第20話



 結愛と穂乃火との模擬戦も終わり、その後は最初の2戦のような戦いも無く従来の1年1学期の実技テストが続いた。

 観客席の大半はその実技テストを見せられて退屈そうにしている生徒も多いが、いつ大本命である総真が出て来るのか分からない以上はその場で退屈な模擬戦を見るしかない。

 

「次はE班ライラ・ベルクマンとA班剣崎晶」


 火凜が次の組み合わせを発表すると会場が少しざわめいた。

 ライラは海外からの留学生で晶は炎龍寺家に仕える剣崎家の人間。

 今までの退屈な模擬戦から少しは解放されると言う所だろう。


「言って来ます。若様」

「ああ」


 晶は結愛との模擬戦で醜態を晒して落ち込んでいる穂乃火に視線を向けるが、今は穂乃火の事よりも自分の事を優先しなければならない。

 晶はすぐにグラウンドに向かう。


「いずれは剣崎家の人間と手合せをと思っていたが、まさかこんなにも早くその機会が来るとはな」

「自分の腕では期待に添えるか分からないけどね」


 剣崎家は炎龍寺家に仕える剣術に長けた一族として国内だけでなく海外でも名が知れている。

 晶は苦笑いをしながら腰の太刀を抜いて構える。

 対するライラも大剣を構える。

 火凜が開始の合図を告げるが、互いに構えたまま自分の得意な間合いに持ち込もうとタイミングを狙い動く事は無い。


「中々面白そうな組み合わせだけどどう思う?」

 

 睨みあったまま動かない二人を余所に涼子は総真や照に意見を求めている。

 照は答える事無く、総真の答えを待っている。


「晶は攻撃力に欠ける分、機動力で翻弄して確実な一閃で仕留めるタイプだ。それに対してベルクマンは相手の防御を無視した一撃で仕留めるタイプ。同じ剣を使う魔導師だが、自分の


戦い方を貫いた方が優位になるだろう」

「つまりは力と技の対決って訳ね」


 総真がそれぞれの戦い方を解説していると、晶が先に仕掛けた。

 晶の距離を詰めての一閃はライラの大剣で受け止められすぐに晶は距離を取ってライラの大剣の間合いから外れる。

 だが、ライラは晶を逃がす事なく大剣を振るう。


「流石にそれを受ける訳にはいかないね」


 晶は大剣をかわすと、逆にラウラの懐に飛び込んで太刀を振るう。


「甘い!」


 晶の太刀をライラは籠手で受け止めた。


「やるね」


 晶は再びライラから離れる。

 ライラも今回は無理に追撃する事無く、大剣を構えて待ち構える。

 

