第15話 ミオの故郷

「ありがとう」

 クレアは、ファイアーとディープに連絡を送るために電源をあちこちつないだ。

 たたむと紙同然のディスプレイに、二人の姿がうつる。

 砂狼も一緒だ。

 彼らの生活はドラゴン狩りを中心に動いている。

 後ろの背景が変わっていく。

 車の中なのだろう。

 少し画面も時々ゆれる。

 いつものオープンのジープだ。

「ありがとう、ドラゴンのこと」

「どういたしまして」

「ちょっと遊んだついでだ」

 ファイアーとディープがそう返す。

 いつからだろう、彼らがこんな風におだやかになったのは。

 クレアが小さいころ、彼らが初めてクレアのそばにやってきた。

 そのときのことはよく覚えている。

 二人は本当にぎすぎすしていて、でもどこか惹かれあっていて。

 クレアの目から見ても互いを意識しすぎていて。

 でも、仕事の相性が抜群で、ストライクが手放しで彼らに任せてよかったと言っていたのも覚えている。

 それに返したノスタルジアは、専属になるならこの額でって頼んでいいかなと言っていて。

「クレアもなついたようだし」

 と、クレアをちらっと見たのも覚えている。

 クレアは、彼らが気に入ったので、彼らが迷惑だろうがなんだろうがくっついていた。

 同じ年の友達もいて、それなりに遊んでいたが。

 お兄さんたちに遊んでもらえるのはうれしかったのだ。

 最初ファイアーはそれでもクレアに親しくしてくれたが。

 ディープがクレアのことを気にかけていて彼なりに愛してくれていることに気付いたのはずいぶんあとのことだ。

 クレアが水たまりに転んで泣きそうになっているときに抱き上げてくれたディープのことは今も忘れない。

 仕事をとるのはほぼファイアーの仕事で、ディープが単独で来るのは珍しく。

 そのディープがクレアにそうするのも不思議だった。

「ディープ、私のこと嫌いじゃないの」

「嫌いじゃない。女はわからないだけだ」

 ディープの本音をそのときはじめて知ったような気がする。

 ふだんファイアーとクレアがハグしていても、ディープはなんともない顔をしている。

 だが。

 そのずいぶんあとファイアーに会って――そのときはディープは一緒ではなかった。ファイアーと二人で一緒にパフェを食べに村はずれのパブとカフェのところへ行くと。

「相談したいんだクレア」

 と、ファイアーが言った。

 ディープはさ、クレアと僕がハグしててもなんともない顔してるだろ。

 でもクレアがいなくなると後ろから抱き着いて。

 なんだよ、ディープ、と言っても動きもしないんだ、あれ妬いてるのかなあ、クレア。と言われて食べかけのパフェをかき混ぜながら、大人って大変なのねと思った。

「私に相談してもわからないけど、ディープはファイアーのこと好きなんじゃないかな」

 たぶん。

 クレアは答えた。

 ずいぶんませた答えだったと思う。

「そう思ってもいいのかなあ」

 まだクレアが10歳くらいのときの話である。

 ほかに相談するところもなかったのだろう。

 オレンジ女史あたりに相談したら、当たって砕けろとか言いそうだし。

 クレアが、そのオレンジ女史を思い起こして笑う。

「どうしたクレア」

 ディープが言う。

「ううん」

 ディープもファイアーもいまのクレアとさほど年齢は違わなかったんだろうなあと今ならわかるが。

 そのころは自分よりずっと大人だと思っていた。

「ファイアー、ディープ、大好き」

 いつもそういう。

 ミオはー。妬いてくれるのかな、ディープみたいに。

「はいはい、お姫さん、僕らはただ行っただけだし」

「そうだ、クレア、大好きは彼氏にとっておけ」

 ディープの助言に、クレアが笑う。

「私、彼氏には大好きって言わないわ、愛してるって言う」

 ディープとファイアーが笑う。

 そう。

 ディープも笑うようになった。

「でも大好きなんだもん」

「わかってるよ」

「このあとパパたちにも連絡しようと思って」

「そうしなよ、僕らはドラゴンの件で連絡したから、そろそろこっちへ帰ると思うけど」

「うん」

 クレアは手をふって、映像を切り替えた。

「パパたちにはどう連絡しよう」

 少し考える。

 手もとで協会のほうのネットワークにつないでからノスタルジアの時計につなげる。

 光の色で誰からの通信かすぐにわかるシステムで、ノスタルジアにしか使いこなせないシステムにもぐりこむ。

 彼が自分で依頼して作ってもらったものだ。

