第22話 追っ手

 教会の朝は早い。

 一番に詩亜が起き出して、朝ごはんの準備を始める。その匂いに、子供たちが起き出して手伝いを始める。一番最後まで寝ているのは、魔遊とお客さんだった。

 朝ごはんでは、ちゃんとお祈りをしてから手を付けるアザエルは、ちゃんと学習のあとが見て取れた。

 食事がすむと詩亜と子供たちが外まで見送ってくれた。

「もう行ってしまうのね」

 詩亜がさみしそうに声をかけた。その言葉に魔遊は後ろめたいものを感じずにはいられなかった。昨日あれだけヴァーチャーズに行きたいと言ったのに、詩亜の言葉は胸に刺さった。

「すぐに戻るから。それまで待っていて欲しい」

 魔遊は詩亜の肩に手を置いた。詩亜は黙ってうなずいた。

 その時だった、自分の周囲が暗くなったのに魔遊は気がついた。空から何かが降ってきたのだ。とっさに魔遊は詩亜を抱き寄せると、何かから避けた。それは氷の塊だった。それもくさび状に尖っていた。ドスンと重そうな音とともに石畳にめりこんだ。直撃すればただではすまない。一個だけではなく、何個も降ってきたのだ。

「あそこよ! ドミニオンズの追っ手だわ!」

 アスドナが空を指差している。その指先には四人のドミニオンズのよく目立つ戦闘服に身を包んだ戦士が教会の上空に浮いている。空を飛んでいるということは、その内のひとりは馬火茂だろう。

 再び矢じりのような氷の塊が飛んでくる。魔遊たちはかろうじて避ける。

「氷の智力ということは阿刃怒だ。予想はしていたが、俺たちのことを探知したのだろう。子供たちを巻き添えにしてはいけない。場所を移動しよう」

 アザエルが魔遊をうながし、アスドナも含め教会から走ってすぐの四つ辻まで移動した。すると上空のドミニオンズ戦士たちも同じく移動してきた。ここなら広くて氷も避けやすい。

 上空から氷の塊が飛んでくるが、三人はいとも簡単に避けてしまう。

 全く攻撃が当たらないことに業を煮やしたドミニオンズ戦士は、四つ辻に降りてきた。予想通り馬火茂と阿刃怒がいたが、さらに間紋護と松田までいた。

 護が一歩前に歩み出た。

「魔遊、博士からお前を連れて帰るように指示を受けた。だが、拒むようであれば殺せ、とも言われた。この日本人街の教会の前で魔遊とこうして再び会うのも何かの縁かもしれないな。魔遊、俺も訓練の成果あってオファニムに任命されたぞ。ふたりで世界を変えないか? それともどっちが強いか試すか? どうするドミニオンズに帰るか?」

 護の言葉はもう立派なドミニオンズ戦士だった。しかもオファニムと来るからには、それなりの重みがある。しかし、正式に任命されたわけではないものの、ヴァーチャーズとして歩いていく魔遊は受け入れられる言葉ではなかった。

「断る。もうあそこへは帰らない。俺はドミニオンズでは居場所はないし、考え方も違う。護はなじんでいるのだな。オファニム任命おめでとう。それならそれでいいじゃないか。お互い干渉はやめよう。俺はお前と戦いたくない」

 魔遊はできる限り戦いをしたくなかった。それは詩亜と話をしたせいもあるし、幼なじみを殺したくない気持ちでもあった。

「おい、護。何まどろっこしいこと言ってるんだ。あいつら戻る気なさそうだから、さっさと始末してしまおうぜ」

 阿刃怒が護に不満を漏らした。イライラしているようだ。というより阿刃怒は元から始末するつもりでいたようだ。

「いや、博士はできる限り生け捕りにしろといったはずだ」

 なにやら護と阿刃怒で意見の食い違いが起きているようだ。

「阿刃怒。お前の智力じゃ、俺は倒せないぞ」

 魔遊は先ほどの単調な氷の攻撃に、阿刃怒の智力の程度が分かっていた。それよりも、騒いでいるふたりの後ろで控えている松田の方がよっぽど不気味だった。

「なにを? 魔遊、きさま言ったな! こっちがおとなしくしていれば付け上がりやがって。大体、最初から俺はお前が嫌いだったんだよ」

 阿刃怒は本性を現した。いつもは静かなのに、実際は毛手碓のようにケダモノのような性格なのだ。魔遊は吐き気を覚えた。

 阿刃怒は構えを取ると、頭上にひと抱えはあろうかという、大きな氷の塊を作り出した。だが、その動きは見るからに隙だらけで、魔遊たちはすでに避ける体勢に入っていた。

 しかし、次の瞬間、その氷の塊が砕け散った。細かい氷の弾丸が四方八方に飛び散り、敵味方関係なく襲いかかる。

 魔遊は意外な攻撃に避けきれず、数個の氷の弾丸を食らってしまった。これはベルゼバリアルの水の弾丸攻撃に似ている。まだ怪我も治ってないのにさらに怪我を負ってしまった。

