07 四名の刺客

 瓜子たちが寝室に戻ると、そこには同室の多賀崎選手ばかりでなく、サイトーを除くすべての女子選手が集結してしまっていた。

 四人部屋に、十一名もの人間が集まってしまったのだ。窮屈なことこの上なかったが、瓜子がそれを非難する気にはなれなかった。


「あいつら、またやらかしてくれたね。動画の更新に気づいた赤星道場のお人らが騒ぎ出しちゃったんだって?」


 一同を代表して小笠原選手が尋ねてきたので、瓜子は「押忍」と答えてみせた。


「でも、そっちの誤解は解けました。それどころか、ユーリさんの反論に協力までしてくれるとか仰って……今、電話で千駄ヶ谷さんと作戦を練ってます」


「そっか。そいつは何よりだったね。……アンタたちは、もう動画を観たの?」


 瓜子が観ていないと答えると、鞠山選手が座卓に置かれていたノートパソコンを指し示してきた。鞠山選手は、わざわざそのようなものを持参していたのである。


「桃園への誹謗中傷なんてのは序盤にちょろっと触れたていどで、話のメインはチーム・フレアについてだったよ。アンタたちの意見も聞きたいから、最初に確認してもらえる?」


 瓜子とユーリ、愛音と灰原選手の四名が、座卓の前に座らせていただく。

 瓜子がこっそりユーリのほうをうかがうと、そちらにはいくぶんくったりとした笑顔が待ち受けていた。


「ユーリはもう大丈夫だよぉ。みなさんのご親切に、心臓が痛いぐらいなのです」


 瓜子はユーリにうなずきかけてから、画面上の再生マークをクリックさせていただいた。

《カノン A.G》のフラッグを背景に、タクミ選手と一色選手の姿が映し出される。こちらの動画は数日に一度のペースで更新されており、ここ最近はこのペアが語り手となっていたのだった。

 最初の挨拶を終えたのち、二人はすぐさま雑誌記事について語り始める。


『この動画って、公開日の朝に撮影してるんだけどさ。今日はまた、愉快な記事が雑誌に取り上げられてたよねぇ』


『はぁい。ルイもびっくりしちゃいましたぁ。ユーリさんって、中学時代からあんな感じだったんですかねぇ』


『それにしたって、教師を誘惑するなんてねぇ。ま、嘘か本当か知らないけど、あいつだったらありえるって思えちゃうのが問題だよね。こりゃあ運営陣も匙を投げたくなるわけだ』


 タクミ選手のすました笑顔を見ているだけで、瓜子は怒りが再燃してきてしまった。

 一色選手は罪もない顔でのんびり笑っているが、やはりタクミ選手と同じ穴のムジナなのだろうか。少なくとも、ユーリをフォローしようという気は皆無であるようだ。


『色気を売りにするのはいいけどさ、これじゃあ女子格闘技ジョシカクのイメージダウンにしかならないっしょ。これからのしあがっていこうっていうわたしらにとっては、目の上のタンコブだよね』


『そうですねぇ。ルイは健康的なお色気を武器にして、ジョシカクのイメージアップに取り組みたいと思いまぁす』


『それじゃあ雑談はこれぐらいにして、本題に入ろうか。今日はいよいよ、チーム・フレアの第二期生を発表させていただくよ』


 タクミ選手が、カメラに向かって不敵に笑いかけてきた。


『今回紹介するのは、四名。これでしばらくは、打ち止めね。第一期生の四名とあわせて、これがチーム・フレアのフルメンバー。せっかくだから、今日はオルガとベアトゥリスにも来てもらったよ』


 カメラが引きになり、十分なスペースを画面上に確保させてから、二名の外国人選手が横合いから進み出てきた。今回は全員が、『チーム・フレア』のロゴが入った赤黒のTシャツ姿だ。


『あ、こいつも告知しておくんだった。このTシャツ、カッコいいっしょ? せっかくだから、ティガーさんにデザインしてもらったんだよね。そのうち物販でも売りに出されるはずだから、どうぞよろしく!』


『あはは。商魂たくましいですねぇ』


『そりゃあわたしらはヒールだけど、運営が潰れたら試合も出来ないからね。財政面でちょっとでも貢献できたら本望っしょ』


 にこやかに笑い合う両名を余所に、オルガ選手とベアトゥリス選手は感情の読めない無表情だ。そもそも日本語を理解しているかどうかも判然としなかった。


『さてさて。それじゃあ、新メンバーを紹介させてもらおうかな。八人いっぺんに写すのは大変だろうから、カメラさん、よろしく!』


 画面が、ふつりと切り替えられた。

 やはりチーム・フレアのTシャツを纏った四名の女子選手が、ずらりと立ち並んでいる。

 その顔ぶれを見て、瓜子は思わず我が目を疑ってしまった。

 そこに立ち並んでいたのは――沙羅選手、イリア選手、犬飼京菜、そしてメイ=ナイトメア選手であったのである。


『じゃ、ひとりずつ紹介していくね。まずは、シャラ=フレア。五十六キロ以下級の超新星――だったはずだけど、戦績はいまひとつ振るわないね。実力は未知数ってことにさせてもらおうかな』


 タクミ選手が、画面の外からそのように語らった。

 それを受けて、沙羅選手は『やかましいわ』と不敵に笑う。


『ウチが下手こいたのは事実やけど、そないなもんはすぐさま挽回したるわい。自分かて、ミドル級やったら可愛がってやれたのになぁ』


『ミドル級じゃなくて、フライ級ね。大きな口を叩いてるけど、左足の怪我はもう大丈夫なの? プロレスの試合で足首を折って、全治三ヶ月だったんでしょ?』


『こないな怪我は二ヶ月で治して、今は猛特訓の最中や。……って、こんな話は承知の上やろ。もちっとマシな台本を準備せえや』


『あんただって業界人のくせに、ネタバラシするんじゃないよ! ま、五十六キロ以下級は手薄だから、あんたにまかせるわ。本物の超新星を目指して、頑張ってちょうだいな』


『言われるまでもないわ』


 沙羅選手は、いつも通りの軽妙さで語らっている。

 瓜子は何だか、悪い夢でも見ているような心地であった。


『お次は、イリア=アルマーダあらため、イリア=フレア。こいつは実力未知数っていうか、普通のモノサシじゃ測れないファイトスタイルだよね。ま、イロモノ担当ってことで参入いただいたわけだ』


 ピエロのお面をかぶったイリア選手は無言のまま、細長い手足をくねくねと蠢かせた。


『こいつがルイのライバルになれるかどうかは、今後の結果しだいだね。あんまりしょっぱい試合を見せるようだったら速攻で除名してやるから、そのつもりでトレーニングに励みな』


 イリア選手はウェーブの動きから敬礼の形に移行した。

 これまで通り、公の場で口をきくつもりはないようだ。


『それでお次が、イヌカイ=フレア。こいつはまだ十七歳のアマ選手だったけど、《カノン A.G》はプロ規定を十六歳に引き下げるって話だから、青田買いで参入させてみた。まあ、男子のほうはたいてい十六歳の規定なんだから、女子だけ十八歳ってのは不平等だよね。プロファイターとして恥ずかしくない試合をよろしく頼むよ』


『……あたしの目的は、ドッグジムが世界最高のジムだって証明することだけだよ』


 大きな目玉を爛々と輝かせながら、犬飼京菜はそのように言いたてた。

 タクミ選手は、画面の外で笑い声をこぼす。


『戦う動機は、なんだってかまわないさ。ベアトゥリスとトップ争いをできるように、せいぜい頑張りな。……それで最後が、メイ=ナイトメア=フレア』


 メイ=ナイトメア選手もまた、黒い瞳を爛々と輝かせている。

 その迫力は、犬飼京菜の比ではなかった。


『ちょいと長い名前になっちゃったけど、メイ=フレアだとルイとまぎらわしいからさ。……この中でまともなキャリアを持ってるのは、メイだけだね。むしろ、アトミックなんかに参戦したせいで、キャリアに傷がついちゃった感じ? もっとまともなルールだったら、この前の試合だって取りこぼすことにはならなかっただろうしね』


『ああ、肘打ちが禁止じゃなかったら、メイさんの圧勝だったでしょうしねぇ。メイさん、すごい迫力でしたもん』


『それと、ロープ外への転落ね。どうせグラウンドでやり合うのにビビッて、自分からロープの外に逃げたんだろうけどさ。あの猪狩とかいうやつは、あんなやり口でベルトをいただいて恥ずかしくないもんかねぇ』