 ノスタルジアの目は特殊で、どんな細かいグラデーションも瞬時に理解し真似できる目を持っている。

 脳がそういう仕組みなのかもしれないが。

 銃で撃つときにまったく狂わない、などの副産物もあるが。

 なによりも彼の絵画センスにそれは収束される。

 趣味でやっているクレアにはわからない絵の作業も、その世界であっさり通用するくらいの腕前なのだ。

「はーい、クレア」

 ノスタルジアが答える。

「ダッド、パパ、ありがとう」

 クレアが言う。

「なにもしてないよ僕らは」

「うそ!」

「ばれたようだな」

「パパ」

 二人でそろっているらしい。

 言葉だけが聞こえて、画面は暗いままだ。

「じゃ、私頑張るから」

「ああ、ドラゴンのほうの作業に向かうよ」

「ありがとう」

「しかし、中央都市にはずいぶんドラゴンを秘密裏に飼ってるんだな」

「そうね」

「よくわかったな、場所が」

 ストライクの声だ。

「勘だけど、でも誰かが手伝ってくれたわ、誰かが」

 クレアはそう言って、

「じゃ、ありがとう、切るね」

 と言って連絡を絶った。

 向こうで、たぶんパパとダッドは、その誰かが誰なのかということを予測しているだろう。

 もしかすると全部わかっててこっちに預けられたようなものなのかもしれない。

 大人たちに守られていた時期を過ぎて、大人になっていくこと。

 クレアはまだ子供を少し過ぎただけだった。

 大人たちは時々すごく子供だ。

 そして子供は時にすごく大人だ。

 人間ってなんてミラクルなんだろう。

 クレアは思う。


「さてと。ミオのごはん作ろう」 

 クレアは、朝ご飯を作るつもりのパンケーキの粉を出す。

 料理は、ノスタルジアに習った。

 銃も習ったが、銃は彼ほどうまくならなかった。

 料理はそこそこ。

 コース料理とかよりも、普通に自炊する食事が作れるようになればいいよ。

 と言われながら作った。

 一人で暮らすなら、いろんな経験ができるだろう。

 食事を作るのもその一つだ。

「そのあと、ユッカさんと服を選びにいく、と」

 約束したのだ。

 ユッカが、女の子なんだから、たまにはかわいい格好もいいわよ。

 と言って、暇になったら服を見ようと言っていたのだ

「ユッカさんも不思議」

 女性より女性を意識しているような気がする。

 男性なのに、女心がよくわかるというか。

 クレアはどんな人ともコンタクトをとれる間は相手をするようにはしていた。

 コンタクトがなくなったら嫌いになるのではなく無関心になっていく。

 時間だけが解決することもあることを知った。

 だが、ここには、遮断しなくてはならない情報も多くあった。

 住んでいた場所を離れ、ここに住むことに決めたのだが。

「パンケーキ、パンケーキ、と」

 ミオの分を焼いて、部屋にもっていく。

 昨日、ミオの世話するからと部屋を移動して。

 ミオの寝ている隣の部屋に毛布とかを持ち込んで泊まった。

 一気に力を放出して動けなくなっている彼が、朝ご飯はパンケーキがいいと言われたのもあった。

 体が甘いものをほしがっていて、それがおわるとタンパク質なんだよなと言っていた。

 代謝の仕組みも人とは少し違うらしく、たまに食べると完璧に中毒するものもあるらしい。

 人間が毒でないと思っていても、彼には毒な場合もあるのだそうだ。

 クレアは、基本的には人間の要素でできているのだと、自分でも思う。

 これから普通に歳もとるだろうし、ミオがどういう成長をするにせよ、どうなるかはこれから次第なのだ。

 頑張ろう。

 どんな不安にも負けないように、強くなる。

 でも、人に頼れるときは頼って。

 自分でやってみてできないところは他人を頼って、作業する。

 そういったことを決めた。

「パンケーキできた」

 皿に三枚おいて、バターとはちみつをかけて部屋のドアをたたいた。

 ミオがもぞ、と動く。

「できたよ」

「うん」

「起き上がれる?」

「ん」

 ゆっくり起き上がる。

「テーブルまで行けないから、ベッドで食べる」

「うん」

 足の上に皿をおいて、フォーク一本で切り分けて食べていく。

「クレアは朝ご飯は」

「このあと食べる」

「一口いる?」

「いいの」

「食べたそうな顔してる」

 ミオが言う。

「えー」

 ぷうとふくれると、ミオがはい、と一口分に切ったフォークを出した。

 彼はこんな風に誰かにパンケーキをもらったことがあるのだろうか。

