第2話 運命の序曲
しかし、2週間の休暇は2週間分の仕事を喪失させ、その代償は思いの他手痛かった。
零細企業の人材は貧弱だ。営業スタッフは4名いたが、純一が入院中オリエンテーションの打診があっても企画書の提出もせず、新規の仕事は全て逃していた。僅かな隙を同業他社が割り込み一端突き崩されると元に戻すに大変な労力を要する。
純一は退院と同時に短時間で企画案を書き上、強引に割り込みを計った。
辛うじてプレを通したが総予算枠の半分程度を確保するのが精一杯の結果として残った。
また、その分時間ロスが生じており、納期が迫って待ったナシの進行に連日半徹のフル稼働で消化した。
そして兎に角金曜に時間の隙間を作らなければならない。
金曜当日4時に客先に呼ばれ簡単な打合わせの筈が、受付けで1時間も待たされ、その上打ち合わせが済んでからも微細なリクエストに時間を潰された。
可笑しな現象だが、そうした個人の事情に仕事は必ず逆らうものだ。
気を急かせ、車を飛ばし病院の駐車場に50分以上遅れて到着した。
当然の如く、そこに星野さんの姿はなかった。
「やっぱりな〜、そうだろうな、帰っちゃうさ」
呟きながら唇を噛みしめた。失望と未練で車のシートを寝かし仰向けに天を仰ぎ腕で目を覆った。(やっぱ、儚い夢さ)
心待ちにしていた再会を自分の都合で潰した。誰のせいでもない自分自身の不手際に言訳できない自身を責めた。
暫く落ち込んで動かずにいるとコンコンと車窓を叩かれた。
星野さんが笑みを溢しながら此方に視線を投げていた。
「ご免なさい、遅くなって」
「あっ、星野さん」絶句して「実は、僕も遅れてきて、もう帰ったかと思ってた。会えて良かった」吐息が混ざり声が擦れた。
2度の未練が糸を手繰り寄せ今日も退院時と同じ諦め切れずに再会できた。
「私も、もう待っていてくれないかと心配していたの、よかったわ」星野さんの言葉が心地よく耳に響いた。
星野さんが助手席に着くと嬉しさが込上げ、車窓に写る自身のにやけ顔に嫌悪した。
「今日の予定僕流でいいかな」
上気し咽が渇き声がかすれた。
「はい。お任せします」
「正直言って上がってるかも」確かに上がっていた。
「うふふふ」不思議な現象だが女はこうした場面に冷静でいられる。
車で銀座に向い地下のパーキングに預けると、そのまま地下道を通ってデパートに向かった。
どことなく落ちつかず、浮き足立った足取りで惰性のようにバッグ売り場に向かった。
「星野さん誕生日イツ、何か欲しい物有ったら、プレゼントさせて」
「ご免なさい、私受け取る理由が有りません」
「いやー僕の感謝の気持ちです」
「柴田さん、私達はそれが仕事ですから、気にしないで下さい」 純一はそれに耳を貸さず、商品を覗いてまわった。
物で心を吊る、そうした魂胆があるわけでは無いが気に入った娘にプレゼントしたいと願う、男の本能か不可解な現象だ。
「それを見せて下さい」プラダの白いハンドバッグだった。
「これ、下げてくれます」
「本当にご免なさい、気持ちだけにして下さい、でないと私帰ります」
こうしたシーンに純一は慣れてない、下手な好意が押し付けになって相手を不快にさせてしまったようだ。
純一は慌てて
「わかりました、僕の勇み足でしたご免なさいね」
「余り気を使わないでください。私なんか、未だ子供だし」
「そうか、若い子に強引にプレゼントしたら、確かに重荷だね」
「それに、病院で特別なことしたわけじゃ有りませんし、気軽にしてください」
「判った、じゃ成人になったし、お酒なら良いいよね」
「はい」純一はその返事に救われた。 好意の押し付けで怒らせ、このまま別れたら洒落にもならない。
2人は連れ添って昭和通りから1本手前の裏道を歩いた。
彼女の私服は始めて目にする。
デニムジーンズに白のネックセーター、ジャケットを羽織っただけのシンプルな装いだが眩しいほど輝いて見えた。
行き交う人が彼女を見て振り向かれ自分とのバランスで見られるのか気になった。女の子がすれ違いざま「わ、可愛ゆい」の声が耳をかすめた。
