04 前半戦

 試合を終えた後、愛音は救急病院に直行することになった。

 それに付き添うのは、セコンドとしての業務を終えた柳原だ。自前のプレスマン号で病院に向かう愛音たちのもとに荷物を届けてから、サイトーは憤懣やるかたない述懐をこぼしていた。


「こんなことなら、アイドルちゃんのセコンドにはヤナをつけておくべきだったな。門外漢のオレなんざより、よっぽど役に立ったろうによ」


 サイトーはユーリのセコンドとして登録されているために、愛音に付き添うことができなかったのだ。

 すると、ユーリがもじもじしながらサイトーに呼びかけた。


「ダムダムさんはムラサキちゃんを可愛がっておりますため、さぞかし心配なことでありましょう。ユーリのせいで足止めをくってしまい、申し訳ない限りなのです」


「あん? セコンドの配置を決めたのはジョンと立松っつぁんなんだから、お前さんが小さくなる理由はねえだろうがよ?」


「ああ、その通りだ。桃園さんこそ、邑崎の心配は後回しだぞ。出番はまだまだ先の話だが、集中を切らすなよ」


 愛音の無惨な敗北によって、セコンド陣にはいっそうの気迫が生まれたようであった。

 そんな中、モニター上では次の試合が始められようとしている。小柴選手と奥村選手の一戦である。


 中堅選手の筆頭格と見なされている奥村選手は、荒い打撃と巧みな寝技を売りにしている。タイプとしては鞠山選手に近かったが、あちらがアウトタイプであるのに対して、奥村選手は完全なインファイターであった。

 豪快な打撃を振るいながら強引に接近して、隙あらば組みついて寝技の勝負に引き込もうとするのが、主たるファイトスタイルとなる。一昨年の七月、自棄的な状態にあって稽古もせずに試合に臨んだサキも、この奥村選手の荒っぽい打撃でダウンを喫することになったのだ。


 いっぽう、まじかる☆あかりんこと小柴選手は正統派のストライカーであったが――このたびは一点、懸念事項を抱えていた。前日の計量において、ウェイトが規定より丸々一キロも下回っていたのである。


「体調は決して悪くないし、食事の量もきちんとキープしていたんですけど……どうしても、ウェイトが増えなかったんです」


 計量の会場において、小柴選手はそのように語らっていた。

 もともと小柴選手は、ほとんどナチュラルウェイトでこの階級に挑んでいた。普段は規定の五十二キロよりも一キロか二キロ重いていどで、試合に向けて調整をすると自然にちょうどいいウェイトに落ち着くという、瓜子と似たようなタイプであったのだ。


 が、昨年の暮れぐらいからじわじわと体重が落ち始め、三月の現在はついに平常体重が規定を下回ってしまったのだという。それでベストコンディションを目指して調整したら、規定より一キロも軽い状態で試合に臨むことになってしまったというわけであった。


「でも、去年みなさんに触発されて以来、本当にいい稽古を積めているんです。稽古時間そのものも、格段にのびてますし……それで、無駄肉が削られたのかもしれません」


 小柴選手は、そんな風にも言っていた。

 確かに小柴選手はそれほど骨格も大きくはなく、どちらかといえば肉の厚みでウェイトを稼いでいるタイプであった。背丈は高くないためにちんまりとして見えるのだが、胴体や大腿筋などはなかなかの厚みであったのだ。しかし、頭は小さめで肩幅もせまいため、時としてアンバランスに見えることもままあったのだった。


(もしかして、小柴選手の適正体重は一階級下なのかな?)


