第三話

 授業を終えてから急ぎ足で食堂に向かうと、既に食堂はたくさんの生徒たちで賑わっている。教室が遠かったせいで出遅れてしまった。さてどこで食べようかと、アイザはトレイを持ったままきょろきょろと空席を探す。

「アイザ!」

 喧騒のなかを貫くようにはっきりとアイザを呼ぶ声がした。声が聞こえたほうへ振り返れば、赤い髪がひときわ目立っている。

(よく見つけるよなぁ……)

 ガルの赤い髪は遠目でもかなり目立つので、アイザが彼を見つけることは容易だ。だがその逆はどうだろう。ルーを連れている姿も、人混みではよく見えないだろう。アイザは自分の容姿を大衆の中に埋もれやすいものだと自覚している。

 アイザ自身があれこれとした話題で注目を集める生徒だとしても、腹を空かせた状態では昼食の魅力を前にして勝負にもならない。けれどガルは、たいていアイザよりも早くにこちらを見つけるのだ。

「じゃあ、私たちは他で席探すから」

 ガルの姿に気づいたクリスが苦笑しつつ、またあとでね、と手を振った。クリスとナシオンと人混みの中へ消えていく。こういうときニーリーはたいてい他の友人と仲良く昼食を食べ始めているはずだ。ニーリーやナシオンは護衛といってもそこまでべったりクリスに張り付いているのではないようだ。アイザからしてみればルーのほうが一流の護衛のように片時もアイザから離れない。

 まぁ邪魔にはならないからいいんだけど、と苦笑しつつアイザはぶんぶんと手を振っているガルのもとへ向かう。そこにはヒューとケインもいて、ガルの隣が空席になっていた。

「席取っておいた。遅かったんだな」

「レナード先生は話が長いし教室も遠いんだ」

 良い先生ではあるのだが、昼食前の授業では嫌われる。食堂はこの時間席取り合戦になるからな、とアイザはガルの隣に座った。

「そういえば、ガルは課外授業に出るのか?」

「課外授業?」

「おまえ……忘れたのかよ、俺が誘っただろうが」

 首を傾げるガルにヒューが呆れたように簡単に説明すると「ああ、アレか」とガルは頷いた。友人の多いガルなら他の人にも誘われていそうだ。

「ヒューに誘われていたなら別にいいんだけど……」

 先約がいるならそちらを優先するべきだろう。話題にしなかったことであとから文句を言われたくなかっただけだ。

「アイザは出るの? 誰と?」

 ガルは先ほどまでさっぱり興味なさげだったのにも関わらず、矢継ぎ早に問いかけてくる。当日、課題が知らされてから組んで参加する生徒もいるようだが、用心深いアイザはそんな危険な綱渡りはしない。そういうのは知人の多い人間がやることだ。

「クリスに誘われたから、たぶんクリスとナシオンとニーリーかな」

「俺も出る」

 クリス、の名を聞いた途端にガルが間髪入れずに口を挟んだ。

「え、いや、ヒューに誘われていたんじゃ……」

「あーいいよ、そいつに言っても無駄だろうし、俺より君をとるでしょ」

 男の友情なんでこんなもんだよ、とヒューがけらけらと笑いながらパンを食べる。釈然としない顔でアイザがガルを見るがガルの決意は覆りそうにない。

「それに、武術科に偏っていても魔法関連の課題に対応できないからちょうどいいんじゃないかな」

 ケインが補足してきた理由に、確かにそうかもしれない、とアイザは納得した。どんな課題になるかわからないとこういう問題も出てくるのか。

「たぶん課外授業ってさ、魔法科と武術科の交流も目的にしてるんだと思うんだよ。仲良いとは言えないし」

 ヒューが行儀悪くサラダをつつきながら話し始める。

「……そんなに仲が悪い気もしないけど」

 アイザはガルの影響でヒューやケインとよく話すし、ニーリーとも親しくなった。武術科か、魔法科か、というのはたいした問題ではないと思うのだが他の生徒にとってはそうではないらしい。

「んー。魔法科は魔法科でこっちのこと汗臭い連中って思ってる奴もいるし、こっちでも魔法科を頭固い連中だって言ってる奴もいるからさ」

 アイザみたいな子もいるけどね、とヒューは苦笑する。ケインも同じように苦笑いを浮かべているので、共通の認識なのだろう。

「まぁ、いろいろあるよな……」

 クリスも汗臭い連中だのと言っていたなぁ、とアイザは思い返した。彼の場合は蔑む意味はなく、おそらく本気で汗臭いと思っているんだろう。クリスは綺麗好きすぎるくらいだから。

