第11話 ゾンビとクレア

「政府とは仮初に便宜上中央都市の市長を大統領とする……通説では……、テロの撲滅のために軍部は……」

 どこかかから流れているラジオの音楽とニュース。

 連なる屋台とごった替えした豚骨スープのような匂い。

 雑踏には人と人でないものが流れている。

 多くは地球を最初の故郷とする者。しかし何割かはこの惑星の者。

 車と小型車が歴然とならんでいるのも見える。

 中央都市。北西部。

 サンディエッグにある一番大きな大陸の海側にヒトデのように張り付いたセントラルシティ。中央、としか言われないときもある。その町は昼のさなかにあった。

 屋台で人がランチにするものを買ったりしている。

「さてと、」

 少女が一人、雑踏を歩いていた。デニムパンツに白い開襟シャツ。後ろに背負った小さめのリュック。金色の長い髪をしばり、ぼうしをまぶかにかぶっている。と、少女が手をあげて大きく振った。

「ミオ!」

 その視線の先に、長袖に黒いズボンをはいて、大きめのキャスケットの少年が立っていた。

「クレア! ひさしぶり」

 少年のほうもぱっと表情をかえ、走る。

「うん、ひさしぶり!」

 だきしめあって、笑いあった。

 夏休みに実家に帰っていたクレアが、ふたたび中央都市に現れたのは、9月だった。

 学校の制度は年ごとに改変され、現在は学校の制度そのものは、3か月から1年で習得できる単位をいくつとるかでその人の学習ペースが決まる。

「ミオ、勉強どう?」

「まあまあになったよ、言語とかはいま面白い」

「そっか」

 小学校クラスから大学院クラスまで単位がこまかくあり、文学は大学院クラスだが、算数は小学4年生クラス、といった習得の仕方もできる。一度習得した単位は、何度でも授業は受けられるが、単位そのものは重複しては与えられないことになっている。

「私も頑張ろう」

 ミオは、数学の点数がいいのではあるが、言語で苦労していた。

 クレアは平均的になんでもできるほうである。というよりも、すでに大学の単位の半数は判定待ちである。スクールに通わなくていいタイプの単位はすでに全部とっていた。あとは大学院クラスへの編入手続きくらいである。

「一緒にさ、家探し手伝ってくれる」

「ん」

「下宿する先、自分で探してもいいって言われたから」

「わかった、でもまず腹ごしらえだろ」

「わかった?」

「おなかすいてると早口になるだろ」

「うふふ、正解」

 ミオと並んで歩く。

 クレアのほうが、3センチは背が高い。

「クレア」

「なに」

「クレアって、背が高い人のほうが好み?」

「なんで」

「だって君のパパは二人とも背が高いし」

「背丈なんて関係ないじゃない。気にしてるの」

「ん、うん」

「ミオ」

「ン」

「今日なに食べよう」

「和食もあるよ」

「和食もいいわよね」

 結局ファミリー向けのレストランに入った。


「おいしかったー」

 食事を終え、ドアをあけたそのときである。

 銃声が数発とどろく。

 クレアが振り返ると、ミオがゆっくりと崩れて倒れた。

 周りの人間がぱっと石を投げ込んだ湖の魚のように、逃げる。

 至近距離に二人いる、とクレアはさっと、リュックの横にぶら下げたウサギの腹の中に手を突っ込む。黒い塊を取り出すと、それは瞬時に手にフィットして銃の形になる。

 その小型の銃を。ぶっぱなした。ニードル銃である。キランとはりが輝く瞬間には相手に刺さっている。

近くの二人と、その影のも同じ気配なので三発撃って、全員に正確に刺さる。

 犯人は覆面をしている逆光だった。走り去っていく。

「ミオ!」

「大丈夫、僕のタグに、いつも行く病院載ってるから、そこへ回してもらって」

「大丈夫って」

 道が血まみれになっていく。

「だれか救急隊を」

 クレアが叫んだ。



「クレアにはけがはないんだな」

 ダッド、ノスタルジアが声を堅くしている。

 手術室の待合室だ。

「大丈夫よ、びっくりしてるだけ」

「ミオくんは」

 パパ、ストライクも心配そうだ。

「ちょっと場所が悪くて、縫合してて、でも再生もしてるからって」

「そうかね」

「パパたちがなんでここに来てるわけを知りたいわ、私の監視してたわけじゃないでしょ」

「新婚旅行」

 ノスタルジアが厳かに言う。

「え」

「クレアの顔を見てから行こうと思って」

「そうなの」

 ストライクが、クレアの髪を撫でる。

「そう。仕事を休んだのでな一か月ほど。この時期しかなくてな。中央都市を抜けて草原地帯のホテルで滞在することになったのだ。連絡したはずなのに返事がないとノスタルジアが言うのでな」

