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@toy_sharp_gust

人身事故にご注意

 『魔法使い』それは誰しもが一度はなりたいと子供の頃に夢見たファンタジックな幼き夢。しかし、「黒いマントに黒い帽子を身に纏い、箒に跨って空を飛ぶ魔法少女」なんてものはテレビや漫画の中だけの話で、現実にはあり得ない現象だと大人になってから気付く。木の枝を振るって呪文を唱える子供たちを見て、あぁ、懐かしいなと思い出に耽るかほくそ笑む。テレビに出演しているマジシャンの手品を見て「あれはマジック魔法なんかじゃない、何かタネがあるんだ」等と口にする。

 しかし、普通の人間には使えなくとも魔法を扱える人間は確かに存在している。大昔から歴史の裏側でひっそりと生きてきた、超常現象を操る唯一無二の存在――――魔法使いと呼ばれる者達が。

 この物語は、古来から受け継がれてきた魔法使いの子孫たちの日常を綴ったものである。





◇◆◇◆◇◆





『間もなく、3番ホームに特急カネ……リアが参ります。白線の内側までお下がりください。間もなく――――――――』

 10個のホームを抱えるこの街で最も大きい駅に初々しいアナウンスが響き渡る。現在の時刻は午前八時、目の下にクマのあるサラリーマンや憂鬱な気分でスマホを弄る新社会人達でごった返す時間帯だ。皆が駆け足で目的のホームへ急ぐ中、その少年は一人、キャリーバッグを引きずるように持って歩いていた。初めて利用するのだろう少年は電光掲示板とスマホを交互に見比べながら詮索するように駅の中を歩き回る。ふと顔を上げると、喫茶店のテナントが目に入った。自家製の焼きたてパンがウリの、街中でもよく見かけるチェーン店だ。

――――まだ時間はあるし、少し覗いてみようか。

 少年は財布の中身に余裕があることを確かめると、店のドアを開いた。店内はブラウンとベージュを基調とした色合いでシックな雰囲気を醸し出している。またカウンター席横にはバスケットの置かれた棚があり、焼きあがったパンが綺麗に並べられている。加えて厨房から漂ってくるパンの香りが食欲を湧きたてる。どうやら丁度焼きあがったようだ。しかし、時間が時間なだけにそれほど客は多くない。暇を持て余している定年退職した白髪のおじいさんが三人と熱心にノートパソコンと向き合っているスーツ姿の青年が一人いるだけだ。少年がその場に佇んでいると、それに気付いた女性店員が声をかける。

「いらっしゃいませー、お好きな席にどうぞー」

 店員が営業スマイルを浮かべ席に座るよう促すと、少年はゆっくりとした足取りで一番奥のテーブル席へと向かう。往来が激しく騒々しい駅舎と比べ、店内は静かで時の流れが緩やかに感じられる。厨房の人間もパン生地を捏ねたり成形したりと仕事自体はしているものの追われているようには見えず、言い方を変えれば退屈そうにしている。少年は向かい側の席に背負っていたバックパックをゆっくりと下ろし、自身も腰かけて店員がやってくるのを待つ。

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 お冷を持ってきた店員がそう尋ねると、少年は厨房をチラ見してから注文を伝える。

「さっき焼きあがったパン……クロワッサンかな。それとアイスカフェモカ」

 店員がお辞儀をして厨房に戻っていくのを見送ると、少年はガラス張りとなっている壁越しに人の往来を眺めつつバックパックのポケットからルービックキューブを取り出してオーダーが来るまでの時間つぶしをすることにした。

 ――――思っていたより人の往来が激しい。これならもっと遅い時間に予約を取るんだったかな。

 溜息交じりに完成させる気のないキューブを弄っていると、カフェモカよりも先にクロワッサンがテーブルに置かれた。焼きたてなだけあって、手に持つとほんのり温かい。一口頬張るとバターの芳醇な香りが食欲をさらに膨らませ、サクサクとした食感もまた、手作り感を想起させる。チェーン店の出している品とは思えないクオリティだった。しかし、パンはパン、それだけを食べていると喉がパサついて飲み物が欲しくなる。クロワッサンのような生地ならばなおさらだ。少年は厨房を時折覗き見ながらカフェモカの到着を待っていると、テーブル席に寄ってくる先ほどの店員に気付いた。

