第35話 ストーカー?
もう五月も半ばに入った。
登校途中の道路の中央に、色鮮やかにツツジの花が咲いている。確か五月に咲くからサツキツツジといったか。小学校の頃はよく蜜が飲めるとか言われていたか。
以前、登校時間の考えることといえばもっぱらアニメのことであった。
学校で落ちこぼれという設定のイケメンが無双してハーレムになるアニメの序盤が似てたなーとかそういうことをまとまる方向もなく考えていたり、ゲームの攻略について考えていたり。
最近ではそれが、
それを寂しいとは感じない。
三次元は三次元、二次元は二次元として両方好きなのだ。二次元には二次元の良さがあり、決してそちらを蔑ろにしているつもりはない。三次元があるから二次元が楽しめて、二次元があるから三次元でも楽しめる。どちらも欠けてはならない。
だから、今少し時間配分が変わったとしても気持ちは何も変わってはいない。
「……どうして、私たちは隠れてるの……?」
和やかな気分でかくれんぼしている俺と最上に、東雲は気まずそうに尋ねた。
現在俺たちは、授業を終えて帰宅しようとする諫早の後をつけていた。
コソコソと、とは言うけれどあくまで自然を装っているためにあまり注目は浴びない。もしも注目を浴びているとすれば、俺という冴えない男が可愛らしい女の子を二人も連れているからだ、うん。
「東雲、俺たちが今何をしているか言ってみろ」
「ええっと……諫早さんを追いかけてる?」
「そう、ストーカーよ!」
「ストーカー、なの?」
「そうだ、ストーカーだ」
あまり面識のない相手と仲良くなるために後をつけまわす。
何をどう考えてもストーカーですありがとうございました。
それが男子が女子をともなれば尚更だ。最上と東雲がいなければ確実に捕まる。
本当、助かるな、こいつら。
「西下、げっすい」
「ん? 顔に出してたか?」
「キャプションに書いてある」
「お前だけゲームの主人公かよ」
「……どうしたの?」
「西下がね、文香ちゃんを抱きしめて頬ずりしたい。それで困る様子を見たいって」
「ひどい濡れ衣を見た」
風評被害とはこのことである。
そして実はわかってなかったのか、それとも冗談で誤魔化したのか。
「俺が逮捕されなくてよかったなってだな」
「逮捕されるようなこと、したの……?」
「現在進行形でな」
「嫌だったら言ってね」
「俺たちの方針は、嫌なことはしない、だ。同じ目的のために自分が考えて自分のために動く。そうやって仲良くするからな」
会話をしつつも諫早からは目を離さない。
諫早が駅の改札を抜ける。最上と俺はお金をチャージできるタイプのカードを用意してある。東雲はストーカーすると思っていなかったらしく、俺が千円分使い切りタイプのカードを渡して使わせた。
こういう時、現代は便利だ。
どこいくか確認したり、切符を慌てて買う必要がない。何故ならカードがあるからだ。タッチするだけでさくさくどこに行くにも自動引き落としだ。
俺は金銭感覚とか、そういうのもあるからあまり安心して使っているわけじゃない。できればどこに行くのかなんて路線図見ながら切符を買う方がいいとは思うけどやっぱり便利、なんだよな……
電車の中では東雲が絶対に痴漢されぬように最上と俺で囲む。
もはや最上が痴漢しているまであるし、俺も半分壁ドンしている。俺が手すりを持って壁際に追い詰めていて、窓際では最上に何故か撫で回されている。
……すし詰めってほど人もいないのに。
東雲も何してるのこの二人?みたいな顔だけど、何をどう抵抗していいのかわからないのかなされるがままである。
「あの、二人、とも……近く、ない?」
「嫌だったか? そうならすぐに離れる」
「私は離れない」
「お前も離れろ」
最上をひょいと引っ張って、距離をとる。
「あ……いや、その……」
「んー? 言いたいことははっきり言ってもらわないとわかんないなー」
最上が東雲を弄りだした。
「べ、別に、いやじゃ……ないよ? ただ、ちょっと恥ずかしくって……」
折れるのが早い。
最上はもっとギリギリまで引っ張るつもりだったろうに、出鼻を挫かれてあっさりと普通の笑顔に戻る。
素直なのはいいことだ。
下のお口は素直だな、とは言われない方がいいんだけど。
百合の花が咲き乱れる電車内で下品なことを考えていたら、諫早が席を立った。
俺たちの間に一瞬の緊張が走った。
降りるのか? どうなの? と目配せしながらその様子を観察していた。
しかし駅はまだ先だ。
すると、諫早が立ったすぐあとにその目の前にいた親子が座った。
その光景に俺たちは
「なにあのギャップ萌え」
「狙ってんのか」
「諫早さん、やっぱりいい子じゃないかな……」
散々褒めていた。
それから二駅ほどしたところで諫早が降りていった。
それに続くようにして俺たちも降りた。
◇
諫早の後をつけていくと、意外なところへと出てきた。
周りは田んぼと住宅が取り囲み、その中にででんと柵で囲われた施設がある。柵の向こう側には砂場やすべりだい、ジャングルジムなどがあって、そこでは子供が遊んでいる。
つまり……保育園の前だった。
あいつが保育園で働いているわけはないし、かといって保育園に通うわけもない。おそらくはここに身内がいるのだろう。
「……ここに毎日迎えに行ってんのか?」
「かもね」
「諫早さん……弟さんかなぁ、それとも妹さんかなぁ……」
見た目が長い髪を染めているとか、目つき悪いとかそのあたりの先入観が全て吹っ飛んで俺たちの間では弟や妹を相手に面倒を見てやる微笑ましい光景が共有されていた。
と、保育園から二人の幼児を連れて出てくる女子高生がいた。というか諫早だった。
諫早はこちらを見ると顔を盛大にひきつらせて呻いた。
俺たちの制服を見てこちらに気がついたのだろう。
「げっ……なんであんたらがここにいんの?」
バッチリ目があった。
「おう諫早」
「やっほー諫早さん」
「あの、えっと……こんにちは……?」
東雲は見つかることは想定していなかったらしい。
やや挙動不審に……ってあまりいつもと変わらないな。ただの人見知りか。
東雲の時と違って、決定的な情報が幾つか手に入ったし、のんびりと情報収集だけに専念するわけにもいかないだろう。
そして出会うならこの形が一番楽だろうとも思った。
だから俺は、後をつけていたことがバレるところまでは想定済みというか多分最上もそうではないだろうか。
「ストーカーだ!」
「ストーカーしました!」
「えっ?! あれ? えっと……はい、ストーカー、です……?」
高らかに宣言する最上と俺。
戸惑いながらあとに続く東雲。
そんな俺たちに諫早はため息をつきながら、額に手を当てて不機嫌を声に滲ませた。
「後をつけた、ってこと?」
「そうだな」
「なんでそんなことを……」
「諫早について知ろうかと思って」
「ならあたしに直接言えばいいじゃない。そういうコソコソしたのってどうかと思うんだけど」
ごもっともです。
諫早の横では二人の幼児が「ねーねー、すとーかーってなーにー?」「ねーねのともだち?」と聞いている。
ストーカーという言葉は情操教育上悪かったかもしれない。反省しよう。
「だからこうやって正面から話しかけてんじゃねえか」
「正直に追いかけてきたって言ってるし」
「綾ちゃんも西下くんも違う、と思うの……」
東雲のささやかなツッコミが押し流される。
「はぁ……あんたらってなんなの?」
「あ、名乗ってなかったな。西下刻也、クラスメイトだよ。よろしく」
「同じく最上綾。そこの二人もよろしくね!」
「私は、クラスは違うけど……東雲、文香です」
「」
「違うっての! あんたら、あたしに名前も覚えられてないと思ってるような状態で追いかけてきたの?!」
「おお、顔と名前が一致してるらしいぞ」
「あんたじゃないんだから」
「さすがにもう覚えたぞ」
いつものペースを一切崩さない。
こういう相手には、怯えてはいけない。
怯えて萎縮して、そうやって接した瞬間に立ち位置が決まる。
多少怒らせてもいいから、いつも通りの態度で対等の立場に立ち続けなければならない。
「そこのは……巻き込まれただけみたいね。あんたも嫌なことはちゃんといいなよ。こういう変なのにいいようにされてないでさ」
諫早は東雲を見て、気がついたように言った。
あながち間違ってはないけど、それでも諫早のその読みには一つ大きな誤算がある。
「いや……私は、私が決めてここにいるから……!」
「へえ……ちゃんと言えるじゃん。とりあえずあんたら、警察まで……連れていっても無駄、だろうなこれ……ああもう!」
先ほど警察に捕まるかも、とは言った。
それはあくまで俺一人の時のことであって、今はかなり事情が異なる。
諫早は見てもわかるように、髪を染めていて制服も少し着崩している。決してあからさまに威圧的なファッションをしているわけではないが、長い髪に目つきも悪く、初めて見た人はそこに不良っぽさを見るのではないだろうか。
高校生で髪を染めていると、染めていない高校生と比べると大人からの印象はかなり異なるのは事実だ。
一方、俺たちの組み合わせといえば。
人当たりの良い最上におとなしそうな東雲という二人の女子がこちらにいる。俺は別に目つき悪くもないし、普通にしゃべれるから問題がありそうには見えないはすだ。
三人と諫早は同じ制服で。
そんな三人を「ストーカーされました」と諫早が現行犯で警察に連れていったとしたら、まともに取り合ってくれるだろうか。
ましてや、どうして後をつけたんだい?と聞かれて正直に「諫早さんについてもっと知ろうと思いました」「仲良くなりたくって」「学校ではこんな感じだから誤解されがちだけど本当はいい子なんです!」と弁明したとすれば。まるで青春ドラマの一幕だ。
警官のお兄さんも「いい友達を持ったじゃないか。大切にな。誤解があるかもしれないからもっと話し合ってみたらどうだ?」と言い出すかもしれない。
まさかいきなり学校に連絡して被害届け出したりはするまい。
そのことを、直感やなんとなくではあれど理解したのだろう。
そして俺たちに危害の意思がないことも。
そして同じ学校でクラスメイトの人間を警察に突き出す様子をあまり弟と妹には見られたくないだろう。
だから諫早は困っている。
それをわかっていて、目の前で正直に、堂々とこの宣言をしている。
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