第8話
日曜日の朝、目を覚ますと雨足は一段と強くなっていた。
昨夜は小学生の頃の夢を見た。
あれは四年生くらいだったか。マラソン大会で走っている夢だった。
一生懸命走っているのに少しも前に進まず、まるでスローモーションのように手足を大きく動かし、空をかいていた。
起きてしばらくは、その滑稽な感覚を思い出しては笑いが出た。おかげであの悪夢のことはすっかり忘れてしまっていた。
姉のことで長く会社を休んでいたが、さすがに明日からは出勤しなければならない。
その前に姪たちに会いに行こうか。しかし、私の顔を見たら母親のことを思い出すかもしれない。
しばらく考えたが結局行くのをやめ、ここのところ溜めっぱなしになっていたDVDを見ることにした。
久しぶりにのんびりした休日。なんだかもったいない気がしてくる。
「由香との約束、今日にすればよかったな。予定変更しようって連絡しようかな」
呟いて携帯を手にしたが、普段からの無精も手伝ってそこから手が動かない。明日と決めた約束、今日はすでに違う予定入れているかもしれない。
私は携帯を置き、録画していた映画の続きを見ることにした。
なぜこのとき一言、「今日にしよう」と電話しなかったのか。私はまたしても深い後悔の念にかられることとなった。
久しぶりに仕事に行く日、私は少しだけ早起きをした。どれだけの仕事が机の上に積まれているだろうかと不安だったからだ。
休みは快くくれるが、誰も代わりに仕事はしてくれない。いいのか悪いのか分からない職場だ。
コーヒーを飲み、身支度を整えて外に出る。
昨日までの雨が嘘のように晴れ渡っている。今朝は冬とは思えない暖かさだ。
「うーん、いいお天気!」
思い切り伸びをして車に乗ろうとした瞬間、またあの感覚――首の後ろがチリチリと熱くなるのを感じた。
――私……何か忘れてる気がする
なんだっけ
考えても思い出せない。
早く会社に行きたい私は、とりあえず車に乗り込み出発した。
しばらく見なかった道のりだが、通いなれた道はまるで昨日も通ったかのような気にさせてくれる。
いつもの通り道、いつもの風景。会社に近付きいつもの桜の木が見えた瞬間、思い出した。
「夢……」
そうだった。
高校時代からの友達が死ぬ夢を見たことを、なぜかすっかり忘れていた。
急に胸騒ぎがしだして、また首の後ろが痛み出す。
車が川に差し掛かったとき、パトカーが見えた。私は急いで車を降り、川へと走った。
姉のことは不思議と思い出さなかった。
川に近付き覗き込んだ。そこには紺色の軽自動車が、少しの姿を残して沈んでいた。
隣で見ていた人が、「この二日間の雨で増水した川に落ちたみたい。まだ人が乗ってるんだって」と教えてくれたが耳に入らない。
もう一度川に視線を戻す。
段々と引き上げられていく車。不安が絶望に変わる。
「由香!」
目は、覚めなかった。
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