「なんかうるさくないです?駅舎のほう」

 そう言って店員の指す方向に目を向けると、丁度この店の前で二人の男が激しく言い争いをしている光景が視界に入った。周囲の人々も二人の威圧感に圧倒されたようで、関わらないように壁に沿って足早に去って行く者や逆に歩みを止めて成り行きを見守っている者もいる。店にとっては迷惑この上ないはずだが、店員は何やら楽しそうに少年に話しかける。

「何の話をしているんでしょうね、アレ。彼女の奪い合いか?それとも上司と部下のぶつかり合いか?気になるなぁ」

 店員の目が先ほど老人と接客応対している時と違って輝いて見える。少年と違って彼女は生来の野次馬らしかった。二人の言い争いは徐々にヒートアップしているらしく、40代後半と思わしき男は激しい剣幕で怒鳴り散らしているように見えるし、20代ほどの男は険しい目つきでそれに噛みつくように大声を張り上げているようだ。離れた場所に座っている少年の席まで、その声は聞こえてくる。

「てんちょー!私現場見に行ってもいいですかー!?」

「どこに行こうとしてるんだお前は!お前の現場はフロアだろ!」

 事情を理解できていない厨房の店長と女店員の会話を聞き流し、少年は席を立った。残っているクロワッサンを無理やり喉の奥に詰め込み、テーブル席のチャイムを重石にして千円を挟んで店を出る。

「俺辞めてやんよこんなクソ企業なんざよォ!テメーみたいなクソな上司となんかやってられるか勝手に一人で仕事やってろよコミュ障がよぉ!!」

「あの仕事は貴様の責任だと言ってるだろうが!何度も言うが俺だって他の仕事との兼ね合いでお前の面倒ばかり見てられないんだよ!」

 店の前では、新社会人と部下の扱いが下手な中間管理職の壮絶な口喧嘩が繰り広げられていた。周囲を見渡すと、かなりの人が集まってきている。中にはスマホで写真を撮っている人もいた。

――――23人も観客がいる。バレないようにしないと。

 一人の客が出入口の前に立っているというのに、二人の男は見向きもしないで罵詈雑音の嵐を互いに捲し立てる。少年は右手の人差し指と親指のみを伸ばした銃の形を作ると、左手で目の前の二人に見えないように覆い隠し男に向けて腰だめで狙いを定める。

「ばーん」

 少年の掛け声の後、異変は起こった。先ほどまで元気に暴言をまき散らしていた若者は急に脇腹を押さえ、その場にうずくまった。突然の事態に困惑した彼の上司だろう男は辺りを見渡し、野次馬達も「何が起きたのか分からない」と言わんばかりにざわつき始める。少年はすぐさま手をひっこめると、素知らぬ顔でその場をそそくさと立ち去った。背後からは救急だ心肺蘇生だ等とを心配するような言葉が飛び交っている。少年は振り返ることも無く、目的の8番ホームへと向かった。が、残念なことに少年は大切なことを忘れていた。


 ピークを過ぎていたからか、人の行き来にさほど悩まされることも無く少年は8番ホームに辿り着いた。次の電車が来るまで5分程度なのだが、他に待っている人は見当たらなかった。そして設置された青いベンチに腰掛けると、違和感を感じ取った。背中にあったはずのものがない。ついでに手に持っていたものもない。

――――あの店にバッグ置いてきた…………。

 少年は自分の忘れっぽさを呪い、大きいため息をついて立ち上がる。5分なら今から走ればギリギリ間に合う、そう思って階段を駆け下りた次の瞬間。

「うぉわぁぁ~~~~!?」

「えっ!?」

 横からヌッと現れた女性に驚き、しまったと思ったが時すでに遅し。衝突してしまった女性はしりもちをつき、少年は床に倒れこんだ。幸いどこもぶつけた様子はなく、お気に入りのシャツとパンツが少し汚れた程度のダメージで済んだ。しかし、女性はそうはいかなった様子で助けてと少年に懇願する。

