第8話 狡猾なる伯父
「実は私が中学2年の時その家の伯父に乱暴されたの」
「本当かよ、めちゃくちゃだね」
「私の生い立ちを知っていて悪戯したの。私には、何をしても咎められないと思っていたのだわ」
「許せないね」
「私はお母さんと同じ目に合いたくなくて、暴れて伯父に怪我させた」
以前、見せた牝豹の鋭い視線を思い返しながらミユキの物語を耳に流し込んだ。
ミユキは幼いころからシャープな顔立ちと切れのいい目性で、ジッと直視する癖があって、殊更大人びた印象をあたえていた。
そして窮屈な境遇で必然的に自立心の強い子に育っていた。
幼い頃、その最悪の境遇を無神経に曝す伯母や自分を捨てた母の身勝手さに大人達を全く信用しなくなっていた。
学校ではバランスのいい体形と柔軟な身体は運動神経に恵まれ、大抵のスポーツをこなした。
そして中学に進学して一気に豊かな大人の體に成熟していった。
しかし、伯父が急に女の兆候を帯びてきたミユキにおかしな興味を持ち始めた。
その挙動にミユキが気付いたのはミユキの入浴中だった。
シャワーを浴びていたとき物音に気付いて扉の隙間を覗くと、伯父がミユキの下着を手にし、それを鼻に当てて深呼吸した。
ミユキの背筋にゾクッと悪寒が走った。
気付かない振りをしてシャワーを済ませて大仰に出ていく素振りを見せると慌てて更衣室から出ていく物音を残し、男が消えていった。それから意識すると粘っこい視線がいつもミユキを嘗め回していた。
7月末、その事件も湿気の重い鬱陶しい夜起こった。
伯母は親戚の藪用で二番目の姉の家に子供達を連れて泊まりがけで出かける事になった。
身の危険を感じミユキも一緒に行きたいと申し出たが、何も気付いてない伯母は実子と扱いを差別し、簡単に同行を嫌った。
過去にもそうした楽しそうな場面に引率された事は無かった。
当日ミユキは伯父と二人きりの晩に底知れない不安を感じていた。
ミユキは(今晩は寝ないでいよう)そう決め机に向かって勉強していた。そして警戒心から教材のL字型の彫刻刀を机に置いておいた。襲われた時の防備の為の準備だが抵抗しても、L字型彫刻刀なら相手を殺さずに済むと意識した。
連日、熱帯夜が続き特にその晩は猛烈に蒸しかえっていた。ミユキの部屋には冷房設備は無く、小さな扇風機を回していたが、まとわりつく湿気が、體にジットリと汗を滲ませていた。夜中の2時過ぎ伯父が寝静まったのを見計らって、こっそりと風呂場に向かった。気持ちを緊張させ、静かに衣服を脱いで風呂場の扉を開き、ひっそりと身体を移動させた。
そして用心の為風呂場に入ってもその彫刻刀を持ち込んでおいた。
音を気にして静かにシャワーの栓を廻し、湯船も勢いを押さえ湯を溜めだした。頭にシャンプーを泡立て勢いの無いシャワーのかけ流しの背後を音も立てずに風呂場の扉が開いた。
そこに伯父がずんぐりした全裸の股間に真っ黒な凶器を尖らせ入ってきた。ミユキの警戒心を完璧に見抜いた行動だった。
野獣が小動物を襲うように腕力が違えば人は簡単に人を殺せる。男が女を襲う瞬間それは殺人に等しい。
ミユキは「きゃっと」と叫んで武器を探したがそんな抵抗は一瞬に消しこんだ。
体当たりで風呂場から脱出を図るも簡単に捉えられ、腕を掴まえ足をかけて尻を付かせると、身体をあびせ風呂場の床に抱き伏せた。
ミユキは手足をばたつかせ必死に抵抗したが全裸同士の闘争は腕力に捻じ伏せられ、いくらもがいても結果は見えていた。
男はいたぶるように少し時間をかけた。
一通りの愛撫を施し、目的地に向かうつもりだ。
暫くせめぎあっていたが、悲しい女のサガか、體の受入れ準備は整ってしまい、既にミユキの砦は貫通されかかった。
男は昂ぶりを深めるために左手の人差指と中指をミユキの口に無理やり射込んだ。