 しかし、その被害は味方である護や馬火茂にも及び、彼らも負傷してしまったようだ。馬火茂は不平を阿刃怒に漏らしている。

 その瞬間をアザエルは逃さなかった。激しい轟音がとどろいたかと思うと、アザエルと阿刃怒との間に稲妻がつながった。恐ろしい電圧が阿刃怒に襲い掛かり、すぐそばにいた馬火茂も感電した。そしてふたりは倒れた。

「殺してはいない。意識を失わせただけだ」

 アザエルはそれだけ言うと。一歩下がった。

「くっ、阿刃怒も馬火茂も役立たずめ」

 護は歯ぎしりした。護もやはり氷の弾丸を食らったようでこめかみから血を流している。

「魔遊、もう一度言う。戻る気はないか? アザエルもだ」

「しつこい。戻る気はない」

 護の問いかけにも、魔遊は首を縦にはふらなかった。

「そうか、残念だ。では戦うしかないな」

 護は戦う気まんまんだが、まだ魔遊には迷いがあった。幼い頃からずっと苦楽を共にしてきたなじみと戦うことへの迷いだ。ただ、それは魔遊が自分が護を殺してしまうという決めつけの、おごりにも似た思い込みだった。

 その時、魔遊のこめかみのそばを何かの衝撃波がかすめて通り抜けた。と同時に魔遊は吹っ飛ばされた。キーンと耳鳴りがして、魔遊は何が起きたのか理解できなかった。ふらつく頭を振って顔を上げると、口の端をゆがめた護が見えた。

「どうだ? 俺も強くなったんだ。魔遊の智力には負けない自信がある。いつも魔遊は強くて俺は太刀打ち出来なかった。その度に俺は敗北感を味わっていたんだ。ドミニオンズに入ってももてはやされるのは魔遊ばかりだ。俺だって強くなってちやほやされたかったんだよ。だから訓練……実験を受けて強化された俺が出来上がった。そしてオファニムに任命された。博士に認められるというのは実にいい気分だな。魔遊、俺はお前に近づいたぞ。いや超えたかもな。それでもまだ戦いを拒むか?」

 自信たっぷりに護は一歩前に歩み出た。魔遊を挑発するかのように、うすら笑いを浮かべている。

 強化を加えられて、護は人格も変わってしまったように魔遊には見えた。以前の護とは違う、狂気のようなものが感じられた。魔遊とアザエルをドミニオンズに連れて帰るという任務を帯びているはずだが、言葉を聞く限り、魔遊への鬱積したゆがんだ復讐のようにも感じられる。

 もはや目の前にいるのは、昔なじみの友達などではなく、実験を繰り返し行った結果作り上げられた化物であると、魔遊は感じた。

「のぞむところだ。今度会うときは敵同士と言ったからには本気でいく」

 魔遊と護が構えを取る。四つ辻に風が吹き抜ける。不穏な空気が流れる。

「やめてー!」

 その時、教会から事態を眺めていた詩亜が四つ辻まで駆けてきた。

「ふたりとも仲間だったじゃない。友達だったじゃない。どうして争うの? ねえやめてよ。一番争ってはいけないふたりよ。どこでどう間違ったの?」

 詩亜は悲鳴にも似た、悲痛な声を上げた。なぜこんなことになったのか理解できず、ただふたりを止めようと戦いの場に駆け出してきた。

 魔遊はゆっくり首を横に振った。

「もう遅いんだ詩亜。俺たちは違う道を選んだ。そして互いにぶつかり合うことになった。これは運命みたいなものかも知れない」

 その瞬間を待っていたかのように、またしても護が先手を打って出た。腕を前に突き出すと、魔遊のすぐそばを衝撃波が貫いて、一瞬遅れてから爆発が起こった。またしても魔遊は吹き飛ばされた。腕には、衝撃波によるミミズ腫れ、爆発による火傷も起こしている。

 転がって、起き上がろうと体勢を立て直すと、また衝撃波が襲いかかる、そして一瞬遅れてからの爆発。今までの護には到底出来ない芸当だった。これが進化の証なのだろう。

 魔遊は劣勢だった。衝撃波をまともに喰らわないため逃げ回るのに必死で、反撃ができないでいた。だが、反面魔遊に集中している護は、アザエルから見れば隙だらけだった。援護攻撃をしようとしたその時、アザエルと同じ稲妻の智力が飛んできた。今まで後ろにいて存在を忘れていたが、松田がにらみをきかせていた。魔遊と護を一体一で戦わせようという魂胆らしい。

「くそ、ちょこまかと逃げ回りやがって。魔遊、おとなしく攻撃を喰らいやがれ! それとも俺と戦う気がないのか?」

 魔遊は護の爆発の智力をギリギリでかわし続けていた。というより、それしかできなかったのだ。なんとか体勢を立て直したいが、きっかけがなかった。なんとか護の攻撃の手を緩めさせることはできないものか?

