過去と幸福

そこには、昔俺に告白してきた茅野美咲(かやのみさき)がいた。


まさかのタイミングで超重要人物キタァァァァ!

そうテンパる俺に、茅野は不思議そうに聞いてきた。

「どうしたの優気くん?」

落ち着け俺。まだ茅野が嘘を吐いたと決まった訳じゃないんだ。それに、たまたま俺が誰かと歩いている所を見ただけかもしれない。

ここは慎重に…

「な、なあ茅野、お前って俺の事まだ好きだったりする?」

しまったぁぁ!何を言っているんだ俺は。そうじゃないだろ。

すると茅野は一瞬何かに気付いた表情になった。茅野は頭が良い、俺が考えている事を察したのだろう。

そして、俺もこれで確信した、茅野は悪意をもって愛莉をそそのかしたんだ。

すると、茅野は長い髪を触りながら、恥ずかしそうに言ってきた。

「もう!何言っているの。優気くんったら」

茅野は可愛い。一時期読者モデルをやっていたそうだ。その美くしさは、愛莉の事は言わず見逃してあげたいくらいだ。

でも、このチャンスを逃してはいけない。

「なあ、愛莉をそそのかしたのって、お前だよな。」

言いたかった事をそのまま言ってしまった。いや、これでいい。これぐらい真っ直ぐな言葉でないと茅野は応えてくれない。

「え、何の事かな?何か勘違いしてるようだから何があったのか教えて欲しいな。」

茅野はいつもそうだ。いつも都合の悪い事から逃げている。

「そういうの、いらねぇから。本当の事を言ってくれよ。」

すると茅野は顔が変わり、

「仕方ないでしょ。告白したら『今は勉強に集中したい』と言って振った人が、その一ヶ月後には他の女と付き合っているって知ったら、誰だって壊してやりたいって思うわよ。」

思い出した。あの時は中間テストの追試で本当に勉強に集中していたんだ。追試が終わった後に追試仲間だった愛莉に告白して付き合い始めたんだったな。

茅野はモテるから大丈夫だと思っていたけど、茅野はずっと俺を想っていてくれたのか。

「ごめん茅野。俺はあの頃追試をしていたんだ…愛莉と付き合い始めた頃はちょうど追試が終わった後なんだ。」

それを聞くと、茅野は少し落ち着きを取り戻した。この理解の早さからして思い当たる節がいくつかあるのかもしれない。

「そうなんだ。私は少し勘違いをしてたんだね。

それでも、追試が終わってから私を思い出して欲しかったな。」

「ごめん。」

「でも、水野さんに私が嘘を吐いた事ぐらいは言ってあげる。その代わりに、私も『茅野』じゃなくて『美咲』って呼んで欲しいな。」

「分かった。ありがとう美咲。」

茅…美咲は少し顔を赤らめた。

「じゃあね、優気くん。私帰らないと。」

「ああ。また学校でな。」

美咲はそれを聞くとそそくさと帰って行った。俺も帰らないとな。


家に帰ると、夏日が抱きついてきた。

「聞いてください!私、合格しましたよ!」

もう結果返ってきたのか。

「おお、おめでとう。それよりお前『お帰りなさいませご主人様』っていうのどうした?」

「それよりって何ですか?え?」

「ごめんごめん。あれ言ってもらえると元気が出るからさ。」

嘘はついていない。確かに俺の「アイツ」はあれを言ってもらえると元気になる。

何かあるんじゃないかと言わんばかりにジト目で俺を見ながら夏日はわざとらしく言ってきた。

「お帰りなさいませご主人様」

こんな明らさまな棒読みでも元気になってしまう「アイツ」が嫌になってくる。


リビングに行くと母さんが数々のご馳走を並べて待っていた。

「今日は夏日ちゃんが編入試験に合格したお祝いよ!」

「私もサンドイッチ作るの手伝ったんですよ。お母さんに今日は手伝わなくていいって言われたけど優気さんに食べて欲しくて頑張って作りました!」

見ると、幾つか形の崩れたサンドイッチがあった。それを見ると夏日が一生懸命にサンドイッチを作っている姿が目に浮かぶ。

そして、俺と夏日は席につく。

「夏日ちゃんの」

「夏日の」

「私の」

「「「合格を祝って乾杯!」」」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る