第2話 僕らの目は死んでいる
「おい、おまえ目が死んでいるぞ」
無気力な小学生の息子に声をかける。
「お父さんこそ死んでる」
間髪入れずに突き返される。
「うお、そうか・・・俺の目も死んでいるのか」
毎日つまらない日常が続いていると目も死んでくるんだな。
「啓介、学校面白くないのか?」
「べつに・・・学校なんて面白いとか面白くないとかで行くところじゃないでしょ」
「そりゃ、そうだが・・・」
「お父さんだって、会社辞めたいとか行きたくないとか、ぐずぐず言っているじゃないか」
「お父さん・・・もう心が折れそうなんだよ」
「僕なんて折れて取れちゃったよ・・心」
「ううう」
日曜の朝っぱらから居間でぐだぐだと暗いこと言っていると妻がぶち切れた。
「あたしだって鬱なんだから、ちっとは気を使いなさいよ!!てゆーかどこかに出て行け」
俺と啓介は家を追い出された。追い出されてもどこにも行く気力がない。
やる気もない。家から出てすぐの歩道橋からぼんやりと自動車の流れを見ていた。
「みんなそれぞれ目的地に向かって走っているんだな・・・」
「つまらない」
「おまえ、学校でいじめられているんじゃないのか」
「そんな濃い人間関係なんて、いまどきの小学校になんかないよ」
「クラス12人しかいないもんな」
「うん、この間、一人引越ししたから11人になった」
そういえば子供の姿なんか全然見ないもんな。少子化って怖いな。町や社会に活気がなくなる。今の子は草野球なんてやったことないんだろうな。
啓介はグローブを持っていない。
「学校つまらないか」
「うん」
「会社つまらない」
「・・・うん」
「どっかいくか」
「どっかって、葛西のスーパー銭湯だろ。行きたくないよ」
「そうか」
「どこか行きたいとことかあるのか」
「エジプト」
「エジプト・・・ピラミットのある?」
「そう、エジプト行ってスフィンクス見たら、お母さんのウツも治ると思うんだ」
どういう理屈だ。と突っ込みを入れたくなったが、啓介は啓介なりに考えているのだろう。
お母さんのは鬱じゃなくてヒステリーなんだ。治るとかいうレベルじゃないんだ。
河川敷に行くと、本格派のリトルリーグの子供達が野球の試合をしていた。連携プレーといい、大人顔負けのレベルだった。そういえば、ここからメジャーリーグに行って話題になった投手がいたっけ。隣にいた啓介は見るとも無く野球を眺めていた。
妻のヒスが静まるまで家には帰れない。子供を連れてどこかに行くほどの金もなかった。パチンコの負け分を競馬で取り返そうとして、どうにもこうにもならなくなってしまっていたのだ。競馬は「中穴」の3000円を取ったはずだった。やったと思ったら、自分の買っていた馬が斜行していて、進路妨害による降着になってパーになった。なまじ喜んだことから悲しみも一塩だった。帰り道、ショックでぼんやり歩いていたら、側溝にはまってしまい、買ったばかりのズボンを破いてしまった。
「おとうさん。キャッチボールしようよ」
「んっ、」
ボールもグローブも無いというと、啓介は草原からボールを拾ってきた。
啓介が見つけてきたのは古びた硬球だった。頭にこつんとぶつけるだけでもかなり痛い。
「おい、これは硬球といってプロ野球とかで使っている本格的なものだぞ」
「そうなの?」
「当たると怪我するぞ」
「軽く投げれば、だいじょうぶだよ」
「そうか、軽く投げろよ」
キャッチボールなんて死んだ親父とやって以来だから、25年ぶりくらいだ。
「啓介、投げるぞ」
「うん」下手投げで軽くボールを放った。
啓介は両手でボールを掴んだ。
「いくよ」
啓介が振りかぶって投げた。
「がっ!!」
なんで俺の息子は馬鹿なんだろう。つい、二分前に危ないから軽く投げろといったのに力いっぱい投げやがって・・・遠のく意識の中で、なんだか泣きたくなってきた。
草むらを啓介が逃げていく。
「なんで逃げていくんだ」
「お母さんを呼びに行くのはやめてくれ」
少し休んでいれば、起き上がれるから・・・
自分では声を上げたはずだが、その声は息子には届かなかった。
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