていて、とても抜け出せそうにない。岩国さん、わりと華奢なのに、何処からこんな力が出るのだろうか。

「今の会話といい、随分鳴瀬鏡真と親しいようね。彼が誰かの名前をまともに覚えている、なんて」

 顔はかすかに笑っていても、目は笑ってない。それどころか、視線だけで私を殺そうとしているんじゃないかってぐらいの勢いだ。肩におかれた手の力が徐々に強くなっていく。かといって顔を背けようとしても、彼女の鋭い目線がそれを許さない。

 どんな思考回路をしていたら、あんなに気まずい空気だった私と鳴瀬を、こんなふうに誤解するのか。耳舐めてた時点でヤバい人だ、とは思っていたけれど、こうして殺意に近いものを向けられていると、洒落にならない。この人、マジでヤバい。ヤバいとしか考えられなくなるくらいヤバくてヤバい。

「まあ、鳴瀬鏡真のかわいそうな記憶力でも、クラスメイトの女子の名前も一人くらい覚えていても、おかしくないわね。でも、鳴瀬鏡真は貴女にも私にも同等に接している……どういうことなのかしら、ねえ、天川鈴音さん?」

 怖い。彼女の周りに漂う空気が異様に冷たく感じる。というか岩国さん、これ実は動揺しているのだろうか。徐々に私の肩を締め付ける力が強くなりすぎて、指が肩にめり込んでいる気がする。痛い、本当に痛い。さっきのヤバいと合わせて脳内にヤバいと痛いが交互に響き渡るヤバい痛い。

 そろそろ冗談抜きで肩が千切れると思ったタイミングで、救いの手、というより救いの一声がかけられた。

「岩国、戻ろう。決勝まで、もうそんなに時間ないしさ」

 鳴瀬の声と同時にサッ、とその手が私の肩から離れていった。解放された肩を思わず撫でる。どうやら、私が仲裁するまでもなく、睨み合いは終わったらしい。……ただ、立仁がまだ眉間に皺を寄せているのを見るに、鳴瀬が一方的に切り上げた、という感じなのだろうか。

「分かったわ、鳴瀬鏡真。ちょうど、ペルセスの再調整が終わるころね」

 あの恐ろしい雰囲気はどこへやら、彼女はいつも通りの飄々としたクールな岩国さんに戻っていた。

「じゃ、俺達も決勝の準備してくるから。また後でな、天川」

 鳴瀬が私にそう言ってから(その陰で岩国さんに射殺すような目線を向けられたのは、気のせいだと信じたい)、もう一度立仁に向き直る。

「御舘さん、お付き合いありがとうございました。じゃあ、決勝で。多分そこで、どっちが醜い戦い方ってやつなのか、はっきりさせましょう」

 それだけ言うと鳴瀬は今度こそ背を向け、彼のいた整備場に戻っていく。

「では、天川鈴音さん、決勝戦でお会いしましょうね……貴女程度には、負けませんから」

 その後を追うように、岩国さんも優雅にお辞儀をして立ち去って行き、金縛りにあったように動けない私と、黙ったまま憤慨している立仁だけが残された。どうやら、私は岩国さんに随分気に掛けられているらしい。もちろん、悪い意味で。最後にぼそりと言ったあの言葉は、私をライバルと認識した、ということでいいのだろうか。でも、雰囲気からするにマルチキャリアバトルのライバル、というよりは恋のライバル、みたいな言い方だった気がするのだが……。

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