167cm程の身長と切れのいい目鼻立ち「可愛ゆい」は見当違いで「恰好良い」が妥当に思えた。
多分小さな顔がそう言わせたのだろう。
銀座七丁目付近のビジネスビルの地下にある割烹の店に案内した。
隠れ屋的なこの店はメンバー性で支配人とは顔馴染だった。
純一は上客用の接待でよく使っていたが女性同伴は今回が初めてだ。
奥まったテーブルに案内してもらい席につくと改めて支配人が挨拶にきた。
「実は入院していて、先々週退院しました」
「本当ですか、お元気そうですが」
「もう元気です。実はこの女性がその病院の看護婦さんです。すっかりお世話になったお礼と20歳の誕生日のお祝いを兼ねてきました」
「それはおめでとうございます、もう一つお祝いが抜けてますよ柴田さんの全快祝いもあるでしょう」
「あっそうか、それも有ったか」
「それはそうと素敵な方ですね」
本心から感心したように支配人が言った。
「そうですか、病院にいると看護婦さんが優しくて誰でも素敵に見えちゃうかなって」
褒めている積もりだが誰でもとは失礼な話しだ。
「いやー、看護婦さんでこれだけ綺麗な方は珍しいでしょう」
「そうか、良かった、僕だけの勘違いじゃなかった」勘違いとはもっと失礼極まりないが。
「今日はごゆっくり楽しんでいって下さい」
「お料理は支配人にお任せします」
「かしこまりました、お祝いですから美味しい物をご用意します」
始めにビールのグラスをぶつけ乾杯した。
「お誕生日おめでとう」
「柴田さんの退院もおめでとう」
「うっ、苦っ」初めて口にしたビールの苦味に顔をしかめた。
「星野さんビール初めてだったの、じゃー苦いでしょ」
「苦いけど、美味しいかも」舐めるように少しずつ飲んでみた。
「慣れると喉越し最高なんだけど」
「嫌いじゃないかも、この感じ」それでも口に含むと苦味に眉をひそめた。
「いいよ無理しないで顔が困ってるよ」
笑いながらたしなめた。 それでも幾度か口に含んで流し込だが飲む前から苦そうに顔をしかめた。
「じゃ日本酒にしてみる。多分日本酒の方が通りが良いかも」
「うん、飲んでみようかな」 日本酒の熱燗を頼んでお猪口を持たせ、注いであげると、恐々口に含み大きな声を上げた。
「これ、美味しい」
「でしょう、やっぱ日本酒は以外と初心者でもいけるんだ」
「でも咽がチョー熱いけど」
「その内酔うと気持ち良くなって楽しくなるよ。でも良かったお酒いけそうで、お酒は一緒に楽しみたいし」
それから懐石料理が1品ずつ運ばれその都度「美味しい」を言葉にし、味わった。
食事は人格そのもの、素直に味わう笑顔に純一の気持ちが和んだ。
(食事を楽しむのに綺麗な娘が一緒でも罪には成らないだろう)妻の穏やかな視線が脳裏をかすめ自己弁解していた。
「星野さん名前聞いていい」
「美由紀です」
「じゃ、ミユキさんて呼んでいい」
「そうして下さい」
「じゃ、僕も純一って呼んでくれる」
「エー、一寸無理かも」
「そうか・・・ヤッパ厭か」
「そう言う意味じゃなくて、失礼な気がして」
「そんな、気安く呼んで欲しいな」
「わかりました。純一さん」悪戯っぽく照れを含ませて言った。
「結構ゾクかも、胆に来た感じ。それとミユキさんの携帯とメールいいかな」
「じゃ、純一さんに送りますね」携帯を操作し純一の携帯に送信した。
1品ずつ運ばれる懐石料理は日本酒によく合う。美由紀も奥深い料理だったが好き嫌いなく箸もよく進んだ。
そして「私、結構お酒好きかも」酒に慣れてきたようでお猪口に注ぐと如何にも美味しそうに飲干した。
話しのリズムも意外なほど相性が良く16歳の年齢差を忘れ会話が弾んだ。
なにげに純一が聞いた。
「支配人も言ったでしょ貴女ならモデルとかタレントで活躍できそうだけど」
「以前○○テレビの人に追掛けられて、強引にビバ○○コンに出され予選に出たけど本選は嫌ですっぽかしちゃった」
「そうなの、予選通ったら出れば良かったのに」
「人前に曝されるの嫌いなの」
「それはそうとミユキさん、オードリヘップバーンに似てない」