「ば、バッグが重くて持ち上がらない~~~~~~~!」

 その声を聞き届けた少年は座り込んだ女性に手を差し伸べ、しっかり握ると力いっぱいに引っ張り、引力に任せるがまま、女性はふらふらと起き上がる。よほどバッグに荷物を詰め込んだのだろう、普通に立っているだけでもその足取りはおぼつかない。

「大丈夫ですか?」

「あ、ありがと……ってあ――――――――!」

 少年が声をかけると、女性は少年の顔を指差して大声を上げた。そして少年も、その女性がさっきの喫茶店の野次馬店員であることに気付く。

――――まさかさっきの、この人に見られていた?

 少年は背筋が凍るような感覚を覚え、全身の穴と言う穴から冷や汗が吹き出す。加えて女性の大声によって、通路を通る人々の視線が二人に注がれることとなった。女性が安堵の表情を浮かべているのと対照的に、少年は緊張で顔が固まってしまっている。次にどんなセリフが飛び出すのかびくびくしている少年に野次馬店員はキャリーバッグの取っ手を向け、振り返って大型のバッグを見せながらこう言った。

「はい、忘れ物。あとこのバックパックもね」

 少年は自分が覚悟していたものとはまるで違う台詞に拍子抜けし、裏返った声で早口気味に返答する。

「え……?あ、あぁバッグですか、そうですかありがとうございます、はい」

 女性からバッグを二つ受け取った少年は頭を下げ、急ぎ足で階段を駆け上がる。その勢いは体つきからは考えられないほどで、バッグなど重りにもならないと言わんばかりに軽快だった。そして女性は少年よりも先に、二段飛ばしで階段を上り8番ホームに辿り着き、早く早くと少年を囃し立てる。数秒遅れで少年が階段を上りきると、女性は「よくできました~」と茶化すように彼を誉める。

「よし、最後まで見届けたから私は店に戻るよ!では良い旅をね!」

 女性は腰に手を当て、謎の達成感に満足しながら笑みを浮かべる。

――――元気な人だな。きっと格好いい彼氏がいるんだろう。

 そう思い、彼女を階段の下まで見送ろうとしたのだが、彼女は降りていく途中で足を止め、振り返って声を張り上げる。

「君~!名前、おーしーえーてーくーれーるー?」

 その声は少年のいるホームどころか下の通路にまで響き渡る声量で、彼女の有り余る活力を音にして表現したかのようだった。対して少年は大声を出すような性分ではない為、かろうじて女性に届くか届かないかぐらいの声量で自らの名を語った。



夜々葉よよば絢葉あやはです!」




 女性は彼の声を聞くと満足げな表情を浮かべると振り返って残りの階段を怒涛の勢いで駆け下り、姿が見えなくなるまで走り去って行った。絢葉は安心したように大きく息を吐き、ベンチにバックパックを下ろして自分もベンチに腰掛けた。五月の風は温かさを含んで、身体中の力が抜けるようだ。心地よい外気に絢葉は身を委ねそうになるが、初々しい駅内アナウンスが彼の意識を引っ張り上げた。

『間もなく、8番ホームに普通列車いかるが参ります。白線のうつ、内側までお下がりください』

 新人駅員のアナウンスに小さく笑みをこぼし、絢葉は腰を上げて電車の到着を待った。


 この電車に乗れば、この街とも、母さん、父さんともさよならだ。電話ぐらいは寄越すかもしれないけれど、俺は二度と戻っては来ないだろう。親元を離れて暮らすのは恐怖も少しはあるけど、それでも今の暮らしを続けるよりはずっといい。だから…………母さん、父さんごめん。俺、行くね。


 絢葉は開かれた電車のドアの内側に足を踏み入れ、すぐ横の座席に座った。辺りを見渡しても、乗客は彼一人のようだから遠慮する必要も無い。彼が座席に座るとすぐさまドアは閉まり、電車はゆっくりとその目的地へと走り出した。向かうはこの電車の終点。そこから歩いて30分のところに、絢葉は新しく住むことになる街がある。

