十三章:レイヴンズ、黒翼の傭兵の名を
十三章01:排泄は、在りし日の話の後
「結構揺れますね……陛下」
「あんなに食べなきゃよかったかも……」
「まあ馬車でゆったり揺れながら行く距離を、そのまま三倍の速度で走りきるだけだからな……それは揺れるだろう」
「リジィもあまり無理はするなよ。なんなら鎧は脱いでおけ。あと二時間はトイレに行けないんだから」
「は、はいッ……それじゃ、お言葉に甘えて」
よいしょと胸当を取るブリジットだが、ぼいんと飛び出る双乳は、明らかにここ一ヶ月でサイズが増している。見る分にはどんどん可愛らしくなっている筈なのに、浮いた噂が一つもないのは、やはり全ての幻想を打ち砕く大食漢のせいなのだろうか。
「で、でかっ……でかいねリジィ」
「何がですか? ナガセさん」
「い、いや胸……自覚ないのリジィ」
「あ、あー……最近邪魔なんですよね。剣を振る時とかぶるんぶるん揺れて。だから胸当の締め付けをどんどんキツくしなきゃで……はあ」
「きたー、おっぱいマウント。いいないいなー、ボクなんか自分で揉んでもそんなにおっきくならないのに」
「えっ……そんなことしてるんですかッ? あ、あたしもそういうの気を遣ったほういいのかな。エメリアさんもユーティも凄いし」
――と、僕そっちのけでガールズトークを始める二人。ちなみに下着についてはスポーツブラのケイに対し、ブリジットはノーブラの日すらある始末。お風呂にはちゃんと入っているようだが、下の毛などはまるで手入れなしだ。多分そういうところも、長い目で見れば男運が遠ざかる原因になっているのだろう……臭いフェチとかそういうのでない限りは、だが。
* *
「そういえばさセンパイ。エメリアたちは見送りに来なかったけど、いいの?」
「ん? ああそういえば言ってなかったか。逆に来られると面倒だったからな」
それから暫くすると、ケイもブリジットもリラックスモードに突入。僕も僕で朝からの皇帝モードに嫌気が差していたので、そのままオッケーと砕けた調子に移行する。
「え、面倒って!!! エメリアが面倒って!!!!」
「いや、そういう意味じゃない。誤解するなよ。――いいか、今回のソルビアンカ姫救出作戦は、極秘裏に決行されるんだ……周囲が
危ないところだった。今や大陸最強の剣士となったエメリアは、心強い味方であると同時に最大級の地雷でもある。滅多な事は言えたものではない。
「あ、なるほど。やっぱりセンパイは色々考えてるんだなぁ」
「流石はあたしの先輩ですねッ! 頼りになるなあ」
「え? 先輩??」
「あ、はあ……先輩ですけど」
うっ……砕けた瞬間に被りやがった。プライベートの僕の呼び名が。じっと見つめ合うケイとブリジットの間に火花が……散らない。そう、散らないんだった。このブリジットという女の子は。もしかするとシンシアに匹敵する、エスベルカ一の安全地帯かもしれない。
「なーんだ、ケイちゃんも先輩のこと、センパイって呼んでるですねッ!」
「い、いや……それはそうなんだけど、後輩歴はボクの方が長いっていうか……」
「いいじゃないですかッ! それじゃ二人の
「う……ブリちゃんにそう言われると……何も言い返せない」
打ち解けた結果、互いに「ケイちゃん」「ブリちゃん」呼びになった二人の、主にケイ側からの宣戦布告は、同氏の戦意喪失により無事和解と相成ったのだった。
* *
「ところでリジィ」
「なんでしょうッ! 先輩ッ!!!」
帝都出発から一時間、揺れに慣れたケイがすやすやと眠り始めた頃、僕はブリジットに本題を切り出す。
「――ソルビアンカ姫とは、一体どういうお人柄なんだろう。君の知る範囲でいいから、聞かせてもらえないか」
「は、はいッ! あたしなんかの話で良ければ、ぜひッ!」
僕の知るソルビアンカ姫の情報は、ルドミラやレオハルトに依る所が大きい。すると問題になるのは、両者いずれともベルカの中では貴族に類する身分である事から、どうしても情報に偏りが出てしまうという点だ。だがブリジットは平民出の騎士である。このブリジットに対するソルビアンカ姫の人となりがどうであったかというのは、将来の伴侶を見極める上では重要な材料になるだろう。
「うーん……あたしの知る姫様はー……すごく優しい、だけれどいつも、どこか寂しそうにしている方、でしたかね」
ブリジット曰く。ソルビアンカ姫は平民と貴族の分け隔てなく接し、常に柔和な笑みを絶やさない人物だったという。この辺りの情報は、ルドミラたちからのものと差異がない。
「なるほどな。だが寂しそうというのはどういうことだ?」
「んーー、寂しいというか、困ったようなというか、うまく言えないなあ。そんな感じなんですが」
「――
「んんー、どうなんでしょう。あたしにはちょっとわからないです」
――
かのソーレディ、白夜の暦が始まった日に起きた都市の消滅。その際にメザノッテの家系が受けた呪いが
「ただ、あたしが凄いなって思ったのは、たった一度だけ、姫様がお怒りになった事があるんです。
「刃向かったのか?
「はい。あたしたち女騎士たちに手を出そうとした
「……それは凄い話だ。リジィが恩を感じるのもわかるな」
「でしょう先輩ッ! まあ恩っていうよりは不甲斐なさというんですかね。あたし、本当なら姫様をお守りする立場だったので……」
肖像画と周囲の情報から察するに、ソルビアンカ姫の
「なるほどな。……分かったよ。ソルビアンカ姫が優しさと強さを兼ね備えた人物だって事が、よく」
「へへへ……お役に立てたのなら嬉しいですッ! あ〜あ、あたしも姫様みたいに素敵な人になりたいな」
ここまで分かれば十分だろう。論理性とは対極にあり、正直で裏表のないブリジットの意見は、ルドミラたちとはまた別の意味で参考になる。少なくとも現状において、ソルビアンカ姫を伴侶にするにあたっての問題点が浮びあがらなかったというだけでも収穫と言える。――最も、先方もそう思ってくれるかは別問題だが。
ここは下手なお世辞などは使わずに、自然体で、可能な限り善い人として接するのが吉だろうか。政略結婚とは言え、毎日顔を突き合わす仲だ。どうせならお互いに好意を持っていた方がいい。
「ところで、リジィ」
「はいッ! なんでしょうッ!!」
「リジィはさっきあんなに食べてたけど、ケイみたいに眠くならないの?」
「えッ」
もうすでに必要な情報は引き出した後だ。オーレリア到着まで後30分ほど。休めるなら休んでもらった方がいいと僕は促す。しかしてブリジットは、頬を染めると俯いて黙ってしまう。
「……は、……レに」
「ん?」
「実は……トイレに行きたくて」
「えっ」
「そ、その、ものすごく食べてしまった反動と、車の揺れで……さっきから、お腹が」
「そういうことは先に言うように!!!」
――かくして急転直下、一行が臨時の休憩に入ったのは言うまでもない。僕はフィオナから預かった通信機器「ヒエロコフィン」を取り出すと、前方を走るミズホの隊に一報を入れたのだった。
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