第7話

 ベランダに落ちる雨粒をじっと見つめていると、また首の後ろがチリチリと熱くなってきた。

「…………」

 カーテンを再び閉めて、コーヒーを淹れるためのお湯を沸かしはじめる。

 由香と最後に会ったのはいつだっただろうか。

 たしか先月、六月に結婚する予定の友達と三人で食事に行ったときがそうだ。


「おめでとう。一番乗りね」

 仕事帰りに待ち合わせをした私たちは、イタリア料理店へ入った。

 高校の三年間、私たちは何をするにもいつも三人一緒だった。

「結婚だけは一緒にって訳にはいかなかったわね」

 笑いながら由香が言った。

「次は誰かしらね」

 結婚の決まった友達から、余裕の発言が出る。

「ん……うん……」

 残る二人が、返事のような唸りのような、微妙な声を発した。

「あははは」

 私たちはあの頃のように笑いながら、ささやかな前祝いをした。


 たかが夢だと分かっている。しかし、言いようのない不安がのしかかる。

 シュッシュッと湯気を上げながらお湯が沸いた。コンロの火を止めると、さっきより強くなった雨の音が聞こえてきた。

 熱いコーヒーを飲みながら携帯を手に取る。

 私は普段、用事がない限り友達にさえ電話もメールもしない。連絡しても用件を伝えるのみ。みんなもそこは慣れているようで、たまに気が向いて用もなく私から連絡すると、皆一様に驚く。

 あの夢が、なぜか気になる。

 この不安な気持ちを払拭するため由香に電話をしたいが、口実が思いつかない。「なんとなく」の一言で連絡できない不器用な自分が嫌になる。

 ベランダを叩く雨の音は一層ひどくなってきており、私の不安を煽る。

「なにかいい口実はないかな」

 そうだ、姉の葬儀に来てくれたお礼なら、おかしく思われないかもしれない。

 自分の気が変わらないうちに早速電話をかける。

「はいはーい!」

 呼び出し音に続き、いつもの元気な声が聞こえてきた。

「元気そうね。早速だけど、この間は――」

 とりあえずお礼を言い、心配してくれる由香にこれまでの状況を簡単に説明した。

「大変だったね。大丈夫?」

「ありがとう。もうだいぶ落ち着いたから。ねえ、近々会わない?」

 私にしては、珍しく自分から誘ってみた。

「会う、会う! 今日が土曜日でしょ? じゃ、二日後の月曜日にご飯行こうよ。いつもの公園に十八時でどう?」

 そう言われ、ホッとしながら約束をして電話を切った。

 それにしても、なぜだろう。声を聞いても会う約束をしても、あの感覚――嫌な予感が消えない。

 それでも、二日後に顔を見れば安心するかもと思い直し、実家に向かった。

 母も落ち着いてきていた。この様子なら、姪たちと会えるのもそう遠くはないようだ。

 夕食の準備をして、実家を後にし車でアパートに戻る。

 その頃にはもう、前が見えないほどの降りとなっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る