二章09:将軍は、帝国最強の老騎士
「つまりは陛下が前線で傷を負われたと」
神妙な面持ちを向ける老騎士は「それと貴殿が皇位を継ぐ事に、何の関係がおありなのかな」と続けた。
「――
一人称を「私」に変え、飽くまでも傲岸な態度を崩さない僕に、周囲からは不信と不快を織り交ぜた視線が突き刺さる。
「成る程、確かに力こそが我が帝国唯一の、そして最大の条理。しかし我々はまだ誰一人として、貴殿の力を目にしてはいない」
最もな、しかしこちらにとって都合の良い話題を降ってきた老騎士に、僕は待っていたとばかりに告げる。
「ほう、ならば貴公自らの手で、私の力を推し量ってみればよかろう」
僕の挑発に乗った老騎士は「不本意ではあるが、お相手する他あるまい。
「私の名はレイヴリーヒだ。貴公の名は」
「レオハルト・E・ベルリオーズ。エスベルカの剣を司る者」
分厚いプレートメイルに包まれているが為に、僕の二倍ほどの体躯を持つ老騎士は、ここでやっと自らの名を名乗った。
「全力で来るといい。私はここから一歩も動かん」
「随分な余裕だな。無論、初めから手加減するつもりは無い。――
呟いたレオハルトは、腰とは別に背中に掲げた大剣を抜くと、両手持ちでそれを構えた。指揮官の覇気に押され、周囲からは兵士たちが距離を取る。
僕もまたエメリアたちに下がるよう手で合図を出すと、相手の総大将に向かって目を据えた。
「エスベルカ帝国、プリーマ・ドゥーチェス、レオハルト・E・ベルリオーズ。推して参る」
「応ずる我が名はレイヴリーヒ。――レイヴリーヒ・ムーシュ・ララト。来い、エスベルカ最強の騎士」
言うが早いか剣気を解放したレオハルトの全身からは、目に見える風圧が散らされる。
地の加護を応用した、サルバシオンの術に近いだろう。瞬時にパンプアップを終えたレオハルトは、大剣を軽々と振ると僕との間合いを詰めに入った。
レベルにして60といった所か。恐らくは勇者を除けば人類最強格。
そうなれば、ディジョンが彼を放逐した理由も分からぬでは無い。
「良い剣気だレオハルト。さあ、貴公の力を見せて貰おう」
「言われずとも!!! ふぅん!!!!」
直上に振り上げられた剣が一刃目にカマイタチを生み、隙も無く二撃目が振り下ろされる。だが初撃を空間の歪曲で弾いた僕は、大剣を指で挟むと笑って言った。
「流石だなレオハルト。勇者がお前を恐れるのも分かる」
全力で振り切った筈の剣撃が通じず、さらに動かす事も出来ないと知ったレオハルトの表情に、俄に畏れの色が浮かぶ。
「何者だ
大剣を離したレオハルトは、腰に下げた二振りのブロードソードに手を掛けて抜いた。
「猛き血よ宿れ我が双剣、シュープリスの盟約に基き――」
だがレオハルトがそこまで詠唱を終えた時だった、櫓の兵士の恐慌に駆られた声が響いたのは。
「敵襲! 敵襲――ッ!!」
「ッ!!」
その声に反応しレオハルトは詠唱を中断すると、兵士の声のした方に目をやる。
「――音だ。気が付かなかったか。さっきのドラの音が、連中の斥候を目覚めさせた」
僕の一言に、レオハルトがはっとした表情を見せる。
「
そう言いかけたレオハルトの言葉を遮り、僕は言う。
「その必要は無い。貴公はここで見ていろ――、良い機会だ」
ふわりと浮かんだ僕は宙返りをし城壁の上に立つと、眼前の敵を見据えた。前方3キロ、ドラゴンフライの一群――、飛行タイプの魔物だ。
音に反応し獲物を狩り、さらに増援を呼ぶ厄介な連中。レベルは10の半ばといった所だが、空を飛んでいる所為で攻撃を当てづらい難点がある。
「丁度いいな。力で分からせるのが一番だ」
僕は小さく独り言つと、今自分が扱える最大級の禁呪の詠唱をこれ見よがしに始めた。
「――血塗られし白夜、穿たれし
遥か昔に絶えたメザノッテの魂と、そして前線に散った兵士たちの血、それら全ての怨念を上空に蓄え、雷鳴の如き紫の光を、僕は前方に向けて放った。
極大のレーザー砲を思わせる殲撃は、木々や森をなぎ払い、目視し得る限りの地平を焦土と化す。
一瞬の出来事に剣を落とし沈黙したエスベルカの兵士たちは、唖然としたまま僕と、そして荒野となったコキュートスを何度か見比べていた。
もう証明の必要も無いだろう。勇者の秘蹟を知る彼らとて、これだけの威力を持った禁呪の光景を、目の当たりにした事は無い筈だ。思い描いた通りの反応を前に、僕は居並ぶ兵士たちに向けて檄を飛ばす。
「誇り高きエスベルカの騎士たちよ、聞け! 我が名はレイヴリーヒ。暴君ディジョンに代わり皇位を継ぐ為にここへ来た。姫を放逐し、あまつさえ
半分は出たとこ勝負のハッタリだったが、兵士たちの中からは同調し、こちらに手を上げる者もちらほらと出始める。
そこで僕はすっと地上に降り立つと、レオハルトの前で跪いて頭を垂れた。
「先ほどの非礼をお許し願いたい、ベルリオーズ卿。私の名はレイヴリーヒ。人の世を束ね、そして魔族に抗う為に、どうか力を貸して欲しい」
「
するとレオハルトもまた剣を置き、僕の手を握り跪く。
「私の力では陛下に傷一つを付ける事は出来ませなんだ……
ここで初めて散発的な拍手は歓声に代わり、僕は帝都掌握の第一段階が成功に終わった事を、改めて確信した。
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