第七話 7-2

 ヒーロー。第一印象は、まさにそんな感じだった。

 見たことのない機体だ。光り輝く真っ白な装甲に、すらりと長い脚。頭部にはツノが触角のように二本立っていて、顔には人を連想させるヒロイックな両目が取り付けられている。私のアンドロメダも人間に近い頭身ではあるが、この機体は胴体部分がすっきりとしていて、マルチキャリア特有の鈍重さが全くない。立仁のリストにもこの原型になった機体すら載っていなかったから、多分正真正銘のオリジナル機体。

 私は真面目に見たことはないが、パパやおじいちゃんがよく見ていたロボットアニメに出てくるロボットが、こんな感じだった気がする。二人してそのロボットを見ては目をキラキラ輝かせて、『見ましたかお義父さん、今度の新シリーズはだいぶデザインを変えてきましたね!』『おお、見たぞ陽介君。中々斬新だが心躍る素晴らしいデザインだ、放送日が楽しみじゃ!』……などと大はしゃぎしていた。当時は区別がつかなかったけど、最近マルチキャリアに詳しくなってきたお陰で、ようやく分かってきた気がする。まあ、それでも素晴らしさとかカッコよさとかは全然わからないんだけど。

 とにかく、オモチャというか、アニメから切り取って出て来たみたいな見た目のマルチキャリア。岩国さんが乗っていたのがさっきの『メドセナ』とかいう機体なら、こっちの搭乗者が誰なのかは、はっきりと分かる。

「登録機体名『ペルセス』。操縦士は鳴瀬鏡真……コイツが曲者だ」

 鳴瀬鏡真。教室で、いつも寝ているアイツ。学校の居眠り常習犯。さっきはああ言ったけど、岩国さんがここにいるのは、まだ分かる気もする。大企業の一人娘だし、マルチキャリアの一機くらい持っててもおかしくないし。でも、鳴瀬は自分のマルチキャリアを所有できるほどお金持ちって印象は無いし、何よりマルチキャリアに興味があるようにも見えない。

「武装は俺と同じ大型シールドと槍……この槍、オリジナルの武装か。中世の騎士の槍みたいな形してるが、これも自作か。かなり金をかけているな。だが、それだけか」

 立仁の言葉に引っ掛かりを覚える。今、とんでもないことを聞いたような気がした。盾と、槍だけ?

「え、何それ。銃とかは? 持ってないの?」

「ああ、コイツは今までの試合で一度も射撃武器を持ち出していない。内臓武装の申請もしてないから、妨害目的の射撃武器もないな。コイツは本当に槍以外の攻撃手段はない」

 槍と盾だけ。一人だけ、装備水準が原始時代だ。その画像に映っている槍は、その大部分が青いケミリア塗料で染まった軟質素材で出来た、特製の武器らしい。まあ、槍なんだから当然リーチは長い。が、このマルチキャリアバトルのメインとなる武器は銃だ。銃と槍では、勝負になるはずもない。

 銃は剣よりも強し、なんて常識である。第一試合のハンマーを持った二人組だって、二人掛かりで接近戦を挑んだものの、立仁の銃撃であっさり完封された。人間より耐久力のあるマルチキャリアとはいえ、銃の絶対的な優位性は変わらない。万が一の時にナイフなどを持っているのは分かるけど、槍一本で何が出来るのだろう。はっきり言って、冗談にしか思えない。

 しかし、立仁は冗談とは考えていないみたいだった。

「さっきの岩国って奴の機体が撃墜数ゼロ、って言ったよな。まあ、そいつは牽制しかしてなかったからな。それでもアイツらは勝ち上がってきた。つまり、当然ちゃ当然なんだが――」

 立仁は一度言葉を区切った。立仁は忌々しそうに画面に表示された純白のマルチキャリアを睨んでいる。

「あの『ペルセス』は、一機で今までの全ての相手選手のマルチキャリアを倒してきた。それも、無傷で。あの竜堂ですら完封されている」

 そう言って、立仁は画面に新たな映像を表示した。丁度さっきの準決勝の第二試合を録画した公式動画のようだ。


 その映像の時間は、四分しかなかった。一試合の時間はだいたい待ち伏せや回り込みなども含めて、十分から三十分。遮蔽物越しの射撃戦とかになるとお互い動けず、試合が膠着状態になることも多い。それを考えても、試合の映像としては短すぎる。

