03 百花繚乱

「お、ようやく来よったな」


 マリア選手の先導でスタジオルームの扉をくぐると、そこには各関係者と沙羅選手が待ち受けていた。

 格闘技マガジン編集部の担当者はユーリへの取材で何度となく顔をあわせているが、本日はそのかたわらに貫禄たっぷりの男性も控えている。その人物が差し出してきた名刺には、副編集長の肩書きが記されていた。


「本日は、どうぞよろしくお願いいたします。……先生、選手の方々が全員到着されたようですよ」


「ああそう」とカウチでだらしなく身体をのばしていた人物が、大儀そうに身を起こす。ひょろひょろに痩せていて髪のいくぶん薄くなった眼鏡でヒゲの中年男性――トシ先生こと、坂上塚俊郎である。


「トシ先生、ひっさしぶりー! まさかトシ先生が格闘技関係の依頼を引き受けてくれるなんて、ユーリは驚き千万でしたぁ」


「ふん。ユーリちゃんのマネージャーに拝み倒されて、渋々よ。今日はひさびさのオフだったっていうのにねぇ」


 トシ先生はいかにも不機嫌そうな面持ちで、その場に居並んだ女子選手の面々を見回してきた。


「それじゃあ、ひとりずつ並びなさい。まずはそのしょぼくれた普段着から撮影よ」


 その話は、事前に通達されていた。本日は、各選手の普段着と試合衣装と水着姿の撮影が敢行されるそうなのだ。


「……アンタ、相変わらず男の子みたいな格好ねぇ。ボーイッシュの意味をはき違えてるんじゃないの?」


 と、トシ先生の不機嫌そうな物言いは、瓜子にまで向けられてきた。

 活力が減退中の瓜子は、「はあ」と力なく応じてみせる。


「ボーイッシュの意味なんて考えたこともありませんし、それを意識したこともありません。そもそも着飾ることに興味がないもので」


「そんな人間の普段着をカメラに収めなきゃいけないなんて、ほとんど拷問ね。ああもういいから、とっとと並びなさい」


 ユーリと同じぐらい気ままなトシ先生であるが、本日は究極的に機嫌を損ねてしまっているようだ。それをフォローする余力もない瓜子は、おとなしく最後尾に並んでおくことにした。

 コンクリの壁を背景に、七名の女子選手がひとりずつ並べられる。トップバッターは、何事につけても能動的な灰原選手であった。


 灰原選手は胸もとのざっくりと開いたカットソーにマウンテンパーカー、ワイドパンツにスニーカーという格好で、ひとつひとつは男性的なアイテムであるのに、もともとが女性らしいプロポーションであるためか、妙にサマになっている。もしかしたら、世間ではこういった装いをボーイッシュと評するのだろうか。黒と金の入り混じったセミロングの髪は自然に垂らしており、つんとすましたその顔には撮影の仕事に怯む色も皆無であった。


 二番手は、鞠山選手である。

 こちらはチューリップハットと巨大なサングラスで素顔を隠しており、首から下は春らしいワンピースとサイケな色合いのレギンスで、ウッド製のネックレスやごてごてとした腕時計や真っ赤なレザーのブーツなどが強いアクセントになっている。いささかならずキテレツなファッションだが、そういうジャンルのモデルだと聞かされても違和感のない装いであった。


 マリア選手は原色のTシャツに薄手のブルゾンを羽織り、足もとはバルーンパンツとエスニックなサンダル。セミロングの黒髪は、ポニーテールだ。いかにも活動的で無造作なコーディネートであるように思えるが、けっこう派手めなカラーリングが黄褐色の肌に映えている。それに何より目鼻立ちのくっきりとした顔に内面の無邪気さや明朗さがにじみ出ており、彼女を魅力的に見せていた。