 妙になれている気がして、クレアは少し妬ける。

 好きって気持ちはこんな風に心を揺らす。

 どうしてなんだろう。

 ぱくっと一口口に入れて、ミオが笑う。

「おいしい」

「キラキラしてる」

「ん」

「クレア、おいしいもの食べてるときってほんといい顔するからさ」

「そう」

「うん」

 そういえば、ノスタルジアがクレアに、女の子は食べさせがいがあるなあと言っていたことを思い出した。

「クレア」

「なに」

「これからいろんなことあると思うけど、ずっと一緒にいようか」

 ミオが、パンケーキをもう一口口に運ぶ。

「うん」

 クレアがうなずく。それからややあって。

「全部食べちゃうよ」

 ミオが顔を上げる。

「いいよ」

「なんで泣いてるの」

「わからない、なんか、最近涙腺弱くて」

 心に時々強い風が吹いてなにかが吹き飛ばされてしまいそうな不安にかられる。

 クレアは自分のなかの嵐に耐えるように泣き、やがて涙をぬぐった。

「言いたいことはいっぱいあるの、でも、うまく言えない」

「少しずつ、言えることを言ってくれればいいし、秘密があるのは誰しも同じだろ」

「うん」

「あと、思い出したくないことは思い出さなくていいと思う」

「うん」

「でも、散骨は行くだろ」

「うん」

 クレアは、皿をもって部屋を出た。

 静かなキッチンで皿を洗って、コーヒーはブラックでいいかどうか聞くのを忘れる。

 戻って、ドアをあけた。

「わ」

「あ、ごめん!」

 ミオがパンツ一枚で着替えていた。

 ドアをしめる。

 クレアはドキドキする胸を押さえながらドアの前で大声で聞く。

「コーヒーブラック?」

「うん、ブラック」

 大声が返ってくる。

 あわててキッチンに行ってインスタントのコーヒーを淹れていると、キッチンに服を着たミオが来た。

「ごめんね、ノックすればよかったのに」

「いいよ」

 少し笑った。

 ドキドキが止まらない。

「コーヒー」

「う。うん」

 彼の分を渡し、クレアも飲む。

 立ったままで。

 静かになる。

 この空気がずっとあればいいのに、とクレアは思う。

 優しくて、とても心地よい彼の気持ちと寄り添えたような気持でいられたらいいのに。

「あのさ」

「ん」

「僕の故郷のこと、何にも聞かないんだ」

「聞いてもいいの」

「うん」

 ミオが話し始めた。


 ミオが動かせないため、ユッカたちが動いていた。

 なにが自分たちを突き動かしているのかはわからなかったが、ユッカもジョオンも調べることに同意した。

 クレアは、人を惹きつける力があるのかもしれないが。

 なにより、ミオの、気づくと底抜けに優しいところと、やるときはやるという態度が、彼らの仲間意識をさそった。

 つまりは、友達だということである。

「私が心当たりがあるわ」

 ユッカが言う。

 ジョオンが嫌そうに答える。

「あそこに行くのか」

 と。

「ついてくる?」

 ややあって、答える。

「ああ、でもあそこに行くとなんか自分がバカになったような気分になるんだよな」

 ジョオンが言って、ユッカと一緒に出掛ける。

 今日はクレアは授業の手続きで大学へ行き、ミオは部屋で寝て過ごしていると連絡があった。

 そのあと午後はユッカとクレアで服を買いに行くことに決まる。

 ダンテのほうは連絡がないが、孤児院を再建するほうの仕事に従事していて、子供たちに遊ばれているようだ。

 人間の言葉がわかるようになりたてなため、子供たちには自分たちと同類と思うらしい。

 文字がわからないようなので、文盲の子たちの授業を受けている。

 子供たちは外で授業を受け、夜は近くの教会で面倒をみてくれることになったため、防災用に備蓄された毛布などで寝ているようだ。

 ミオが姉と一緒に住み、おだやかな日を過ごした場所へと行くこと。

 ユッカたちは、手も足も出なかった二人の連携を見ていて、クレアとミオのことをこの先も一緒にいてほしいと思うようになったのだ。

 互いに惹かれあっていることも見ていてほほえましかった。

 自分たちにそういった絆があることに気付きながらふたをしている現状を鑑みてユッカはため息をついた。

「どうした」

「んー、なんか私にもあんな青春があったのかなって」

「あったんだろうな」

「ジョオンは」

「あったようななかったような」

 数字について調べるために、彼らはデータ屋と呼ばれるところに行った。

 らせん階段をいくつも下がったあと、エレベーターに乗る。

