アレル

ユミオカミドリ

第1話  ボクの場合

 ある、新聞の小さな記事。 

 ●月●日、K地方の山中で死体が発見された。その死体のそばには、インスタントの蕎麦のどんぶりが落ちていた。死因はアナフィラキシーショック。男は極度の蕎麦アレルギーだった。


 季節の変わり目は大嫌いだ。寒ければ寒く、暑いなら暑い。どちらかはっきりしてほしいと心底願う。冬から春への変化は一番の恐怖である。健常者でも芽吹き時といって、肌にできものが出来やすい時期なのに、ボクのように元々アレルギーを持っているものにとっては、恐怖の季節である。3月、4月を過ぎれば、初夏の5月。かき始めた汗との戦いである。季節の変化を楽しみたい。

 マスクを外すと、ほのかに町のにおいが変化している。寒いのは寒いが、木々のいいにおいがかすかに混じっている。春だ、寒いけど、春だ。そして、腕に軽く突き刺すような違和感を感じる。ああ、来た。袖をまくり、腕の関節を表に出したとたん、痒くなってきた。搔くと、みるみる紫色に腫れ、大きな湿疹が浮き上がってきた。来てしまった。マスクをはめる。痒みが背筋を這い上がり、脳天を突き抜ける。セックスの絶頂よりも気持ちの良い快感。搔く手が止まらない。気持ち良い、搔いて裂けた傷から、血がにじんでも止まらない。病院に行こうか。

 近所の皮膚科に行った。幼い頃からアトピー性皮膚炎を持っている自分はこの病院がかかりつけ医だ。環境の変化、とりわけ季節の変わり目に弱いボクは一年に最低4回は通っている。その度に血液検査をしてもらっていた。アレルギーの原因になる抗原が増えていないか確認するためだ。この血液検査が点数が高いので、医療費が高くなる。だから、もう血液検査はしたくないのだが。取り敢えず、一週間後結果を聞きに、もう一度病院にいかなければならない。

 柔和なおじいちゃん先生はボクの検査結果を差し出し、「前と変わらんね。特に、なんも抗原はない。」と伝えた。これも季節の変わり目の恒例行事だ。ただ、いつもと違ったのは、

「一度、K医科大病院のアレルギー科を受診してみないか」

 と勧めれたことだった。その病院はよくテレビや、日本の名医を特集する本でもアレルギー疾患と言えば、トップに上がる有名な病院だった。そこには、様々な免疫疾患患者が全国から集まると、聞いたことがある。ただ、そこはかなり遠い。

「新幹線乗らな、行けませんよ」

 ボクはあまり乗り気じゃ無かった。すると、おじいちゃん先生は目の前の書棚から、一冊薄っぺらい冊子を取り出し、

「分院が、こちらの近くに出来たんだよ。ほれ、ここに載ってる先生は、アトピーのガイドラインを作ってるえらい先生や。その人が、働きかけて分院を作ったらしいで。」

 おじいちゃん先生が開いた冊子のページには、白髪の白衣の男が写っていた。経歴の中に、皮膚科ガイドライン作成委員長とある。この先生の名前なら知っている。テレビや新聞で、アレルギー疾患の神と呼ばれ有名な先生だった。遠方からの患者さんが少しでも診察しやすいようにと、こちらに分院を作ったとのようなコメントがあった。確かに、分院ならここからそう時間もお金もかからない。

「受けてみようかなぁ」そういうとおじいちゃん先生は紹介状を書いてくれた。

 それが、ボクのきっかけだ。

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