第三話
セリカから渡されたリストにあった店は三軒ほど。しかしそれは商業区にある魔法薬学で使う材料を扱う店のすべてでもあった。
薬草専門の店、主に魔法具などを扱う店、わりとなんでも手当たり次第においている店。その三軒である。
「君が学園が寄越した子だろう? わざわざすまないね」
既に話は通してあるので、薬草店に顔を出すとすんなりと奥へ通された。魔法薬を調合することもある店なので奥に作業スペースがあるらしい。
「私たちにはどれがどれだかさっぱりでね……いつ紛れ込んだのかもわからないんだ」
机に並べられていたのは精霊に関するものだ。多いのは精霊の足跡がついた葉、その他には精霊の雫、精霊の涙などと呼ばれる水晶や鉱石などがある。
「それじゃあ、確認しますね」
アイザは目を閉じたあと、ゆっくりと目を開ける。精霊が見えるようにと意識して瞳を調節する。
瞬間、チリッと火花が散るような感覚に襲われた。
「イッ……」
この感覚には全然慣れそうにない。慣れていいものでもないのだろうが。
「アイザ、平気?」
ガルが心配そうな顔をするので、平気だと伝えるようにアイザは頷いた。
机に並べられたそれらに異常はない。しかし瞳は間違いなく呪いの存在を訴えてきている。
きょろ、と周りを見回してアイザはひとつの大きな瓶を見つける。乾燥させた満月草が入っている瓶だった。
「その満月草の中に混じってますね」
「え? でもそれは精霊には関係ないものだろう?」
瓶に詰められた満月草の中に、昨日見たもののような気配を纏ったものがある。
「たぶん、これ自体が呪われているというより呪いの余波を受けている感じだと思います」
昨日見たものと違って、形ははっきりと見える。しかしどす黒い泥のようなものがこびりついて見えるのだ。
(こういうものも紛れているなら、少し面倒だな……)
それに、とアイザは周りを見て気がついた。
店の中に精霊がいない。このマギヴィルで精霊の姿を見かけないのはなかなか珍しい。ましてこの店のように魔法の気配の強い場所は精霊が好む場所のはずだ。
「……最近、魔法を使いにくいとか、そういう感じはありましたか?」
「なんでそれを……なんだか少し不調だなとは思うけど……」
やっぱり、とアイザは呟いた。精霊の見えない普通の魔法使いにしてみれば、周囲にどれだけ精霊がいるかどうかで魔法の効力も変わってくる。
「この店、精霊がいないんです。呪いを嫌がって避けているのかもしれない」
アイザは机の上をとんとん、と指で叩いて簡単な魔法陣を描く。精霊を呼ぶために魔法使いがよくやる手段だ。
アイザの魔力に引き寄せられて、ひょっこりと精霊たちが顔を出す。それでもやはり数は少ない。アイザがこれをやるとたいていはどっとたくさんの精霊が集まるのだ。
(そもそもわたしに精霊がついてきてないのも、珍しいんだよな……)
アイザの魔力は精霊に好まれるらしい。マギヴィルにいる限り、アイザの傍には必ず精霊がひっついている。
「……やっぱりアレが嫌で皆来ないのかな?」
中級の、会話が可能だと思われる精霊に話しかける。むしろやってきたのはほぼ中級の精霊だけだ。低級の精霊はまったくいない。近寄ることができないのかもしれない。
〈――それ、ダメなの〉
「呪いだから?」
〈――それは呪いを被っただけ。呪いそのものじゃない〉
「この店に他にそういうものはある?」
〈――ないよ。それだけ〉
(やっぱりそうか)
自分の目だけでなく精霊もそういうのなら間違いはないだろう。
「アレはわたしが持っていくからもう大丈夫」
教えてくれてありがとう、と精霊に告げると少し怯えた様子だった精霊はほっとしたように笑う。もともとこの店によく来ていた精霊なのかもしれない。
「その満月草は呪いを被っているらしいので回収しますね。たぶんこれからは魔法も今まで通りに使えると思います」
「ありがとう。いやぁ……君は本当に精霊が見えるんだね」
ぽかんとした顔で店主にそう言われ、アイザは目を丸くする。精霊の瞳を持つ人間は、このマギヴィルでも珍しい。
(……タシアンは見えていても魔法に関わることがなかっただろうしなぁ)
「珍しい体質でしょうが、まったくいないわけじゃないですよ」
苦笑しながらアイザは店主に断って瓶の中に入っていた満月草を抜き取る。呪いを被っていたのは少しだけだ。
