第28話 ARK社日本支部

 ARK社日本支部のとある部屋。

 ここは、上層部の人間サラカの部屋である。いつも安堂博士がテレビ会議している時に後ろ姿だった人物である。彼は日本支部で重役を任されていた。同時に日本支部でセラフィムに関する情報の取りまとめを行っている。

 今この部屋に安堂博士と松田が呼ばれていた。

「日本までのフライトはどうだったかね? 我社専用ジェットも悪くなかろう。ところで安堂博士、計画が狂い始めているのではないのかね?」

 サラカは恰幅のいい体格を大きな椅子にあずけて座っていた。これだけでずいぶん偉そうに見える。初老の紳士といった風体だが、どこか腹黒い雰囲気も漂わせていた。

「魔遊とアザエルの裏切りは計算外でした。魔遊と隊員たちとの軋轢あつれきに気づくのが遅く、またそれを報告すべきアザエルですらわたしとのすれ違いがあったようです。アザエルは以前からドミニオンズに対して不満を口にしてましたが、相手にしてなかったのが悪かったようです」

 安堂博士は包み隠さず、事実だけを報告した。

「ずいぶんドミニオンズは被害が出ているんじゃないかね?」

「はい、数名の隊員が死亡しました。重傷者もいましたが今は復帰しています。ですが松田は無事です」

 その言葉に松田は軽く頭を下げた。

「ですので、計画には支障はありません。最悪松田ひとりでも任務は遂行できます。魔遊も松田に匹敵するほどの智力を秘めていますが、思っていた以上に危険な、爆薬のような存在でした。遅かれ早かれ同様の事態は起きていたかと思われます」

「我が日本支部のサーバーも無事だ。二十四時間体制で研究員が見張っているからな。今こうしている間にもビッグデータに智力が蓄積されつつあるよ。元々の発案者は君だが、わざと目立たたない日本支部に置いたのは正解かもしれんぞ。世界中のフォーリンエンジェルズやグリゴリたちの目を欺くには格好の場所だ。日本にはARK社支部があるのか? ってな。ははは」

 サラカは笑いながら窓から地上を見下ろした。敷地内の中庭に設けられた研究棟を見て笑いが止まらない様子だ。

「セラフィムはビッグデータの受け皿に過ぎません。問題はビッグデータがどれだけの量と質で集まっているかです。これはケルビムたちが、EDEN上のビッグデータを扱い、本来自分が持っている以上の能力を発揮できるところからヒントを得ています。セラフィムとは、世界中から集まった無数の智力のデータを吸収し一体となることで、究極の智力を手に入れる者を指します。ですから受け皿となるオファニムにはそれ相応の能力が求められます。第一候補は松田。第二候補は魔遊です。恐らく魔遊もこの日本支部にいずれやってくるでしょう。日本支部にサーバーがあることはヴァーチャーズに知られているでしょうから。ですが、その時にうまく魔遊をこちら側に取り込むことができれば、と思っています」

 安堂博士はすでに次の計画を練り始めていた。魔遊にドミニオンズを裏切られたことは博士側にも責任があるとしても、なんとしても再び仲間に引き入れたいと思っていた。それには力ずくで取り込むことも辞さない覚悟だった。いよいよ松田が本気を出す時が来るかも知れないのだ。

「では、安堂博士、今のことはテレビ会議で報告しておくから、あとは任せたぞ。ヴァーチャーズが来れば、の話だがな。本当に来るのかね? この日本支部のことは内部の人間でも知らない者が多いというのに」

 サラカはヴァーチャーズを過小評価しているようだった。まさかここまで来るとは思ってみないといった風だ。

「来ます。必ず。ヴァーチャーズの女戦士にサーバーを見られてしまいましたから。日本支部のサーバーのことは知られてしまったでしょう。ログを調べると、日本支部のビッグデータが上海支部へやってきて、女戦士を攻撃した記録が残っています。すでに攻撃性の片鱗を見せています。すなわちビッグデータは順調に育っているということです。サラカ殿にお礼を申し上げます」

 安堂博士は深々と頭を下げた。一緒に松田も頭を下げる。

「いやいや。わたしは何もしとらん。全部スタッフに任せっきりだ。単に、研究所の所長という肩書きを持ってるだけに過ぎん。これで筋書き通りに、ビッグデータが育ち、セラフィムが誕生すれば新世界ができるのだな」

「はい。全ての智力を有したセラフィムは全知全能の存在となり、今の世界を救済してくれるでしょう。それはもはや神です」

 安堂博士はきっぱりと言った。自信たっぷりだった。

「そうなる事を祈ろう。もはや世界はいくばくの猶予もなく、破滅へと向かっている。世界中の人々は救世主を待ちわびているのだ。この世を救ってくれる指導者であり救済者であり、支配者でもある。世界は神の前にひれ伏すのだな」

 サラカは改めて、窓の下の研究棟を見下ろした。サーバーのデータと松田もしくは魔遊が融合したときのことを想像してみた。理性的な松田であれば神になれるかもしれないが、恐ろしい智力でドミニオンズ戦士を血祭りにあげた魔遊と融合すれば魔王になるかもしれないと思うと、身震いがした。

「神の出現はもう間近です。ヴァーチャーズとの戦いで生き残った者が、セラフィムの座を勝ち取るでしょう」

 安堂博士は予見するかのように言った。それを聞きとどけて、サラカは自室の奥の秘密の部屋へ入っていった。世界各地のARK社支部とのテレビ会議を行うためである。

 安堂博士と松田は、サラカの部屋を一礼して退室した。

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