第四話

 最後に三人がやってきたのは、なんでも屋といってもいい店だ。魔法具も薬草も、はたまた魔法にまったく関係のないものから、骨董まで置いてある。雑然とした店内をガルは面白そうにきょろきょろを見回していた。

 その店にあった呪物と化した精霊の足跡、そして呪いを被った薬草にこれまでの同じように簡易封印を施す。

「この精霊の足跡と薬草を売りに来た人を覚えてますか?」

 問題の品を紙袋にしまいながらアイザが問うと、店主はなんでそんなこと聞くんだという顔をした。

 売れそうなものを手当たり次第に置くような店だ。後ろ暗い方法で手に入れたものもあるのだろう。だから客や取引相手のことを聞かれると困るのだ。

「――それは、マギヴィルの生徒じゃありませんでした?」

 アイザがそう問うと、店主は目を丸くした。

「……ああ、そうだよ。それこそついさっきこれを売りに来た」

 そこまで知っているのなら、と店主は存外素直に口を割り、カウンターに置いてあるいくつかの薬草を指さして言った。それはアイザが確認したときに呪いを被った薬草が混じっていた薬草の束だ。

 アイザとクリスは顔を見合わせる。もしかしたらチャンスかもしれない。

「それはいつ?」

「本当についさっきだ。君たちが来る直前」

 それならまだこの近隣にいる可能性は高い。

 主犯であるかどうかは置いておくとして、呪いのかかったものとの関係があるのは確かだ。

「ガル!」

「もう覚えた!」

 言葉で説明するよりも早く、アイザの意図をガルが汲んだ。かすかに残る生徒の匂いを覚えたのだ。ガルが飛び出す前にクリスは店主を見上げて問いかけた。

「店主さん、詳しい容姿は覚えているかしら?」

「……マギヴィルの魔法科の制服を着ていた。髪は薄茶色でそばかすが目立っていたな。背は……そうだな、君たちより少し高かった」

「どうもありがとう」

 ふわりと極上の微笑みを浮かべてクリスは店を出る。店主は最初の警戒心をどこかへやったのかというような笑顔でクリスに手を振っていた。

「いっつも思うけど気持ち悪いよなソレ」

「気持ち悪いなんて思う男はあんたくらいよ」

 店を出てすぐ、ガルが風に乗る匂いを探りながら口を開く。

「クリスは本当にすごいなとは思うよ。魅了の魔法でも使っているんじゃないかって思うくらい」

 クリスが微笑むと、特に男性はころりと顔色を変える。女装しているとはいえ、クリスも男なのに。

「綺麗な顔にはそれだけで魅了の効果があるもんなのよ。あんたたちには効かないけど」

「だって毎日見ている顔だし……」

 ルームメイトなのだから朝目を覚ませば顔を合わせるし、夜寝る前にもおやすみと言うのだ。綺麗な顔だと思うが、その顔を見るたびに見惚れていては話にならない。

「反応が淡泊すぎて口説きがいがないわよねアイザは」

「口説くな」

 クリスの冗談にガルが眉を寄せる。件の男子生徒を探すために集中しているのに、口出さずにはいられなかったらしい。

 街中ではたくさんの食べものや人物の匂いで溢れていて、個人の匂いをおいかけることは容易ではない。つい先ほどまでこの店にいたのだから、かろうじて出来るだろうという芸当だ。

(シルフィがいたら、もう少し楽だったかな……)

 巣立ってしまった風の精霊を思い出して、アイザはほんの少し寂しくなる。

「向こうに行ったみたいだ。行こう」

 ガルを先頭に、商業区を歩く。休日なのに制服を着ているのなら、相手はそれなりに目立つはずだ。おそらく薬草と売るためにわかりやすい身分証明のつもりだったのだろう。

「たぶん、大通りの方へ移動している感じ」

「このまま追えるか?」

 人が多くなればなるほどガルの鼻に頼ることは難しいだろう。アイザの予想通り、ガルは「うーん」と唸った。

(もう少し特徴を絞れたら魔法を使えなくも――いや、難しいかな)

 人の外見を覚えて探してくれと精霊に頼むには、ちょっと高度な指示が必要になる。もちろん精霊との意思疎通が容易なアイザにはできなくもないけれど、低級の精霊では指示を理解できないだろう。街中には高位の精霊はもちろん、中級の精霊も多くはいない。

(ルーを呼ぶ? ……いや森のことも気がかりだし、できればわたしたちだけで解決したいな)