「流石は剣崎家と言ったところか」

「お褒めに預かり光栄だよ」


 そう言いながらも息を整えた晶は左右に動きながら突っ込んで行く。

 揺さぶりをかけながらの攻めだが、ライラは動じる事無く晶の斬撃を確実に防ぐ。


「剣崎君が攻めているように見えるけど……」

「あれは攻めあぐねているな」

「やっぱそう見えるよね」


 一見すると晶が攻めてライラが防戦一方に見える。

 だが、実際は晶に攻めをライラが確実に防いでいる。

 総真の言うように晶は攻撃力に欠ける。

 攻撃を確実に防がれてしまうとどうしようもない。

 しかし、ライラは強引に一撃で戦いの流れを引き寄せる程の攻撃力を持つ。


「思った以上にやるね」


 晶は一度距離を取って体勢を整える。

 これまでの攻防でライラはそう簡単に揺さぶって隙を作りだす事は難しく、自分の動きを完全に見切っている事は分かる。

 このまま攻めたところでライラの守りを崩す事は難しい。


「なら自分もやり方を変えるとするよ」


 晶は太刀を構える。

 長期戦に持ち込めば自分が不利になる。

 ならば短期戦で決めるしかなかった。

 晶は総真が言うように攻撃力が低いと言う事は自覚している。

 だからこそ、自分に出来る戦い方を確立させた。

 だが、それが通用しなかった時の策がない訳でも無い。


「何だ?」


 太刀を構える晶を中心風が吹き荒れる。

 風は次第に太刀へと集まり、太刀は風を纏う。


「少し強い一撃になるけど、君なら大丈夫だと思うから全力で行かせて貰うよ!」


 太刀に風を纏わせた晶は魔力で脚力を強化して高く飛び上がる。

 飛び上がった晶はライラ目掛けて太刀を振り下ろす。

 風を纏い落下する勢いを付けた晶の渾身の一撃がライラを襲う。

 グラウンド全体に晶の攻撃による暴風の余波が吹き荒ぶ。


「うっわ……流石にこれは決まってでしょ」

「いや」


 誰もがその一撃で勝負が付いたと思っていた。

 しかし、暴風が収まって行くとそこには人影が見えた。


「……まさか」


 そこには全身を分厚い甲冑を纏ったライラが立っていた。


「フルメイル・タイプディフェンス。まさかコイツを使う事になるとはな」


 ライラは普段の戦闘でも大剣を振るう為に腕力強化の魔法をかけた籠手を装甲魔法で作っている。

 それを晶の攻撃を防ぐ為に全身を覆う甲冑を出した。

 全身を装甲魔法で覆うのは鷹虎と同じだが、鷹虎とは違いライラは異形の姿ではない。

 そして、この形態は身動きが取れない程の分厚い装甲で身を守る防御に特化した形態でもある。

 その甲冑により晶の渾身の一撃をライラは無傷で耐えきる事が出来た。


「フルメイル・タイプスピード」


 ライラがそう呟くと分厚かった装甲が崩れ落ちると今度はライラの体を薄く覆うだけの状態となり、持っていた大剣の先が下がると地面に落ちる。

 この形態は籠手の腕力強化の魔法も解き、脚力の強化により機動力に特化した形態だ。


「一気に決める!」


 ライラは強化された脚力で力いっぱい地を蹴る。

 大剣を引きずりながらも、とんでもない速度で晶との距離を詰める。


「速い!」


 晶は何とかかわすが、ライラは脚力で強引に止まり反転すると再び、加速する。

 そのスピードは晶よりも速く、今度は攻撃をかわし切れずに太刀で防ごうとする。

 自身の勢いを利用してライラは強引に大剣を振るう。


「っ!」


 晶はライラの攻撃を受け止めるが、受け切れず吹き飛ばされる。

 地面に叩き付けられて転がりながらも、晶は体勢を立て直そうとする。


「ハァハァ……」

「今の一撃を受ける瞬間に勢いを殺したか。流石だな」


 晶はただ攻撃を受け止めても防ぎれないと判断して自ら無理に勢いに逆らおうとはしないで吹き飛ばされた。

 それによりダメージを最小限に抑えたのだ。


「そこまで!」


 ライラの攻撃を晶が最小限のダメージで防いで仕切り直しかと思われたが、火凜が模擬戦を止めた。

 晶がゆっくりと立ち上るが、晶の持っていた太刀の刃に皹が入り、やがて刃が割れた。

 晶の太刀が壊された時点で晶はまともに戦う事が出来ないと火凜は判断したから模擬戦を止めた。

 勝敗が付き、ライラが纏っていた装甲魔法を解除する。

 装甲を纏っていた時には分からないが、ライラは全身汗だくで息も荒い。


「負けたよ」


 晶は余り悔しそうには見せずに笑顔でそう言う。

 だが、どこか無理をしているようにも見えた。


「ああ。良い戦いだった」


 ライラはそう言い観客席に戻って行く。


「やったな。てかあんな隠し玉持ってたのかよ」


 観客席に戻ると斗真が出迎える。

 ライラが戦っている間に結愛の様子を見ていた鷹虎も戻って来ていた。

 戻って来たと言う事は結愛の怪我は大して酷くはないのだろう。


「アレはまだ未完成で実戦では使えるような物ではないからな」


 ライラは空いてる席に座る。

 今までライラが全身に装甲を纏わずにいたのは、単に全身に装甲を纏うフルメイルを実戦で使える代物ではなかったからだ。

 常に全身に装甲を纏う為、魔力の消費が激しくあの状態は3分程度しか維持できない。

 その3分程度の短い時間で勝負を付けなければライラの魔力が底を付き魔導具である大剣を振るう事すら困難となる。

 更には肉体にかかる負担も大きく、観客席に戻るだけでも相当辛かった。

 だからこそ、今までの実戦の中では一度もフルメイルは使わなかったと言う訳だ。

 ライラと晶の模擬戦が終わり、火凜が次の組み合わせを発表する。

 その後も問題が起きる事無く実技試験は続いて行く。


「なぁ……俺の出番はいつなんだよ」


 始めは初めての実技試験でテンションの上がっていた斗真だが、試験が進行しているうちにテンションが落ちて来ている。

 待てども自分の名が呼ばれる事がないからだ。

 すでに試験も終盤に差し掛かっている。

 

「けど後は殆ど残ってないだろ?」

「だよな。後残っているのは……」


 斗真は今までの中で呼ばれなかった生徒が誰かを考える。

 自分以外に呼ばれた記憶がないのは、総真と美雪くらいだ。


「炎龍寺と氷川か……てか一人余るけどどうすんだ?」


 斗真はふと今更ながら2人1組で試験を行えば全25人のクラスでは一人余ると言う事に気が付いた。

 そして、残っている相手は総真と美雪であると言う事はクラスでも飛び抜けている相手と好意を持つ相手でどちらが相手でも正直複雑だ。

 ちなみに最後の1人は火凜を相手に試験を行う事になっている。


「最後はA班炎龍寺総真。E班結城斗真」


 火凜がそう告げると観客席が一気にざわめく。

 ここにいる生徒の大半は総真を見に来たと言っても過言ではない。

 その大本命がようやく出て来るのだそれの当然と言えた。

 

