第6話 真実へのプロムナード
ある日ミユキを乗せてレストランに向かっている途中ミユキが言い出した。
「純一さん車運転させてくれる」
「えっ、免許なしで」
「今日免許取れたの」
「嘘、いつ通っていたの」驚きを隠せず大きな声がでた。
「実は、直接免許センターに行って取ってきたの」
「まさか、いきなり」
「でも3回も落ちているわ」
「本当、凄いな、教習所行かないで免許取れるんだ」
「純一さん知っていると思うけど家の近所空き地だらけでしょ、そこで練習して受けに行ったの」
「それにしてもよく取れたね、じゃ運転してご覧。コーチしてあげる」
「有り難う」
然し内心不安だった。初心者は運転の練習を公道で認められたに過ぎない。大抵の場合恐ろしく下手だ。
そして運転を代わって走り出すと制限速度一杯のスピードで、コーナーリングも滑らかで巧みな運転に驚かされた。
「巧いね、呆れるな」本心から呆れて言った。「何処で乗ってたの、俺より巧くない」
「純一さん程じゃないわ」
見事なハンドルさばきで事もなげにレストランに到着するとパーキングにバックし、切り替え無し一発駐車した。
彼女の独特の天性、素性が掴めない。ミユキの生態はいつも謎だ。働いている様子もないが身なりはいつもこざっぱりしていた。
母親の付添の成約された状況の割に純一ともよく出掛けた。まるで小鳥のように現れては忽然と姿を隠す。
鮮やかな色合いと可愛い仕草で森に向かえばグロテスクな毛虫や昆虫をついばむ、ミユキの生態を小鳥にダブらせて連想した。
突然現れては心を掻乱し、そして忽然と姿を隠す。あのみすぼらし小屋で育んだ幼少時代の生い立ちは凡の想像もつかない。
食事を済ませて純一が何気なく聞いた。
「仕事してないし、お小遣いとかどうしているの」
「・・・・」それには何も答えなかった。
勿論、食事代もホテル代も純一が支払っていたが、ミユキがたまに小銭を用意した。
親の自宅の様子や母親の境遇では決して豊かでは無い筈だ。
「たまにはだすわね」
「良いよ、ミユキが仕事出きるように成ったら奢って」
「いつも有り難う、でも今日は出すわ」
「わかった、また押し付けて怒られても困るから甘えるね」
「そうして」この日の食事はミユキが精算した。その後車に向かう途中純一が訊ねた。
「それより、お小遣いとか働いてないと大変じゃない、必要なら言って」
「だって、お金貰ったら、愛人になっちゃう」
そう答え暫くおいてからポツリと呟いた。
「そうか愛人かも、純一さん妻子持ちだしね」
「そんな、愛人なんて、イメージ合わないよ」
「でも、現実は愛人でしょ」
「・・・・・」返事に窮して他の会話を模索し、乗車に乗じて車の話題に切りかえた。
「免許取れたから、車が必要だね」
「今は無理かな」その声が寂しい響き方をした。
「俺が持とうか」
「そんな、それに車の維持費が大変そうだし」
「勿論それも含めての事さ」
「有り難う」
「また、ミユキを怒らせちゃうかな」苦笑いして言った。
その年純一の仕事はおおよそ順調に推移していた。独立して6年間、努力の積み重ねで得た収益は貴重な成果だ。
経費は確り押さえ、無駄を省いた運営を心がけ、多少余裕の預金も積み立てていた。ミユキとの接点で16歳も若い娘の慈しみに言葉につくせない程満たされていた。そうした心境から相手にも満足を返したかった。
然し、ミユキは理由の無い施しは頑なに拒止した。
「じゃこうしない、僕が車買ってミユキに貸すのは駄目かな」
「それって同じじゃない」
「違うよ、車は僕のだもの」
「考えとく」ミユキの返事が生半可に聞こえ諦めた。
その後話しが意外な方向に向かった。
「純一さん再来週の休日妹に頼んでお母さん見てもらうから旅行に連れてって」
「そうだね、そう言えば何処にも行ってなかったね。何処か行きたい処ある」
今迄休、祭日は、理由は不確かだが、一緒にいることを敬遠している感じがした。
「日曜に病院に戻るから近郊がいいかな」
「湘南は行ったこと有る」
「余りないかも」
「じゃ、佐島マリーナに行ってみようか、そこにミニホッパーっていうセーリングヨット持ってるんで、厭じゃなければ乗せたいな」
「ヨットか良いわよ、昔乗ったこと有るし」
「本当、乗ったこと有るの」
「うん、友達が持っていて、館山のハーバーで乗せて貰った事が有る」
この環境とヨットの結びつきが見えない、謎がまた増えた。
「じゃ、ミユキが乗りたい車が有れば見に行こうか、もし車が間に合えばそれで出掛けるのも良くない」
「まさか車は無理よ・・・・」
「何に乗りたい、好きな車って有るの」
「ホンダのアコードが好きかな」少し間を置いて答えた。
「これから見に行かない」
「うーんどうしようかな」
「また、怒らせちゃうか、でも見るだけならいいじゃん」
「いいわ、この辺中古車センターだらけだし、見るだけね」
「中古でいいのかな」
「新車なんて考えてない」
病院に戻る途中、方向を変えて街道沿いの中古車センターに向かった。