「あの、銀行のコマーシャルの人、あんなに綺麗じゃ無いわ。第一色気もないし」
「その色気のないところや、おてんばそうな処もそっくりだけど」
「まあ、失礼」ぷーっと膨れた顔が悪戯っぽく愛らしいかった。
「でも、おてんばかも、子供の頃木登りとか大好きだったんだ」
木に登るミユキの姿から豹の様にしなやかな動きを連想してみた。
「本当、今でも登りたいと思う事有るの」
「そうねー、枝ぶりのいい木が有ると気持ちがわくわくするわ」
「都会のど真ん中で、ミユキさんが木に登ったら、ニュースになるよ。和製ヘップバーン木に登るなんてね」二人は大笑いした。
「それにしても看護婦さんて、夜勤とか、患者の面倒とか大変そうだけど」
「私の夢かな、お年寄りの介護とか。だから看護婦の仕事は大好きなの」
「そういう娘なんだ、世の中にそういう人いるんだ、凄い貴重だなー」その心掛に感心した。
「でも実はあの病院今日で辞めたの」ミユキが唐突に言った。
「えっ、本当、どうして」
「母が入院して付き添う事になったの、本当は続けたかったの」
寂しそうな言い方が気になった。
「お母さん、そんなに悪いの」
「糖尿病をこじらせ腎臓透析を受けなきゃならないの」
「大変だね、透析って一生続けなきゃならないのでしょ」
「透析が生活の中心になるから活動が極端に狭くなるし、誰かの助けが必要なの」
「そうか大変だね、頑張ってとしか言い様がないけど」
お酒の席にしては渋い話題に急にトーンが曇った。
「ご免なさいね、湿った話しして、折角のお酒不味くしちゃったわね」
「大事なことだから」
始めての飲酒にしては可なり進んだ。ピッチが上がって2人は足元もおぼつかない程酔いが廻り緩慢な仕草で店を後にした。
純一は車を置いてタクシーで送る、そう決めていた。純一がタクシーを呼ぼうと大通りに向かう途中すっかり酔ったミユキは純一に身体を預け朦朧としていた。
純一がミユキのしなやかな細い腰を腕で支え歩を進めると柑橘系のシャンプーの甘い薫りの髪を胸前に垂れかけてきた。
「ご免ね、飲ませすぎたね、ちゃんと送るからもう少し我慢してね」
「帰りたくない」唐突に言い出した。
「分かったよ、大丈夫チャンと送るから」あやすように言い含めた。
「いやー、帰るのいや、一緒にいたい」
「お酒の性だよ、少し我慢して」
「純一さん、好きよ大好き、貴方みたいな素敵な人いない、だから一緒にいて」 純一は意外な言葉に気持ちが翔んだ。
過去に耳にしたことの無い心地いい響きにドラマが急展開し、モラルや好き、嫌い、順序が吹き飛び魂も飛んでいた。
新橋方面に方向を変え酔ったミユキの足取りを庇いながらシティーホテルのエントランスに辿り着いた。
受付カウンターでチェックインを済ませ、ミユキを抱え部屋に入りそのままベッドに坐らせると、紐が緩んだ操り人形の様に崩れその侭横たわった。
純一はそのまま寝かしてやるつもりで靴を脱がせ、足を伸ばし服は着たまま毛布をかけてあげた。
その後純一は一人でシャワーを浴び、暫く身体を冷ましてから、隣のベッドに横たわりミユキを見つめていた。
ミユキがぼんやり目を開き、純一の視線に気付くとニコッと笑みを返され、ドキリとした。
そして紐が張られた吊り人形のように、フワッと起き上ると緩慢な動作で洋服を脱ぎ捨てた。
純一が呆気にとられていると下着だけの姿で純一のベッドに潜り込んできた。
そして当然の様に2人は確りと抱きあい唇を重ねた。
甘酸っぱい味と香りが胸を締め付け苦しさに心臓の鼓動がドクドクと高鳴った。。
背中に手を回しブラジャーのホックを外すと、細身の体に意外な程、豊かなバストが露になった。
その柔らかな曲線と中心に位置した淡い起点の形の美しさに欲情するより目を奪われた。
神はこれほど均整のとれた身体を与えた。
無防備に曝したその美しさに引込まれその支点に顔を埋めた。
視点を移すと支えるウエストの想定外な細いくびれの下のハート型の広がりにビキニショーツの純白が目に滲みた。
この時点で既に躊躇はいらない。
ショーツの渕に指を掛けた途端