 沙羅選手はロックテイストのTシャツにロングのカーディガンを引っかけており、タイトなパンツと黒革のブーツがすらりとしたスタイルによく似合っている。右半分だけが金色をした髪はそのまま垂らしており、こちらもハンチングとサングラスで申し訳ていどに素顔を隠していた。


 そして、イリア選手である。

 彼女の番が回ってくると、トシ先生はげんなりした様子で嘆息をこぼした。


「何よ、それ? それがアンタの普段着ってわけ?」


「あぁ、はい。ボク、素顔をメディアにさらすのはNGなんですよぉ」


 長袖のTシャツにくたびれたデニムというもっとも没個性な格好をしたイリア選手は、いつの間にかその顔にピエロのお面をかぶっていた。


「あと、あんまり所帯じみたイメージを振りまきたくないんで、適当にボーズを取らせてもらっていいですかぁ?」


「ああもう、好きにしなさいよ。アタシの知ったことじゃないわ」


「はぁい。ありがとうございますぅ」


 イリア選手はわずかに身体を傾けて、左手は腰にあて、右手はかぶってもいない帽子を外すようなポーズを取った。左足を軸足として、ななめにのばした右足はかかとだけを床につける。

 それだけで、彼女は瓜子の中にある『マッド・ピエロ』のイメージとぴたりと重なった。不敵でおどけた、小憎たらしいピエロの姿である。


 トシ先生はわずかに眉をひそめつつ、シャッターを切る。

 それから、「アンタ」と声をあげた。


「どう見ても、シロウトじゃないわよね。ホントに格闘技の選手なの?」


「格闘技は副業で、本業はダンサーですぅ。『オーギュスト』っていうチームを組んでるんで、どうぞお見知りおきをぉ」


「ふん、ダンサーね。……まあいいわ。とっととハケてちょうだい」


「はぁい」という言葉を残して、イリア選手はひょこひょこと立ち去っていった。もうリング上の面影はなく、ただのお面をかぶった痩せぎすの女性にしか見えない。


「ではでは、よろしくお願いしまぁす」


 と、ユーリが壁の前に進み出た。

 本日のユーリはVネックのニットのブラウスに、お気に入りのダメージデニムとスウェード素材のショートブーツ。ベージュ色のキャスケットに大きな黒縁眼鏡、白い咽喉もとに光るのは――四つ葉のクローバーのペンダントだ。


「ああ、ユーリちゃんを写すとホッとするわぁ。そのニット、新作ね?」


「はぁい。『ミリアム』の撮影で気に入って、そのまま買わせていただきましたぁ」


「私服は相変わらず、パンツばっかりなのね。まあ、ユーリちゃんの脚線美を活かすには、パンツルックのほうが合ってるのかもしれないけど……うん、いい感じよ。このままユーリちゃんを撮り続けるだけなら、なんのストレスもないんだけどねぇ」


 幸いなことに、撮影を終えたメンバーはメイク室へと移動していたので、そんな暴言は聞かれずに済んだ。


「よし、OKね。ユーリちゃんも準備してきなさい」


「はいはぁい。うり坊ちゃん、また後でねぇ」


 ユーリはひらひらと立ち去って、最後に瓜子が進み出た。

 瓜子はもう、適当に選んだTシャツとサファリシャツ、それにユーリからプレゼントされたロールアップのデニムにスニーカーという簡素ないでたちである。瓜子のコンセプトはただひとつ、「動きやすい」しか存在しないのだ。