街道を埋め尽くすように何軒ものユーズドカーショップが並んでいたが、一際度派手な照明に浮き上がった大規模な看板を掲げた中古車センターに吸い込まれていった。どの車も綺麗に手入れされ派手な照明がキラキラ車に反射していた。
2人は軽や小型車を並べた小型車コーナーに向かった。そこに置かれてた黄色いアコードを見てミユキが囁いた。
「この車可愛い」その車のドアを開け座席に座って内装や装備の品定めをしていた。
そこに店員が近寄ってきて100万の表示価格を
「今回棚卸しキャンペーン期間中なので80万で販売します。今週だけ特にお買い得です。宜しければ、予約だけでも申し込まれては如何ですか」と薦められた。
「どうこの車」純一が聞いた。
「素敵だけど、私には無理」
「いや、俺が買うんだ気にしないでいいよ」
「いいけど、私にはわからない」表情が困惑してた。
「でも、感じよくない、フル装備だし」
「いずれ軽は考えていたけど」独り言のように言った。
「軽も結構いい値段するよ」
「そうなの」
「軽は人気高くて中古でも値が下がらないんだ。それに1500ccは有った方がいいと思う、力が違うしこれに決めようか」
「・・・・・」ミユキは返事を躊躇ったが純一は購入を決めた。
車庫証明は純一の会社の駐車場を使うことで、諸々の段取りを済ませ手付けとして、手持ちの現金を積んで店を後にした。
帰り際純一が旅行プランを提案した。
「車庫証明さえ揃えば車は直ぐ使えるよ。車が間に合えばミユキの運転でドライブしない」
「私で大丈夫かしら」
「大丈夫さ、ミユキなら」
「高速が不安だわ」
「だめなら替わるよ」
「わかった」
「じゃ、来週土曜に佐島マリーナのホテルに予約取っておくから」
翌週車の納車時に2人で出掛け購入車をミユキに運転させて2台で病院の駐車場に着いた。
「この車預けるから使って」
「有り難う、でも何となく押し込んでない」
「そんなことないよ、たまに自分も使うから」
土曜早朝、病院の駐車場につくとミユキが笑を綻ばせて現れた。初夏の朝日が木立から射し込みミユキのタンクトップ、シュートパンツ姿をマダラに映し、その曲線のシルエットの眩さに純一は目を細めた。
アコードは中古でも小奇麗に手入れされていた。助手席に乗ると外観よりゆったりしていたがコンパクトな車内ではミユキの横顔が間直に感じた。急にキスがしたくなり軽く頬に接吻すると、ミユキが運転で正面を向いたまま緊張させた面持ちにニコっとした。アコードの助手席でサポートしながら、運転に取り組むミユキの凛々しい横顔に不思議な感慨が覆った。始めての高速もミユキの運転に戸惑いはなく、この娘は野生の血が流れている。
でなければこの運転技術は想定外だ。社会的、枠からはみ出た独特な生息感が何かを掴めない。
車中でミユキが持ち込んだ竹内マリヤのCDが不倫の切ない慕情を歌っていた。
叶わぬ不倫の詩情が純一を攻めているように聞こえた。
若い娘にしては渋い趣味だと思った。車は早朝の厨葉新道を順調に流れ、予想以上早く佐島に着いた。
2人は佐島マリーナホテルにチェックインを済ませ一端部屋にはいった。
快晴の炎天下暑苦しいウエットスーツをやめ、2人共水着に着替えハーバーに出た。
ミユキは白いビキニにライフジャケットを羽織ると殊更顔が小さく感じられた。
7月の初旬、既に初夏の匂いを漂わせてハーバーは可なりの賑わいを見せ、沢山の人達がステータスのクルーザーを自慢げに扱う様子が映った。
彼等はどことなく垢抜け豊かな雰囲気が漂っていた。停泊の船に乗船し、掃除している姿さえ誇らしそうに見えた。
純一のミニホッパーはクルーザーと比べ貧弱で負い目がある。
このハーバーの雰囲気は大好きだがそれが苦手だった。
船を乗せた滑車を曳いて人込みに入ると、ミユキのビキニ姿に行き交う人達の目線を浴び「わおっ」と声が響いた。
細いウエストから大きさを感じさせるハート形のヒップを最小の覆いの役目を果す白い水着から若さが弾け、グラビア写真から抜け出たようだ。純一もそのキラキラ感が眩しく、自分の彼女として誇りを感じていた。
「皆ミユキを見ているよ」
「じろじろ見られて恥ずかしいわ、私へん」
「違うよ、かっこいいからだよ」
「でも水着姿をじろじろ見られるのは苦手だな」
2人は滑車を海に滑らせ弾みをつけボートに飛び乗った。
純一がティラー(船の舵)を握って風に向かって滑り出した。
爽快に風を裂いて舵が小気味いい音をたて海面を滑って行く。
セールを口に銜え海面すれすれに身体を反らすと、ミユキも慣れたリズムで同調した。
呼吸もピッタリ合ってタック・ジャイブを繰り返し順調に沖に出ていった。
可なり沖合にでると陸並が島のように遠退いてボートの数もめっきり少なくなった。
帆をダクにし、全てニュートラルにすると海の中をポツリと漂流状況になった。
初夏の太陽がキラキラと海面に反射し波動にボートを漂よわせ、無限に続く深いブルーと光の中を二人きりの世界に溶け込んでいった。
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