「ご免なさい、それは許して」ミユキが小さい声で囁いた。
「・・・・・・」その言葉の抑止力は絶大だった。
わずか1枚の布が外せない。
その言葉で全て終了した。
虚しさを噛締め、ミユキを腕枕して目を瞑った。暫くするとミユキは純一の胸元で寝息をたてていた。
ミユキは翌朝純一が目を醒ます前に腕からそっと抜け、シャワーを浴びていた。
その音に気付いて純一が起きると、バスタオルを巻いたままバスルームから出てきた。
器用に下着を付ける姿が絵になって純一の目の片隅に写し込まれた。
「おはようございます」晴れがましい爽やかな音声でミユキが声をかけてきた。
「おはよう、眠れた」
「スッカリ酔っちゃって熟睡しちゃったかも、昨夜はご免なさい無理言って」
「とんでもない、素晴らしい夜だったよ」純一は屈託無く言った。
「夕べはご馳走さま、凄く美味しかった。それに私、結構お酒好きかも」
「そうか良かった、また付合ってね」
「いつでも誘って下さい」
2人はホテルのバイキングで朝食を済ませ地下駐車場に向かった。
ミユキは恋人のように純一の腕に身体を絡ませ胸の弾力と温もりが伝わってきた。
一晩共にすれば自ずと距離は縮まる。状況は既に恋人同士の甘い芳香に浸っていた。
自身が妻子持ちであっても心境は変わらないものだ。.
駐車場で車を引き取り彼女の希望で、高速を飛ばし千葉市の母親の入院先に向かった。
車中でぽつりぽつりと自身の境遇を話し始めた。
「私は未だ准看護婦だったの、ちゃんと看護師の試験に受かって、生涯の仕事にしたかったのに残念だわ」
遠くを見つめる視線が寂しそうに眉をひそめて言った。
「まだ、若いし、頑張りなよ、応援するから」
「有り難う、でもお母さんが透析から抜けられないと、私もそこから逃げられないわ」
「完全看護の病院ってないの」
「保険が適用できる病院は誰かが付き添わないと駄目なの」
「そうか、これから大変だね」
純一はその大変さを理解出来てなかった。
「麻布病院の人達、皆いい人で、別れるのも寂しいし、でも仕方ないわ」
しんみりした口調が純一の胸に響いた。沈んだその状況に気付いてトーンを変え話題を切り替えてきた。
「私がベッドのシーツ交換しているとき純一さん私を見てたでしょ」
「うん、見とれてた」
「凄くドキドキしたわ、心臓に矢がつき刺さって来た感じ」
「良かった、外してなかった、もし外れていたら、こうしていられなかったね」
「でも純一さん志賀さんにも粉蒔いてない、それに戸高さんにも」
「まさか、ミユキさんしか視界に入らなかったよ」
「そうかな、志賀さんが純一さんに心臓抜き取られたって喜んでいたわよ」
女の会話は恐ろしく広範囲に拡がる、まさかあの冗談がミユキの耳に入るとは想像もできなかった。
「まさか、冗談に決っているよ」
「戸高さんは純一さんのオペした先生の彼女だけどね」
「そうなの、彼女僕から臓物引きだして、恥描かされて恨み骨髄だよ。でも彼女中々美人だよね」
「純一さんのブツを確認してくるって楽しそうに準備していたわ、純一さんに興味有ったみたいよ」
「参ったな、臓物まで調べられちゃったか、ま、いいや。今一番素敵な娘が傍にいるから満足だよ」
「ふふふ」
まるで化粧を施してない、石膏の像のように無機質な美しい輝き方をしてた。その横顔がうっすら紅みを帯び高揚して見えた。
「化粧とかしないの」
「うん、化粧水位しか使わない。口紅塗ると自然に舌で舐めちゃうみたいで、直ぐ落ちちゃうの」
「面白い子だね、普通年頃だし、ばっちり決めてるけど」
「私化粧似合わないの」
「見てみたい気がするけど」
「その内ね」
そうしてこのドライブはお互いの距離を縮めるのに丁度いい時間だ。千葉更生病院の駐車場に着くとミユキが唐突に言った。
「お母さんに会ってく」
「えっ良いのかな、驚かないかな」実は純一が驚いていた。
「平気よ」
「でも、お見舞いも何も用意してないよ」
「大丈夫、気にしなくて」
「そう分かった、行ってみよう」純一は不安だった。
純一は妻子持ちでミユキはそれを百も承知している。しかも一晩共にして、唐突に母に会うには負い目があった。