「ご愁傷様」


 鷹虎はそう言って斗真の肩に手を置く。

 どう考えても総真が相手では斗真に勝ち目はない。

 観客席の誰もがそう思っている。


「うっせ。まぁやれるだけの事はやるさ」


 斗真も総真を相手に自分が勝てると言う見込みは殆どないと言う事は分かっている。

 それでも戦いにおいて絶対と言う事は無い。

 どんなに絶望的な相手でも諦めなければ勝機は見えて来る。

 少なくとも自分はそんな戦いを経験していた。

 斗真は美雪と戦わずに済んだ事に安堵しながらも、クラス最強の相手と戦う事になり気合を入れ直してグラウンドに向かう。

 グラウンドに到着するとすでに総真が待っていた。

 相変わらずの無表情で会場からは炎龍寺家の跡取りで天才としてその戦いに期待されている事等全く気にも留めていないようだ。

 

「今回も素手でやる気か……まぁ良いさ。俺は俺を信じて全力で戦うだけだ」


 結愛と戦った時と同様に魔導具を総真は持っていない。

 だが、それで腹を立てると言う事もせずに斗真は落ち着いていた。


「始め!」


 火凜の合図と共に斗真は一気に駆け出す。

 

「おら!」


 斗真は剣を振るい総真は最低限の動きで回避する。

 そこまでは斗真も想定していたことだ。

 攻撃がかわされた瞬間、斗真は総真からのカウンターが来た時の為に心の準備をしていたが、総真は攻撃をかわすだけだ。

 

「なら!」


 続けざまに斗真は攻撃して、総真はその全てを易々とかわす。

 総真が攻撃をかわす度に斗真はカウンターを警戒するが、総真はただ攻撃をかわすだけだ。


「鷹虎。彼っていつもああいう戦い方?」

「大体はな。ただいつもは攻撃を最低限の動きで防いでからのカウンターが来るけど」

「成程ねぇ……エリートのお坊ちゃんの癖にずいぶんと嫌らしい戦い方をするのね」


 総真の戦いを見ていた香羽は鷹虎の説明と斗真の動きからそう感じていた。

 斗真は総真の普段の戦い方を知っているからこそ、攻撃後の隙を突かれないように警戒している。

 だが、総真は自分の戦い方を相手が知っていて警戒している事を知った上で攻撃を回避した際のカウンターを行わない。

 何もせずとも、向こうが勝手にカウンターを警戒して攻撃後にカウンターを意識してしまう。

 それだけでも斗真はいつ来るかも知れないカウンターを警戒して精神をすり減らす事になる。

 

(何で攻撃してこないんだ?)

 

 斗真はここまで一度も反撃して来ない総真に対して迷いが生じていた。

 このままカウンターを意識する必要があるのか否かをだ。

 その迷いを総真は見逃さない。

 斗真の振り下した剣をかわすと、斗真の手を軽く抑えて剣を振り上げれないようにする。


「しまっ!」


 今まで回避しかしてこなかった総真が攻勢に転じた事で斗真の意識は手に向いたところで、総真の蹴りが斗真の腹部に当たる。


「がはっ!」


 斗真は想定外の攻撃を受けて腹を押さえながら数歩後ろに下がる。

 総真のカウンターは意識していたが、完全に不意を付かれた。

 その上、総真は結愛との模擬戦で蹴りを使う事は殆どなかった。

 大抵は素早く攻撃出来る手を使っての殴打をメインで使い蹴りは初めて結愛と戦った時のように勝負を決める際の強力な一撃の時に使う事が多い。

 だからこそ、斗真は自分との戦いでは蹴りは多用しないと考えていた。

 

「こちらの動きを意識し過ぎだ」

「余計なお世話だよ!」


 斗真は再び剣を構えて総真に向かって行く。

 殆ど無策で剣を振り下ろすが総真は軽く剣の横っ腹を弾く。

 同時に斗真の顔面を目掛けて蹴りを繰り出す。

 斗真はとっさに腕でガードしようとするも、総真の蹴りは急に軌道を変えて、斗真の膝に直撃する。


「ぐっ!」


 斗真は思わず膝をつく。

 蹴りの威力はさほど強くはなかったのか、斗真は再び立ち上がる。


(やっべ……分かっていたけどマジで強い)