「アンタ、トップスのカラーリングぐらい考えなさいよ。それだけで、ずいぶんマシになるってのに」


「はあ。恐縮っす」


「そんなしょぼくれた服は、アンタの美しいお肌を隠す邪魔にしかなってないわね。もういいから、とっととそんなもんは脱ぎ捨てて珠のお肌をさらしなさい」


「……かなうことなら、ご勘弁願いたいっす」


 そうして瓜子も、とぼとぼとメイク室を目指すことになった。

 そちらは男子禁制で、ユーリを除く五名が背中合わせで座らされている。誰も彼もがガウン姿で、すでに着替えが完了していることを示していた。


「あ、猪狩瓜子さんですね? そちらのバッグに今日の衣装が準備されてますので、奥のドレッシングルームで着替えをお願いしまーす」


 鞠山選手にメイクを施していた女性が、明るい声でそのように呼びかけてくる。小さなテーブルの上に置かれているのは黒いビニールバッグで、そのサイズの小ささが瓜子をまた暗鬱な気持ちにさせてやまなかった。しょせんビキニなど、このていどのサイズに収まってしまうのだ。


「なんや、うり坊。今日はしょぼくれたツラしとるな。王座挑戦の決まった人間のツラやないで、そら」


 と、沙羅選手が首をのばして笑いかけてくる。メイク係は二人しかいなかったので、いまだ灰原選手と鞠山選手にかかりきりであったのだ。イリア選手は自分で顔を白く塗りたくっていたので、沙羅選手とマリア選手は無聊をかこつていたようだった。


「自分がこういう撮影を苦手にしてるってことはご存じでしょう? ……マリア選手はこういうの、抵抗ないんすか?」


「はい! 弥生子さんの分まで、頑張るつもりです!」


「ふん。大怪獣ジュニアも、若い頃はグラビアを飾っとったもんなあ。せやのに大御所気取りでこんな旨い話を蹴るなんざ、士道不覚悟やで」


「あははー。弥生子さんは、照れ屋さんなんですよー」


 そういえば、七月大会ではこの両者の対戦も決定されている。そうとは思えないほどの、和やかなムードであった。


「そら、とっとと着替えてきいや。今日はどんな悩殺水着か、楽しみなところやな」


「いや、マジで勘弁してください……それじゃあ、失礼します」


 瓜子がドレッシングルームに向かうと、ちょうどその片方からガウン姿のユーリが出現した。


「あ、お疲れ、うり坊ちゃん! 今日の水着は、どんなデザインかにゃ?」


「まだ見てないですし、できれば一生見たくありません」


「にゃっはっは。びちびち跳ね回っておるねぇ。お着換え、手伝ってあげようか?」


「けっこうです」とユーリを引っぱたくフリをしてから、瓜子はカーテンの内側に身を隠した。

 そうしてビニールバッグを開けてみると、そこから現れたのは想像通りのシロモノである。どうして夏でもないのにこのようなものを身につけなければならないのかと、瓜子は執念深く己の運命を呪うことになった。


(まあ、夏になったってこんなもんは着たくないんだけど……)


 準備されていた脱衣カゴに衣服を脱ぎ捨てて、覚悟を決めて水着に足を通す。

 本日の水着は、黒をベースにしてホワイトでアクセントがつけられたトライアングル・ビキニであった。


 試合衣装もビキニも、胸もとと腰もとしか隠せないという意味で大差はない――と自分に言いきかせようとしても、やはり布面積の差異は歴然としている。このようなビキニではささやかなサイズをした胸の形も丸わかりであるし、下半身などは腰骨も腿の付け根も丸出しだ。

 この場所も壁の一面が鏡になっていたため、瓜子は自分のあられもない姿を嫌というほど見せつけられることになってしまった。


(どうしてあたしなんかの水着姿で、女性のファンが喜ぶんだよ……)