 どこまで下がったのか、気づくとエレベーターが止まっている。

 ユッカはまっすぐに歩き出す。

 後ろをジョオンがついていく。

「ユッカ」

「なに」

「相変わらず気色悪いばしょだな」

 ドアの前で寒そうに腕を擦るジョオンに、ユッカは言う。

「外で待っててもいいわよ」

「ああ、そうする」

 本が大嫌いで、それでも文盲ではないジョオンはなんども腕を擦って寒そうにしている。

 本にちょうどいい温度で保たれた建物。 

 人よりも本のほうを優先した結果だ。

 木でできた立派なドアを開けると、本が通路を作っていた。

 ユッカはそこを歩いていく。

 生垣のように本の積まれた中を歩くと、机にたどりついた。

 少年が座っている。

「鉄道について知りたいの」

「鉄道?」

 まるでかつてあったという図書館のように大量の本のある部屋の真ん中で、少年に見える赤毛の男の子が座っていた。

「ふうん、面白そうなこと調べるんだね、ユッカ」

 にたりと笑うと、少年とは思えない邪悪さを感じる。

 ジョオンが嫌うわけだわよ。と思う。

 ユッカはどういう人間に対しても大体同じ態度をとる。

 自分がオネエなことも隠さない。

「そうなの」

「こないだのドラゴン騒ぎと関係あるんだろう」

「なんでその脳をほかに使わないの、本ばっかり読んで」

「そうだなー」

 地球から持ち出された本たちのレプリカや、ネット上にある文書についても詳しい男だ。

 年中本を読んでいる。

 たぶんユッカより年上で、人間ではない。

「たまにはでも、端末も使うよ」

 言って、首を見せる。

 脳内に直接刺激を送るタイプの端末だ。

 違法ぎりぎりである。

 ネットを使わない生活層にはいまだ本という媒体は必要で。

 紙の材料はきちんとリサイクルされる。

 新聞や雑誌、本は、地球でも一時減少することがあってから、ネットワークにつながないことが逆に面白いというので逆に流行し、すみわけが行われた。

 そのあとの移民時代になっても、ネットワークから取り出したデータで、本を作って読んでリサイクルするシステムも考案されたが、それらの機能もいまだ使われている。

 内戦状態で、ネットワークが寸断された時期に、人は保存できるのは紙のほうがいいということに気付いた。

 そのあたりからだ。

 地球時代のデータを売る商売が出てきたのは。

 それらは主に写真で、中にはサバンナと呼ばれた大地の動物たちの写真もあった。

 かつて地球にあった版画やリトグラフのように、番号を振られたそれらの紙へ印刷した絵は人気があった。

 もうすでに、その風景はいまあるかどうかわからないのだったが。

 それはなぜか郷愁をさそった。

 地球。

 それは青くて、宇宙に輝く宝石だったという。

 それが、空間から姿を消したのは、いったい何年前のことなのかもよくわかっていない。

 いろんな人が、あった時期についてバラバラにコメントしているからだ。

 ワープ航路をつなぐ装置の大きなものを使って地球そのものを次元の違うところへ飛ばした、という説があった。

 最初はそんなことを誰がするのかということもあった。

 だが、時々影のように地球が映ることもあり、近くに設置された宇宙カメラにも映る。

 透けている地球の映像を見るたびに、人々はこれはまやかしだと言った。

 なにが本当のことなのかは誰も知らない。

 ただ、人類がなにかバカげたことをしでかしたことだけは、誰もが気づいていた。

「数字と番号が入った列車の本だろう、少ないものだけど、この本に載っている」

「ありがとう」

 少年はその本を渡すと無表情になる。

「貸出期間は一か月。お金か情報で払ってもらう」

「今回の情報は」

「そうだな、君たちの切り札についてでも聞きたいところだけど、それはそれで僕が危ないからなあ。うーん。じゃ、おいしい和食レシピ」

「……、和食?」

「そう」

「うーん、わかったわ、なるべく掘り出し物を探してくる」

「ありがとう」

 ユッカはそこを後にする。

「和食」

 ジョオンが、わしょくわしょくとつぶやいているユッカに怪訝そうな顔をするが。

「あ、本を貸してもらえたわ」

 と顔を上げた。


「地球学概論かあ、どうしようかな」

 クレアは大学へと地下鉄を乗り継いで行った。

 ところどころ緑の道を通り抜ける。

 公園がいくつかあるのだ。

 最後に通過した大きな公園を抜けると、大学前の駅について、学生らしき人がどんどん降りていく。

