うちの山の神

久佐馬野景

序章 女の御霊

 艦隊これくしょんというゲームは知っているかな。

 そう、艦これ。名前くらいしか知らない? いや、僕も踏み入った話は知らないんだ。ただ、帝国海軍の軍艦を美少女に擬人化して、それらキャラクターを愛でる人達がいる。そこだけ知っておいてもらえばいい。僕もその程度しか知らないからね。

 そう、僕は提督じゃない。ただネット上で流れてくる情報を流し読みしているだけだよ。

 まあ、今回の話の本題はそこじゃない。

 艦これに出てくる軍艦の擬人化キャラクター――艦娘(かんむす)という存在には、説得力があると思うんだ。

 キャラクター設定に史実を反映させているだとか、そういうレベルの話じゃない。軍艦を女性に擬人化することについて、だ。

 気付いたね。そう、船というものは、そもそも女性なんだよ。

 日本では船霊ふなだまといって、文字通り船には霊が宿っていると考えられてきた。その霊は、全て女として扱われている。

 漁師の間では昔から船に女性を乗せてはならないという決まりがあった。船霊は女だから、同じ女を嫌うんだね。

 船の上で海や川が荒れ始めたら、女性を捨てるのが常だった。そうして船霊の怒りを鎮めようとした訳だ。渡し船が急な嵐に襲われて女性を捨てた途端嵐が静まるという話は江戸時代の怪談にも見られる。

 そうした恐ろしい面を差し引いても、船というのは女性的なものだと見做されている。英語では船の三人称はsheだし、これはある種普遍的な傾向と呼べるかもしれない。

 だから、船の擬人化が美少女なのは、ある意味当然の帰結だと言えると思うんだ。

 ――うん、そうだね。実はまだこの話、本題に入ってないんだ。

 僕の故郷がL県の辺鄙な町だという話はしたかな。聞いている? それはよかった。

 L県は内陸県だから、当然周囲は山に囲まれている。県境の大山脈を抜きにしても、田舎の方になればどの町も小さな山の一つや二つは抱えている。

 そう――山だ。

 言わなくてもわかっているとは思うけど、山というのも女性的なものとして扱われている。

 山の神様は女だ。

 だから日本の山を擬人化したゲームを出すのなら、美少女を集めるゲームにしたらどうか――なんて提言はとてもじゃないが出来ないけどね。

 そう、まず山の神は醜い。醜女なんだ。

 山神の祭祀には、オコゼを奉納する風習がある。これは山神が自分より醜いものを見ると喜ぶからだと言われている。

 船と同様、山にも女人のタブーはある。山に女性が入ると不猟になる、時には天災が起こることすらある。未だにこのタブーを固く守っている集落も残っている。

 そして山神は男が好きだ。それも下品な方向に。

 山の中の木を削って男根を模した物を置いておくと猟が上手くいくとか、山に入る時に立ち小便をして陰部を山神に見せておくと息災であるとか。

 こうしたことを忠実に擬人化するとなれば、不細工でコンプレックスの塊で、嫉妬深くて下ネタ好き――とてもじゃないがゲームのキャラクターにはならない。

 ――うん、そういうことなんだ。今回相手にしてもらいたいのは。

 不細工でコンプレックスの塊で、嫉妬深くて下ネタ好き――そんな面倒な存在の相手を頼みたい。

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