入院病棟に入ると此処も4人部屋で窓際の片隅のベッドに母親と言うより老婆が寝ていた。
「お母さん、来たわ、遅くなってご免ね」 微睡みから目を醒まし、その老婆は不愉快そうに言った。
「ミユキ遅いよ、中々来ないから美樹(妹の名のよう)呼んで手伝わせたわよ」 話しの成り行きに窮屈な重量を感じさせた。
「お母さん、今日柴田さん連れてきたの」 既に純一の事を話していたようで簡単に紹介され解析不能な複雑な感じがした。
「始めまして、柴田です」
「あら、いきなり連れて来られたら困るよ、少しは化粧ぐらいしないと」
笑顔から隙間だらけの茶色い歯が覗き、妙に女っぽいのが不気味だ。そしてお世辞にも美しくない、その上酷く老けてる。
娘の美しさが何処から生まれたか信じ難い感じがした。
「夕べ柴田さんに食事奢ってもらって一晩泊まっちゃった」 純一は内心はらはらした。宿泊は基本的に秘事だ、余りにオープンにされるとどう対応していいか困惑した。
「ミユキを宜しくお願いしますね」
「あっ、はい此方こそ」
当惑し、それしか言葉が出ない。
「柴田さんは市川だってね。わざわざ悪いわね此処まで送ってきてもらって」
老いた印象と違う屈託無い話し方と会話が状況より柔らかな内容で内心ホッとした。
「いえ、大した時間掛かりませんから」
「それはそうと柴田さん美由紀をどうするつもり。若い娘と一晩泊まるってそれなりの覚悟を持ってのことでしょ」
思わぬ急展開、不意に胸ぐらを鋭い言葉の刃先が突き刺した。
「お母さん何言っているの、私がお願いして付きあって頂いたのに変な事言わないでよ」
「そうはいかないわよ。大事な嫁入り前の娘だよ。奥さんが居ようが独身だろうがチャンと責任は持って貰わないと」
確かに妻子持ちが20歳の未婚の娘と宿泊など許される訳が無い。
純一に反論の余地は無い。
「申し訳有りません。昨夜酔ってしまい。お嬢さんを泊めてしまいました。お母さんのおっしゃる通り私の落ち度です。
ただお嬢さんを傷つけるような真似はしていません」
当惑しながら、弁解した。
「そうよ、柴田さんそんな人じゃないわ。チャンと丁寧にしていただいたわ。それより失礼な言い方止めてよ」
「ミユキさん。僕が悪いのです。お母さんの言う事が正しい」
「まっ、母親としての立場もあるしちゃんとして下さいな」その言葉がずしりと響いた。
「承知しています」状況の急展開で急に息苦しく成りその場を逃出したい心境になった。
その後の会話も妙なしらけた空気が漂い、帰る口実も見つからず、唐突に
「お大事にして下さい、僕はこれで」逃げる算段をした。
「もう、帰る。じゃ一緒に行くわ」ミユキが言った。
「また、来て下さいね」背中越しに母親に言われ、何を意味してか複雑過ぎて理解に苦しんだ。
2人は車まで戻り、純一が車に乗るとミユキも助手席に乗ってきた。
「ご免なさいね、嫌な言いかたして。前後の脈略無しで時たま訳わかんない事言いだすの。気にしないでね」
「いやー泊めちゃった僕が悪いのさ。本当にご免」
「もう少し、一緒でいい」
「勿論さ、でも母さん大丈夫なの」
「どうせ毎日此処で世話しなきゃいけないし、少しくらい自由にしないと持たないわ」悲しそうな表情をみせた。
「そうなの、これから、いつも此処なの」
「お願い、いつでも会いに来て」
「分かった、出きるだけ来るよ」
「有り難う、じゃ車出してくれる」ミユキに言われるまま、車を走らせた。
病院から少し走らせると森を切り裂いたような、舗装されていない道に分け入った。そしてその途中、林をえぐった木陰に駐車出きるスペースが有った。
「此処で止めて」 エンジンを切ると、ミユキが身体を乗り出し純一の頬にキスをした。
それに曳かれるように確り抱き寄せて熱い舌を交換し、囁いた。
「大好きになっちゃった、どうしよう」
「私も大好き」
純一はまたしても甘い接吻の痺れに浸った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます