壊れたオルゴールは歌えない

下川珠夜

Monologue 1

 フランスのとある大聖堂に一人の少年が立っていた。少年は正面にあるおよそ一○メートルはあろうかという大理石でできた石像――聖母マリア像を見上げている。彼女の腕の中には神の子であるイエス=キリストが抱かれていた。


――……。


 少年はそれを見上げて一度だけ小さく頷いた。そして、大きく息を吸い込むと


――~~~~~~~~♪


 少年の口から発せられたのは、青年期の男性の声。バリトンやカウンターテナー、テノール、バス。その他にもいくつもの声が聖堂に響き渡る。

 そして、次に発せられたのは女性の声。ソプラノ、アルト。

 語弊が無いようにもう一度記すとすると、この大聖堂には。一人の少年はいくつもの音域を一人で歌いこなし、途切れることなく歌っている。

 人間は一つの音域しか極めることしかできない。そのためなら去勢や声帯の一部切除をするのが普通の世界がこの音楽の世界だ。だが、少年の歳はまだ一○にも満たない。小学校に上がることくらいの歳の瀬といったところだろう。

 だが、まだ技術面では未熟らしく、時折りだが音が外れる時がある。それでも所詮はその程度。全体からみれば些細な間違いであり、その道の専門家にしかわからない程度の間違いでしかない。

 少年の声は美しく、流麗に紡がれていく。それはまさに――オルゴール。

『奇跡のオルゴール』と言っても過言ではないだろう。むしろ、その程度の評価では少年の声は報われないかもしれない。

 この少年が声を完成させれば、きっと音楽の世界を驚かせることは間違いないだろう。

 大聖堂に響くその歌声は、聞く人の心を奪い聞き入ってしまうほどの魔力を秘めている。だが残念なことに、大聖堂には一人の少年しかいない。

 少年は一人、歌っていた。

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