 そのなかの一人になる。

 広い構内だ。 

 街路樹があちこちに植えてある。

 クレアは見渡しながら、道にある標識に従って歩く。

 学生課というところに行って、所定の書類をもらった。

 大体の授業についてはネットでもわかるが、出席を単位にする学科もある。

「運動の授業もあるのね」

 科学系の授業もある。

 大学の単位申請は、ネットワークにつないだ端末からでもできる。

 今回はでも、せっかく授業をするところも見られるというので、大学まで来たのだ。

 単位のいくつかは、すでにとっているものもある。

「教授によって面白い授業もあるって聞いたし」

 興味のある分野とりあえず全部入れていく。

 ユッカたちとの連携もあるので、家から受けられる授業もとる。

 大学は、いくつかのパターンがあり、大学によっては教授の部屋に行って授業を受けるスタイルと、部屋に授業の時間だけ先生と生徒が集まって授業するスタイルとある。

 かつての地球と同じように黒板とチョークを使う先生もいるという。

「あんまり詰めすぎると全部できないから、どうやろうかな」

 学生用の食堂の席をとって、フリーになっている紅茶を飲む。

「薄い」

 思わず感想をもらす。

 それから、決めた予定を書きこんだ手帳を閉じて、公開授業へと行く。

 地球学のうち、歴史の授業があるらしい。

「歴史学かあ」

 クレアは、地球についてあまり知らない。

 知ろうと思ったこともあまりない。

 地球については、歴史、文化、自然科学、など、細分化して学ぶこともできる。

 ただし、調べている資料が少ないため、ある程度はどこでも同じ授業を学べるため、授業をわざわざ受ける人は少なく、ネットで済ませる人間が多い。

 歩いていると教室に着いた。

 ドアをあける。

 自由席のようだ。

 教室の壁中に地球の生物の写真が貼られている。

 ストライクが好きそうな教室だと、クレアは思った。

 授業が始まるまでざわついていた部屋が静かになる。

 授業が始まった。

 

「この列車が、昔この番号だったらしい」

「そうなんだ」

 ミオが、顔色のよくなっておだやかな表情で答える。

「クレアと行ってくるよ」

「ああ、俺たちは用事があって行けねえから」

「うん」

 そんなやりとりがあって、ユッカとジョオンは列車を見送ることになった。

 クレアとミオが、列車に乗ると、ユッカとジョオンが手を振った。

 ボックス席になっているところに二人で座る。

「静かね」

「ああ」

「その列車もこんな風だったの」

「うーん、よく覚えてない」

「そう」

「うん」

 なんとなく旅行気分もあって、でも、時折ミオが沈んだような表情を見せる。

 ノワーも僕みたいに、傷ができてもすぐに消えたんだ。

 と、ミオが言った。

 包丁で手首を切っても、元通りになった。

 だから、僕たちは血がつながってると思ってた。

 でも、もしかしたら違うんだろうかと。

 首から切ったら、たぶん再生は無理だろうと思ったんだ。

 あのあと熱線で焼かれたから。

 と言いながら、ミオは塩を入れたびんを持ち直した。


 やがて海の近くにある駅についた。

 二人がゆっくりと歩いて、切符を渡して、それから海へと歩いた。

 長い砂浜を歩いて、このへんにするよとミオが言った。

 クレアはうん、という。

 ミオはゆっくりと靴と靴下を脱いで水に入ると、瓶を傾けた。

 きらきらと光が落ちていく。

「姉さんは最後の瞬間、たぶん僕にコンタクトしたんだ、あそこに帰りたいって」

「うん」

「海の映像が見えた」

 ミオがそういうと、

 瓶を空にして、ざばざば洗う。

「これ、クレアの知り合いに返さないと」

「そうね」

「いつか」

「ん」

「いつか、姉さんのこともちゃんと過去になる」

 ミオがそういってから、鼻をすすった。

 泣き出したミオに、クレアはだまって手を握った。

「誰だって、誰かを失えば悲しいよ」

 クレアがそういうと、ミオはうんと言いながら靴下と靴を履いて、二人は歩く。

 あとにする海は、光で輝いていた。

 地球にあったのと同じようにこの星に太陽と名付けた。と、地球学で習った知識がクレアの頭によぎる。地球の近くの太陽と呼ぶ星は、どんな星だったのだろう。

 クレアはそんなことを思いながら、ミオと手をつないだ。

 駅までの距離を二人で歩いた。

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