 瓜子は好きなだけ溜息をついてから、見たくもない水着姿をガウンで隠蔽した。

 そうしてカーテンを引き開けると、足もとにしゃがみこんだユーリの背中と出くわして、ぎょっとする。


「そ、そんなとこで何やってんすか、ユーリさん?」


「それはもちろん、うり坊ちゃんをお待ちしていたのだよぉ」


 ぴょこんと身を起こしたユーリは、にこにこと笑いながら瓜子の耳もとに口を寄せてきた。


「ひとりで戻ると、沙羅選手とマリア選手に挟み撃ちだからさぁ。沙羅選手おひとりだったら、べつだんストレスではないんだけどねぇ」


「マリア選手は、やっぱりストレスっすか」


「うん! もちろんマリア選手はあのように善良で純朴な御方であられるのだから、それはユーリの側に問題があるのだけれどねぇ」


「別に、ユーリさんが卑下する必要はないっすよ」


 そうしてメイク室を見回してみると、すでに沙羅選手とマリア選手を除く面々は姿を消していた。メイクを終えて、早々に撮影を開始しているのだろう。何せ本日は七名もの被写体が存在するのだから、トシ先生も大忙しのはずであった。


 場慣れている沙羅選手と社交的なマリア選手は、それぞれの担当となったメイク係と和気あいあいと会話を楽しんでいる。メイクを終えたら髪をブローして、両名もいざ出陣だ。

 瓜子とユーリは空いた席に腰を下ろして、メイクをお願いする。人生で四度目となるこの行いも、瓜子にとってはたいそう落ち着かないひと時であった。もともと化粧などしたこともない瓜子が、見知らぬ相手に顔や髪をいじられまくるのである。瓜子としては、来たくもない着物を着させられた七五三の思い出を想起させられてやまなかった。


 瓜子に施されるのはナチュラルメイクであるのだが、それでも撮影用であるので、ずいぶんな厚化粧のように感じられてしまう。自分の目もとに見覚えのないラインを入れられて、唇を本来とは異なる色彩に塗りあげられてしまうのも、きわめて不本意な話であった。

 それにやっぱり、ヘアメイクである。整髪料をスプレーされて、ちょっと形を変えられるだけで、ずいぶん印象が様変わりしてしまうのだ。普段は前髪で隠しているおでこを軽くオープンにされるだけで、瓜子はえもいわれぬ羞恥心を刺激されてしまうのだった。


(こんなの、本当の自分じゃない……なんて思っちゃうのは、あたしの心がせますぎるのかなあ)


 よくよく考えれば、世間の女子たちはその多くが自ら化粧やヘアメイクをしているのだ。高校を卒業して一年と少々が過ぎているのだから、瓜子の同級生たちだってこれまで以上にそういった行いに勤しんでいるはずだった。


「はい、お疲れ様でした。……それじゃあいったん、ガウンを脱いでいただけますか?」


「え? どうしてっすか?」


「見える場所に痣とかがあったら、ファンデで隠さないといけないもので……トシ先生に、瓜子さんとユーリさんは念入りにチェックするように申しつけられているんです」


 瓜子は嘆息をこぼしながら立ち上がり、しぶしぶガウンを脱いでみせた。

 まだヘアメイクの途中であったユーリが「うひょー!」とけったいな雄叫びをあげる。


「今日の水着もかわゆいね! 人目がなかったら、むしゃぶりつきたいぐらい!」


「誤解されるような発言はつつしんでくださいよ。……えーと、どうっすかね? この前の試合の痕なんかは、あらかた消えたと思うんすけど……」


「はい。少々お待ちくださいね」


 メイク係の女性が、なめるように瓜子の身体をチェックしていく。

 その末に、女性はほうっと溜め息をもらした。


「はい、OKです。……本当に綺麗なお肌ですねぇ。さすがはトシ先生のお墨付きです」


「いえ、そんな、大したアレじゃないんで」


 瓜子がそそくさとガウンを纏ったとき、ユーリのヘアメイクが完了した。

 そちらのガウンの下から現れたのは、やはりピンクとホワイトを基調にしたタイサイド・ビキニである。ごく一般的なデザインでも、ユーリの超絶的なプロポーションにかかれば破壊力も倍増であった。