「次は無理だけど今度また課外授業があるときはヒューやケインとも組んでみたいな」

「アイザは頭良さそうだから組めたら助かるなー」

 せっかくの友人だ、一緒に授業を受ける機会があるならぜひとも利用したい。アイザは隣でがつがつと昼食を食べるガルに呆れながらスープを一口飲んだ。ヒューやケインから課外授業の話で盛り上がりながら、昼食を終える。先に授業の準備へ行ったヒューたちを見送ると、アイザは暢気なガルをじとりと見た。

「……で、ガルは本当にいいのか」

「なにが?」

 満腹になって上機嫌のガルはアイザの問いにぱちぱちとまばたきをした。

「課外授業。興味なかったんじゃないのか」

 なんせヒューから誘われていたのにそのことを忘れているくらいだ。もともと出るつもりはなかったのだろう。

「興味ないわけでもないけど、ヒューやケインと出るなら別にいいかなって思っただけだよ。あいつらと組んでも普段の授業と変わらないし」

 けろっとした顔のガルの答えに、アイザは目を丸くした。

(……何も考えてないわけじゃなかったのか)

 少し――いや、かなり意外だ。そう感じるのも失礼なのかもしれないが、ガルは特に何も考えていないような気がしていた。驚きながらもアイザは懐中時計で時間を確認する。そろそろ移動しなければならない時間だ。

「それに、アイザと一緒に座学以外の授業ってのもなかなかないし」

 にかっと笑うガルにつられながら、アイザも「そうだな」と笑みを零す。

 どんな授業になるかは分からないが、どうせなら楽しんだほうがいいだろう。

 それにガルとなら、たいていのことは楽しくできそうな気がした。






 今回の課外授業は休日明けの、週の始まりに行われた。参加を申し出ている生徒は該当の時間に本来あるはずの授業は欠席が認められる。

 朝一番に始まったこともあり、生徒はいろいろと警戒して重装備だった。武術科の生徒は武器がひとつだけ貸し出されるが私物を持ってきている者もいるし、魔法科の生徒には昼までかかることを想定して食料まで持っていた。

 集まったのは学園の端、傍らに広がる森の近くだ。ルーと再会したあの森である。

「思ったより少ないんだな」

 ガルの呟きにアイザもこくりと頷いた。

(ざっと五十人くらい、かな)

 もっといるかと思ったのだが、予想よりもずっと少ない。

「――アイザってほんと、注目集めるのねぇ」

 隣のクリスがくすくすと笑いながら、天気の話題でもするかのように口を開いた。魔法科と武術科の生徒が集まるなかで、狼の姿をした精霊を連れているアイザはちらちらと視線を集めている。

「もうそれほど珍しいものでもないだろうにな」

 ルーはいつも姿を見せてアイザに寄り添っている。二ヶ月こんな生活を続けていたのだから、そろそろ周囲も慣れてほしいところだ。

「まぁそれもあるけど、アイザはまだそれほど実技の授業に出ているわけではないから、魔法科の子は気になるんでしょ。警戒してるのよ」

「……警戒されてもなぁ」

 アイザは魔力が高かろうが、精霊と契約していようが、魔法に関してはまだひよっこだと自分自身で評価している。警戒されるほどの実力はない。

 課外授業は他人との協力が求められるので最低でも二人一組、最高で六人ほどでチームを組める。そのあたりも教師によって変動することは多々あるようだった。アイザたちは予定通り五人で動くつもりだが、場合によってはそれもできないかもしれない。ざわざわとざわめく生徒たちが、ひとりの教師の姿を見つける。

「――レナード先生」

 やって来たのは、精霊学の教師であるレオニ・レナードだった。

「誰?」

 ニーリーが首を傾げて呟いた。武術科の生徒にとっては見たことのない教師だろう。

「精霊学の先生だよ」

 ナシオンが答える隣で、アイザは頭を悩ませる。いつも座学の精霊学が課外授業になるとは思ってもみなかった。同じように予想外だった生徒たちが困惑している。

(精霊学で、課外授業……?)

「ルー。姿を消していたほうがいいかもしれない」

 足元のルーにこっそりと声をかけると、ルーは何も言わずに頷いた。アイザの目には変わらないが、集まっている生徒たちにはルーが見えなくなったはずだ。精霊学ともなれば当然ルーにはさらに注目がいく。高位の精霊に手を出してくる馬鹿はいないと思いたいが、念には念を入れたほうがいい。

「さて、時間だな」

 懐中時計を確認して、レナードが呟く。ざわついていた生徒たちが一瞬で口を閉ざした。しんっと静まったことにレナードは目を細め宣言する。


「本日の課外授業を始めよう」


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