相葉恭一は識っていく
終夜 大翔
第0話
「情は一部を、智は全部を活用せよ」――デヴィド・デル・ピノ
「ねえ、恭一? わたしと仕事どっちが大事?」
「な、なんだよ急に」
久しぶりの二人での外食。もう付き合いが長いために肩肘張った店などではなく、落ち着いて飲める居酒屋だ。適度な喧噪の中、もう酔ってしまったのかとも考えたが、千香は真面目な顔をしている。
ほんのり上気した頬と潤んだ瞳が色っぽい。髪は会社の規定で黒のまま、後ろでまとめている。いまどき、染色も駄目だなんて言う会社の了見の狭さに驚いたものだが、仕方もない。千香は、鼻筋の通った美人のため、会社の受付を務めているからだ。でも、黒い髪の方が好きなため、その方針には賛同をしてる。
正直、千香は自分でも驚くくらいの美人だ。なんで、こんな美人が朴訥とした自分と付き合っているのかもわからない。でも、もう大学からだから、四年の付き合いになる。
「いいから」
「もちろん、千香に決まってるだろう?」
「ふーん」
千香は、相葉の言葉が信じられないのか値踏みするように相葉の顔をじっくりと眺めた。
「嘘はついてない顔ね」
相葉は、内心どきりとした。そんなに自分は嘘が自分の顔に出るか心配になる。
「あたりまえだろう。ここで嘘ついて誰が得するんだよ」
「だってさ」
可愛らしく口を尖らせて拗ねてみせる千香。
「だってなんだよ」
相葉は心の底から彼女のことが愛おしい。仕事だって、もうちょっとでなにかつかめそうなのだ。それさえつかめれば、もっと安定した仕事があるならそっちに行ったって構わない。
「最近、仕事関係で遅くなったり、専門書読んだり、疲れて帰ってきたり、会えなかったりで……」
だけど、今はまだダメだ。
「ああ、寂しいのか?」
相手の気持ちを微塵も考慮してない明け透けな言葉。
「……そうよ。悪い?」
「僕もだよ」
そういってはにかむ相葉。やっぱり千香は愛おしい。なんで、自分がこんなところで働いてるのか正直わからないときもある。だけど、相葉は性分なのか、まだなにも学んでいない、そう思うと非常にもったいなく感じるし、なんとなく悔しい。だから、もう少し頑張ってみたいそう思うのだった。
「恭一、仕事変えられないの?」
千香の切実な願いなのかもしれないが、おとなしく頷くわけにはいかない。別に、今の仕事に未練を感じるほど勤めてはいないが、安定した将来設計のために高給な公務員という仕事をおいそれと捨てられない。その安定した将来設計の中には千香との生活が含まれているのだ。
千香は、顔を前に出して来る。そして手招き。相葉はその唇に耳を寄せた。
「愛してる、恭一」
「僕も愛してる」
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