 どうやら新生パラス=アテナは、瓜子のことも敵と見なしたようだった。

 しかし、そのようなことはどうでもいい。それよりも、新しい運営陣に否定的であるはずのメイ=ナイトメア選手が、どうしてそのような格好でその場に立ち並んでいるのか――瓜子の心を乱すのは、その一点であった。


(それに、沙羅選手もだ。イリア選手と犬飼京菜は、まあわからなくもないような気がするけど、どうして沙羅選手やメイ選手まで……)


 瓜子が打ちのめされている間にも、タクミ選手は得々と言葉を連ねていた。


『ま、ルイにとっては強大なライバル現るってところだけど、どうせ他の連中は相手にならないだろうからね。有象無象はとっとと片付けて、メイとのタイトルマッチを目指してよ』


『はぁい。ご期待に沿えるように頑張りまぁす』


 その後は、新参の四選手の試合中の名シーンなどがピックアップされて流された。

 そのさなかに、小笠原選手が声をあげてくる。


「じっくり観てもらうのは、ここまでで十分かな。あとは適当な雑談ばっかだからね。……アンタたちは、どう思う?」


「どう思うって……さっぱり意味がわかんないっすよ。どうしてメイ選手が、チーム・フレアに参入するんです? メイ選手は、新しいパラス=アテナのやり口にうんざりしてたんでしょう?」


 瓜子が声を向けたのは、メイ=ナイトメア選手と同郷であるオリビア選手であった。

 オリビア選手は、困ったような顔で微笑んでいる。


「ワタシにもわからないですー。さっき電話してみましたけど、メイは出てくれませんでしたしねー。でも、もしかしたら……メイは新しいルールで、ウリコと試合をしたいんじゃないですかー?」


 瓜子は、胸を突かれる思いであった。

 瓜子が北米行きを断ったために、メイ=ナイトメア選手は意に沿わない《カノン A.G》の舞台で瓜子と決着をつけようとしている――ということなのだろうか。


「あとはまあ、それほど意外な顔ぶれってわけではないのかな。どいつもこいつも、アトミックでははぐれ者って立場の連中だったしね」


 小笠原選手がそんな風に語りながら、瓜子とユーリのほうを見てきた。


「ただ、アンタたちは沙羅ともつきあいがあるって話だったよね。それほど親密なおつきあいではなかったのかな?」


「それはまあ……プライヴェートでは滅多に顔をあわせることもありませんでしたけど……」


「何にせよ、あいつらは敵陣営に回った。もう容赦はできないけど、そのへんは大丈夫?」


 瓜子はとっさに返事をすることができなかった。

 しかしユーリは、「はぁい」と気安く返事を返している。

 瓜子が思わずぎょっとして振り返ると、ユーリはたちまち心配そうな顔になってしまった。


「あり? ユーリはまた、何か間違えてしまったでしょうか?」


「いや、間違ってはいないと思いますけど……でもユーリさんは、本当に大丈夫なんすか?」


「うみゅ。チーム・フレアであろうとなかろうと、試合を組まれれば一生懸命頑張るだけだからねぇ。多賀崎選手やオリビア選手がお相手でも、それは同じことでしょうし……」


「そうだな」と笑ったのは、多賀崎選手であった。


「今はこうやって輪を作ってるけど、MMAなんて個人競技なんだ。試合で当たったら、誰が相手だろうと全力で取り組むだけさ」


「うん。そりゃそうだ」と、小笠原選手も朗らかに笑う。


「アタシらは、恥ずべき時代の産物あつかいされた汚名を返上したいだけだからね。試合で勝って、実力を証明するしかない。運営を批判するのは、その後かな」


「そう……ですね。自分も、それは同じ気持ちです」


 瓜子はようよう、そのように答えてみせた。

 ただ瓜子は、憎からず思っていた沙羅選手やメイ=ナイトメア選手がチーム・フレアなどに与してしまったことに、やるせない気持ちを抱かされていただけであったのだ。


 そうして合同合宿稽古の初日は、思わぬ波乱の中で幕を閉じることに相成ったのだった。

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