 瓜子と小柴選手は、身長も一センチしか変わらない。それで瓜子は骨がやたらと重いために、実際のウェイトからは想像し難いほど細身に見えてしまう。普通、これぐらいの背丈で五十二キロ以下級であれば、もっとどっしりとした体格になるはずであるのだ。


 だが、小柴選手もそれほどどっしりとした体格にはなっていない。胴体と足もとの厚みだけでウェイトを稼ぎ、上半身を正面から見たシルエットなどは瓜子と大差のない感じであるのだ。それがアンバランスに見える原因なのであろうと思われた。


(まあ、サキさんも規定より一キロぐらい軽いウェイトで試合に臨んでたけど……その分、サキさんはスピードに特化してたからな)


 しかし、小柴選手は正面からの打ち合いを得意にするインファイターだ。

 前回の時任選手との対戦でも、その得意な分野で力負けしていた印象が強かったので、瓜子はいささかならず心配していたのだが――今回は、その心配に拍車が掛けられた。試合が開始されるなり、またもや小柴選手は相手の突進に圧倒されてしまったのだ。


 奥山選手は左右のフックをぶんぶん振りながら、突進する。小柴選手は何とかそれをいなそうとしていたが、奥山選手は時任選手以上の迫力であった。彼女は背丈が百六十センチもある上に、五キロ以上はリカバリーしていそうな体格であったのだ。それで規定より一キロも軽い小柴選手は、ひとまわりも小さく見えてしまった。


 奥山選手の猛攻をしのぎきれない小柴選手は、すぐにフェンス際まで追い込まれてしまう。

 奥山選手はさらに何発かのフックを叩き込むと、小柴選手の腰もとにつかみかかり、力ずくでマットになぎ倒した。

 体勢としてはハーフガードであるが、小柴選手の背中が半分フェンスにつけられているため、不自由な姿勢になってしまっている。本来であれば、それは背中でフェンスを伝って起き上がりやすいポジションでもあったのだが――上にのしかかった奥山選手の圧力が上回り、小柴選手はまったく動けなくなってしまった。


 奥山選手はグラウンドになっても、豪快に拳を振るい続ける。

 そうして小柴選手が力なく頭を抱えてうつ伏せの体勢になると、ハーフガードの体勢のまま咽喉もとに腕をねじこみ、フェイスロックの形を作った。

 小柴選手のあまり太くない首が、ほとんど真横にねじりあげられてしまう。

 小柴選手は懸命にこらえていたが――そこに、白いタオルが投じられた。セコンドの鞠山選手が、危険を察して試合を止めたのだ。


『一ラウンド、二分三十四秒! フェイスロックによるタオル投入で、奥山杏選手のテクニカル・タップ・アウトです!』


 テクニカル・タップ・アウトというのはあまり聞き覚えがなかったが、まあアマルールのテクニカル一本と同義であるのだろう。通常、タオルの投入は打撃技の展開で為されることが多いため、テクニカル・ノック・アウトと裁定されるのだ。


 豪快な試合運びで終了したために、試合会場はわきたっている。

 ただ、何もできずに敗北してしまった小柴選手は、雨に打たれる子犬のようにしょんぼりとしてしまっていた。


「どうも今日は、よくない流れだな。次の灰原さんに、空気を変えてもらいたいもんだ」


 立松は、小声でそのようにつぶやいていた。

 同門の愛音はまだしも、小柴選手の敗北を嘆くのは、出稽古で交流を深めたプレスマン陣営の勝手な都合であるのだ。むしろこちらの控え室では、古参の奥山選手が勝利したことにわきたっている人間のほうが多いぐらいであった。


「……小柴さんは、残念だったね」


 と、後藤田選手も低くひそめた声で、そんな風に呼びかけてきた。

 後藤田選手は天覇館、小柴選手は武魂会で、それほど強い結びつきはない。しかし、かつては打倒チーム・フレアで結束した間柄であるのだ。そして、小柴選手は天覇ZEROの面々に稽古とセコンドをお願いしているため、そちらの意味でも仲間意識が生じるはずであった。


「押忍。灰原選手の次は、後藤田選手ですね。ここで勝利を祈っています」


「ありがとう。全力を尽くしてくるよ」


 あくまで質実に応じながら、後藤田選手は来栖舞を始めとするセコンド陣とともに控え室を出ていった。

 それと入れ替わりで戻ってきた奥山選手の陣営は、亜藤選手や沖選手らにお祝いの言葉を投げかけられている。彼女はヒロ・イワイ柔術道場という独立した道場の所属であったが、フィスト系列の人々と親交が深いようであった。


(まあ、縄張り争いするつもりはないけどさ。でもやっぱり、亜藤選手や沖選手はあたしらを避けてる感じだな)


 瓜子と対戦するラウラ選手は《フィスト》の王者であるのだから、フィスト系列の人々としてはそちらを応援するべき立場であるのだろう。しかしまた、灰原選手や多賀崎選手もフィスト系列であるのだから、最終的には個人間の交流が重要なのであろうと思われた。


 ともあれ、次の試合は灰原選手と宗田選手である。

 バニー姿の灰原選手が花道に登場すると、会場には盛大な歓声が吹き荒れた。もともと人気者であった灰原選手は、前回の豪快な勝利によっていっそうの人気を獲得できたようであった。


 いっぽう、宗田選手にもブーイングがかけられることはない。彼女は《JUF》の人気者であった深見氏の愛弟子であるのだ。彼女自身も明るいキャラクターであるし、もとはといえばチーム・フレアの引き立て役として参戦させられた身であったため、多少の同情票も集められているのかもしれなかった。


「深見さんは、完全に戦略を間違えたよね。どれだけの金を積まれたのか知らないけど、せっかくの秘蔵っ子をチーム・フレアの踏み台にされちまったんだからさ」


 亜藤選手は、憎々しげにそう言っていた。

 そしてその目が、何故だか瓜子に向けられてくる。


「ね、あんたはどうしてラウラの目の敵にされてるか、わかってる? それも半分は、こいつやチーム・フレアのせいなんだよね」


「え? どういう意味っすか?」


「この宗田ってのは、MMA界のニュースターとか騒がれてたでしょ? だからラウラは、《フィスト》の舞台でやりあうことを楽しみにしてたんだよ。それがチーム・フレアのせいで台無しにされたから、いっそうアトミックを毛嫌いすることになったわけさ」


「そうっすか。自分はむしろ、チーム・フレアと敵対関係でしたけど……ラウラ選手には、そんな事情も関係ないってわけっすね」


「そういうこと。ま、宗田の価値が潰された分は、あんたを食ってのしあがろうって気なんだろうね。どっちにせよ、アトミックのベルトも《フィスト》のベルトも、いずれはあたしがいただくけどさ」


 亜藤選手もラウラ選手に劣らず、向上心が旺盛であるようだ。

 それはそれでけっこうな話だが――瓜子としては、上ばかりを見上げていると足をすくわれますよ、という心境であった。何せ本日は、あのイリア選手が亜藤選手にリベンジを果たすべく待ちかまえているのである。


(まあ、今はそれよりも、灰原選手の応援だ)


 懇意にしている選手が立て続けに敗北するというのは、瓜子にとってもひさびさの体験であったのだ。それで瓜子は、いつも以上の熱意でモニター上の灰原選手を見守ることになったが――その時間は、決して長くなかった。


 試合開始のブザーが鳴らされると、宗田選手は恐れげもなく前進する。数々のKO劇を披露してきた灰原選手が相手でも、まったく臆するところはないようだ。

 灰原選手は躍動感のあるステップで、その突進を受け流す。ただし、相手のプレッシャーが強いために、なかなか手を出すのは難しいようだ。


 なおかつ宗田選手は、明らかに組みつきを狙っていた。さきほどの奥山選手のように荒々しいフックを放ちつつ、とにかく灰原選手をつかまえてやろうという意気が丸出しなのである。


「宗田選手は、頑丈だからな。これだけ突進されると、普通は厄介なもんだが――」


 立松がそのようにつぶやいた瞬間、灰原選手が跳ねるようなステップで相手のインサイドに回り込んだ。

 そして、相手の顔面に真っ直ぐのストレートを叩き込む。灰原選手もかつてはフック一辺倒であったが、数ヶ月にわたる出稽古によって攻撃の幅は格段に広がっていた。


 宗田選手は頑丈であるために、灰原選手の右ストレートをくらっても、なお前進しようとする。

 灰原選手はその頭を抱え込み、肉感的な右足でもってボディに膝蹴りを叩きつけた。

 そして、宗田選手が胴体に組みつこうとすると、すかさずその身を突き放して、今度は右のミドルを叩き込む。


 連続でボディに痛撃をくらって、さしもの宗田選手も動きを止めた。

 そこに、灰原選手がインファイトを仕掛ける。左右のフックとボディアッパーを連続でくらった宗田選手は力なく後ずさろうとしたが、それよりも早く追撃の右ストレートが顔面にめり込んだ。