「ユーリさんも、相変わらずのパーフェクトなボディですね……本当に、格闘技の選手だなんて信じられないぐらいです」


「あはは。おほめにあずかり光栄ですぅ」


 ユーリの肢体にもまた、先の試合の傷痕は残されていなかった。試合後の三日間ぐらいはローをくらいまくった左足が青黒く内出血していたのだが、それも綺麗に完治したようだ。


 肉感的で、どこもかしこもなめらかな曲線を描いている。ただ胸が大きいというだけでなく、腰のくびれから理想的なヒップラインを経て脚線美へとつながるシルエットが垂涎ものであろう。それに、抜けるほどに色が白くて、指にしっとりと吸いついてきそうな肌質をしており、作り物のような美しさでありながら、その内側から隠しようもない色香が匂いたっているのだった。


「はい、ユーリさんもOKです。撮影、頑張ってくださいね」


「はぁい。ありがとうございますぅ。それじゃあ行こっか、うり坊ちゃん!」


 瓜子はいよいよドナドナの気分で、撮影スタジオに向かうことになった。メイク係のお二人も、撮影中のメイク直しという業務が存在するために、瓜子たちの後から追従してくる。


 撮影スタジオでは、ちょうど沙羅選手が単独で仕事に励んでいるさなかであった。

 彼女のイメージカラーであるエメラルドグリーンのブラジリアン・ビキニが、小麦色の肌に映えまくっている。沙羅選手は《アトミック・ガールズ》のフラッグが掛けられた壁の前で、挑発的なポーズを取らされていた。


「ずいぶん時間がかっただわね。そろそろあんたたちの出番のはずだわよ」


「ああ、鞠山選手、お疲れ様で――」


 と、そこで瓜子は愕然と言葉を呑み込んでしまった。

 鞠山選手が、あまりに信じ難い姿をさらしていたのである。


「ま、ま、鞠山選手、そのお姿は……?」


「ん? わたいの水着の撮影は、これが定番なんだわよ」


 鞠山選手がそのずんぐりとした身体に纏っていたのは、紺色のスクール水着に他ならなかった。胸もとのゼッケンには、白地に黒いマジックで『まりりん』と書き記されている。


「ほんっと、笑っちゃうよねー! このトシでスクール水着とか、半分犯罪じゃない?」


 と、灰原選手が鞠山選手の頭ごしに笑いかけてくる。そちらは明るいブルーとホワイトのチェック柄をした、ごく尋常なホルターネック・ビキニである。


「わたいは永遠の十五歳なんだわよ! ま、あんたみたいに雑なキャラ作りしてるウサ公には、一生到達できない領域だわね」


「だから、到達したくないっての! このカラダがあれば、そんなイロモノに徹する必要もないしねー!」


 灰原選手は、おそらくユーリと沙羅選手に次ぐ女性的なプロポーションであろう。とにかく胸は大きいし、くびれるべき部分はくびれている。グラビアアイドルだと言われても納得できそうなシルエットであった。


「でも、驚きだったのはイリア選手ですよねー!」


 と、マリア選手もひょこりと姿を覗かせた。

 彼女も鮮やかなオレンジ色のビキニ姿であるが、胸もとが大きなフリルで飾られている、いわゆるフレア・ビキニであった。彼女はユーリや灰原選手に負けないほど肉感的な肢体であったが、バストのサイズだけはささやかであったので、それをフォローするようなデザインが選ばれたのだろう。女性的な色香では灰原選手、健康美であればマリア選手といった塩梅であった。


「何が驚きなんです? ていうか、イリア選手の姿が見当たりませんけど」


「イリア選手は、こっちですよー」


 イリア選手は壁にもたれて、ぺたりと座り込んでいた。

 その姿に、瓜子はまたずいぶんと驚かされてしまう。


「え? あれ? イリア選手は、水着じゃないんすか?」


 イリア選手は、首だけをくりんと瓜子のほうに向けてきた。ピエロのメイクであるために、表情はまったくわからない。


「いえいえ、これも水着ですよぉ。たしか、十九世紀あたりのデザインだったと思いますぅ」


 そのように語るイリア選手が纏っているのは、半袖のTシャツとハーフパンツのような衣装であった。どちらも白黒のボーダーであるため、まるでひとつながりのボディスーツめいたデザインだ。