ミユキの壁が引き裂かれる激痛に憎悪を漲らせて、ミユキは顎に渾身の力を込めた。
鈍い肉と骨を噛みきる感触がミユキの歯に伝わった。
「うわー、このあま」
大声をあげて男は右手で思いっきりミユキの頬を殴りつけ手を引いた。
その弾みで顎に一層の力が加わり、ぶすりと鈍い音をたてて指が食いちぎられミユキの口に残った。
生臭い血の臭いが口内に拡がった。
一瞬その指を飲み込みそうになったのを「おえ」と喉元で必死に堪えた。
食いちぎられた2本の指の切口から血が吹き出し、ミユキの顔面にぼたぼたとまき散らした。
男の怒張は一気に萎えて、ミユキとの體に隙間が出来た。その瞬間ミユキはおもいきり恨みの根幹を蹴り上げた。
男は食いちぎられた左手を右手で庇いながら後に尻餅を突いた。
その隙にミユキはその指を湯船に吐出すと風呂場から飛び出し、全裸で脱いでおいた衣服とタオルをもって裸足で表に跳びだした。
男は自分の食いちきられた、指を浴槽から漸く探しだし、自分の指に戻したが二度と元に収まる事はなかった。
激痛と失った指の衝撃でミユキを追いかける気力は失せていた。ミユキは闇間の夜道を、服を着ながら走り続けた。
顔面に浴びた血を乱暴に拭って走り続け、體のそこら中に血を滲ませ、彷徨するままひたすら走った。
気が付くと町中の警察に辿り着いていた。
ミユキはこの事件を曝すのを訝ったが意を決し告白し、一気に胸のつかえが取れた心地がした。
「それで初めて母に引き取られたけど、早く家を出たくて中学を卒業すると直ぐ看護学校の寮に移ったの」
「物凄い大変な思いしてきたんだ。多感な年頃だし、ぐれたり自殺したりしないでよくここまで来られたね。
ミユキが確り自分自身を持っていたからだよ」
純一は壮絶な人生を切り抜けてきた事に感服し、心底から言葉をついた。
「でも人はいつも好奇な目で見る」
「社会って矛盾だらけだからそういう奴も居るかもしれない。でもそれが人として一体何なのかな。
ミユキは誰に危害を加える訳でもないし、その感覚は俺には理解出来ないな」
完璧にミユキの汚濁を受け入れる覚悟を決めていた。
「純一さんは違うと思ってた。だから話したの。聞いてもらって気持ちが軽くなった気がする」
「折角かっこよく生まれてきたのじゃない、それは幸せな事だよ。人に無い魅力を持つてるし、もの凄く素敵だ」
「有り難う、でも褒められて厭な気はしないけど、純一さんにしたら私は都合いい女でしかないし、本心から喜べないな」
酒の酔いも手伝って、意外な展開でガツンと反論された。
如何に整然と麗句を並べても16歳も若い娘と妻子持ちの付合いは不倫以外の何者でもない。ミユキが其処を正せば逃げ道がなくなる。純一は言い逃れを探ったが何も浮かばない窮状に、間髪を入れず次の矢が放たれ突き刺さった。
「そんなに素敵ならお嫁さんにして」
「ゴホ・ゴホ・ゴホ」純一は酒を詰まらせ、答を濁した。
「ご免ね、心配しないで、人の旦那さん取る気はないから」
ミユキは悪戯っぽく笑った。
遅ればせに純一は応えた。
「ミユキが女房になってくれたら俺は物凄く幸せ者だね」
あたふたした感じから、繕って言葉を整えた。
「いいのよ、安心して離婚なんかして欲しく無いし。それに私なんて化粧も嫌いだし、色気もないから女らしくないし純一さんのお嫁さんの資格ないわ」
この会話の真意が純一を逃げ場の無い、袋小路に追い込んだ。
「いやとても素敵だ、世間の表舞台の人達が化粧やエステでギリギリまで磨いているのと違って素のまま光っている、真似できない魅力を感じるな」
辛うじて核心に触れずに窮状を凌いだ。
「嬉しい、純一さんに認めてもらえれば何も要らない。貴男みたいな優しくて素敵な人他にいない」
ミユキは深追いを止め純一を解放した。
窮鼠から逃れた純一は殊更有頂天な素振りで応えた。
「ミユキに言われたら、天に昇っちゃうかな」
