第12話 王都襲撃
「王都が襲撃される?」
その知らせは、アイラの姿で大海魔と呼ばれる海における竜のような魔物を討伐したあと漁師たち海の男に交じって大宴会で酒を飲みまくっている際にナガレよりもたらされた。
「はい」
いつになく真面目なナガレ。いつものうさんくさい笑みはなく。糸目もまた、開かれ、その眼孔を露わにしている。
ふざけた態度はどこにもなく、忠臣のように膝を突き、報告をしてきたのだ。その態度にナタリアもまた並々ならぬものを感じて、酔いが飛ぶ。
「それは、本当ですの」
「確かかと。アイラ様からの情報でもありますが、以前から、潰して回っていた結社が動き出したようで。どうやらなりふり構ってられなくなり、残党が集まり徒党を組んで王都を襲撃する計画を立てているらしいのです」
「
「結社に潜り込ませているもぐらからの報告です。報告後、どうやら消されたようで詳しい日取りなどはわかりませんが、確かな情報です」
「なるほど」
しかし、それでもこのナガレの態度はいささか過剰なようにナタリアには思えた。驕るわけではなく客観的な事実として、ナタリアは強い。
王都襲撃を画策している連中など束になったところで負ける気はしない。それは、結社をいくつも潰してきたナタリアの経験からくるものだった。
だからこそ、ナガレの態度が解せない。
「しかし、それほどのことですか。あなたらしくありませんわよ」
「自分らしくないのは重々承知の上ですよ。なにせ、アレはそうとうやばい」
「アレ?」
「用心棒ですよ」
結社の構成員を守る用心棒。あるいはエージェントと呼ばれるような者が新たに雇われたという。それは少年だ。未だ10の齢も超えていないような少年。
鉄拳と呼ばれる用心棒だった。その拳は放たれれば最後、躱せることはなく。全ての命を終わらせるとすら言われるほどの剛拳。
ナガレをしてヤバイと言わしめるほどの相手。偵察し、気が付かれ、即座に離脱したのだろう。背後から放たれた拳の跡は、岩を抉り取って行ったらしい。
アイラに聞いてもそんなヤツはいないとのことで完全に謎とあれば警戒するのも当然であった。しかし、ナタリアからすれば、
――なんか、聞いたことがありますような。
それにどこか既視感を感じていた。躱せず、すべてを叩き潰すような拳。鉄拳と呼ばれていた拳をナタリアは知っていた。
忘れるはずもなく。それは確実にナタリアの中にある。躱せるようになった拳。それは、妻が持っていた拳だ。
「…………」
もしかすると妻なのかもしれない。確証はない。前世の彼女の拳は、岩を抉ることはなかった。だが、こちらの世界ではありうる。
確かめに行きたい衝動に駆られるが駄目だ。王都襲撃は使える。その襲撃において、アイラとヴィルヘルムの仲が良くなっていることを衆目に晒すが出来る。ナタリアとの関係も良好でヴィルヘルムとも良い仲ならば妾にする理由にもなるだろう。
それに、アイラが王都襲撃犯を王子と共に撃退すれば、それは王都を救った英雄ということになる。
ここまで功績を積み重ねれば誰も文句は言わないだろう。ナタリアと一緒に彼と結婚しても良いはずだ。
「その鉄拳とやらは
「わかりました。お嬢様ならどうにか出来そうですからね」
「どうにも出来なかったら、死ぬだけですし。なんとかしますわよ。死ぬことだけは勘弁してもらいたいですから」
鉄拳。6歳ほどの少年。果たして、それは妻なのか。それに思い馳せながら、ナタリアは王都襲撃のその日を待った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
王都が襲撃される。秘密の地下通路を通って結社は、移動する。王都へと続く巨大な地下通路を。誰も予想していないだろう襲撃。
ナタリアという化け物を倒し、ついでに王都の財宝とかをかっぱらうという完全に盗賊的考えに陥っている彼ら。かつての崇高な理念はどこかへと吹き飛んでいた。
