第29話 薫子の恋

 時は移り、小百合も一歳の誕生日を迎えた。村人たちは手に手に小さなプレゼントを持って廃校のアトリエにやって来る。生まれた時からずっと村人たちに成長を見守られてきただけに、誰が来てもニコニコと笑顔で対応する小百合の姿は、やはり村のアイドルなのだろう。例え百合や清が忙しくて手が離せないといっても、必ず誰か村人が小百合の世話をしてくれている。時にはお花畑を散歩したり、画家さんたちの絵のモデルになることも有るのだ。

 或る日、片山が久しぶりに村を訪れた。彼は村が大きく変わったことに驚いている。そう、昨年最後に来たときはお花畑なんてこの村には無かった。それが至る所に種類の違う花畑が有り、そこで遊ぶ小百合を画家たちが思い思いにスケッチしているではあないか。

 清に案内され、花畑を見て周った時、偶々そんな光景を目にしたのだ。

「東君、小百合ちゃんはプロのモデル並みだな」

 笑いながら話す片山に、清は頭を掻きながら話した。

「なんたって、この村にはモデルになれる若い女の子は小百合しかいませんから」

「薫子君はどうしたんだ?」

「いやあ、彼女はモデルなんて柄じゃないって、逃げ回ってまして。徳さんと新たな花畑を考えているほうが性に合ってるらしいんです」

「そうか、これだけは本人の意思だから仕方ないか・・・。ところで最近は村の管理の仕事が忙しくて、本業の方は疎かになってるんじゃないかね」

「いいえ、本業が疎かになってるのは百合の方でして、彼女は忙しい部分は全て自分が受け持つから、私には絵を書いていてって・・・。なんだか申し訳ないです」

「本当に彼女は君と君の絵を愛してくれているんだな」

「はい、ありがたいです。ところで先生、今日は何か話でもあったんじゃないですか?」

「おお、そうだった。実はね、この村のホームページを見て私の友人の息子さんが非常に興味を示してるらしいんだ。しかし、彼は建築家だから、この村への移住は無理なのではと私に相談してきたのさ」

「建築士ですか・・・」

「そう、一級建築士だ」

 清は考えた。確かに今現状は芸術家ばかりが移住してきている。しかし、果たしてこの村は元々が農家の集まりであり、せいぜい大工と小さな店の経営者が居るだけだ。もし、芸術家以外この村からいなくなったら・・・。そう考えるとやはり不安が無いとはいいきらない。元々が年寄ばかりの村なのだから、抛っておけば人口は減るばかりなのだ。もっと農業がしたいとか、この村を根城にして活躍したいといった多種多様な人たちが集まらなければ、村の発展は無いのではないかと。

 そう、百合が薫子を雇い入れたように、農業が好きだからこの村に住みたいといった人が少しずつでも増えていかなければ、なんの意味もなさなくなってしまう。

「先生、是非会ってみたいですね」

「おお、そうか。君もやっぱり私と同じことを考えてくれていたようだね」

「はい、地域が存続するには『だけ』じゃだめなんです。『・・・も、・・・も』じゃないと結局は消滅してしまいますからね」

「その通り。芸術家では成り立たない。建築家、医者じゃないと折角の良い企画もいつかはついえさる。では早速先方に連絡を取っておくよ」

「はい、お願いします」

 それから、三日後。片山はその建築家を清のアトリエに連れてきた。年齢はまだ三十を少し超えたくらいだろうか。しっかりと前を見据えているその姿は、やはり一つ事に突き進んできた男の目だ。

「はじめまして、東清です」

「はじめまして、私は秋山聡です」

 如何にも実直そうな好青年という印象を受ける。礼儀も正しいようだし、なんといっても全体的に清潔感が漂っている。

「建築士をしていらっしゃるそうですね」

「はい、去年なんとか一級の取得ができました」

「ほぉ。一級建築士ですか。そんな方が何故この村に興味を持たれたのですか?」

「はい、東さんはじめ、芸術家さんたちがこの村に入られてからの、ホームページを見させていただいたのですが、この村には近代建築が全くない。つまり昔ながらの自然と調和した生活を大切にしていると思ったんです。私も現代のコンクリート建築には疑問を感じているものですから、是非一緒に住まわせていただいて、木のぬくもりを感じる建築に携わりたいと思いまして」

「でも、この村でなくてもそれは実現できるのではないですか?」

「いいえ、本当に調和しようと思うならば、その土地に住んで気候や風土を知らなければできません。本来、日本の風土には木造建築が一番なのです。しかし、今は何処を見渡してもコンクリートだらけだ。私はこの村に本来の木造建築のすばらしさを残したいんです」

「なるほど。しっかりした考えをお持ちですね。良かったら村を見て回ってください。案内させますから」

 清は、事務所に連絡して、薫子に秋山の案内を頼むことにした。間もなくして軽自動車で薫子がやってきた。

「村の案内をしてくれる栗田さんです。薫子ちゃん、こちらは建築家の秋山さんだ」

 清が紹介すると、二人はお互い気恥ずかしそうに「宜しくお願いします」と挨拶した。そんな二人を見て片山が「なんだかお見合いをしてるみたいだな」と冷やかした。すると薫子は真っ赤になって俯いてしまい、秋山も照れて頭を掻きだす始末。兎に角、先ずはゆっくり村を見て回るよう話をして、二人を送り出した。

