第20話 攻防
俄かに、村の中が騒々しくなってきた。百合は花枝さんの所で、妊娠中のアドバイスを聞き、出産に向けての準備中だし、堀川は美咲と改めて入籍するための準備に取りかかった。堀川の住居は、役場近くの廃屋を改修して、美咲の仕事に支障がないよう配慮された。
百合も安定期に入り、仕事に精を出し始めた。村には働き者の若い女性が二人、活気のある生活を送っている。ホームページで独身の芸術家を紹介したところ、村を訪れる若い女性が増え始めた。
また、農家体験のコーナーや、自然体験教室など、色んな企画を立てたことにより、過疎の村の閉塞感がなくなり、入居希望者も現れ始めた。それに驚いた県の役人が役場を訪れた。彼らは村の活性化モデルとして、県をあげて補助を申し出てきたのだ。
村長室に、片山と清が呼ばれた。
「先生、大先生、どうしたものかね」
村長は何となく県の申し出を受けたいニュアンスだ。
「村長、断りましょう。スタートの時点で何もしなかった連中が、話題になり始めたら尻馬に乗るなんていうのは言語道断だ。県の補助が無くたって、充分採算が取れているはずです。村には人という財産が増えているのですから」
清は強い口調で村長を
「私も、東君に賛成だな。計画段階で何もしなかった連中が、今更のこのこと何をでしゃばってくる必要があると言うんだ。もし、どうしてもと言うなら、全ての芸術家たちを引き上げさせる」
片山の発言に村長はあたふたしている。
「村長、あなたがあたふたする必要はありません。あなたは私たちに希望を与えてくれたんだから」
「そうですよ。この村は、これから芸術の村として発展していくんです。あなたはこの村の歴史に残る偉大な村長なんですよ」
二人の言葉に、村長の肚は決まったようだ。
「わかった。この事業は何としても村全体で推し進めよう」
村長が断った為に、県の役人たちは慌てて、何とかしようと色々な手を尽くしてきた。恐らく県が手を出せば、役人の天下り先の施設が村の意志に関係なく建てられ、この村の自然の景観が損なわれてしまうだろう。それでは芸術の村としての存在意義が無くなってしまう。
清の思いはただ一つ、この村に文化の華を咲かせることだ。そのためにも、文明に毒された輩は排除したい。清は片山と相談し、県の役人に対する交渉を買って出ることにした。その方が村長も心強いだろうと思ったからだ。
早速、清と村長は県庁に趣き、県の役人と話をしてくることにした。アポイントをとり、約束の時間に県庁に趣くと、役人だけではなく副知事も同席してきたではないか。県としても何としても尻馬に乗りたいと意気込んでいるようだ。
「はじめまして、芸術家村の東と申します」
そう言って挨拶すると、副知事がにこやかに「あなたが、先の展覧会で入選された東画伯ですか。お会いできて光栄です」と何とも白々しくお世辞付きの挨拶をしてきた。
「早速本題に入りたいと思うのですが。何故、今回私達の村に補助をしようとお考えになったのですか」
「はい、私達は常日頃から、農村部の活性化を検討してきました。その中で芸術家村は将来性のある過疎地の活性化モデルとして、全国的にアピールできると判断したんです」
副知事は如何にも自分たちも芸術家村が初期から活性化モデルとして注目し、検討していたかの如く話をしてきた。
「待ってください。おかしな話ですね」
清が話を遮ると、役人と副知事はキョトンとして、固まってしまった。
「な、何かおかしなこと言いましたか?」
「私達の村長が、村に美術館を建てる計画を話しに来たとき、確か県としては過疎化が進む閑村に美術館などもってのほかと断られたはずですが」
「い、いや。あれは、その、なんでして」
「あらあら、返答に困ると、訳の分からない言葉を話し始めるんですね」
「で、ですから、あらためて県としてもあの村に近代的な美術館を建てたいと思いまして・・・」
「おやめになった方が良いですよ。もし近代的な美術館を建てたとしても、恐らくそこに展示しようとする芸術家はいないでしょうから」
「どういうことですか?」
「芸術家は、偏屈なんです。何故だか分かりますか。それは才能が有っても認められて名前が売れるまでは、喰うにも困るような生活をして苦労してるからです。その苦労をしている時に手を差し伸べてくれた人たちには、一生懸命恩を返そうとするが、ちょっと売れたからと言って、ちょうちん持ちしますなどとすり寄ってくるものに対しては、心を開きません。ですから、金子村長に私達は最大の信頼を寄せますが、途中からのこのことしゃしゃり出てくるようなやり方をするような、あなた方役人を信用はしないということです」
ここまで言われたら、流石に県としてもそれ以上芸術家村に関わろうと、ごり押しはできなくなった。帰り道、村長は本当に感慨深げに清に呟いた。
「先生、ワシは本当に村長をやっていて良かった。あそこまで言ってもらって、この先途中で投げ出すなんて絶対にできない。ワシは先生たちと心中するつもりで、とことんこの事業を推し進めるよ」
「有り難うございます。僕らも協力は惜しみませんよ」
二人は笑いながら村へと帰っていった。
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