「それで」

「急きょ、君の位置を確認した」

「なんでそんなことできるの」

「知らないほうがいいと思うが、知りたいかね」

 ノスタルジアが言う。

「うん」

「発信機をつけてあるのだよ、なにに着けているかは言えないがね」

「監視じゃないの?」

「監視と言えばそうかもしれないが、なにごとかあった場合だけに使うことにしている。君は、子供のころすぐにどこかに行ってしまって困ったからな、何度使ったかわからんぞ」

 言って、つい、と指先で、クレアがしているタグにちょんと触れた。

「これで解除だ」

「これに仕込んであるの」

「さあ」

 ノスタルジアは笑う。

「さあ、じゃあ、ストライク、飛行機に間に合わない。気球も乗るんだろう」

「ああ」

「じゃあ、クレア、自分のやりたいことをしっかりな」

「うん」

 二人は、すべてをクレアの力でやりきることを信じている、というよりも、ごく当たり前だと思っているのだ。

「あともし」

「なに」

「もし、緊急事態になったら、自分で考えることだ」

「うん」

「これからはパパたちはいないんだからな、でも」

「なに」

「無茶をするのはいいが無理はするな」

「それどういう意味」

 クレアが聞く前に

「遅れてしまうぞ」

 さあ行こうと二人が出ていく。

「ああ」

「じゃあ」

 二人を見送り、しばらくしてミオが病室に運ばれるのについていく。


 病室は一人部屋である。

「大丈夫」

「大丈夫、弾が残ってるかんじはないし」

 ミオはすぐに目を覚ました。

「ふー」

「なんで撃たれたの」

「うーん」

 そのときドアの前で音がする。がたん、とあいた。

「ゾンビ! 撃たれたって本当か」

 ジョオンの声である。顔を出した。つんつんと出た髪にずり落ちそうなデザイン帽子をしている。小麦色の髪と日焼けした顔には大きな傷がいくつかあった。

「うん」

「犯人は」

「覆面してた」

「そうか」

「私がニードル銃持ってて、敵の今の居場所わかるわよ」

「ニードル銃」

 ジョオンが言う。

「クレアちゃん何者」

 ユッカも言う。

「ねえ」

 クレアが聞いた。

「なにかやばいことしてるの?」

「クレア」

 ミオが咎める。

「なんで、聞く権利、あるもん」

 ジョオンが頭をかく。

「部外者には言えないが」

「言えないなら、私も協力しないわ」

「クレアを巻き込みたくない」

 ミオが言う。

「もう巻き込まれているわ、私がニードル銃を持ってることばれてるし、針は抜けにくいものよ、小型ドラゴン追跡用だもの。位置もわかる発信機がすべての針についてる。私を仲間にしない手はない、と思うけど」