 山がすぐ近くにあって、海に面している自然に恵まれたその街は霧ノ杜と言う名が付けられている。ある時を境に、不定期で濃霧が発生することからそう呼ばれている。また、この街に来る人間は何故か市長から門前払いされたり町の出入口で入市審査を受けさせられる等何かと不気味な噂が絶えない街だが、それこそ自分にふさわしいと絢葉はこの街に引っ越すことを決めた。

――――一般人に紛れて暮らすより、不穏な噂が立っている街のほうが暮らしやすいだろうからな。

絢葉は遠ざかっていく故郷に手を振って別れを告げると、バックパックのポケットからイヤホンを取り出してスマホに繋ぎ、好きなアーティストの楽曲を流しながら長旅を楽しむことにした。そしてもう一つ、大事なことに気付く。

――――あ、ルービックキューブも忘れてた。





◇◆◇◆◇◆





 電車に揺られること一時間。いくつものトンネルを超えて目的地に辿り着いた絢葉は、外に出ると大きく伸びをした。辺りを見渡すと、自分の住んでいたコンクリートジャングルとは打って変わって緑豊かな場所に来たのだと実感させる。

――――ここまで俺一人しか乗っていなかったことが不安だけど……あってるんだよな?

 急に不安感に襲われた絢葉がポケットからスマホを取り出すと同時に、どこからともなく女性のような叫び声が彼の耳に届いた。そして顔を上げた瞬間に、はどこからともなくやってきた。


「どおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおいてえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!」


 はぁ?と聞き返すまでも無く、絢葉の左半身めがけて高速で飛来した物体が突貫した。何か棒状のもので突かれたような、刺されたような痛みを感じたまま、慣性の法則に導かれるがまま十数メートルほど吹き飛び、駅の壁に激突、即座にその意識は暗闇の底へとフェードアウトしていった。

「いったたたぁ……もう、何なんですかこの箒!せっかく新調したばっかりなのに言うこと聞かないし、座り心地悪いし、あとフォルムがなんかやらしい!絶対二度と乗りませんよこんなの!」

 砂埃が舞い上がる中、空からやってきて同じように壁に激突した現行犯少女はすぐさま身体を起こし、真新しい箒を指さして愚痴を漏らす。砂埃が収まり、視界がクリアになると人身事故の被害者となってしまった少年に気付くと青ざめた様子で少年に駆け寄った。

「だ、大丈夫ですか!?いや絶対大丈夫じゃないですよねめっちゃいい手ごたえ感じましたもんね!と、とととりあえずどうすればいいんですか?人工呼吸、AED、ああああああ119番通報しないとですよねいやでも気道確保が先だっけ?」

 慌てふためく少女の背後から、電車の運転手が野太い声をかけた。

「智音ちゃん、とりあえず通報が先だ!俺が応急手当やっとくからはやく連絡入れな!」

「よし、オッケー!運ちゃんありがと!」

 智音ちゃんと呼ばれた少女はその場を運転手に任せると、尻ポケットからスマホを取り出し――――絶叫する。


「さ……さっきの事故のせいでタップしても反応がないじゃないですかこのぽんこつうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!!!!!!!」


 智音は涙目になりながらも先ほど絶対乗らない宣言をした箒を手にとり、柄の部分に跨った。事故は起こす、スマホは壊れるで災難続きな智音だが全て自分の責任であるのがより悲壮感を漂わせる。

「運ちゃん、ちょっとここお願いします!私今から万の風になって直接病院に連絡入れてきます!」

「智音ちゃん、もう少し落ち着いて――――」

 智音は運ちゃんの言葉を聞かず、弾丸の如くこの場から文字通り病院を目指して飛び出した。後の話になるが、この時の智音が空を飛ぶ姿が巨大な隼のようだったことから、『魔の隼』が住む街としてまた一つ、霧ノ杜の黒い噂が増えることとなる。

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