 宗田選手は背中から倒れ込み、灰原選手は後方に下がる。元・柔道の強化選手にグラウンド戦を挑む気はないのだろう。

 しかし、勝負はそこまでであった。

 宗田選手は立ち上がることができず、レフェリーが試合終了を宣告したのである。


『一ラウンド、二分五十四秒! 右ストレートにより、バニーQ選手のKO勝利です!』


 灰原選手は笑顔でケージを一周してから、フェンスの上に跳び乗って、さらなる喜びをアピールした。

 客席は、もう歓声の嵐である。その光景を眺めながら、亜藤選手は「ふん」と鼻を鳴らした。


「ニュースターが、ついに三連敗か。しかも中堅未満の相手に一ラウンドKO負けなんて、稽古の内容を根本から見直す必要があるだろうね」


 その発言は鼻についたが、瓜子も揉め事は起こしたくなかったので口をつぐんでおいた。

 すると、立松がこっそり囁きかけてくる。


「どうもあの亜藤って選手は、自分の目で見たものより過去の肩書きを重んじるみたいだな。ああいう部分は、見習うんじゃないぞ」


「押忍。もちろんです」


 負けた宗田選手が弱いのではなく、それに圧勝した灰原選手が強いのだ。灰原選手の見事なステップワークと攻撃の鋭さを見れば、それは一目瞭然の話であろう。ニュースターだの中堅未満だのというこれまでの肩書きに目を曇らせると、そんなことも覚束なくなってしまうようであった。


 ともあれ、灰原選手が流れを変えてくれた。

 その波に乗ったかのように、次の試合では後藤田選手がラニ・アカカ選手に勝利した。


 ラニ・アカカ選手は、それこそフィジカルの権化である。瓜子がどれだけ攻撃をクリーンヒットさせても、彼女はまったく揺らぐことがなく――それで瓜子は、集中力の限界突破ともいうべき体験を初めて授かることに相成ったのだった。


 そんなラニ・アカカ選手を相手に、後藤田選手は果敢に立ち向かった。彼女はグラップラーであったが、スタンド状態にあってはインファイターであるのだ。かつてはアウトファイターの一色選手に後れを取ってしまっていたが、同じインファイターであるラニ・アカカ選手とは真正面からぶつかり合い、その頑丈さにたじろぐこともなく、レスリング勝負で組み勝って、グラウンド戦でも優勢に進めることができた。オールラウンダーであるラニ・アカカ選手も寝技の技術は巧みであるため、一本を取ることはかなわなかったが、全ラウンドを優勢に進めて、フルマークの判定勝利である。


 その次は、犬飼京菜と金井選手の一戦だ。

 金井選手は若年ながら、昨年には雅選手とのタイトルマッチに抜擢されている。そこではあえなく敗退してしまったが、アトム級のトップファイターであることに疑いはなかった。


 犬飼京菜のファーストアタックに対しては、前回の大江山すみれと同じように、あるていど引きつけてから横合いにダッシュするという方法で回避する。これだけ試合を重ねていると、さすがに犬飼京菜の奇襲攻撃も有効には機能しないようであった。


 よって、そこからは仕切り直しの打撃戦だ。

 金井選手は立ち技を主体にするオールラウンダーであるため、自信満々で犬飼京菜に立ち向かっていた。

 犬飼京菜は《G・フォース》にも出場していたため、過去の試合映像はそれなりに残されている。そのトリッキーな攻撃に対応できるよう、金井選手も入念に稽古を積んできたのであろう。


 しかし、犬飼京菜の脅威というのは、実際に相対しないと理解し難いものであるのだ。

 彼女は手の内を隠すため、スパーリングにおいては古式ムエタイやジークンドーの技を隠している。それでもなお、瓜子は全力でかからなければ対処することもできなかったのだ。