 斗真は結愛と何度も模擬戦をする中で総真が並はずれた実力を持つ事は分かっていたつもりだ。

 だが、実際に戦って見るとその実力が斗真が今まで戦った事のあるどんな相手よりも強いと言う事を思い知らされた。

 斗真もいずれは総真と戦う事も想定して色々と自分なりに分析してみたが、何の意味もなさない。

 それどころか、こっちが分析している事も総真は想定したうえで戦いを組み立てて来ている。

 斗真も魔法を本格的にかかわるきっかけとなった事件で何度も実戦を経験し、それなりに修羅場を潜り抜けたと言う自負があるが、実戦経験においては総真はそれ以上に経験が豊富な


のだろう。


「炎龍寺……お前、本当に凄いな……けど、俺も模擬戦だろうと早々に負ける訳には行かないんだよ!」


 総真が幾ら強いと言っても斗真にも引けない訳がある。

 この風見ヶ岡学園に入学する事が決まった時にかつて共に事件に関わった友人たちがこの学園で斗真が実力を付けて管理局で活躍する事を期待してくれた。

 そんな仲間達の為にも簡単に負ける訳には行かない。

 斗真は剣に魔力を集中させる。

 斗真が持っていた剣が膨大な魔力を受けて光り輝く。


「コイツなら! お前にだって!」


 距離は離れていたが、斗真は構わず剣を振り下ろす。

 それと同時に剣は巨大な光の刃となり総真に襲い掛かる。

 誰もが総真の圧倒的な勝利は大前提として見ていた為、斗真のこの一撃に驚いている。

 この一撃は斗真の関わった事件の時にも絶望的な状況を打開して勝利の決め手となった斗真の最強の一撃だ。

 先ほどまで落ち込み座り込んでいた穂乃火も思わず立ち上がっている。

 斗真の光の斬撃が振り下ろされて当たりは静まり返る。

 総真の勝利を信じて疑わなかった生徒達の頭にまさかの総真の敗北が頭を過る。

 しかし、それは杞憂に終わった。

 

「……マジかよ。こんな重要な場面で外すかよ。俺……」


 斗真は茫然と立ちすくんでいた。

 斗真の逆転を賭けた一撃は無情にも総真からギリギリ外れていた。

 総真の立っている場所の真横に光の斬撃の傷跡が残されている。

 斗真自身、この一撃に絶対的な自信を持っていた。

 これなら流石の総真にも届き得るとさえ思っていた。

 攻撃の際に総真に大けがを負わせる危険性が頭を過るも、総真なら最低限自分の身を守るくらいは出来ると重い振り払った。

 一切の邪念も無く完璧に決まったと思っていたが、そんなに甘くは無かった。


「今の一撃は攻撃が大振りで魔力の消費も激しい。余り対人戦闘向きとは言えないな」


 光の斬撃が自分の真横ギリギリのところに落ちたにも関わらず総真は顔色一つ変えずに淡々の斗真の必殺の一撃に付いてのコメントをしている。

 この一撃は斗真が全てを賭けて全力の一撃である為、もはや斗真には戦いを続けるだけの魔力も体力も残されてはいない。


「だが……威力と言う点では十分だ。後はコイツをどう使い、どう応用して行くかを考えれば実戦でも使い物になるだろう」

「……そいつはどうも」


 斗真の精一杯の強がりだった。

 この模擬戦においては斗真の完敗だった。

 事前に考えていた事は全て読まれて裏目に出ただけではなく、流れを変える為の一撃は外してしまった。

 魔力を使い果たした斗真は模擬戦にも負けて緊張の糸が途切れたのか次第に意識が遠のいて行く。

 総真が勝利して観客達は一度は総真が負けるかも知れないと思った事は無かったかのように歓声を上げる。

 そんな中、香羽は斗真の最後の一撃の時の事を恐怖していた。

 最後の一撃は傍から見ると斗真が逆転の一撃を外した斗真の痛恨のミスのようにも見えたが実際は違った。

 斗真が光の斬撃を振り下ろす際に、総真は魔力弾で微妙に斬撃をずらしていたのだ。

 それも自分には当たらないギリギリになるように計算したうえで、斬撃の方には一切の視線を向けず、自分が攻撃をずらすことを匂わせる素振りを一切する事もなかった。

 その為、斗真自身も微妙に攻撃が逸らされたと言う事に気が付いてはいない。


(私達よりよっぽど化け物染みてるじゃない)


 それだけの事を何事もなかったかのようにやってのけた総真の事を香羽はただ普通の人間の精神ではあり得ないと感じ、自分達も普通の人間とは言い難いが、総真はそれ以上に普通の


天才ではなく、本当に人間なのかも疑いたい衝動に駆られた。

 だが、最後の一撃が総真が外させたと言う事に気が付いている者は観客席にはいないだろう。

 誰もがただ総真の勝利を称えるだけだった。


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