それだけ紛糾しているということ。なにせ、組織を潰されていくつかがより集まってカツカツで食いつないできたのだ。
身を粉にして働き、碩学機械を組み上げ、武器を取りそろえた。金がない。だから、もらうということ。計画の成功は用心棒の存在もあって絶対。
今から戦果が楽しみという彼らの前に、
「どこへ行こうというのかしら」
「ゲェ! ナタリア・アルゲンベリード! なんでこんなところに!」
「いえ、どこから来るかわからなかったので、全部を見張っていましたのよ。馬鹿正直に来てくれるとは思いもしませんでしたけど」
「フッ、ふふふふ、今日は貴様の年貢の納め時だぜ! やっちゃってくだせえ、先生!」
そんなあからさまな発言から集団が割れて、そこから少年が現れる。灰色の髪をした機関製紙巻煙草をくわえた少年。幼く可愛い盛り。そんな少年が大男たちに先生と呼ばれている。
普通ならば、何を馬鹿な事を言っているんだと一蹴するだろう。だが、それが出来ない。目の前に立つ髪でその目を隠した、みすぼらしい服装の少年は、
――強い。
ナタリアは剣を抜いた。
「おい、さっさといきな。こいつはあたしがなんとかしてやる」
「へい! ありがとうございやす旦那!」
そう言って、結社の構成員共は少年を残してナタリアの横をすり抜けていく。ナタリアは追わなかったし、邪魔しなかった。
もとより彼らを通すつもりではあったのだ。これは計画通りである。
「へぇ、逃がさないんだ」
「ええ問題はありませんし、あなたさえ足止め出来ればそれで良いですから。それに、後ろを向いた瞬間殴られそうですし」
「よくわかってんじゃん」
「それにしても……良いんですか。あんなのの用心棒なんてやって。犯罪者ですよ」
どうにも少年が、あの手の連中の用心棒をやるような男には見えなかったのだ。それは勘だったが、あながち的外れでもないだろうとナタリアは思っていた。
どういうわけか、胸の奥がざわつくのだ。そういう人間ではないとでも言うように。魂が叫んでいるように。
「それについてはあたしも悪いが、よくわからない状況に巻き込まれて混乱してたからなぁ。まあ、受けた仕事だ、最後までやらせてもらうさ」
この律義さにこの口調。声は違うが、既視感が刺激されてむず痒い。懐かしくて愛おしくて、なんというか、気を抜くと顔が赤くなりそうなほどだ。
――もしかして――
そんな考えが頭に浮かぶ。そこに至れば、もうそんな風にしか考えられなくなってきた。
「何考え事してんだよ。相手を前にしたら、ちゃんと相手を視なきゃ駄目だろ、お嬢ちゃん」
「――っ!」
その刹那、声が響く。警告の声、目の前の少年はもうそこにはいない。背後!!
考えるよりの先に魂に刻まれた経験がナタリアの身体を動かす。共鳴剣を後ろに。身体強化を最大まで。瞬時に。
その瞬間、硬質なものがぶつかる甲高い戟音と、凄まじい衝撃がナタリアを襲う。それは、強化されたナタリアを吹き飛ばすほどの衝撃だった。
「くっ」
「良く反応したな、お嬢ちゃん。えらいえらい。良く鍛えているみたいだ。流石だね。ただ、残念ながら仕事なんだよ。見逃してあげたいけど、仕事なんだよ」
そう言うともう少年は動いている。ナタリアですら、目で追うのを苦労するほどの速度で縦横無尽に疾走する。そして、ただその右の拳を振るう。それ以外には何もいらないのだとでも言わんばかりに。
事実いらないのだ。振るわれた拳。直撃せずともその拳圧だけで、壁に穴が開き、地面が抉られていく。もはや、それは人の拳と言ってよい領域を遥かに超えていた。
どれほどの修練を積めばこの領域に至るのだろう。少なくとも、生まれてから数年しか生きていない子供にこの領域へ立ち入ることは不可能。
――それは、一つの事実を暗示する。
「オラオラ、オラァ! 余所見すんじゃないよ!」
振るわれる拳。躱さず受ける。凄まじい衝撃が刃を伝わり、腕をしびれさせる。それは、心すらもしびれさせる。