 ちなみにこれが逃走ルート。

 言って、カバンから紙を取り出して床に広げると、あっという間にその黒い紙に赤い点と赤い点が浮かび上がる。そのあと、地図が浮かびあがった。

「これは」

「ん、画面塗料塗った紙よ」

 ドラゴンを追跡するときに使うものだ。

「そういう意味じゃない、いったいどこに生息してるのか、こんなところ今住めないぞ」

「生息」

「うん、やつら、人間じゃない」

 ミオが言った。

「人間じゃない」

「僕も半分くらい人間かどうか確証がないけど、こいつらもそう」

「ふむーん」

 ユッカが首をひねる。

「なにかひらめた気がするんだけど、なにかしら」

「ユッカさん?」

「あー、こいつ、多少サイキックなんだ」

「そっか」

 クレアはあっさり答える。

「なんでクレアって、そこで疑問符とかつけないんだ」

「えー、あ、だって私」

 言いかけて、クレアは考えた。

「あんまり深く考えないんだもん」

 と、答え直した。

 自分の能力を使えば、もしかしたらなにかできるかもしれなかったが。

 クレアは黙っていた。自分の能力を使うのは、最終手段だった。とくに中央都市では。

 自分と同じ力を持つ、あのひとがいるのだから。見つかってもどうこうされる心配はないとは思うが。

「うーん」

 持ち合わせの地図のなかで、針の位置が止まる。

「ここで抜いたかな」

 赤が緑に変わる。

「破壊されたみたい」

「別々に行動してるわね」

 ユッカが紫色の髪をかき上げる。

「ん、これは仕事場の近くじゃねえか」

「んー、そうね」

「仕事」

「うん」

 このへんは盛り場が多いの、オカマバーで働いてるの。

「そうなんですか」

 クレアが言う。

 どんな職業の人とも、尊敬して話しなさい。と、言われて育ったクレアである。

「全然驚かないわね」

「え、驚いてるけど」

 クレアがそういうと、ジョオンが笑った。

「クレア、仲間に入ってくれ」

「いいわ」

 クレアが答える。

 ゾンビがなにか言いかけたが。

「ま、言い出したら聞かないタイプだもんな」

 と、独り言をとりあえず言って、クレアになによーとか言われているのを見ながら、ユッカが腕を組む。

「読めない」

「どうした」

「なんでもないわ」

 ユッカは、クレアを見る。クレアは笑い返す。

「クレアちゃん」

「はい」

「ミオのこと大事?」

「はい!」

 ミオが真っ赤になる。

「そー、じゃ、いいこと教えてあげる」

「ユッカさん」

「私たちが追いかけてるのは、ミオよ」

「? ミオ」

「そ」

「話すと長くなるんだけどさ」

 ミオが言う。

「話して」

「ん、うん」

 もともと僕が姉を探してたのは知ってるよね。

「ええ、ノワーだったっけ」

「うん。その人を探してて」

「で」

「私とジョオンで、マスターコンピューターまでいろいろあってたどり着いたんだけど」

「そこまでは私でも行けると思うけど」

「そうなの」

「うーーん。昔迷子になって行きついたことがあるのよ」

「……、いったいクレアって」

「それはともかく、そこで、立体映像を見たの、真っ二つになった男の子が、半分ずつ再生するところをね」

「僕は、たぶん、そこから推測するけど、プラナリアタイプの水棲人と人間の間の子なんだよね、で、僕は半分にされて、再生してその僕の半分がいるのがわかったんだ」

「そこまでわかったんなら」

 特殊法で、そういった人間実験をしないことを特例として定めているはずだ。

「でも、それで政府も軍も動かないだろ」

「そうだけど……」

 毎日どこかでパンクしてる中央都市だ。

「それで、まあ。ミオの半身に気付かれているのかいないのかわからない状態で調査を進めていたんだが」

「うん」

「ミオを半分にしたやつらの計画のテロのほうに気づいちまったんだ、俺たち。で」

「僕が標的になっちゃったんだ、僕のミスで」

 クレアがそこまで聞いて、はー、とためいきをつく。

「何を失敗したのよ」

「尾行でばれた」

「……、そーゆーこと」

「実験は失敗して、僕は死んだことになってる。というか、プラナリア型の異星人は今珍しくないから、僕の能力も目立たないだろ」

「まあ確かに」

「だから、けっこう僕のもう一人も、普通に生活する機会が必要なんだと思う」

「ん」

「いや、僕、時々変な気配を感知するけど、これ、たぶんもう一人の僕なんだ」

「そうなの」

「うん、近づけばわかる」

「アジトが見つかると楽なんだけどね」

 ユッカが言う、と、全員の視線が、地図にもどる。

「動いてるわね」

「近づいてる」

「このままいくと、ここね」

「そうね」

 全員が顔を見合わせた。

「病院で待ち受けるわけにはいかないな」

「ミオ」

「動いたらダメだって」

「大丈夫、ほら」

 包帯をとる。

「もうふさがってるの」

「最近ちゃんと栄養とってるからね」

 ミオは言うと、起き上がった。

「看護婦さん、僕退院します」

「わかりました」

「それでいいの」

「うん、大丈夫」

 笑った。

 それから、全員、病院から抜け出た。


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