最後の賭け
淋漓堂
第1話
「ねえ、次の信号が青だったら、私たち付き合わない?」
夏休み最初の部活帰りに、たまたま一緒になった君に言われて僕は驚いたんだ。
「え……」
「もしも、よ。ね? いいでしょ?」
同じクラスだけどそんなに仲良しじゃないし、みんなの人気者の君が僕なんかに興味があるとも思えなかった。
「……やだよ」
「なんで? 私のこと嫌い?」
嫌いじゃないから嫌だなんて、君には想像もつかなかったんだろうね。
「そうじゃないけど……」
「じゃ決まり! あのカーブの先の信号が見えたとき青だったらカップル誕生!」
「きっと赤だよ」
「ふんっだ!」
膨れっ面の君を見ながら、信号が壊れてたらいいのに――なんて思ってたんだ。
青だったら遊びで付き合うみたいで嫌だし、赤だったら……。
「信号まで結構距離あるよね」
僕たちの住んでいる田舎には信号があまりない。賭けた割にはのんびりと歩く君。
「ちょっと聞いていい?」
「なあに?」
「もし赤だったら、付き合わないんだよね?」
「そうね」
縁石の上を、平均台のように両手を広げてバランス取り、楽しそうに歩きながら答える君。
「そしたら、また別の誰かと賭けをするのか?」
僕の言葉を聞いて君は不意に立ち止まり、空を見上げたんだ。そして、少しだけ小さな声で「しないわ。これは……私の最後の賭けだから」と言った。
このとき僕には何のことだか分からなかったけど、今なら分かるよ。君は僕にじゃなく、自分自身に賭けていたんだね。
「ほら、もうすぐよ」
振り向いた君の笑顔は天使のように輝いていた。それがなんだかとても眩しくて、僕は思わず君から目を逸らしてしまった。そして、目を逸らしたことが今度は恥ずかしくなって、大袈裟に背伸びをして道の先を覗き見た。
そんな僕の気持ちなんか知らない君は、ひらりと縁石から飛び降りて「お先に!」と言って、先に行ってしまった。少しの間呆気に取られていた僕は、すぐに気を取り直して君の後を追ったんだ。
「お、おい! それじゃ、僕が見る前に信号変わったらどうす――あ……」
曲がり道の途中から見えた信号は、さっき僕が願ったとおり故障していた。
いや、正確には道路工事をしていて、信号を点けずにおじさんが手旗で車を誘導していたんだけど。
「これって、どう――」
僕は言いかけてやめた。
追い付いて並んで見た君の横顔が、涙を流さずに泣いていた。ほっとしたような、悲しいような、怒ったような――なんともいえない複雑な表情を浮かべて立ち止まっている君の横顔は、僕には泣いているように見えたんだ。
「私って……ついてないな」
信号を見つめたまま、君は静かに言った。その声が、なんだかとても冷たく感じたんだ。
冷たくといっても冷酷とかそういうのではなく、なんというか体温を感じない冷たさだった。
こんなとき、感覚をうまく言葉にできないもどかしさで苦しくなるけど、君は……分かってくれるよね。
その思いつめたような冷たさが心配になった僕は、「そんなことないさ」と明るく言った。
「えっ……」
驚いたような顔で君は、このとき初めて信号じゃなく僕の顔を見てくれたね。
「逆についてたんだ。だって、これで君は自分の意思で決められるんだから」
「自分の……意思――」
その言葉を噛み締めるように繰り返した君。
「ああ。信号なんかで運命決めてどうするんだよ」
君はもう一度信号を見た。それは一瞬だったのかもしれないけど、僕には時が止まったかのように長く感じられたんだ。なんでだろうね。
君の顎が上を向き、時は動き出した――気がした。そして再び僕を見た。さっきまでの複雑な表情はそこにはなく、いつもの凛とした君に戻っていた。
「そうね、あなたの言うとおりだわ。変なことに付き合わせちゃってごめんね」
「変なこと……まあ、いいけど」
妙な沈黙のあと二人で笑ったね。
「まあ、あれだ。僕と付き合いたかったら賭けなんかせずに、普通に告ってくれ」
「了解! その時はそうするわ」
「……やっぱり……違ったのか」
「ん? なあに?」
聞こえないふりをしている君を傷付けないように「なんでもないよ」と僕は笑ったんだ。
「……ありがとう」
前を向いて歩き出した君は、たしかにそう言った。そして分かれ道で立ち止まり「じゃ、またね」と手を振って、右の道を進んで行ったね。
「ああ、またな」
僕も言ったけど、君の耳に届いていたかな。
それから部活漬けの毎日で、夏休みがあっという間に過ぎた。そして二学期が始まったけど、君の姿はどこにもなかった。
またねと言ったはずなのに、君は――いなくなってしまった。
担任に聞いても休学しているとしか教えてくれなかった。だから、クラスの中でもいろんな憶測が飛び交っていたんだ。
病気だとか留学したらしいとか、中には駆け落ちしたのではと言い出す奴までいた。君と仲のよかった友達は、とても心配していたし、君から何も聞いてないと言って悲しんでたよ。
誰にも何も言わずに君は、存在感だけを残していなくなってしまった。
学園祭の準備も、クラスのまとめ役の君がいなかったから全然進まなかった。おかげで全く怖くないお化け屋敷を開くことになったんだ。
そんな感じでなんとなく毎日が過ぎていった。
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