拳を受ける度に、魂が叫んでいた。拳を受ける度に、身体が熱を持ち心臓が高鳴っていた。拳を受ける度に、本能が呼んでいた。
見つけた、と――。
「
疑惑は確信へと変わり、ナタリアは魔法を起動する。
名を紡ぎ、魔力を組み合わせ、組み換え、書物として新たな法則(カタチ)と成す。全力のその先へ。本気の全力へとシフトする。
「本気ってわけかい。凄いねお嬢ちゃん。このあたしが怖いって思ってる。なら、あたしも応えないとねぇ。こっちも本気だ。頑張って躱してみなお嬢ちゃん。まあ、躱せたのは、あたしの旦那くらいのもんだけどねぇ!!」
全てが遅くなったかのような時を置き去りにしたかのような速度域へと瞬間的に二人は加速する。鉛を詰め込まれたかのようにゆっくりと動く身体。
全てがスローモーションのように知覚する。そこですら少年の拳は早い。並みの人間なら躱せないだろう。躱せなければ死。明確な死のイメージが伝わってくる。だが、
「――――!」
――躱せる。
少年が驚愕に目を見開いている。思わず咥えていた煙草を落とすほどに。それで、全てをナタリアは確信した。
刃を降ろす。戦う理由は、なくなった。あるのは、抑えられない胸の高鳴り。胸が高鳴る。高揚する。熱い、熱い、あつい。
目頭が熱くなり、瞳が涙でうるんでいく。
「やっぱり、変わってないですわね。本当、昔のままの拳」
「なに? あんた何を知ってんだい? この拳を躱せるのは、後にも先にもうちの死んだ旦那だけだ。それだけは絶対に譲れないんだよ。そうじゃなきゃ、あたしの中のあたしをあたし足らしめてる誓いが許さない」
「大丈夫ですわよ。心配しなくとも。だって、
「――なん、で、あたしの名前を、そいつは、ここで目覚めてから誰にも教えてねえはずだ」
お前は何者だと問われる。わかっているはずなのに信じたくないと言った表情。
「わかっているはずですわよ。あなたの拳を躱せるのは、後にも先にも
「だ、だが、死んだだろ。働きすぎて、階段から落っこちて、娘の結婚式も見る前に。しかも女になってるし」
「それは朱里もでしょうに。死んで目覚めたら、少年になっていた。違います?」
「…………」
沈黙は肯定。そして、ゆっくりと朱里は口を開いた。
「あんた、なのか。本当に? こんなけったいな夢の中であたしをからかってるんじゃないだろうね」
「夢でもなければ、妄想でもない事実ですわよ。転生とかいうらしいですわ。死んで、異世界に転生したとかそういうこと。あの子もいますわよ。旦那と一緒に」
「はは、なんだそりゃ。こんな都合のいい奇跡があるのかよ。ただ、まあ、そうなんだろうな。あたしの名前を知っている上に、あの拳を躱されちゃ、信じないわけにはいかないか」
――ようやく認めてくれた。
――もう我慢できなかった。
「ちょっ、お、おい!」
抱き着く。抱きしめる。もう我慢なんてできるはずがない。12年だ。長かった。娘に会えた時から、いつか会えるかもしれないと希望を抱いてきた。
会えないかもしれないと不安も抱いてきた。それが、会えたのだ。もう泣かないと決めていたはずの涙が、溢れ出す。ただただ力強く抱きしめて、涙を流す。
本当に夢のようだった。こんな都合のいいことが起きていいのかと思う。だが、それ以上に、神様に感謝した。
また再会できたことを神に感謝した。この奇跡に泣くほどに、感謝した。
「はは、まったくどうしたよ。おい。あんたらしくないぞ」
「もう会えないと思っていたのに、会えたんですわよ。12年ぶりに」
「こっちは12年なんてもんじゃねえぞ。30年近くだ。ったく。ほれ、泣くな泣くな、可愛らしいお顔だ台無しだぞ。てか胸でけえなおい、なんだこりゃあたしよりでけえなくそ。殴っていい? お、やわらけぇ」
「感動の再会が台無しですわよ。てか、揉まないでくださる」
「あたしら夫婦にそんな殊勝なことができるかよ。口調までお嬢様かよ。しっかし、今度は男女逆転か。面白いかもなこれもこれで。あとな、男のアレを殴られる気分って最悪なんだな。正直すまんかった」