 犬飼京菜の異名は『ミニマム・サイクロン』であるが、まさしく人の形をした竜巻のごとしなのである。

 遠い距離からぶんぶんと大技を繰り出して、ここぞというタイミングで小技をきかせる技術も持っている。最初はゆとりをもって対処していた金井選手も、じわじわと焦燥感をあらわにしていた。


 しかし、犬飼京菜も最大の弱点を有している。

 あまりに身体が小さいがゆえの、打たれ弱さである。


 おそらくは、その弱点を突こうとして、金井選手が強引な踏み込みを見せた。

 それを迎え撃ったのは、犬飼京菜の前蹴りだ。

 ただし、ただの前蹴りではない。それまでサウスポーの構えであった犬飼京菜は、スイッチをして左足を下げると同時に、その後ろ足で踏み込んで、右足の蹴りを繰り出した。


 前回の試合で、沙羅選手が見せた動きである。

 真正面からみぞおちを蹴り抜かれた金井選手は、マウスピースを吐き出しそうな勢いで身を折った。

 その眼前で、犬飼京菜の小さな身体が旋回する。

 側転をしながら相手の顔面を蹴りつける、カポエイラと見まごうトリッキーな大技――犬飼京菜がプレマッチのデビュー戦で見せた、『ヤシの実を蹴る馬』なる古式ムエタイの技であった。


 マットに手をつきながら足を振り上げるイリア選手の『シバータ』とは、似て異なる技である。犬飼京菜はマットに跳び込むように跳躍をして、相手の顔面を蹴り抜いてからマットに手をつき、側転で距離を取るのだ。

 イリア選手は革鞭のように身体をしならせて、ひねりの動きを蹴りの威力に転化する。それに対して、犬飼京菜は跳躍の勢いを蹴りの威力としているのだろう。身体の小さな犬飼京菜は、そうして全身を躍動させることにより、KOパワーを体得したのである。


 まともに顔面を蹴り抜かれた金井選手は、横に半回転してからマットに突っ伏した。

 どう考えても、意識のある人間の倒れ方ではない。レフェリーは、迷うことなく試合の終了を宣告した。


『一ラウンド、三分十一秒! 変形ハイキックにより、犬飼京菜選手のKO勝利です!』


 犬飼京菜はぎゅっと口をへの字にしながら、レフェリーに右腕を上げられた。

 そこにセコンド陣がなだれこんできて、笑顔の大和源五郎が犬飼京菜を肩車で持ち上げてしまう。犬飼京菜は顔を赤くしながら、大和源五郎の坊主頭を平手でぺしぺしと叩いていた。


「あーあ、金井はやられちゃったか。相手は前の試合でアマチュア選手に苦戦してたようなやつのに、情けないこったね」


 と、亜藤選手がまた憎まれ口を叩いている。

 だったらそれは、犬飼京菜を苦戦させた大江山すみれのほうが、金井選手より難敵である――という発想には至らないのであろうか。


(つまりそれが、過去の肩書きにとらわれるってことか)


 なおかつそれは、自分の都合のいいように解釈した肩書きばかりであるように感じられてしまう。そもそも犬飼京菜は金井選手よりも格上であるゾフィア選手や前園選手にも打ち勝っているのだから、その時点で実力は証明されているはずであった。


(でもそれだって、過去のことだもんな)


 もちろん過去の試合は、まぎれもなくその人間の実績である。だからこそ、誰もが対戦相手の過去の試合を研究して、戦略を練ろうと試みるのだ。

 しかし、より重要であるのは、現在であろう。

 ユーリのように、十連敗の後に華々しい勝利をあげる選手だって存在するのだ。

 まあ、それは極端な例かもしれないが――瓜子とて、サキに惨敗してから九試合連続KO勝利という記録を打ち立てた身であった。


 ともあれ、重要なのは現在であるのだ。

 瓜子もまた、過去の勝利に寄りかかることなく、現在の自分が持てる力を余すところなく発揮させて、勝利をつかみ取る所存であった。

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