「昇って、昇って私も連れてって」
「勿論さ、何処でも連れてくよ」
「お墓までだよ」純一は内容の重さを感じない訳にはいかなかった。
「わかった、でもお墓は土の中、地獄だよ」
「純一さんとなら地獄でも何処でもいいわ」
そのうち急に大粒の涙がボロボロ溢れだし泣き上戸になった。
「純一さん。いつ一緒に居られるの」
「今月なんとか出来そう、ローンの審査も通ったし、後はマンションの完成を待つだけ」話しの本質を振らして答えた。しかしミユキは単純ではなかった。
「ほんと、でも奥さん帰ってきたら戻るんでしょう」
「・・・・・・・・」純一は絶句しか処方が浮かばない、
また話題が路地裏の袋小路に嵌りそうだ。
「純一さん、誰にでも優しいの罪だよ。皆にいい顔すると、結局皆を不幸にしちゃう。
純一さんの悪い癖だよ。隣の奥さんも本気にさせちゃったから恨まれて大騒ぎになったと思うの」
ミユキは追い込む術は充分に承知しながら、意識的に的を外し悪戯されている心境になった。
「責めないで、このままじゃいけないの、判っているから」
「純一、ちゃんとしろ、じゃないと刺しちゃうぞ」
ジョークにしては物騒な話しだ。酒量が限度を超え立場が逆転し呼び捨てになった。
呼び捨てされるのも相手によって心地良いものだ。多分義兄なら憤慨しただろう。
「判りました、努力します」
「冗談だよ、気にしないで、でもちゃんとしなきゃだめだよ」
ろれつが回らない。内容が行ったり着たり混乱し始めた。
「今日は全部吐出して空っぽ、空っぽぽに成っちゃった、空っぽだよ」
幾度も繰り返す、緩慢な動作もお酒の功罪だ。笑い、泣き、怒り、悲しみながらミユキ自身をさらけ出していた。
酔いで少し目が逝った感じもミユキならの艶めかしい感じがした。
2人は店の閉店時間に即され表に出た、なんと凡5時間飲み続けていた。
「靴脱いじゃおうっと」
外にでるとミユキが唐突に裸足になった。不意に突飛な事をしでかし行動が読めない、それが絵になることも承知しているのだろう。不細工には似合わない演技だ。純一もつられるように靴を脱ぎ2人はスニーカーを肩にぶら下げ裸足で歩き出した。
素足にアスハルトの凹凸や冷気の微妙な感触が伝わった。水溜まりを見つけると、わざと嵌まり子供時代に帰った。
今では見かけないシーンになったが、叱られても泥だらけで遊びほうけたのはこの心地よさからだ。
ミユキが背中を合わせ腕を絡めて純一を持ち上げた。細身のわりに力強いバネを見せた。
今度は純一がミユキを背負い上げるとミユキが言った。
「一回転させて良いわよ」
思い切り背負いこむと綺麗に回転し向い側に着地した。
年の離れたカップルが子供のようにじゃれあい、傍で見たら理解に苦しむだろう。幸い誰に合う事もなかった。
2人は千鳥足の危うい足取りでハーバーの先端に辿り着いた。
ミユキがハーバーの湾内に思いきり片方のスニーカーを投げ込むと、純一も酒の乗りで
「よーし」掛け声をあけ、自分のスニーカーも投げ込んだ。
弧を描きミユキの靴に向かって海面に落ち、浮かんだ。ミユキが叫んだ。
「純一、靴取ってきて」
「オーケー」
純一は服を着たまま湾に飛び込んだ。酒酔いの遊泳は危険極まりないがその判断を酔いが消していた。
翌朝どうして部屋に戻りベッドに潜り込んだか、記憶が翔んでいた。
ポールに吊されたずぶ濡れの純一の衣服と片方だけ濡れたスニーカーが物語の経緯を証明していた。
生乾きの靴を吊し干にして、部屋のスリッパで朝食を取りに向かった。
「ごめんね、純一さん泳がせて」
「いいじゃない、めちゃ楽しかった」
「私も」
「酒って凄いね、何でも出来ちゃう」
「でも危険だわ」
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