大きめのハンカチを聖水で清める。そして満月草を包むと小さく『眠れ』と唱えた。簡易的な封印だ。
何度もお礼を言われ「今度来たときは少しおまけするよ」と店主から見送られて店を出る。
「それ、私が持つわ」
「えっ!?」
回収したものは紙袋に入れたのだが、それをクリスが受け取ろうと手を差し出してきたのでアイザは驚いた。びっくりしすぎて変な声が出るくらいには。
「どういう反応よそれ」
「だって……クリスが荷物持ちって……」
雨が降るんじゃないだろうか。
今のクリスは文句無しの美少女だし、もともとのクリスは王族だ。荷物持ちをするようなことは滅多にないどころか、普通はしないんじゃないだろうか。
「いくら簡易封印をしていても、アイザはそれ持っていると負担になりそうだもの。それに、そっちもあまり得意ではなさそうだから」
そっち、とクリスが示したのはガルだ。確かにあまり顔色が良くない。
「ガル……? 大丈夫か?」
「ちょっとあてられただけだから平気。なんつーか……すっっっげぇ嫌な感じすんのなそれ」
ガルが苦笑いで紙袋を見る。
「ガルは見えてるわけじゃないのに感じるんだなぁ……」
「獣人だからかしらね」
だからしかたないから私が持つのよ、とクリスが半ば強引に紙袋を受け取る。封印していて瞳も調節しているので、アイザはあまり負担ではないのだが、好意はありがたく受け取くことにする。
次に訪ねた魔法具店では呪いそのものに変化した精霊の足跡がいくつかあった。店主は魔法をあまり得意としていないらしく、違和感がまったくなかったらしい。魔法が使いにくいと感じた期間がわかればいつ頃持ち込まれたものか判別できそうだったのだが。
「たぶん、それは学生が売りに来たやつじゃないかなぁ……三ヶ月以上前だからあまり自信はないけど、たぶんそうだよ」
店主の言葉に、アイザたちは顔を見合せた。
魔法薬に使うような材料を採取してきて売り、小遣い稼ぎをする生徒は少なくない。自分で使うために採取してきたものの、余ったものを売ることもある。
「容姿は覚えていますか?」
「男子生徒だったのは覚えているけど……外見の特徴は覚えてないねぇ」
ごめんね、と申し訳なさそうにする店主に、アイザは慌てて手を振った。
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
「お礼を言うのはこっちだよ」
それじゃあ、と店を出て少し歩いたあと、三人はぴたりと立ち止まった。
行き交う人々の邪魔にならないように、揃って道の端によける。
「……まさか学生の仕業か?」
「でも今のマギヴィルにアイザ以外に精霊の瞳を持ってる生徒はいないと思うけど」
顔を顰めたアイザに、クリスが冷静に告げた。こんなことをできるのは精霊が見えている人間だけだ、というのはアイザがルーから聞いた話である。
(精霊の瞳を持っていると隠しているとか? でも、何のために?)
瞳の調整がマギヴィルにやって来るより前から出来ているのなら、精霊の瞳という体質は隠すのも容易いだろう。しかしそれこそ悪事を犯すつもりがないのなら、隠す必要のないものだ。
だってこれは、言ってしまえばただ精霊が見えるというだけなのだから。
「……故意に集めたんじゃなくて、偶然か?」
そう思いたくて、アイザはぽつりと可能性を呟く。
「これ、前に課外授業で探したやつだろ? 見つけるのはそこまで難しくないってことじゃないの?」
以前参加した課外授業は、結局八割は課題の条件をクリアしたらしい。残りの二割は面倒で辞退した者か、極端に運がなかったり出遅れた者だ。
「本物を見つけるのは、ね。精霊の多いところを一、二時間探せば……まぁ見つかると思うけど」
「呪いを被ったものは、そうそう見つからないよな……」
セリカはともかく、精霊学の研究をしているレオニですら初めて見るような口ぶりだった。
「……とりあえず、最後の店に行こうか。犯人探しはわたしたちの仕事じゃないしな」
「そうね」
ひとまず呪われたものを回収するだけしておけば、これまでのような被害は抑えられる。アイザに今できることはこれくらいしかない。
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