『血液』

矢口晃

第1話

 この世の中には動物の血液からしか発電できない電気があるということは、恐らく多くの人にとってご承知のないところでしょう。

 しかし実際にあるんですよ。血液からしか採れないある特有の物質を核融合させることによってしか得ることのできない電気がね。

 そしてその特殊な物質から得られる電力なくしては、私たちの世界での生活は一向に成り立ちません。生活必需品なんです、その電力が。

 その物質は、動物の血液からならまあ大抵は採集することができるのですが、ヒトの血液の中には特に集中的にその物質が含まれているというのは、私たちこちらの世界の者にとってはもはや周知されている事実です。

 ですからね、ヒトというものがこの地球上に誕生してくれたというのは、本当に重宝することですよ。ましてやそのヒトが、自分で自分を殺すことを覚えたり、第三者を大量に作陸する理性を育ててくれたことなどは、望外の喜びというところでしょうか。何せ、自然に死ぬのを待たなくてよくなったのですからね。

 とは言っても、あの爆弾という兵器だけは、どうも頂けませんね。ただヒトが死んでくれさえすれば私どもにとってはいいところを、爆弾とやらはその上にヒトをまる焦げにしてしまう。血も涙もない、なんてヒトはうまい文句を考えましたが、まさに読んで字のごとし。死んでくれても、血液が蒸発してしまうほど真っ黒にされたんじゃ、私たちにとって何の利益にもなりませんから。全く、余計なものを発明してくれたと思いますよ。

 死体が現れたらね、私たちのところから使いの者が走ってその死体から血液を失敬しに伺うんです。ヒトがいないころはそれは想像を絶するほど大変な仕事でした。というのも、それまでの動物の血液のなかから発電に必要な物質が得られる量はほんのわずかですから、毎日寝る間も惜しんで使者たちは世界各地を飛び回らなくてはならなかった。それだけたくさん血液を集めてくる必要があったんです。

 首尾よくサルやゴリラなんかの血液が手に入ればしめたものなんですが。何せ血液の成分はヒトのそれとほぼ似たようなものですから、比較的多く必要な物質が採取できます。しかし困ったことには、やつらの寿命はすこぶる長い。なかなか死んでくれないわけなんです。そうかと言ってヒトのように殺し合うことも自ら死ぬこともしてはくれませんから、こちらとしては自然に死んでくれるのを首を長くして待つしかありません。

 生きているものから、血液を抜きとることは禁止されていますからね。どんなにサルの血が欲しくても、掟を破ることだけは絶対にしてはなりません。

 その点、ヒトというのは本当に有益な生き物ですよ。なんたって次々と繁殖しては、そこら中で殺し合ったり自殺をしたりなんていうのが日常茶飯事ですから。ヒトが生まれてくれたおかげで、私どもの生活も随分穏やかで安定したものに変わりました。もう使者たちも以前のように顔を青白くして駆けずり回る必要もありません。世界中いたるところにある「名所」というところに向かいさえすれば、好きな時にいくらでも必要な血液が採れるのですから。

 とは言うもののね、ここだけの話ですが、今皆さんが「名所」と言っている自然形状は、一昔前に私が使者に命じて造らせておいたものなのですよ。例えば海にせり出す断崖絶壁とか、樹海とかいう場所はね。どうもヒトというのがしばしば自ら進んで自分を殺す生き物であるらしいということに気がついた時にね、どうせだったら一か所でまとまって死んでくれた方が血液が採りやすくなるのではないかと考えましてね。ヒトが自殺の場所として選びたくなるような環境を、先回りしていくつか造らせておいたんですよ。そうしたら見事予想が的中しましてね。仕事が劇的に軽減されたと、使者たちにも随分と喜ばれたものだったですよ。

 こんな話をしますと、随分とむごい話だとお思いになるかも知れませんが、必需品なのですからね、そのエネルギーが、私たちの生活にとって。なくては命が保てないのです。ですからヒトである皆さんが農業で収穫した作物を摂取したり、飼育した家畜を大量に殺害したりするのと同じ意味だと思って頂きたい。無くては死んでしまうのです。私もあなたも。

 さあ、今日のところはこのあたりでいいでしょう。普段はこんなにぺらぺらとお喋りしたりすることはないんですがね。朝から天気がいいのとあなたが聞き上手なのとで、ついついいつもより多めに話し過ぎてしまいました。

 もういいでしょう。早くお帰りなさい、あなたは、あなたの世界へ。

 ここはあなたのような生きたヒトの長くいる場所ではありません。

 そうです。ここは、私たち神の世界なのですから。

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『血液』 矢口晃 @yaguti

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