九章06:密偵は、情事を覗きほくそ笑み
「はあ……それは自業自得というものでしょう、陛下」
タマモの相手をレストインピースに任せ、戻った僕を待っていたのは宰相代行のルドミラだった。彼女の用意したハーブティーを、仮面を外し
「存外に騒がしくなってしまってな……許して欲しい」
特に「のじゃのじゃ」
「――ご自身でお呼びになったご婦人方ですから。責任を取って頂けるのなら、私は何も申しませんが」
ふんとそっぽを向いたルドミラは「こちらは出戻り組の貴族たちと一通り面談を終えました」と、名の記されたリストを僕に手渡した。
「ご苦労。――こんなにいるのか」
出戻り組とは、諸般の事情から南方に逃げた貴族たちの事だ。魔族が
「ま、
つかつかと窓際まで歩いたルドミラは「そのリストの人間は信用しないほうが良いですね。――所詮は
「分かってるさ。
言うや僕も席を立ち、ルドミラの側へ向かった。
「――それに、文官で私が信じているのはルドミラだけだからな」
ぼふと肩に手を置いた僕に「へ……? そ、それはそうでしょうね! 文官としては、まあ私は優秀ですから!」とぼっと湯気を出し、ルドミラは俯く。
「最も、それ以外は全然ですけれど……今朝は失礼致しました」
一呼吸を置いて、ルドミラは
「別に気にする事じゃあない。お前の好意は嬉しいし、頼りにもしている。だから私の前で気を張りすぎるな。ここに居る時ぐらいは、甘えてくれていいんだぞ」
ぎゅっと抱きしめる僕の腕の中で、か細い彼女の、ミリタリーワンピースに包まれた胸が音を立てる。
「へ……陛下……わ、私、そんなこと言われたら……だ、駄目です。本当に」
そう言いながらもルドミラは僕の体に手を回してきて「ちょっとだけ……お許しを。陛下に認めて頂けるなら……私はもっともっと、きっと頑張れますから」と顔を埋め、じっと息を呑んだ。
「ルドミラ……」
そして僕も僕で彼女を抱く手に力を込めた時だった。気配も無く突然にドアが開き、ぶっきらぼうな声が響いたのは。
「――おうおう、昼間から見せつけてくれるじゃねえか。お盛んなこって」
おかしい。そもそもまたケイやらに見つかっては事だと思い、周囲の警戒は怠っていなかった筈だ。にも関わらず、爆乳の痴女リザ・ヴァラヒアは、ニヤニヤと笑みを湛え戸口に立っていた。
「ヴィークラカ……!!!」
そこで真っ先に
「リザ……お前、どこから入った?」
続けざまの僕の問いに答え、リザは抱えたサラの身体を掲げて見せた。――サラ・ヴァラヒア。セシルカットの彼女の妹は、腕の中でくーくーと寝息を立てている。
「こいつを使ったのさ。
――なかなか凄いだろう。ぶるんと胸を揺らすリザは「その為にサラをアンタに付いてこさせたって訳さ」と付け加えると、すたすたとこちらに向かって歩を進める。
「しかし気配まで消せるのか……そもそも結界内には私が許可した人間以外は立ち入れない筈だが」
最上階のフロアに入る事が許されているのは、身近な者以外にいない。いくら禁忌の外法と言えど、個人がこの防壁を打ち破る事は不可能だろう。
「サラの身体に入ってりゃあ問題ないって寸法さ。ま、こちとら隠密業が
無駄無駄と
「ヴィークラカ! 陛下に向かってアンタとは礼を失しているでしょう。それも勝手に覗くなんて!」
しかしリザの弁明に承服しかねるのか、ルドミラが声を荒げる。
「おいおい……せっかく人が色々レクチャーしてやったってのに。このむっつりスケベのお子ちゃまは」
そう鼻でせせら笑ったリザは、おもむろにルドミラのスカートに手をかけると、ぶわっと裾をまくり上げた。
「きゃっ!」
慌てて元に戻そうと試みるルドミラだったが、僕の目にははっきりと、薄手で際どい黒のショーツが映ってしまっていた。
「ちゃんとそれらしい下着も付けてるじゃねえか。感心、感心」
相変わらず涼しい顔のリザに引き換え、ルドミラはと言うとわなわなと震え怒り心頭といった様子だ。
「何するんですか馬鹿ッ! あ、陛下……その、これは……」
リザに向かって拳を振り上げたルドミラは、次には僕に弁明を試みる。
「ははは。こいつはな。アンタがナヴィクに発った晩、
得意げに話すリザの一方、ルドミラはあわあわとしながら「そ、それは言わない約束じゃないですか!」と食って掛かる。どうにも百年を生きる吸血鬼の前では、ベルカ随一の宰相も赤子の様だ。
「くくくっ。この健気な宰相代行の心意気に感服してな。オレは幾つか教えてやった訳だ。好きな男を落とす色仕掛けと――、それから化粧の作法についてな」
リザは目を閉じたまま俯くルドミラの唇に指を当てると「気づいたか
「わ、私は――、落とそうなどと思ってはいません! 陛下は陛下として、然るべき御方と契りを結ばれるのです。だから……だから……」
むぐむぐとするルドミラだったが、僕は居たたまれなくなって彼女を抱きしめると「おいリザ。あんまり私の右腕を虐めるな」と釘を刺す。
「右腕……陛下の右腕……」
ぼそぼそと呟くルドミラを他所に、リザは「虐めちゃあいないさ」と口笛を吹いてみせる。
「ふん……いいかルドミラ。あいつはな、ああやってドSぶっちゃあいるけどな。実際は殴られて感じるドMの――」
「ああッ?? だー! わー! 悪かった! だからそれは言うな。言わないで
事ここに至り、自分の性癖を暴露されそうになったリザが大声を出す。そりゃあそうか。ドMの変態だなんて元締めに知られた日には、事あるごとにネタにされるのは必至だろうから。
「いいですかヴィークラカ! 今度ひどい事をしたら、絶対に私、陛下から貴女の恥ずかしい話を聞かせて貰いますからね! 覚悟して下さい!」
僕の加勢を得たルドミラが、俄然やる気を出したとばかりに畳み掛ける。
「ちっ……分かった、分かったよ……ほら、土産だ。とっとけ」
つまらなそうに天を仰いだリザは、机の上にバサッと何冊かの書物を投げ捨て「頼まれてたヤツだぜ」と付け加えた。
「……『男にモテるマル秘術』『喪女を抜け出す15の方法』『年上彼氏との恋愛入門』……」
思わずタイトルを復唱した僕の腕の中で、ルドミラはまたも焦りながらわたわたとする。
「なっ……ここでそれを出すんですか? なんで? ていうか頼んでないです私!」
普段の冷静な口調を完全に何処かに置き忘れてしまったルドミラは、僕を向くとまた弁明を試みた。
「こ、これは陛下……ほら、その……お父様が、そろそろ身を固めろって
「分かってる。分かってるよ……ありがとうな、ルドミラ」
なんというか、これ以上リザに弄られるルドミラが不憫で、僕は口を塞ぐ様に彼女を抱いた。
「陛下……」
腕の中で小さく、ルドミラのくぐもった声が聞こえる。
「ちっちっ……見てるこっちが気恥ずかしくなってくるぜ」
やれやれと両手を上げリザが呟く。
「――で、お前の用事は何だ? まさかこれを見にわざわざ来た訳じゃあるまい?」
やっとのことで本題に入れると安堵した僕に、リザ・ヴァラヒアは、今度は真面目な面持ちで答えるのだった。
「なに、
――と、赤髪の中で煌めくリザの紫眼が、
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