「そ、それが水着なんすか? その下に、ビキニかなんかを着てるわけでもなく?」


「はぁい。当時のお人らは、こういう格好で海水浴を楽しんでたみたいですねぇ」


 瓜子の中に、ふつふつとこみあげてくるものがあった。


「そんなの、ずるくないっすか? できるなら、自分と交換してほしいぐらいっすよ」


「ふぅん? 猪狩さんは、どんな水着なんですかぁ?」


「そーだよ! もうすぐ撮影なんだから、そんなもんさっさと脱いじゃいなって!」


 と、灰原選手と鞠山選手のコンビネーションによって、瓜子はあっけなくガウンを剥ぎ取られてしまった。いつもケンケンいがみあっているくせに、こういう際には呼吸もぴったりな二人なのである。

 そうして瓜子があられもない姿をさらけ出されてしまうと――ユーリを除く全員が、感じ入ったように吐息をもらすことになった。


「あんた……貧乳のくせに、妙に色っぽいじゃん」

「色気だけじゃないだわよ。この肌のきめの細かさは、尋常じゃないんだわよ」

「うんうん! 猪狩選手、すっごく可愛いですー!」

「ホントですねぇ。一瞬、目を奪われちゃいましたぁ」


「や、やめてくださいよ! よってたかって、何なんすか?」


「だって、試合のときと印象がまったく違うから、驚かされちゃったんですよぉ」


 と、イリア選手は床に座ったまま、かくかくと奇妙な動きを見せた。


「そんな可愛らしい水着、ボクに似合うわけないじゃないですかぁ。猪狩さん、可愛い顔して酷なこと言いますねぇ」


「そ、そんなことないっすよ。自分だって、こんな貧相な身体ですし……」


「貧相っていうのは、ボクみたいなことを言うんですよぉ。もちろん、メスとしてはって意味ですけどねぇ。猪狩さんはアスリートとしての美しさとメスとしての色気が混在してるから凄いんですぅ」


「メ、メスとかいうの、やめてもらっていいっすか?」


 瓜子はもう、このまま消え行ってしまいたいような心地であった。

 そこに、沙羅選手が堂々たる足取りで近づいてくる。


「そら、お次は白ブタとうり坊やで。……おう、今日も憎ったらしい肌質やな。去年の夏より、色気も出てきたんちゃうか?」


「いや、ほんとに勘弁してください……」


 溜息を連発する瓜子の隣で、ユーリは世にも幸福そうな笑みをたたえていた。そして、こらえかねたように瓜子へと囁きかけてくる。


「なんだか自分の大切な宝物が、みんなに大絶賛されてる心地だにゃあ。うり坊ちゃんはユーリの私物じゃないのに、なんかごめんねぇ?」


「そんなコメントを聞かされても、挨拶に困るっすよ」


 瓜子がそんな風に答えたとき、トシ先生の「ちょっと!」という尖った声が投げつけられてきた。


「いつまでアタシを待たせるつもり? とっととこっちにいらっしゃい!」


「はぁい。今すぐにぃ」と、ユーリがガウンを脱ぎ捨てる。

 たちまちその場は、さきほど以上の吐息があふれかえることになった。


「あんたはもう、何から何まで反則級だね! 合宿稽古の着替えなんかでも、さんざん思い知らされてたつもりだけど……水着姿でメイクまですると、やっぱ迫力が違うなぁ」


 一同の思いを代弁するように、灰原選手がそのようにコメントしていた。

 百花繚乱の名に相応しい撮影現場であるが、やはりユーリは存在感が違うのだ。


 そうして瓜子にとっては四度目となる撮影地獄が開始されたのだった。

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