『――さあ始まりました準決勝第二試合めッ、注目の一戦、どうなるかーッ!』

 映像内で実況が叫んでいる。始まった直後は、特に動きはなかった。最初は相手の位置を探りながら慎重に行動するのが定石だ。たまに自分の出たゲートが敵のすぐ隣とかで、試合開始直後に激しい戦闘になったりもするけれど、この準決勝第二試合ではそういったハプニングはなさそうだ。どの機体も、バラバラの場所からスタートしている。

 映像カメラから見るに、竜堂さんと久慈さんの機体は、周囲を警戒しながら合流しようとしている。岩国さんも、壁の陰で様子を伺っている。

 そんな中で鳴瀬の『ペルセス』は――しばらく立ち尽くしていたが、急に中心地点に向けて全力疾走し始めた。

「なにこれ、バカじゃないの」

 思わずそう呟いてしまう。確かに、機体の速度は結構速いみたいだけど、自殺行為だ。近接武器しか持っていない機体で開けた中心部に飛び出すなんて、ハチの巣、いやこの場合は色が青くなるだけなんだけど――とにかく集中砲火を喰らうのが目に見えている。初心者の頃の私でもしないような、的にしてくれ、と言わんばかりの自殺行為だ。

「この会場にいた大半のやつがそう思っていただろうな。だが――重要なのはここからだ」

 立仁の言う通り、画面を見つめる。ペルセスの無茶な行動に、まず距離の近かった久慈さんが気付いた。その突撃をどう捉えたかは知らないが、久慈さんの機体は少し後退しながら冷静に手にしたライフルを浴びせる。弾丸がペルセスの手にした盾に飛んでいった瞬間――その光景を捉えていたカメラから、ペルセスが

「えっ……」

 言葉を失う。別に、消えたと言っても、魔法とか手品みたいなことじゃない。それは、単純な助走からの跳躍だった。さっきの試合で私がやったのと同じ、脚部を使って正面へ跳ぶ、ただそれだけの動き。

 飛んでいった方向だけならカメラは捉えていた。しかし、ペルセスの速度にカメラの移動が追い付いていない。

 しかし、他に『跳躍』できる機体があるなんて。パパもおじいちゃんも、アンドロメダの画期的な点の一つにジャンプできるということを上げていたし、立仁だって私の機体が飛べることには驚いていた。跳躍を導入した機体なんて、私のアンドロメダ以外では耳にしたことが無い。

 だが、私のアンドロメダの跳躍と、この映像に映る白い機体の跳躍は、決定的に違う点があった。

 脚力。マルチキャリアを支える二本の脚の力。私のアンドロメダがホバーとエアスラスターを利用した疑似的な跳躍、つまり脚の力というより、エアスラスターの力で一瞬だけいるのに対し、このペルセスという機体は、それこそ脚の力だけで。しかも、カメラを振り切るほどの速度で。

 そして直後、久慈さんの機体が『大破』した。あまりの速度に、久慈さんは反応すら出来ず、槍の一撃が胴体に直撃したのだ。そのまま久慈さんの機体が崩れ落ちる。

 それとは対照的に、ペルセスは久慈さんの機体の横をすり抜け、そのまま優雅に着地した。

 ここまで、わずか四十秒。最初の硬直時間を除けば、今のバトルは数秒のことだった。その数秒で、あっけなく久慈さんは倒されてしまった。竜堂さんが助ける間もなく。私は久慈さんのことは知らないけど、立仁の顔を見れば強い操縦士なんだってことくらい分かる。彼の機体も、ただのマルチキャリアとは一線を画す改造が施されていることも、なんとなく分かる。それを、ペルセスという機体は一方的にねじ伏せたのだ。

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