お雛様
淋漓堂
第1話
「麻衣、今日うち泊まりにこない?」
校門を出て、自転車を押しながらの帰り道、莉子が声をかけてきた。
「テストもちょうど終わったし、いいよ」
二人は幼稚園から高校までずっと一緒で、一番の仲良しだ。麻衣は、莉子と久しぶりにゆっくりおしゃべりできるのが嬉しかった。
「一回帰ってお昼食べて行くね」
「うん。今日うち親いないから、夕飯持ってきてくれたら嬉しいな」
「了解!」
莉子の父親は単身赴任、母親は看護師で、夜勤の日はこうして夕飯を持って泊まりに行くことがある。二人は他愛のないおしゃべりをしながらしばらく並んで歩き、四つ角の分かれ道で「じゃ、後でね」と手を振り別れた。そこから五分とかからない道のりを、麻衣はのんびりと自転車を走らせた。
「ただいま」
「おかえり。テストどうだった?」
「んー……まあまあ。それより、今日莉子んち泊まりに行っていい?」
母親同士も仲良しで、お互いの家庭の事情をよく分かっている。
「じゃ、ハンバーグ作るから持って行きなさい。温めて食べてね」
「ありがと」
「テスト終わったんだから、のんびりしてらっしゃい」
「うん。お母さん大好き!」
「……お菓子も持って行く?」
「やったー!」
笑いながら昼食を終え、ハンバーグが焼けるのを待って支度をし、莉子の家に着いたのは15時頃だった。
「来たよー」
「おお、夕飯よ! いらっしゃーい!」
「……置いて帰るわよ」
「嘘よ! 上がって」
莉子以外に誰もいないことは分かっているが、お邪魔しますと声をかけて、麻衣はいつものように家に上がった。玄関から少し奥まったところにある階段に足をかけ、二階の莉子の部屋に行く途中、手前の和室に雛人形が見えた。
「あ、お雛様もう飾ったの?」
「そうなの。なんか、早く出して早く片付けると婚期を逃さないとかお母さんが言って、昨日出したのよ」
「ふーん。でもお雛様って無表情で、私ちょっと苦手。もしかしたら夜中とか動いてそうで――」
「やめてよっ!」
いきなり麻衣の言葉を遮って、莉子が物凄い勢いで叫んだ。麻衣が驚きながらも、「ごめん、ごめん。怖い話苦手だっけ?」と謝ると、莉子は一瞬しまったという顔をしたがすぐに笑い、顔の前で手を振った。
「あ……いや別に……そうじゃないけど。いいから早く私の部屋行こうよ」
そう言って、さっさと二階へ上がっていってしまった。
「あ、待って」
いつもとは違う様子に訝しがりながらも、麻衣も続いて階段を上がろうとした。その時、ふと何かが気になった麻衣は、再びお雛様を見た。静かに微笑んでいる、ふくよかな頬をした真っ白な顔。その首は、なんとなく曲がっているように見えた。
◇
「今日のテストどうだった?」
二階の自室に入ってベッドに腰掛けながら、莉子が聞いてきた。
「んー、まあまあよ」
「麻衣は頭いいもんなー」
「莉子だって前回よかったじゃない」
高二の冬のテストともなると、結構切実だ。
「同じ大学に行けるかなぁ」
心配そうに言う莉子に「ずっと一緒だったんだから、これからもきっと一緒よ」と、麻衣は笑顔で答えた。本当のところ、二人の成績は微妙に差がつき、麻衣が志望校のランクを下げなければ厳しい状況だった。
「だといいんだけどなー」
「大丈夫よ。ねえねえ、それよりさ、昨日のドラマ観た?」
麻衣は話題を変え、その後はいつものようにテレビや好きなアイドルの話になっていった。
しばらくして「そろそろ、お腹空かない?」と、莉子が言った。気が付けば、もう19時近くになっていた。
「チンして食べようよ」
一階に降りて、麻衣が持ってきた夕飯を食べることにした。
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