第34話 百合畑
その日の仕事を終え、百合は清のアトリエに入ってきた。小百合が彼女の姿を見て、「ダッコ」と言って、たどたどしい歩調で歩み寄ってくると、彼女は笑顔で抱き上げた。
それを見ていた清が、カンバスの前に小さなテーブルと椅子を用意して、コーヒーを注ぎ、彼女に「どうぞ」といって腰かけさせた。
「午前中はバタバタして、君の評価をきちんと聞けなかったからね。どうですかこの絵は?」
「素敵です。なんとなくホッとして、癒される感じ」
「僕が何故、この絵を秋山邸に飾ってもらいたいか、分かりますか?」
「え、どうしてですか?」
清はニッコリと笑いながら、百合に話し始めた。
「あの百合畑には、秋山さんの薫子ちゃんに対する思いが詰まってるからです」
百合は驚いているようだ。
「あの畑は、彼が持ってきた百以上の球根から始まってるんです。そして、その球根を植えるのも彼は一緒にと言って、手伝ったんですよ。そう、あの時から彼は薫子ちゃんに好意を持っていた。そして、殆どがカサブランカ、白い百合です。花言葉は『純粋』『無垢』。それが彼の心だったんだと思いますよ」
「そうなんだ。流石は清さん」
「実は、殆ど徳さんに教わったことで、受け売りなんですけどね」
二人は、顔を見合わせて笑った。やはりここにも世話焼き徳さんの影が、しっかりと現れていたからだ。全ては、徳さんの計らい通りに事が進んだということか。
「で、僕らからは、結婚のお祝いに、この絵をプレゼントする予定です。いつまでも、あの百合畑を二人で作った時の、純粋無垢な気持ちを忘れないようにってね」
「だけど、だったら私にも、話しておいてほしかったなぁ」
ちょっと拗ねてみせる百合に、清は笑っている。
「うん、だけど徳さんから言われたのは、そろそろ秋山さんに、自分の気持ちを薫子ちゃんに、伝えたほうがいいと言ってくれということだけだから。結果がどうなるのかも僕には分かっていなかったし・・・」
「そうだよね。清さんがそこまで考えて行動するわけないよね」
「おいおい」
そんな会話を交わしながら、百合畑の絵を二人でゆったりと観賞し、コーヒーを口に運ぶ。そこに、美咲と堀川がやってきた。
「こんばんは。秋山さんの家に飾る絵が、凄く素敵だったって美咲が言ってたので、見せて欲しいと思いまして」
「ああ、どうぞゆっくり見てください」
四人は、歓談しながら絵をゆっくりと観賞した。堀川夫妻もやはり何かプレゼントしたいと考えていたようだが、絵は清に先を越されてしまったので、頭を抱えてる状態のようだ。
「ま、今すぐに結婚するわけでもないだろうから、ゆっくりと考えればいいんじゃないか」
「そうですね。でも思ってた以上に展開が早かったですね」
「それが、徳さんマジックさ。僕らの時もそうだったしね」
清が話を振ると、百合は微笑み乍ら頷いた。
「ところで、堀川さんのところは、まだですか」
話を赤ちゃんの方に切り替えると、堀川は頭を掻いた。
「僕たちも早く欲しいねって言ってるんですけど、これだけは中々・・・」
「子作りのあれ、使ってる?」
「ええ・・・、まあ・・・」
ま、これだけは授かりものだから仕方のないことなのだが。
二人が帰って行ったあと、清たちは家族三人で食事を終え、夜の村を散歩がてら徳さんの家に立ち寄った。今日の事を報告も兼ねてのことなのだが。しかし、徳さんは清が話し始めると、「そんなことは聞かなくったって分かってるよ」と余裕綽々だった。確かに徳さんは、既に機が熟してるのを感じていたからこそ、秋山にアクションを起こさせるように仕向けさせたのだろう。これからは、若い芸術家たちに嫁さんを世話しなきゃならないから、忙しいんだと言って張り切っていた。なんでも村に若い人が増えたので、百組の結婚の世話をするという目標ができたと言って喜んでいるようだった。
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