「先生、彼は独身なんですか?」

「あ、ああ。そうなんだが、お互い異性に対する免疫が薄いとみえる」

「なんだか、以前の自分と百合を見てるみたいですよ」

「ハハハ。そんな感じだな。どうだ、いっそのこと二人をふっつけちゃうか」

「先生も酔狂ですね」

 そんな会話をしながら、二人は村役場の方に向かった。役場では百合と美咲が徳さんと何やら相談している。

「いやあ、皆さんお揃いで」

 そう言って声を掛けると、徳さんが突然片山に食って掛かった。

「大先生、久しぶりに来て、突然薫子ちゃんに見合いなんかさせて、一体どういうつもりなんだい」

 まあ、彼女の思い込みの強さは人一倍なのだが、恐らく自分が薫子の結婚相手を見つける積りだったのが、先を越されてしまったという気がしたのだろう。

「見合いって・・・。徳さんあれは私の友達の息子さんで、この村に住みたいっていうから、連れてきただけで・・・、彼女に村を案内してもらってるだけですよ」

「でも、さっき役場を見せていた時の二人、良い雰囲気だったよ」

 徳さんの追及が厳しそうだったので、清が助け舟を出した。

「そんな、偶々僕が薫子ちゃんを呼んで案内を頼んだだけですよ。それに初対面でそんな良い雰囲気もなにも無いでしょう」

「いんや、百合ちゃんと先生みたいなことも有るしね」

 徳さんに交互に見つめられて、百合と清はタジタジだ。

「徳さん、殿方お二人があのように言ってるわけだし、あの二人が仲良くなればまたそれも良しですよ。私達は見守りましょう」

 美咲の言葉で漸く徳さんは鞘を納めた。その後はこの村の変遷をみんなで片山に話して聞かせたのだが、お花畑の企画の立案者が薫子だったと聞いて、彼は改めて彼女の発想の素晴らしさを讃えた。

「こりゃあ、大したものだ。四季折々の花を見られる村づくりか、芸術家さんも喜ぶし、観光の目玉にもなる。あの子は大切にしなきゃな」

「薫子ちゃんのような若者が増えれば、間違いなくこの村は再生しますよ」

「そうだな。これからは芸術家だけではなく、村の再生の一翼を担う若者も来て欲しいもんだな」

 そんな話をしながら、二人が帰ってくるのを待った。

 二時間ほどして、薫子の運転する軽自動車が帰ってきた。

「どうでしたか、村の印象は?」

「はい、いいところですね。あの花畑、薫子さんが企画したって聞いてビックリしました」

「いんや、あれは薫子ちゃんとワシが一緒に進めてるんだ」

 自分も企画者だと言い張る徳さんに、秋山はチョット閉口気味だが、みんなが笑ってる姿を見て、なんとなく理解したようだ。

「この人は徳さんといって、僕の母親代わりというか、殆ど母親のような人です。だから、言いたいこと平気で言いますけど、他意はないですから」

「はあ、お年寄りの元気が良いというのは、素晴らしいですね。こんな方が傍にいるから薫子さんも伸び伸びと活躍できるんだ」

 薫子は恥ずかしそうにしているが、徳さんは秋山の事が気に入ったようだ。

「秋山さんは、いつ頃この村に越してくるのかね」

 早くも秋山が引っ越してくるものと思い込んでいる。

「徳さん、私たちがいくら彼を気に入っても、彼がこの村を気に入らなければ、どうしようもないんですから、あんまり話を急がないでくださいよ」

「そうか、急いてはだめか・・・」

 そんな、やり取りも気に入ったのか、秋山は笑顔で話し始めた。

「徳さん、そんなガッカリしないでください。僕は間違いなくこの村に来ますから。皆さんに嫌がられなければの話ですけどね」

「嫌がるなんて、そんなこと絶対にありません」

 大きな声で叫んだのは、なんと薫子だった。みんなの目が彼女に集ると、我に返ったのか顔を真っ赤にしている。そんな彼女の姿がみんなには微笑ましく映った。

「よお、皆さんお揃いでどうしたかね」

 みんなで歓談しているところに、村長の金子が帰ってきたのだ。なんでも、近隣の町でも花畑公園を作りたいということで、先陣を切ったこの村に話を聞きたいというので、会合をしてきたらしいのだが、果たして休耕地を利用する上で地権者の了解が取れるかどうか、その辺のところが問題だろうと話してきたらしい。

「村長さん、何故この村は地権者との話し合いが上手くいったんですか?」

 秋山が質問すると、彼は笑いながら答えた。

「それは、この村が年寄ばかりで、土地が有っても二束三文だからさ。何もしないで荒しておくんなら、何か別の方法で有効に利用したほうが良いに決まってる。実際、相続者が居たってこの村に帰ってきて農家を継ごうなんて意思は無いんだから、村としても後で問題ならないように、一定の金額で譲ってもらってるんだ」

「つまり、村有の土地で皆さん農家をしてるわけですね」

「そうなるかな、みんなが元気なうちは土地はみんなのものさ」

「素晴らしいですね。私もなるべく早く仲間に入れてもらいたいです」

 村長はキョトンとして、話が見えてない。清が慌てて紹介した。

「片山先生のお友達の息子さんで、秋山さんです。建築家でこの村を凄く気に入ってくれているんです」

「そうか、それはそれは。じゃあ、また村が若返るんですな。良かった良かった」

 村長は感慨深げだ。そんな中でも、薫子が一番嬉しそうだった。

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