第28話 薫子と徳さん

 早速、徳さんと二人でなんの花を植えるか選定を始めた。

「徳さん、これだけの広さが有るんだから何種類かの花を区割りして植えたらどうでしょう」

「いんや、逆だよ薫子ちゃん。これだけの広さの土地に、一種類の花が咲き乱れたら、その方が壮観だし、みんな花の中に埋もれたくなるんじゃないかね」

「なるほど・・・」

「わしは、ここを一面菜の花で埋め尽くしたいね。菜の花はお浸しにしても美味しいしね。味噌汁の具にもなる」

 薫子は唖然とした。ただ見るだけの花畑ではなく、食料としての利用まで考えているなんて。でも、みんなに摘まれてしまったら、景観を重視したお花畑ではなくなるんじゃないだろうか。

「徳さん、この畑は観賞用ですよ」

「いや、違う。確かに観賞できることも必要だけど、食用として全て摘むわけじゃないんだから、問題はないさ。それに菜種油も採れるしね。それに菜の花畑はなんたって綺麗だしね」

 漸く、徳の口から出てきた綺麗という言葉に、薫子はホッとした。そう、自分が計画していたのは飽くまでも観賞用の花畑。確かに古くから唱歌にも菜の花は出てくるし、親しみやすいかもしれない。

「菜の花は春の花ですよね」

「そうさ、春になったらこの土地が一面緑と黄いろに染まるんだ。それに菜の花は寒さに強いから、冬でもこの畑は緑が有って綺麗だしね」

 徳さんの話を聞いているうちに、段々とイメージが涌いてきた。これだけの広さが有れば本当に綺麗かも知れない。

「じゃあ、やってみましょう。ここの畑は春の菜の花公園ってことで」

「そうだね、種まきの時期も九月から十月だから、丁度いいがね。じゃあ、先ずは爺さんに頼んで、機械で土を一回起こしてもらおうね。そうすれば雑草も刈り取る必要が無くなるし、後は種を適当に蒔けばいいんだから、簡単なことさね」

「あ、でもこの土地の中央に寛げるスペースを作りたいので、そこだけは草刈りして、土は固めておきたいです」

「ああ、いいんじゃないかい。十メートル四方もあれば充分だろう」

「そうですね」

 徳さんも薫子と話していると、とても楽しそうだ。まるで孫を相手にしているような、そんな気分なのだろう。端から見ていても、日に日に以前の徳さん、いや以前にもまして若々しくなっていくのが解かるくらいだ。

 百合も清もそんな徳さんを見ていて、ホッと胸を撫で下ろすのだった。

 種まきも終わり、後は翌年の春を待つだけとなった。その間にも、沿道に水仙の苗を植えたり、秋のコスモス畑の場所選定をしたりと、二人は本当に仲良く毎日を過ごしている。いや、二人だけではない。周りの婦人たちも一緒になって、次は何処に何を植えようかと井戸端会議を始めるようになってきた。

 村人たちが自然とお互いの役割分担をして、村をもっと魅力的にしようと動き出したのだ。百合と美咲はそんな活動や花畑を写真に収め、ホームページに乗せていった。お蔭で村を訪れる人は美術愛好家だけではなく、四季折々の花畑の写真を撮りに来る者、小学生の写生会、単に花を愛でるのが好きな人など、多様化してきた。

 村としても考えなくてはということで、野菜や果物の直売所を始めることになった。そして百合や美登里が作った手工芸品も展示販売されることに、そうなってくると到底二人の手仕事では間に合わないので、村の婦人たちもパッチワークやクラフト細工などの手伝いを始めた。来訪者が少ない時は、公会堂には百合と美咲を中心に、村の婦人たちの明るい笑い声が響き渡る。そして、外を見渡せば、薫子と徳さんを中心に、花畑を丹精する婦人たちの姿が見て取れるのだ。

 そんな、村の風景が、清にはとても輝いて見える。他の芸術家たちもそうなのだろう。必ずと言ってよいほど、そんな時にはスケッチをしたり、カンバスを立てている者がいる。そう清や堀川だけではないのだ。そしてその後ろでは、彼らが描く絵を後ろで眺める人の姿も見受けられる。

 徐々にではあるが、『花と緑と芸術の村』が形になってきている。そして何よりも徳さんと薫子の仲の良さが、周囲の者たちの雰囲気を良くしていることは間違いない。そう、人付き合いに年齢差は、全く関係ないのだ。お互いが心を開いて付き合っていくならば、そこには明るい笑いと素晴らしい人間関係ができていく。二人は村人たちに、いやこの村を訪れる人たちにも、それを教えてくれているようだった。

 

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