 考え込んでいたアイザの視界の端に、紺色の制服が見えた。

 それは毎日学園で見ているものだから、すぐに気づいたのだろう。魔法科の制服は上着が長めで、歩くときに広がるからその色が視界に映りこみやすい。

「ガル! クリス!」

 そのまま通り過ぎそうになった二人の服の裾を掴む。

 急に足を止められたガルとクリスは驚きながら振り返り、そしてその人物を見つけた。

「薄茶の髪――あれじゃない!?」

 クリスがそう言うよりも早く、ガルが地面を蹴っていた。横を通り過ぎる瞬間、アイザの髪が揺れた。

 「はや」と思わずクリスが素になって零してしまうくらいには素早かった。さすが武術科、さすが獣人である。

 当然ガルに追いかけられた男子生徒は「うわぁ!?」と悲鳴を上げていた。追いかけられたというより、襲われたという言葉のほうが近いかもしれない。

 なんだなんだと周囲が注目し始めてきたところでクリスが二人に歩み寄った。

「あらやだごめんなさい、休日に偶然知人を見つけてはしゃいじゃったみたい」

 にこにこと友好的な様子のクリスに、野次馬になりかけていた人々はすぐに散っていった。男子生徒もクリスの顔に覚えはあるのだろう。何が起きているのかわからないといった様子でガルとクリスを交互に見る。その顔にははっきりとそばかすがあった。

「ちょっと聞きたいことがあるんですけど、いいですか」

 クリスに遅れてやってきたアイザに、男子生徒は目を丸くした。

「――アイザ・ルイス?」

 その口から出てきた自分の名前に、アイザはおや、と思った。クリスやガルよりも自分のほうが知られているらしい、と。マギヴィルにやってきたばかりの頃は注目も集めていたが、今ではすっかり落ち着いたと思っていたんだが。

「……言っておくけど魔法科でアイザのことを知らない生徒なんていないからね」

「え、なんで?」

 アイザの心の中を見透かしたようなクリスの呟きに、アイザは心の底から驚いた。

「そりゃそうでしょ……その年で高位の精霊と契約してんのよ。誰だって注目するわ」

「いやでも最近は静かだったんだけど」

「騒がれないからって周囲に認知されていないとは限らないの」

 絡みに行ったり嫌がらせをするような馬鹿がいなくなっただけで、それはアイザが注目されていないというわけではない。

 ここで話し込むわけにもいかないだろうと三人は移動する。男子生徒はガルに腕を掴まれたまま、抵抗らしい抵抗は見せなかった。ガルが武術科らしいことはその体格や掴まれたままの腕の強さでわかるし、何よりアイザという存在が本気を出せば自分を拘束することは簡単だと知っている。

 大通りから外れて、路地裏に移動する。アイザは暢気にまるでこちらがカツアゲでもしているみたいだなと思った。


「――さて、あなたこれに覚えがあるわよね?」


 クリスは紙袋を持ち上げ、その中からひとつの薬草を取り出した。簡易封印をした、呪いをかぶった薬草だ。

 それを見せた途端、男子生徒の顔色は曇った。目がきょろきょろと忙しなく動き、明らかに動揺を見せる。

「な、なんのこと?」

「シラをきるつもりなら、自白剤でも飲ませましょうか?」

 誤魔化そうとする男子生徒にクリスが冷ややかな声でそう告げる。

「なんでそんなもん持ってんの」

「いろいろあるのよ」

(クリスなら持っていても不思議ではないけど)

 物騒だな、という感想をアイザは飲み込んでおくことにした。魔法薬学を専攻しているし、王族という立場上襲われる可能性もあるから危険な薬物もこっそり持ち歩いているのかもしれない。確かめるのは怖いのでやめておく。

「……事情は先生方に説明しますけど、あなたを責めているわけではないんです。これを、どこで手に入れました?」

 アイザは極めて冷静に、そして穏やかな口調で告げる。

 今回の一件に関して、アイザにはセリカたちに報告する義務がある。こうして問題の薬草を売っていた人間を見つけたのだから、当然彼についても話さなくてはならない。

 だがやはり、たった一人の生徒ができることではない。見たところ魔法科の生徒といっても魔力が極めて高いわけでもなさそうだし、アイザのように精霊が見えるわけでもないようだ。そんな人間がやれることではない。そう確信もしている。

「……長期休暇のときに、もらったんだよ」

「もらった?」

 引き絞るような声で答える男子生徒に、アイザが眉を寄せる。

「知らない男だった。いらないからってたくさん薬草をくれたから、小遣い稼ぎに売ろうと思って……」

 一度に全部を売ったら怪しまれそうだし、少しずつ売ることにした。部屋で保存しておいて、金が必要になったら商業区で売っていた。ぽつりぽつりと男子生徒はそう語った。嘘を言っているような様子はない。アイザがちらりとガルを見ても、彼は頷いた。ガルの言う『嘘臭い』も感じないらしい。

「変わった男だった。でも、もらった精霊の足跡とか薬草とか、見た感じではおかしなところはなかったから……」

「……その男について、詳しく教えてくれますか」

 たぶん、その男が主犯なんだろう。


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