「もう、本当感動とかそういうのありませんわね」
「いつものことだろ」
感動とか、そんなのとは無関係な夫婦だった。今も、それは変わらない。昔に戻ったようで、泣きながら笑った。
「まあ、そうだな。何だ。その、おかえり。お仕事ご苦労さん」
「――ええ、ただいま。いつも家事ありがとう。苦労をかける」
「お互い様だろ」
「「――ははっ――」」
言えなかった。いつかの言葉を紡いだ。そして、笑い合った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「というわけで、お母さんです」
「よっ、久しぶり、元気してたか。ええっと、今はアイラだっけ? いやー、可愛らしくなっちまってまあ。で、旦那さんはヴィルヘルムになったんだっけ。前の名前だと迷惑がかかりそうだし、こっちで統一しとくな。あ、あたしだけシュリって前の名前だけど、男っぽいし良いよな。いやー、それにしても王子様とか玉の輿じゃんか。羨まし限りだねぇ」
「え? いや、え?」
「お、義母さん?」
「おう、あたしだ。久しぶりだな」
王都襲撃を無事に解決したアイラと王子は、ナタリアの下へとやってきた。経過報告をするためと、無事に王子とアイラの仲を宣伝することが出来たということの報告。
危ないところをアイラがかばったり、王子がかばったりと互いが良く信頼し合っていることなどを見せてきたという。
王子の評判はどうなることかだったが、アイラも英雄なので割といいコンビなのではないだろうかとか、そんな話まで出ているという。側室にして英雄を囲い込めとかいう話もある。
というか、ナガレが吹聴して回っている。そんな報告したり、ナタリアにお礼を言おうとやってきた二人。部屋に通されると、
「んっ あっ」
「くっくく、ここがええんか、ええのんか?」
「ちょっ、ま、待って、そこは、弱い、です、わ」
「くくく、ほれほーれ。気持ちいいって素直に言ってもいいんだぞー。あんた相変わらず脇弱いねェ。レロ」
「ひゃぅうう」
「可愛い声。本当、旦那だなんて信じられんわ。なんかいじめ甲斐あるし、これ転生して正解じゃね?」
何やら、マッサージしながらいちゃついているようなナタリアと少年の姿があった。それで、いきなり母親だと紹介されたのだ。
二人が思考停止してもおかしくないだろう。いきなり父親が、年下の少年といちゃついていて? それがいきなり母親だと紹介して来たら思考停止するのも当然だ。
ただ、異常な状況になれている二人。転生などという状況に陥っていた為、回復するのは早い。
「えっと、本当にお母さんなの?」
「おーう、そうだぞー。信じられんのか?」
「いや、信じられないわけじゃないけど」
――なんというか馴染みすぎじゃないかな。
――子供になってるのに、普通にしてるし。もう少しこう、なんかないのかな。
助けを求めるようにアイラはとなりのヴィルヘルムへと視線を送る。それを受けて、
「ええと、とりあえず、これからどうしますか? お義母さん」
「おお、なんだっけ? 色々旦那から聞いてるぞ。とりあえず、うちの旦那のところで世話になりながら協力させてもらうよ」
「そうなんだ。てっきり怒られるかと思った」
父に色々と迷惑をかけているのだから。
「ハハッ、何を言っているのかね、この子は。旦那が良いと言ったなら、黙ってついてくのが妻ってもんでしょうが。気にすんなって」
シュリがベッドの上からぽんぽんとアイラの頭を撫でる。
「もう、子ども扱いしないでよ」
「生意気言うんじゃないよ。あんたはいつまでたってもあたしの子供さ。まかせな、旦那とあたしがいるんだ。絶対に幸せにしてやるよ」
力強い言葉が、響いた。
この日、久しぶりに親子三人で眠りについた。ベッドは狭かったけれど、
――とても、温かかった。
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