 考えを巡らせていたその時、魔遊の足が滑った。これを待っていたかのように衝撃波が魔遊のお腹を突き抜ける。そして一瞬遅れて爆発が起こる。吹き飛ぶ魔遊。石畳の上をボロ雑巾のように転がっていく。

 突如起きる悲鳴。詩亜だった。詩亜は魔遊へ駆け寄り、体を揺らす。声をかける。

「魔遊! 魔遊! しっかりして! 死んじゃダメ! いやあああ」

 詩亜は錯乱している。魔遊にしがみつき、泣きじゃくっている。

 魔遊はまだ死んではいなかった。ドミニオンズの戦闘服はわずかではあるが、防弾効果があるので、衝撃波と爆発の威力は多少なりとも抑えられていた。

「ふふふ。俺はついに魔遊を超えた。俺こそセラフィムにふさわしいんだ。魔遊はセラフィムの器ではなかった。詩亜、そこをどけ。とどめをさしてやる」

 護が魔遊のそばに立った。そして右手のひらを倒れている魔遊に向けた。

 その瞬間魔遊は目を見開いた。すると魔遊の胸から太くて巨大な赤黒い腕が現れ、護をわしづかみした。そして負のエネルギーを大量に放出する。

 アスドナが異常なデータ量を感じ取った。どっと冷や汗が出る。

「アザエル! 急いでEDENからログアウトして。いや、ダメ、ここから逃げないと。とにかく魔遊からできるだけ離れて、早く! 死にたくなければ!」

 魔遊の赤黒い腕からはいく筋もの稲光にも似た閃光が走った。護は負のデータを大量に受け続けビクビクと痙攣している。と、同時に魔遊にしがみついている詩亜も負のデータを大量に浴びていた。さらに少し離れたところで気を失っている、阿刃怒と馬火茂にも被害は及んだ。

 遠くに逃げたアスドナとアザエルは、四つ辻が静かになったのを確認してから、そっと戻ってみた。と思ったら悲鳴が上がった。

「ああああ! 苦しい! 魔遊! 俺を、俺を! 殺すなんて! 俺の方が強いんだ! 頭が、頭が! 畜生! 俺はセラフィムじゃねえのかよ! 俺の人生って一体……」

 さんざん苦しみぬいたあげく、護はその場に崩れ落ちた。そして頭が異常に膨れ上がり、耐え切れなくなって、弾けとんだ。離れた場所にいた阿刃怒と馬火茂も同じく頭が破裂している。

 松田はいつの間にか姿を消していた。

 魔遊は起き上がった。血反吐を吐く。お腹がひどく痛む。まるでプロボクサーにボディーブローされたみたいだ。そして爆発で火傷を負っていた。

「詩亜。詩亜は? どこだ? どこにいる?」

 自分のネガティブ・ジェネレイターの巻き添えを食ったに違いない詩亜の姿を、魔遊は探した。だが、どこにも見当たらない。

 ただ、足元に壊れたロボットハニーが転がっているだけだった。のっぺらぼうの木偶人形でくにんぎょうでしかなかった。

 魔遊は何度詩亜の名前を呼んでもどこにもいなかった。アスドナが「あきらめましょう」と言っても聞かなかった。

 そこへさっきから遠巻きに眺めていた、日本人街の大人たちが集まってきた。

「詩亜がいないのか?」

「そうみたいです」

 アスドナが答える。

「この間の襲撃以来、最近は俺たちも助けあいでやってるぜ。教会の子供たちの面倒を見てやってるからな。これからもみんなでめんどうをみてやってもいいぜ」

 大人たちも子供たちに関心を持ってもらえるようになったことに、アスドナとアザエルは感謝した。

 暗くなってきても探し続ける魔遊だったが、その内あきらめがついたのか、石畳の上に座り込んで泣き始めた。

「俺が殺してしまったんだ。詩亜を。姿かたちがなくなるまで、めちゃくちゃにしてしまったんだきっと。俺はなんてことをしてしまったんだ」

 魔遊は涙が止まらなかった。止めどもなく涙は流れ落ちる。

 アスドナとアザエルは魔遊の気のすむまで泣かせることにした。そして落ち着いたところで、子供たちとお別れをして、ヴァーチャーズ上海支部へと向かった。

 この日のトップニュースは、上海市のEDENの一部のサーバーがダウンしたという内容だった。サーバーがダウンしたことに起因する、強制的にログアウトさせられた市民は、ほとんどが恐慌状態に陥り、病院に搬送される騒ぎとなっていた。

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